穴と橋とあれやらこれやら -213ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

【3】より続く。

 

 

 

 

 

後は戻って…アレをチェックしないと。

改めて(しつこく)見る法善壁。

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして見ると、

完全に路盤に覆いかぶさってますな。これは圧巻。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

往路では写真割愛したが、

隧道前にはコンクリ側壁があった。反対側にはもっと小さいのがあったが、こっちはゴツイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

で、同じくぶった切られた古レールが刺さっていて、

なんか刻まれてますな。まさかの刻印レール?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隧道の(法善壁とは)反対側も、

ちょっとスケールは落ちるが、なかなか凄かったんですな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、ほぼ出発点まで戻ったところで、

こいつをチェックしないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廃されて久しそうな、

吊り橋主塔。

 

左下、山神隊長がおられるところにある二本の柱は、主塔と河岸の間に渡されていた部分を支えていた橋脚のなれの果てだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

その場所から、主塔と対岸を望む。

この狭さ、どう見ても人道吊り橋だっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

現R158の葛ヶ原橋ほど近くではあるが、

周辺状況から判断するに、直接関係はないのだろう。

 

かつては国道から対岸(左岸)に渡る橋だったが、国道がその左岸に付け替えられたことで存在意義を失い廃された…って感じかと思われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

その対岸をよく見ると、

めっちゃわかりにくいな…

やはり小ぶりなコンクリ主塔が残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主塔周辺には、

切断されたかつてのメインケーブル(たぶん)がくしゃくしゃっと残っていた。この金属部材はなんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだろうかと言えば、

こいつもなんだろうか(笑)。

 

 

 

のんびり往復で76分(自己紹介&歓談タイム含む・笑)。ようやく宿願だったこの旧廃道を踏破し、悪い因縁(笑)を断ち切ることができた。大満足。

 

 

福井って大好きなとこなのだが、なぜか探索でケチがつくことが多くて。ここはやっつけたものの、三回アタックして三回敗退してる、これまた悪縁の場所(笑)がまだありましてな。四度目のアタックをいつやるかは未定だが、いつかはヤル!

 

 

 

 

この後、ペッカーさんに素敵な場所をご案内いただいたが、それはまた別の機会に。

 

 

 

以上。

 

 

【2】より続く。

 

 

 

 

この旧道のクライマックス、それを早速お見せしよう。

路盤にのしかかる絶壁。その名も「法善壁」。

 

近世以前の土木・産業遺産」によると、美濃街道(に「3本あるうちの1つ」)の片洞門で、その建造は「江戸期」となっている(近代の可能性もある、との注釈もついているが)。わかりやすい片洞門ではないけど。

 

 

 

 

 


荒々しい、という表現では控えめすぎる、

圧倒的威圧感で聳え立つ岩壁。

 

見たところ、落石防止的な措置は全く取られていないように見えた。ここが旧道落ちした理由は、おそらくこの法善壁の危険性と無関係ではないだろう。この立地では隧道の拡幅もままならないだろうし…。

 

 

 

 

 

 

 

険悪すぎる岩の壁とは裏腹に、

コンクリ護岸の苔はこんなにも美しく。

 

 

 

 

 

 

 

 

ここを、

国鉄バスが走っていたのだそうだ。

 

 

法善壁を調べていてこのPDFリンク(「大野市報」昭和31年11月1日発行 第29号)を見つけた。これの4面に「郷土いろはかるた」というコーナーがあり、この号は「ぬ」で、そこには素朴なタッチで描かれた、法善壁とボンネットバスの挿絵(まさに二枚上の写真と同アングル)と、「ぬけるトンネル 法善壁」というかるた文が載っている。「ぬ」ってけっこう限られてるから、苦し紛れ感はあるけど(笑)。

 

 

そして、添えられた文章があまりによく往時の姿を表しているように思ったので、ここに引用掲載する。

 

“京福大野駅から約二十キロ、国鉄バスで九頭竜川に沿つて上がると「法善壁」がある。岩壁が頭上にせまり、九頭竜の流れが足下を洗う。湯上トンネルを通りぬけると、左方から、霧降の滝が夏なお涼しい滝しぶきをあびせかける。”

 

どうだろう、まるで映像として目に浮かぶようだ。そしてあの「ウォーターシェッド」上から落ちているのは、「霧降の滝」というれっきとした滝だったんですな。

 

 

 

 

 

 

そしてこれもネット上で見つけたのだが、「九頭竜川 法善壁附近ノ佳景」という古い絵葉書。

 

ここには載せられないのが残念過ぎるが、これを見るとなんと湯上トンネルのこっち側、

なんと石造ポータルだった。この現状とはどうにも符合しないが、まぎれもない事実だ。

 

湯上隧道の建造年や諸元は全然判明してないのだが、石ポータルということは…大正以前の古洞である可能性が高い。コンクリポータルは後年の改修によるものなのか?

