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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

【前篇】公開後に、いつもお世話になっているnotodonさんより隧道名称をご教示いただいたので記事タイトルを修正した。「大釜戸隧道」ということで、昭文社のスーパーデジタルマップルにはそう記載されているとか。この付近の小字のようなので、当初仮称に採用しようかと思っていたものだが、これでアタリだったようだ。notodonさん、いつも本当にありがとうございます!

 

 

つうわけで【前篇】より続く。

 

 

 

隧道抜けたらすぐに、右カーブ。

そこは農地で、農作業に来られているとおぼしき軽バンが停まっていた。

 

こう見ると、やっぱ突っ込まなくて正解だったな。わたくしも大人しくなったものだ(バカ

 

 

 

 

 

振り返って、隧道に正対。

こっち側は、たとえ軽バンでも高さがちょっと気になってしまうレベル。

 

 

 

 

 

さて、後篇残りは、

数mおきに撮った、ほぼ同じ写真(笑)の連打で。だってこのテイストの素掘り隧道、好きなので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

抜ける手前で、鉄板の構図。

実際はかなり美しかったのだが、撮り手のヘボさで台無しですな。

 

 

 

 

 

改めての振り返り正対。

洞内の崩落による洞床盛り上がりのせいで、向こうの明かりの見え方がちょっとおかしくなってる。実際の延長よりも長めに見えるし。

 

 

 

 

 

最後に、またぞろこの写真登場。

この開放的ロケーションもまた、素掘り隧道との組み合わせはレア。

 

お手軽に訪問できる上にロケーションもブツも素晴らしい、実におススメの物件でありました。

 

 

 

 

以上。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以下余談。

 

これを書いてるのは19日の夜で、19,20と久しぶりの連休のはずだった。なので本日19日はガッツリ歩いてきたし、明日も休みだという心の余裕を満喫してたのだが…なんとたった今、事情により明日急きょ出勤になってしまった。萎えるわ~。

 

残り少ない休日、明日行くところも決めていたのに…。まあ、しゃーねえな。

 

 

【2023年4月19日追記】

当初「竹岡の名称不明隧道」のタイトルでアップしたが、隧道名称をnotodonさんよりご教示いただいたので修正した。ありがとうございました!

 

 

2023年3月14日、11年ぶりの房総探索で訪ねた、長年気になっていた物件をご紹介。小規模なネタにもかかわらず、前後篇に分けてこってりとお送りする。

 

 

まず、ブツの場所はここ。館山自動車道・富津竹岡IC至近のロケーションである。ここ富津市を含む内房沿岸部は、以前の房総探索で手薄になってしまっていたエリアであり、だからこそあの「一般人にも超有名な映え隧道」も行き漏らしていたわけだ。

 

で、今宵のお題の隧道は、全然情報がない。ググっても出てくるのは、ここからほど近いその「映え隧道」ばっかで、愛と信頼の「全国Q地図」にも掲載がなく、「平成16年度道路施設現況調査」を見ても判然としない…。なのでまあ、このようなタイトルとなった。※冒頭の追記参照のこと。

 

 

 

 

ではまあ、内容のない前説はこのくらいで、まずはこれ。

とにかくレンズが汚くて見苦しいのだが、ブツは左端だ。これは前回のレンタカー写真の別角度になる。

 

 

 

 

 

来た道を振り返れば、こう。

向こうを横切るのは館山自動車道で、右側見切れた先が富津竹岡ICである。美しい溜池と、道の右側には明るく開けた墓地。

 

 

 

 

 

そんなところで、チャッキーよろしくギギギと振り返れば、

(ほんとレンズが汚ねえな)そこには小ぶりな穴が~。

 

このやる気ゼロな通行止めと、単なる障害物のようなそれをよけて刻まれている轍が実にイイ。看板には市役所の名があるのでこの道も市道なんじゃないかと思うのだが、なぜQ地図には記載がないのか…。

 

 

 

 

 

この角度のほうが、隧道のサイズ感が伝わりやすいかな。

慣れた人でないと、まず車で入ろうとは思わないだろう。そして明らかに普通車では諦めるレベル。わたくしももちろん徒歩で入った。

 

でも前回書いたように、ここに突っ込んでみりゃよかったな~と、少しだけ思ってる。

 

 

 

 

 

で、この隧道。ここからではまだわからないだろうが、

個人的には、房総エリアで見た多くの隧道の中でも上位にランクされる逸品だった。

 

 

 

 

 

いきなりこの感じ、

房総の素掘り隧道ではあまり見た記憶がないワイルドなゴツゴツ感に、まず持って行かれた。なんか、大鮫隧道を思い出した。

 

 

 

 

 

そしてこれ!

文字通り吸い込まれそうな、あるいはどっかに連れて行かれそうな。

 

これぞ素掘り隧道の醍醐味。こういうの久々~!きゅんです、ってやつか。

 

 

 

 

 

真ん中あたりでは、

徐々に崩れてきているのか、洞床が少し高くなっていていた。脇に寄せられた落石がエグい。

 

 

 

 

 

足下の感じで伝わると思うが、

このあたりはとても砂っぽかった。なので、崩れると言ってもすこ~しずつサラサラと風化して行ってるようなイメージ。その過程で、砂に抱かれている石がごろんと落ちてくる感じか。まあそれは怖いが、丸塚隧道ほどではない(笑)。

 

 

 

 

 

まあとりあえずこの一画、

なかなかの危険地帯かなと。

 

 

 

 

 

抜ける手前の、鉄板の構図。

抜けた先は…?

