穴と橋とあれやらこれやら -220ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2018年9月24日、京都と大阪の府境・山崎を徒歩周遊し、電車からいつも気になっていたところを回った。これまで記事にしているのは後半の山崎聖天参道橋梁(仮)だが、今宵ご紹介するのは序盤に訪ねた物件。

 

 

 

スマホで地図を見ながら…

この奥…らしいが。いいねえ、この進入がためらわれる感じ(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

阪急の線路手前でググっと右に曲がると…

見えた~!

 

 

 

 

 

 

そうそう、これこれ。

阪急京都本線を跨ぐ跨線橋。これがいつも気になってたんよね~。場所コチラ

 

 

 

 

 

以前はもっと古びてた気がするが、

どっかのタイミングで化粧直しされたかな?

 

実はこの跨線橋を渡った先にあるのは、あの一軒のお宅のみ。つまり、事実上のプライベート橋である。羨ましい…。

 

 

 

 

 

跨線橋から望む京都河原町方向では、JR京都線(東海道本線)がオーバークロスしていて、

折しも大阪方面に向かう新快速が爆走中。

 

 

 

 

 

続きまして、

京都河原町行き準急が通過。

 

ここで粘ってれば、二本の列車がきれいにクロスするタイミングが日に何度かはありそう。まあそこまで粘る気はないけど(笑)。

 

 

 

 

 

 

向き直ってコチラ、

大阪梅田方向。高架へと登り、視界から消えるあたりに水無瀬 大山崎駅がある。

 

 

 

 

 

今度は

大阪梅田行き準急が通過中~。

 

この跨線橋、現地では銘板含め情報は何もなかったため、仮称で記録していた。だがQ地図でお名前判明。その名も「阪急陸橋」という超ストレートなお名前だった。読み方は「はんきゅうりくはし」となっていたが、合ってるのかな。ちょいちょい現地情報と違う読みが載ってたりするからな~。

 

 

驚いたのは完成年。1954年(S29年)とのことで、思ったよりも古かった~。

 

ちなみにこの道路は「町道大山崎線第65号」とのことなので、ガチなプライベート橋ではなかった。まあ実態はそれそのものだけども。

 

 

 

 

 

いや、なかなか楽しい橋だった。

こういうとこ歩くの、大好き。

 

 

 

 

以上。

道路橋記事なのに、橋の写真が極少(笑)。

 

 

 

けっこう久々の廃自販機ネタ。写真のみでお送りする。

 

 

 

 

 

メッツ、キリンレモンときてこれなんだっけ?もしかしてベルミーコーヒー?違うか。右端は言わずと知れたUCCっすな。

 

500円玉がない時代の自販機。今でも時々こういうスリム型の自販機の生き残り(現役)を見つけることがあるが、結構好きかな。

 

 

 

ロケ地:奈良県御杖村某所

 

 

この記事を書いてる9月9日の仕事帰りに、次の遠征を目論んでいるある県の地図を買ってきた。
 
 
 
それがこちら、
ヤマグチケーーン!!(なんだそれ) 
 
さすが丸善本店、当たり前のように店頭にあった。ありがたや。電子地図をありがたく使わせてもらってるが、遠征のお供となれば「本」に限る。
 
 
お泊りアリの遠征は昨年11月の福井以来のご無沙汰だし、もっと言えば、出張を除いて久しく関西から出ていない。出てもこの福井や岐阜、三重といった隣県どまりで、ここらでガツンと遠方(当社比)に行ってみたいと思っていた。なおかつ、この趣味でこれまでとんと足が向いていなかった(滋賀から見て)西方面に行きたいな、と。
 
色々考えた末に決めたのが、この山口県。この趣味では全く未開の地だが、チラッと調べてみただけでかなりそそる物件が多数ありそうなことがわかった。岡山や広島ももちろん同様なのだが、可能な範囲で遠くまで、という一点で山口にけってーい!となった。
 
 
 
まあ、勝手に「けってーい!」とか言ってるけど、日程は未定。奥様へのネゴシエーションもまだ(笑)。
 
できれば今月後半には決行したいけど、仕事の不確定要素が気になるしなあ。奥様については、ここんとこポイントを積み重ねてるから大丈夫だとは思うけど…(笑)。
 
 
 
 
あー、早くGO WEST!したい~。
 
 
 

【旧廃道篇】より続く。

 

 

 

 

現れましたる、

素掘りの洞内をモルタルで巻いた、シンプルな廃隧道。扁額も銘板もないが、お名前は「柿ヶ野隧道」という。

 

 

 

 

 

 

 

坑口脇には、このような旧々道とおぼしき平場があるのだが、

5~6mほどでスパッと切れ落ちてしまっていた。

 

