NGOピースウィンズ・ジャパン スーダン駐在スタッフのブログ ナイルでまいる!南スーダン“こにょこにょ”レポート -19ページ目

青空法廷(みんなの裁判所)

井戸事業で村々をまわりながら、時には町長クラスと話をする必要があることもある。
そんなときに立ち寄るのは、Payam Centerと呼ばれる場所。
パヤム(Payam)というのが一つの行政単位なので、感覚的には町役場というのが近い。

ここへ行くと、大抵近くの木の下で、青空法廷が開かれている。
どういうことかというと、地域の民事裁判所の公判が町役場の庭でおこなわれていて、一般の見物人がプラスチックのイス持参で傍聴に来ているのだ。

先日も、そんな青空法廷のひとつに行き当たった。
今回のフィールドトリップのドライバーは、ミョウジョウさんの頃からのブログ読者にはお馴染みの「M」。運転技術よりもキャラクターで採用されたという専らの噂の人物で、ユニークな言動が憎めないスタッフである。

この彼が、車を停めたときから裁判の様子に興味を持ち(いつもなら、私たちが仕事をしている間はタバコを吸っているか車の中でお腹を出して寝ている)、「俺、あっちで聴いてるね」と一言言い残して木の方へ向かっていった。

珍しいこともあるものだ、もしかして後学のために聞いておく必要がある内容なのだろうか(よくあるケースは、結婚や離婚をめぐって牛を贈与・返品する際のひと悶着なので)と軽く思いながら後ろ姿を見送った。

数十分後、町長との話がつき、よし、これから村へ行くぞ、と辺りを見回すとドライバーMがいない。車の中で昼寝もしていない。他のスタッフが「まだ裁判を聞いているのかも」と見に行ったが、なかなか見つからない。

全員でもう一度傍聴人の山を見渡したら…いたいた。
ちゃっかり、誰かのプラスチック椅子に腰掛けて、ものすごく真剣な顔で聞き入っている。
あまりに立派な傍聴人過ぎて、先程は見逃してしまったらしい。

ようやく連れ戻し、車を発車させてから今日のお題は何だったの?と聞くと、いわゆる相続問題だったとのこと。つまり、父親が死んだ後に残された兄弟(二人とも成人済み)が、父親の牛を相続しようとしたところ、父親の兄弟(伯父)が出てきて全ての牛を持って行ってしまった。兄弟はそれを不当として裁判を起こした、というのが梗概らしい。係争点のひとつは成人した子どもへの相続が何パーセント発生するのか、という辺りだったらしいが、さすがに牛がらみなだけあって、多くの聴衆を集めていた。

ちなみに、この辺りの裁判では、発言者の声が聴衆にきちんと届くように、全ての発言内容を大きな声でリピートする役割の人がいるとのこと。一法廷当たり3ポンド(約1.5ドル)の報酬で双方の主張を全て繰り返すのはなかなか疲れそうだが、それだけ人々が裁判に興味を持っているということなのだろう。

蛇足だが、同様のスピーカー役の「リピーター」は、結婚式にも欠かせないそうで、この場合は報酬云々ではなく、コミュニティの長老が「お前がやりなさい」と任命するとのこと。美声の持ち主にとっては、晴れ舞台…なのかもしれない。だが、スピーチ内容を繰り返している間にせっかくのご馳走を食べ損ねる危険性も…あるかもしれない。


ニシノ

うれしかったこと

今週は、ジュバオフィスにいるスタッフ全体での会議があり、その会議の内容で一つ、私がひそかにとても気になっていることがありました。

それは、年末にジュバ勤務のスタッフの代表2人(アドミンアシスタント、セキュリティガード各1名)が、実際に事業を行っているフィールド事務所のボーへ事業視察へ行ったのですが、その報告でした。

ボー事務所の事業をサポートする業務を行っているジュバ事務所に勤務していると、実際にPWJが南部スーダンで行っている、いわば本業とでも言うべき井戸の掘削や学校修復の現場を見ることが出来ません。きっと頭でPWJが何をしているのかわかっていたとしても、実感がわかないと言うか、そんな感じのスタッフが残念ながらジュバには多くいるようでした。そして彼ら自身からも、「現場を見たい」と言う声は以前から上がっていたので、今回実行することになりました。