 

 

 

 

【後篇】に続く。

 

 

このシリーズ2年10ヶ月ぶりの「新作」…ってことは、そんだけぶりにレンタカーを借りたってこと。

 

 

つうわけで、25台目を数えるレンタカー歴の中で初めてとなる、ダイハツのムーヴ。2023年3月14日の11年ぶりに房総を暴走でお世話になった。

アイドリングストップの車に乗るのがこれが初めてだったんだが、やっぱ好きになれなかった。いちいち咳き込むような気持になるあんな機能、イランねん。それ以外には特に不満はなかったけどね。

 

 

 

 

 

やっぱ我が行動パターンに照らせば、

もはやレンタカーは、軽一択っすな。なんで以前は好んで普通車を借りてたんだろう。軽しか通れないようなトコにも突っ込んでたのに…。ドMだからか?(笑)

 

 

 

 

 

今回は(も)、どこにも突っ込まなかった。が、後で考えれば突っ込みたかったな~ってところはあった。

ちょうどこことかね。

 

 

 

これを導入として、その物件の記事でも書いてみよう。つうわけで、【次回】に続く。

 

 

 

2023年4月14日、この趣味では初めて山梨県に足を踏み入れてきた。初めての場所はいつだって楽しいものだが、山梨は特にわたくしの人生において縁の薄い県なんで、喜びもひとしおだった。

 

というのも、乗り鉄時代には全国あちこち回ったのだが、こと山梨県に関しては、身延線も小海線も未乗。県内を横断する中央本線を通過したのみということで、マジで一度も行ったことない沖縄県に次ぐ縁の薄さだと感じていた。あ、でもウン十年前に友人と山中湖に行ったことが一回だけあったな…。

 

ちなみに記事タイトルのTKYとは、東京・神奈川・山梨の略。え?気づいてた?(笑)

 

 

 

ではとりあえず、ダイジェスト。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超有名物件が二件入ってるけど、わかるかな?あとは、一件だけ「山行が」登場物件があるが、それ以外はほぼマイナー物件ばっかかと思う。いくつかよくわからん写真が混じってるが、まああまり気にせず。

 

 

 

今回は福生でレンタカーを借りて、八王子と相模原でいくつか目星をつけていた物件をチェックしつつ山梨県入り、夕方には甲州市まで到達した。レンタカー返却時間の懸念もあったので、帰りは大月からあきる野まで高速でワープ、19時30分には無事に帰着した。高速代1,160円、タイパを考えれば安かったなと思う。

 

ちなみに、事前の物件リストアップでは小菅村や丹波山村の物件もあり、そっちへも足を踏み入れたかったのだが、まあ予想通りそれには時間が足りなかったな。

 

 

 

今回も非常~に楽しかった。ネタが渋滞中につき、記事はおいおい。

 

 

 

 

2022年1月11日、仕事で行った八日市で通りすがった物件をご紹介。

 

 

踏切の脇にあった近江鉄道の橋梁だが、

重厚な石積み橋台が気になった。まあ珍しいものではないんだが。場所はこちら

 

 

 

 

 

ふと脇を見ると、こんな看板が。

「清水川散策路」なる遊歩道が整備されていて、川へ降りられるようだ。…こないだもこんなネタ、やったばっかだな…(笑)。

 

 

 

 

 

仕事も終わった後だし、さっそくに降りて…

うむ、なかなかいいじゃない。

 

近江鉄道の歴史は古く、この区間の開通は1900(明治33)年。開業時からのオリジナルだとすれば訪問時点で御年120年超え確定なこの橋台だったが、実際のところは不明。まあオリジナルでなくともかなり古そうではある。

 

 

 

 

 

この場所は本線と八日市線の分岐手前となるため、

それぞれの橋梁が並列して二本架かっている。

 

手前の石積み橋台が本線、奥のコンクリ橋台が八日市線。ちなみに八日市線は、もともと湖南鉄道として1913(大正2)年に近江八幡~新八日市(それぞれ当時は今とは違う駅名だったが)が開通したものだが、この新八日市~八日市間は、湖南鉄道の譲渡を受けた八日市鉄道がさらに近江鉄道に合併されてからの1946(昭和21)年にようやく開通している。

なので、並列している二本の橋梁だが、開通時期には46年もの開きがあるわけである。

 

 

 

 

 

塗装経歴で、お名前判明。

ストレートに、「清水川橋梁」。

 

 

 

 

 

二本の橋梁をくぐって、北側へ。

八日市線の橋梁、前述のように46歳差なわけだが、載っているガーダーはそれなりに古そう。どこかからの転用だろうか?それともオリジナル?

 

 

 

 

 

こないだの三島のホットスポットもそうだが、

こういうところへ大手を振ってアプローチできるなんて、素晴らしい。まあそれでもガン見はされるんだけどもね(笑)。

 

 

 

それにしても…近江鉄道本線に煉瓦アーチ橋梁は本当に存在しないんだろうか?そういえばその調査も中途半端になったまま10年経過してしまったな…。

 

 

 

以上。