路盤が崩落してしまったか、あるいは桟橋でクリアしていたのか。後者だとしたらかなりのファイト一発系(古ぅ)だったに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

かつて立ち塞がっていたはずのフェンスは、

今やこの状態。

 

その通りで、これ以上の立ち入りはお勧めしない。それはまあここからの写真で伝わると思うが。

 

 

 

 

 

 

洞内には剥落したモルタルが落ちているが、

こんなのは序の口で。

 

 

 

 

 

 

 

 

抜けた先とか…

えらいことに…

 

って、この写真を撮った直後に、ビクッとした。気づいてなかったところでいきなり目が合ってしまったから。

 

 

 

 

 

 

 

しばらく見つめながら接近したものの、向こうも目をそらさないので、

思わず背を向けて撮った、鉄板の構図。

 

…って、さっきから何を言ってるのだオマエは?って感じだと思う(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

お見せしよう。

阿鼻叫喚の惨劇が展開されている隧道東側だが、その只中に…わかるかな?お気づきになった?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写真中央…、

このお方。ニホンカモシカ。

 

瓦礫のてっぺんで微動だにせず、まるで王のようにひたとこちらを見下ろしてくる。思わず平伏しそうになった(笑)。

 

 

 

 

 

 

まあそれでも1~2分くらいだったかなあ。

 

 

 

 

降りてきたので、もしかしてこっちに来るのか?と思ったが、川べりのほうに移動した後、いつしか立ち去った。

 

 

瓦礫の上のあの姿は、実に絵になってた。たぶん彼(彼女?)は、「これ以上こっちには来るなよ」と忠告してくれたのだと、そう解釈した。

もとよりこの壊滅具合を見ると足を踏み入れるのは憚られるし、すんなりとその忠告を受け入れることとした。

 

 

 

 

 

 

とまあそういうわけで、

隧道から先の旧道は完全に死んでいる。

 

現在進められている「上麻生防災」事業において、この隧道にまで手が及ぶ(新道に干渉する)のかどうかは不明だが、とりあえず行ってみたい方は早めのほうがいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

先ほどから気になっている、残骸の中をチェック。

波型ライナープレートが、見るも無残にひしゃげてしまっていた。

 

これは簡易なロックシェッドのなれの果て。数ある先人のレポートでも、うさネコサンドさんの記事では経年による崩落の過程がよくわかるので、興味ある方はどうぞ。2004年2007年2018年)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隧道の巻き立てそのものが

ごそっと落ちているところも。エゲツな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこを見上げてみれば、

いや~ヤバイヤバイ。長居は無用だ。

 

 

 

 

 

 

 

よく見れば、アーチそのものにも、

あるまじき、軸方向のクラック(汗)。

 

これはかなり危険。静かなる圧壊が始まっているようだ三子生隧道に比べればカワイイものだが)。わたくしなんかが申すのもアレだが、ここはみだりに立ち入らない方がいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

改めての、

鉄板の構図。

 

近い将来、この景色の中にもう一本、真新しい橋が加わることになる。線形によっては、この隧道に致命的な影響を与えるこのなるかもしれない橋。瀕死のこの隧道は、その時どうなるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

この飛山橋との

位置関係も気になるところだ。

 

 

 

 

まあとりあえず繰り返しになるが、この旧道、柿ヶ野隧道、そして右岸歩道の隧道たちなど付近の旧物件を訪問するならば、可及的速やかに決行されることをお勧めする。予断を許さない状況だ。

 

 

 

 

 

 

以上。

 

 

 

2020年9月22日、謹慎明け東濃~中濃徘徊の2日目。この日のネタで記事にしているのは、二つのメインターゲットである朝イチの白川付知林道シデノキ旧廃道とその周辺と、午後の飛水峡の飛騨川右岸歩道

 

今宵と明日に分けてご紹介するのは、飛水峡の飛騨川右岸歩道探索の直前に訪ねたところ。業界(謎)ではかなりの有名物件なので、すでに多くの訪問レポートが存在するが、近いうちに(というか既に)この一帯に「大きな動き」があるという情報を得たので、ならばわたくしも今のうちに、と急遽記事にしておく。

 

 

 

 

まずはこれ。

ここは国道41号・七宗第四トンネル西側旧道入口を入ったところ。

 

 

 

 

 

 

現道トンネルの脇を過ぎると、

急激に道が狭まり、なにやら看板が立っている。

 

 

 

 

 

 

 

まあこのような、

我々には逆効果な内容が(笑)。

 

