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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

この古い住所看板シリーズも、「仁丹」と「非仁丹」の記事数の差をもう少し小さくしていきたいのよね…いや、何の意味もないんだけれど(笑)。

 

 

つうわけで、差を埋めておくべく「非仁丹」モノで。

 

 

 

 

まずはいつもの「ど~こだ?」から。

簡単ですな(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回ご紹介するのは、

世界之家庭薬メンソレータム」。

 

メンソレータムって、わたくしくらいの年代のおっさんおばはん(笑)にとってはとってもなじみ深いというか、家庭用塗り薬といえばこれ、ってほどに確立されたブランドイメージがあると思う(たぶん)。

 

我がホーム・滋賀県の現・近江兄弟社が最初にメンソレータムの輸入販売を始めた、というのは知ってたのだが、調べてみるとそれが始まったのは1920(大正9)年のこと。ということはこの看板、おそらく昭和初期~早ければ大正末期ごろに設置されたものと思われる。

 

 

このメンソレータムの看板、京都市伏見区で数点確認しているが、この一帯以外では見かけていない。赤地に白抜き文字と住所表記の青黒い文字のマッチングが美しいので、好きな看板のひとつであります。

 

 

 

 

 

以上~。

 

 

 

2012年10月26日、名古屋在住時の休日徘徊でたまたま出会った物件をご紹介。この日のネタで記事にしているのは、今は亡き神宮前の古レール跨線橋

 

 

 

 

この頃足しげく仕事で通っていた有松。この日は、いつも電車から見える神社に寄りがてら、鳴海駅~有松駅の間を歩いた。

 

 

で、その神社、

有松天満社に到着。現在地コチラ

 

 

 

 

 

 

由緒書を読みつつも、

特段なにかを期待していたわけではなかった。のだが。

 

 

 

 

 

 

境内に入ってすぐに…おや?

「虹橋 こみち」?側面には「昭和五十九年一月」とあった。

 

 

 

 

 

 

 

そこにあったのは、果たして

紛うことなき石橋。

 

とはいえその下に流れはない。周囲の状況も踏まえ、これはきっと近隣にあった石橋の移設保存だろうな、と思った。これは嬉しい出会い!

 

 

 

 

 

 

 

左の親柱には何も…と思いきや。

上部に「改造発起者」、その左側に「氏子●●(総代?)」と。

 

その下には八名分ほどかな?氏名が刻まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

改造とは?と思ったがすぐさま解決。

「大正九年九月改造」。なるほど、やはり橋の改造ね。

 

しかし、こっちはこんなにも読み取りやすいのは、何が違うんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

ちゃんと渡りまして、正対。

木漏れ日の中の石橋。なかなか雰囲気ありますな~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コチラの親柱は、

どちらも「虹橋」。素敵な親柱だが、どっちも橋名って情報の配分がおかしい(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

サイドアングル。

桁橋だと思われるが、ほんのり反ってるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

こっち側の側面を観察していて、

見つけちゃった。

 

 

 

 

 

 

 

 

石桁の側面に…

「願主」として多くの氏名が刻まれていた。

 

この思いがけない出会いは嬉しかったが、(少なくとも当時は)現地に解説板のようなものはなかった。

 

記事を書くにあたって改めて調べてみると…見立てどおり移設された橋であることは確かなようだが、架橋位置については最初「??」状態だった。

なぜなら、あるサイトでは「参道の切り通し(なんやそれ)に架けられていた」と、また別のサイトでは「(近隣の)手越川に架けられていた」と書かれていたので、てっきり諸説?あるのか?と思ったのだが…。

 

なんのことはない、さらに調べると、参道の「切り通し」とは鳥居前に至る150mほどの直線部分を指すようで、そこを横切る川は手越川なので、結局表現が違うだけで同じことを指していたわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

あいにく写真を撮ってなかったので、またグーグルマップのヘルプを仰ごう。

要は、この橋だ。ここにかつて架かっていたのが、あの「虹橋」というわけ。あースッキリ。

 