1泊2日の日程を終えて帰ってきた代表の二人からは、「現地の政府関係者にあって、ピースウィンズはよくやっていると言うのを聞けてよかった」「私たちがやっていることは、本当に真剣であることがよくわかり、またその現場を見ることが出来てよかった。水は本当に大切であり(彼女は「water is life」の表現を使っていた)、そして自分がここで働いていることも嬉しく思う」「井戸を掘削したコミュニティの人にも歓迎されていてよかった」と言うような報告を聞くことができました。
・・・私は途中あたりから心の中で感激の涙でした。

他のスタッフからも、以前にスーダンのラジオに代表のビンナカが出演した話も飛び出し、「ピースウィンズは小さい団体だけど、とてもがんばっていると思う」と言った発言も飛び出し、・・・みんなありがとう。涙

私からは、みんなへの感謝の気持ちと、ジュバにいるみんなのさまざまな仕事もぜーんぶフィールドでの事業に結びついているからぜひそれを覚えていて欲しいと伝えました。

今回の2人のボー訪問は、ローカルスタッフの中に私が思っていた以上の効果を生み出してくれたようで、そのことがただとても、とてもうれしく思えました。


くふ

コーヒー

南スーダンにもコーヒーはある。
私がよく行くのは、内戦中、スーダン北部の町に避難している間にコーヒーの作り方を覚えたという未亡人が経営する小さなカフェだ。

カフェといっても、日本のそれとは違い、トタン屋根の掘立て小屋だったり、青空マーケットの一隅に小さなベンチを並べているだけのものに過ぎなかったりする。

だが、コーヒーはコーヒー。それも、その場で豆を砕いて粉にし、ショウガやシナモンを加えて煮詰めてどろっとさせたものを、予め砂糖を入れたコップの上から濾して淹れる。最初は甘すぎたのだが、慣れてくると、これが不思議とおいしい。味が濃くて、ショウガが体に沁みていく感じなのだ。きっと健康にもいいはずだと信じてみる。

そして、コーヒーの持つ効果は、場所が変わっても変わらない気がする。
東京で仕事帰りに、あるいは休日にカフェで過ごすのと同じように、おいしいコーヒーを手にしてひとりになると、周りに人は大勢いるのに、しんとした気持ちになって集中することができる。時には周りの人を観察するのも、結構、気分転換になることもある。

休日のある日、青空マーケットの中で店を開いているおばちゃんのところでコーヒーを飲んでいたときのこと。
常連風のおじさん二人が店のおばちゃんと談笑しながら和んでいた。内、ひとりは、なぜか赤ちゃんが持って遊ぶガラガラを手にしてぶらぶらと回している。それを見た通りがかりの別のおばさんが立ち止まり、
「ちょっとあんた、それどこで買ったのよ。私もうちの孫に買ってあげたいわねえ」
と訊く。(この辺りの翻訳は適当だが、なんとなく雰囲気で分かるような気がするのだ)
そこにまた、隣の店(壁はなく、テントのような形で営業しているので、隣近所どころか、だいぶ先にある店の中までよく見える)のおじさんが、ひょいと顔を出し、
「お、これかい?うちにもあるよ。ほらほら、青とオレンジの2色だ、どうだい?」
と、品物を差し出す。おばさんは値段を聞いて、しばし迷い顔をし、
「うーん、またにするわ」
と帰って行った。ちなみに、後にはガラガラ合計3本を手にしたおじさんが残った。

目の前で繰り広げられるこんなやりとりを聞くともなく耳にしながら、休日の午後を過ごすひとときはなんだか楽しく、妙に心が休まる。休みがあるから仕事をがんばれる、というのは、少なくとも私の場合、どこにいても普遍的な法則のようである。