国道旧道なので実は幅員は広いのだが、駒止めで絞ってある。今では対岸の大柿集落への生活道路なので、この程度で十分なようだ(しかも大柿集落も今では無住とか…)

 

 

 

 

 

 

再び幅員が大きく広がると、

大柿集落へ渡る橋(飛山橋)のたもとに。現在地コチラ

 

この感じだとかつては左折レーンまであったぽいが、今では空虚なスペースとなっており、そこに車を停めた。

 

 

 

 

 

 

生きた旧道はここまで。この先は、

彼岸の世界。

 

あの先に、「崩壊の恐れがあるトンネル」がある。まあ、先人たちのレポートを見ているので、どんなものかは知っちゃっているのだが。

 

 

 

 

 

 

さて、ここらで冒頭に書いた「大きな動き」について。それは、国道41号「飛水峡街道」区間(七宗町川並~白川町河岐)の路線改良、その名も「上麻生防災事業」である。

 

「現道区間では、降雨による通行規制や落石・土砂崩れによる通行止めが多く発生して」いるため、「本事業を推進することで降雨による通行規制や、災害時等における交通寸断リスクを解消し、周辺地域へのアクセス向上に寄与」することを目的として行われるものだ(中部地方整備局岐阜国道事務所ホームページより部分引用)

 

山神さんの記事(↓)により知ることができた。御礼申し上げます。

 

 

 

 

改良区間は、下図に紫色破線で描かれている部分だ。

【中部地方整備局岐阜国道事務所ホームページより転載、加工】

 

思えば、飛騨川バス転落事故の悲劇以降半世紀以上経っても、永らく国道41号は悲劇が起こった同じ場所をずっと通っていたわけで、ここへきてようやく本格的な対策が打たれたこと自体は喜ばしい。二か所のショートカット部分は、いずれも国道が飛騨川の攻撃斜面に当たっている箇所だ。これを避けることは非常に理にかなっていると思う。

 

で、オレンジ色矢印で示したのが現在地、飛山橋のたもと。今回紹介しているこの旧道、一見して「ただでは済まなそう」な位置にあるのだが、次回紹介予定のこの先の廃隧道も含め、果たしてどうなるか。

 

 

 

 

事業は、この旧道近辺での橋脚工事からすでに始まっている(後述)。

 

とりあえず、今生きている旧道部分(~飛山橋~大柿)については、多少の干渉はあれど残るのだろうが、

この飛山橋とは別に新たな橋を架けるようなので、対岸に渡ってどの位置にトンネルを掘るのか、大柿の集落位置やJR高山本線との干渉回避も含め、案外限られてくるかな。

 

その坑口位置により、橋の位置(と高さ)が規定されるのだろうが、8月13日付の七宗町町長さんのブログ(さすがにリンクは憚られる(笑)ので、興味ある方は探してみて)によると、すでに国道側の橋脚はほぼ完成、という状態で、写真で場所がよくわからなかったが、ちょっと高い位置に架かるっぽい?旧道への干渉度合いや廃隧道の命運は橋の位置と高さ次第かな…。

 

 

個人的に最大の懸念は、山神さんと同じく飛水峡の飛騨川右岸歩道(さきほどの図で黄色の線)にも明らかに影響が及びそうなこと。直接新道に干渉しなくても、工事用道路などが作られたとしたらあっさりと潰される可能性もあるから、心配だ…。

 

なんにせよこの周辺を訪問される方は、急がれるが吉かもしれない…。

 

 

 

 

以上、今記事(と次回)を書く動機となった「大きな動き」についてお伝えした。現場に戻る(笑)。

 

 

 

 


 

 

 

 

廃道入口は二重のガードレール封鎖に加えて金属フェンス封鎖も。しかし…

こういうパターン、珍しいな。今更この道に用のある人がいると思えないのだが。もしかして、我々への粋な措置?(違

 

 

 

 

 

 

 

なので、ありがたく通らせていただき、

「通行止」標識の立つ、真正の廃道へ。

 

 

 

 

 

 

二車線幅を有するはずだが、

今やシングルトラック。さすがにメジャー物件、踏み跡は明瞭だ。

 

 

 

 

 

 

このような、

現役時代の忘れ形見が。今やどこを指してる?

 

 

 

 

 

 

その先では、

束の間、かつての幅員を視認できるパートがあって、

 

 

 

 

 

 

そのあたりからは、

眼下の飛騨川、飛水峡が見えた。約12kmにわたる飛水峡の、このあたりはだいぶ端のほうになる。

 

 

 

 

 

 

 

さらに忘れ形見が立て続けに登場。

幅員減少と高さ制限というナイスコンボの先には…

 

 

もうしっかりと見えていた。

 

 

 

 

【次回】に続く。