大正九年に「改造」されたのがあの橋ということだが、それ以前のはどういう橋だったんだろう。天満社参道ということだから、差は石橋ではあったんだろうか。

なんにせよこの虹橋、江戸時代末期ごろに編纂されたとされる「尾張名所図会」にか描かれているという由緒ある橋のようである。

 

 

 

 

 

 

 

 

この「虹橋こみち」を過ぎて、

天満社本殿に至るのであろう石段が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かなり雰囲気のいい石段ではあったが、

この時点でけっこうな距離を歩いていたわたくし、失礼ながらパスしてしまった。失礼なやつ…。

 

 

 

 

思わぬ石橋との出会いにテンションが上がった、そんな有松の思い出(笑)。

 

 

 

 

以上。

 

 

 

※本来なら「遺構その他」あるいは「気になった社寺」テーマが適当かと思うが、まあ「橋」なんで…(笑)。

本日2021年8月16日、お盆休みの最終日に、Q地図でピックアップした滋賀県・湖西方面の橋をいくつかチェックしに出かけました。結果的に、休みの間で唯一の外出(リアルに)となりましたよ。

 

 

これもダイジェストを投下するほどのスケールじゃないんだけども、一応。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時折小雨の降る天候だったが、この程度全然まし。ただ、昨日のほうが天気は良かったですな。今回も、すぐに記事にするようなネタはなかったけど、楽しめました。

 

 

まあつまらんお盆休みだったけど、「つまらん休み」なんて言ってられる状況に感謝しないとですな。「最悪のお盆」になった人たちも多数だろうから…。

 

 

 

 

以上。

 

 

【前回】より続く。

 

 

 

宮ヶ浜駅とその周辺を紹介したついでに、

実はホントに紹介したかったものを。

 

 

 

 

 

 

この小駅から最初のメインターゲットである湊川橋へ向かおうとして

…見つけた、ヘキサ。

 

 

 

 

 

 

 

 

鹿児島県道237号

宮ヶ浜停車場線。これは、いわゆる「停車場県道」ってやつ。

 

都道府県道の「停車場線」自体は珍しいものではないけど、路線指定が最寄りの主要道路から停車場までとなっていることが多いため、往々にして「めっちゃ短い」路線が存在するんだな~。

 

 

 

 

 

 

 

 

ご多聞に漏れず、当路線も、

短~い。

 

昭和47年3月2日に告示された鹿児島県の「路線番号決定公告」によると、当路線の起点は「宮ヶ浜停車場」、終点は「国道226号線交点」。つまりここ

 

マピオンでも地理院地図でも、駅前のロータリー手前までが県道色になっている。路線延長は50mもなさそうですな。

 

 

 

 

 

 

改めて、宮ヶ浜駅から望む県道全景。

南国テイストが、よろしいな。

 

まあ確かに短い路線なのだが、全国的にはもっと短い「停車場線」がまだまだあるはず。ちなみに総延長での最短は、広島県道204号安登停車場線の10.5m、総延長から重複区間を除いた実延長での最短は、長野県道77号長野上田線の7m、だそう。上には上が…(笑)。

 

 

そうそう、以前日本一短い国道を記事にしてたりもするので。よろしければ。

 

 

 

 

 

以上。

 

 

2020年4月6日、鹿児島出張二回目の休みに敢行した、JR利用の徘徊。

 

 

 

 

最初のメインターゲットに向け降り立ったのは、

指宿枕崎線・宮ヶ浜駅。

 

 

ここからメインターゲットに向かう際に拾ったネタを記事にしようということなのだが、その前に今宵は当日撮った宮ヶ浜駅と、そこからほど近い海岸の様子などをご紹介。ほぼコメントなしで。

 

 

 

では、どうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

災厄のお盆・・・。

 

それにしても、こんなに酷いお盆はちょっと記憶にないですな。ご先祖様もビックリ。荒天続きの中、せめてブログ記事だけでもカラッとした晴れの景を…と思い、ご紹介したいものよりもコチラを先に記事にした次第。

 

 

あちこちで災害が発生しています。被害に遭われた方々にはお見舞い申し上げるとともに、亡くなられた方々にはお悔やみ申し上げます。皆様、くれぐれも安全第一で参りましょう。

 

 

 


【次回】に続く。