ニシノ



子どもたちの表情

こんにちは、スクマです。

私がスーダンに赴任してあっという間に三ヶ月が経ち、新しい年を迎えました。この三ヶ月間、井戸モニタリングや井戸候補地のアセスメント、井戸掘削工事でフィールドに出かけるたびに、さまざまな子供たちと出会いました。
握手しにきてくれる子、「カワジャ(外国人)!!」と呼びかけてくる子、恥ずかしそうに母親やお姉さんにくっついてじっとこっちを見ている子、外国人が恐くて泣き出してしまう子がいました。車輪を木の棒で転がして小学校の校庭を走り回る子、家の脇でゴムとびをしている女の子、泥んこで牛を作る子、カンフーのまねをしてじゃれあう男の子、それに巻き込まれて転んで泣き出す小さな子、その小さな子を慰めるちょっと大きな子。その様子を見ていた地元のおじさんは、カンフーをしていた男の子たちをしかりにいきます。男の子たちはさっさと逃げ出ます。このおじさんはやんちゃ坊主から「雷おやじ」と呼ばれていることでしょう。

私はそんな子どもたちを見ながら、自分が小さかった頃のことを思い出しています。2009年が子どもたちにとってよい年になるといいですね。



スクマ

井戸掘り現場にて

みなさまこんにちは、くふです。
通常は南部スーダンの首都であるジュバで勤務をしている私ですが、クリスマスと年末年始の期間のため関係省庁や国連機関、銀行など業務上関係のある場所が休みの所が多く、またフィールド事務所のボーではまさにクリスマスの週から井戸掘削を開始とあり、私もボー事務所に来ています。

24日にボーへ到着後、早速掘削現場に行くことができました。写真や話ではよく見たり聞いたりしていた掘削の現場ですが、実際に掘削しているところを初めて生で見て感激ひとしおでした。そして掘削現場には大人も子どももたくさんの地元のみなさんが様子を見に来ていて、色々な人に会えて嬉しい毎日です。

今日は掘削機械が何もない地面をまさにゴリゴリ!と掘り始めるところに居合わせることができました。機械の動作など専門的なこと以外で井戸掘削時に必要なことは、地元の住民のみなさんも参加して行っています。今日も2メートル四方ほどの穴を掘る必要があったのですが、地元の若い男の人たちが行いました。そして私は掘削機械や穴を掘っているみんなの写真を記録用に撮っていたのですが、気がついたら周りを囲まれていてみな次々に私の頭と髪の毛をペタペタとさわっています。



↑井戸掘削開始の瞬間



↑穴掘りを行う地元の人びと

私は「何!?白髪でもあるの!?あーバレたかー・・」と一瞬どんよりしたのですが、彼らは「その髪の毛は地毛か、付け毛か!?」と聞いてきました。私の髪型はやや長めのストレートですが、スーダンの人はエクステンションを付けてストレートにしている人はいるもののカーリーな髪型の人が多く、私の髪も地毛かエクステンションか興味を持ったようです。私が地毛だと言うと、「へえ~地毛なのか!じゃあマーケットで売ったらどう!?」と言われ、いくらで売れるのか聞いてみると「うーん、だいたい15スーダンポンドぐらいで売れるよ!行っておいでよ!」と進められました(ちなみに15スーダンポンドとは約7USドルで、物価の高いスーダンでもほぼ一週間分のお米や野菜を買うことが出来ます)。

・・いざとなったら売りにいこうかな。笑
とこっそり思っているうちに更けて行く一日でした。



↑子羊



くふ


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おしゃれ心

大げさな物言いかもしれないが、普遍性を感じる。

服への愛着というか、着ること、装うことへの高揚感、だろうか。

ボーの町には、ディンカ族と呼ばれる部族の人が多く暮らしている。
彼らの特徴のひとつは、すらりとひょろ長い体型にある。男性も女性も、8頭身なんてざらで、10頭身、12頭身に近い人も普通に見かける。