 

 

 

 

 

 

 

いや~しかし、

すんごい圧迫感だ。

 

レンズにデカい水滴がついてしまった。というのも、この法善壁の下は壁面から滴る雫が降り注いでいて、まるでここだけ雨が降ってるかのような。

 

 

 

 

 

 

見上げてみれば、

このオーバーハング!

 

片洞門といわれてもわかりにくかったが、確かに片洞門だ、これ。エグイわ~。

 

 

 

 

 

 

 

法善壁と、湯上隧道。

こうしてみると、巨大な岩盤をガッツリと削って道をつけたのがわかる。本当に江戸期のものなら(いや、そうでなくても)凄いな、この土工は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感嘆しながらバシバシ写真を撮ってたら、

誰か来たし。

 

山神隊長が「クイックさんの知り合い?」とか聞いてきたけど、それほど目がよくないんでよくわからない。けど、いやいやまさか。

だって集合場所も時間も、ましてや行き先もブログには書かなかったし、誰も知り合いが来るわけもない。と思ってたのだが…

 

 

知り合いだった(爆)。

 

その名は福井県在住のペッカーさん。聞けば、ケンミンならではの嗅覚と拙ブログでのわずかな情報から、場所と時間をピンポイントに割り出されたのだった。あんた敏腕刑事か(爆)。

 

 

 

 

って、ここらは当時のダイジェストにも書いたものの丸写しだが、今思い出しても愉快な気分(笑)。しばし自己紹介&談笑タイムとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

では、続きを。

 

やはりちゃんと紹介しておきたい、

このウォーターシェッド(クイック命名)。霧降の滝を流しているシェッドである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな場所にひっそりと

正体不明の石碑が。

 

「●●上人●●」と刻まれているように見えたので、道路関係のものではないような気がするが、来歴はなんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてこれが現代の

「霧降の滝」の姿。

 

 

 

 

 

 

 

この先の発電所は、

ちょこっとお邪魔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この間を抜けて、

発電所の表側まで行ったが、写真はまあ控えとこうかな。

 

 

 

 

 

さて、【4】は…戻るだけでヤンス(笑)。

 

 

 

【1】より続く。

 

 

 

現れたるは、崩壊斜面にかろうじて開口した、黒き穴。

宿願だった隧道の登場である。

 

坑口部分、本来もうちょい土被りがあったんだろうが、今ではほぼコンクリートむき出し状態。大きな落石でもあれば、ベッコリと逝きそうだ。

 

 

 

 

 

 

いまいちサイズがわかりにくいかもしれないが、

こんなくらい。このまま開口部は徐々に狭まっていくのだろう。

 

 

 

 

 

 

もちろん隧道は車道サイズなので、

ここから入ったらどんな感じになるのかわかっていた。

 

 

 

 

 

 

すなわち、

こんな感じ。

 

 

 

 

 

 

一見して目を引いたのが、

この左側壁部。

 

アーチ部分だけをコンクリで巻き立て、側壁部は素掘り岩盤のまま。これかなり珍しいような気がする。他どこかで見たっけ?

 

 

 

 

 

 

岩盤を粗く整形して迫受けに使っているようだが、

打設したコンクリートも仕上げに手作業で整えた痕跡が見て取れた。

 

 

 

 

 

 

鉄板の構図…いや、

そうは呼ばんか(笑)。

 

下降中のパパさん。かなり埋まっているんだなというのが伝わるかと。アーチを一周するデカいクラックが入っている。けっこうヤバイ状態だ。

 

 

 

 

 

 

目を引いた左側壁部に対し、

向こうに見える右側壁部もまた、ユニークだ。

 

 

 

 

 

こういうのも、

どっかで見た気はするものの、どこだったか思い出せない。

 

これらどういうことなんだろう。コンクリートの節約か、よほど側壁部の岩盤が安定しているのか。

 

 

 

 

 

 

中央部あたりからの振り返り。

雰囲気重視のノンフラッシュ撮影で。

 

 

 

 

 

 

そして向き直っての、

ちょっとカッコイイ一枚(笑)。あれはakatora nekoさんかな?