現地の女性が、共布でツーピースとヘアバンドを作って身につけている様子はなかなか颯爽としているが、あれはあの身長と体型があってこそ似合うのだとつくづく思う。
ただ、これは日本風に言うとスーツを着る感覚に近く、かなりきちんと感が漂う。クリスマスや何か特別な行事がないと作ったりはしないらしい。
逆に、ふつうの女性は、大きな布を巻いて装飾にしたり、クラシカルな型のワンピースを着たりしている。古着の方がやや多いように見受けられる。

他方、男性は、シャツとパンツというのが一番多い。特に、仕事を持っている男性であれば、まずは格好から入ることもあって、プレスされたシャツ、時にはカフスまで見かける。

ただ、常々疑問に思っているのだが、彼らはどうやってあのパンツを調達するのだろうか。
つまり、どう見ても伝統的衣装ではないが、スーダンで服飾関係の産業が既に確立しているとは考えにくい。(北部は発展しているとも聞くが、アラブ系の彼らと南部のディンカは明らかに体型が違う)

伝統的に見える服装の生地は隣国コンゴから来ているというし、女性服は中国製のぴらぴらした化繊服や、中東のデコラティブなビーズ、レースをあしらったものを多く見かける。

男性のズボンは、よく見ると「イタリア布地」などと書いてあるのだが、脚はイタリア人の1.5倍は長く、腰周りは彼らの3分の2くらいではないかと思うほど、細い。

新品にせよ、古着にせよ、丈で選んだ場合、かなり腰周りを詰めないとずり落ちてしまいそうである。逆にウエストサイズで選んだら、半ズボンになってしまうだろう。

あまり大っぴらには聞くことはためらわれて、時々ちらちらとウエスト周りに目をやりながら、補正の跡がないか探してしまっている。


ニシノ





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おかげざまで、ポックタップ小学校完成

こんにちは、エンジニアのハタナカです。
正式な引渡しは、1月上旬にトイレの使用法などのワー久ショップを行ってからになりますが、ポックタップ小学校建設が、おかげさまで、無事に、完成いたしました。



↑校舎の全景



↑同時に建設したトイレ

6月の一時中断や、いろいろトラブルがありましたが、何とか完了しました。

予算の関係上、12月末が一応の工期でした。そのため、現場に向かう道路の一部が冠水している中、ちょっと?強引に建設を再開しました。

うまく行くかどうか、不安がありましたが、少しの??トラブルのみでどうにか終わりました。

12月30日、朝、ポックタップ小学校の先生に、鍵を渡して、作業員共に、現場を引き上げました。



↑引き上げ時の様子

これで、学校建設の方は、ひと段落ですが、また、1月始めから、井戸掘りのためのアセスメントが、ポックタップのあるDuk郡で始まり、また、すぐにPoktapに行くことになります。

最後に、建設メンバーで撮った写真です。“Tough & Cool Guy”揃いのすばらしいチームだったと思っております。



では、今日はこのへんで。


ハタナカ




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あけましておめでとうございます

みなさま、あけましておめでとうございます。
もしも!お正月にこのブログを見てくださっている方がいらっしゃいましたら心より御礼申し上げます。

通常首都のジュバ勤務である私がフィールド事務所のボーへ来て約1週間が経ちました。その間クリスマスや大晦日という2大(?)イベントがあったわけですが、あまり年末年始を感じることなく毎日が過ぎております。ただ、ご飯は2大イベントともいつもよりパワーアップしたものを食べることができ(ニシノさんありがとうございます)、たとえお腹が下っていようとも、つい嬉しくてたくさん食べてしまう今日この頃です。
本当は素晴らしいメニューの数々をご紹介したいぐらいなのですが、書いているうちに思い出してまたお腹がすいてしまいそうなので本日は控えさせていただきます・・。

昨日までTwich East(トウィッチイースト)郡と言うボーから車で約6時間ほどの場所へ井戸掘削場所を決定するためのアセスメント(調査)に私も同行してまいりました。