 

その向こうに、なにやら見えているのがおわかりだろうか。

 

 

 

 

 

 

隧道を抜けた先、

ただならぬ「岩の壁」が行く手に立ちふさがっているのを。

 

それを目にしたとき、思わず声が出たが、まあそれは次回に。

 

 

 

 

 

 

抜けて向き直り、

正対。

 

反対側とはまったく印象が違う。

 

 

 

 

 

 

小さな扁額があり、

「湯上隧道」と。

 

R158で近辺の廃隧道である馬返し隧道や影路隧道(いずれも記事まだ…)は、新道にも同名のトンネルが掘られたが、この湯上隧道だけは現道にはトンネルなし。よって、その名をしのぶよすがはない。その存在を知る者だけが、発電所の名称にそれを見出すのみ…。

 

 

 

 

 

 

ちょっと角度を変えて。

極めてゴツイ岩盤に穿たれているのがわかる。

 

が、この旧道のクライマックスは、実はこの隧道ではないのだった。

 

 

 

 

 

【3】に続く。

 

 

 

ようやく、この時が来た。

 

 

 

2020年11月29日、福井県宿題回収ツアー2日目、因縁のあの物件へのアタックが、ようやく実現。

こここそが、最大の「宿題」だった。

 

 

この日から遡ること2年と1ヶ月。この物件の探索をもって3日間の「悲報転じて北陸遠征ツアー」を打ち上げるはずだったのだが、想定外のあり得ない事態により探索を断念せざるを得なかった、まさに因縁の地。詳しくはこのダイジェスト末尾を参照のこと。

存在を知ってからだと、ゆうに5年以上。この日、ようやく探索が叶った、というわけ。

 

ちなみにこの日のネタで他に記事にしてるのは、朝イチの東勝原発電所取水堰堤の吊り橋

 

 

 

つうわけで、8時半に「道の駅九頭竜」にて山神さんakatora-nekoさんRKパパさん待ち合わせ。まずオプション探索の後に、満を持してやってきた。

 

 

 

 

 

 

現在地はコチラ

すぐそこに見えるは、現R158の葛ヶ原橋。

 

 

 

 

 

 

あの橋で九頭竜川左岸に渡る現道に対し、旧道は右岸を通っていた。

その右岸を今から辿っていこうとしている。因縁のブツと対面するために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身支度を整え、

山神隊長を先頭に、スタート。

 

 

 

 

 

 

 

 

歩き始めてすぐに、

吊り橋のコンクリ主塔を見つけた。

 

葛ヶ原橋の旧橋…でもないだろう、あのサイズでは。これはまた帰りに観察することにして、とりあえずスルー。

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてこんな杭も見つけた。

「北電社有地」。北陸電力の境界杭だった。

 

先ほどの地図リンクでもわかるとおり、この旧道の先には湯上発電所があり、その絡みでだろう。とりあえず進入禁止などの表示はなかったはずなので、これまた華麗にスルー。

 

 

 

 

 

 

 

現道の葛ヶ原橋の竣工は1964(昭和39)年。したがって、この道はその頃に旧道化したはず。

本格的に放棄されたのがいつかは不明だが、湯上発電所の運転開始が1968(昭和43)年5月とのことなので、発電所建設期間も考え合わせれば、昭和40~41年ごろには道路としての役割は終えていたものと思われる。発電所建設の作業路として使われたかもしれないが…。

 

 

 

 

 

 

 

やがて、遠くに

何かが見えてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズームしてみた(手前の木が邪魔だが)

向こうのドーム状建屋が湯上発電所で、手前の滝…のように見えるものは…まああえて説明しないでおこうかな。これもけっこう見ものなので。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、道は淡々と、

大きな障害もなく続く。…まあ、真正の廃道ではあるが、さほど歩きづらくはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とか言ったそばから、

相当に古そうな大崩落痕跡で、路盤が一気になくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ピリッとくる場面なので見落としそうになったが、この山側のこれ。

岩盤むき出しの中にコンクリ構造物があって、そこにぶっ刺さった(そしてぶった切られた?)四本の古レール。

 

これ、どういう用途のものだったんだろうか。なんとなく現道にはそぐわないので旧道化してからのもののように思えるが、はてさて?

 

 

 

 

 

 

 

 

さて…行く手を見ると、

さっきのあの「滝」。

 

わかるだろうか?あれ、山からの水を旧道上空で流すために設置された構造物なのだった。ああいうのたまに見るが、何と呼ぶんだろう。スノーシェッドでもロックシェッドでもないから、ウォーターシェッド、とか?

 

 

 

後ほどあそこにも行くんだが、その手前にドでかい岩盤が完全に立ちはだかっている。これが意味するものは?

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん、

拙ブログのお客様ならもうおわかりで。記事タイトルにもなっとるし。

 

 

 

 

 

 

 

 

山神隊長の見下ろす視線のその先には…

あはーん、とね。

 

 

 

 

 

【2】に続く。

 

 

 

この写真一枚でわかる方も多そうな。

 

 

これまた発作的に、やっとこうかなと。

 

 

 

 

【1】に続く。