アセスメント対象の村へ辿り着くのに想像以上の道なき道を行き、目的の村には辿り着いたものの村についての情報(世帯数、最寄の井戸の有無や現在使っている井戸までの距離、学校や診療所の有無など)に詳しい村のチーフに会うことが出来ずに次の日に出直すような事態にも遭遇したり、計画通りに行かないこともありますが、それでも色々な人から話を聞いてどの場所に本当に今井戸が必要とされているかを見極める課程はとても大切なものだと改めて感じました。



↑道なき道を行くピースウィンズの車輌

ボーでの滞在中はアセスメントや井戸掘削に立ち会うことでとても有意義な時間を過ごし、また今回のフィールドでの道中は普段ジュバでは見ることの出来ない鳥やいきいきとしたヤギなど動物王国さながらの景色も見ることができ、心の中では大興奮な道中でした。

私は年明けにジュバ事務所に戻りますが、ボーをはじめとするジョングレイ州でのピースウィンズ事業が少しでも円滑に進むように働くことが私の仕事なので、心新たに日々努力しようと思っています。

などとちょっとまじめなように書きつつも、元旦の今朝も豪華なデザートつき!お正月ご飯をいただき、まだその幸せ感でいっぱいです・・。ボー事務所にはクリスマスツリーから大変身した門松もあり、天気は夏のスーダンでもお正月を感じさせてくれます。

では本年度もどうぞよろしくお願いいたします。
このブログをご覧いただいているみなさまにとってもすてきな一年となりますよう願っております。



↑ボー事務所に飾られた門松



くふ



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ポックタップ(Poktap)レポート

こんにちは、エンジニアのハタナカです。
現在、PWJが小学校を建設中の“ポックタップ”の町のことを書きたいと思います。
ポックタップは、PWJのボー事務所より北に約200km、人口約8000人。

私が初めてこの町を訪れた時に感じたのが、物語に出てきそうなメンルヘンチックな美しさです。
建物が、同じサイズの円形のツクル(土壁、藁葺き屋根の小さな家)が、屋根の形も統一されており、都市計画で建物の規制でもされているのか?と思うほどです。



↑ポックタップの円形ツクル(土壁、藁葺き屋根の小さな家)

このポックタップのもう一つ見所は、やはりなんと言っても、1984年に建設が中断した“ジョングレイ運河建設計画”の建設サイトの廃屋や重機です。



↑ポックタップのジョングレイ運河建設サイト工場跡



↑建設が中断されたジョングレイ運河

“ジョングレイ運河”ついて詳しいサイトは、こちら


ジョングレイ運河の概要としては、
・1980年にエジプト政府の出資で始まったが、内戦に伴い1983年に中断。
・エジプト、スーダン両国にまたがるナイル川を活用して、これまで発展から取り残されていた地域の農業発展、人々の生活向上を目指した。当時のエンジニアリング上もかなり冒険的・画期的な計画だった。
・全長360kmの計画のうち、260kmまでは完成していた。
・中断の理由は、ミサイル(誰が撃ったかは不明)が当たって掘削機械が壊れてしまったことによるらしい。
・当初の計算では、年間4.7億立方メートルの水量を供給し、両国に等分に配分されてそれぞれの国の経済発展に寄与する計画だった。
・もしこの計画がうまく行っていれば、ボーを含む南スーダンのかなりのエリアが裨益し、画期的な灌漑工事例として注目を集めていたはずだった。
・ボーを含むこの地域は、農業といえば雨季に少しだけ穀物を育てることができるだけで、残りは洪水と干ばつに苦しめられている。
・この運河ができていれば、近代的な灌漑設備を利用した機械による農業生産が可能になっていたであろう。
・その後、近くでせっかく石油も発見されたのだから、もしもこの運河工事が続いていたら、掘削機械の燃料として使えたであろうし、そうすれば工事費もだいぶ少なくて済んだと推測されている。

このポックタップは、ジョングレイ運河に隣接した町で、建設時には、主要な基地となり、活気があったと思います。


…こんな感じのポックタップの町で、現在、小学校を建設しておりますが、

この建築現場の話で、
コンクリート振動機(まだ固まっていないコンクリートを振動させて、コンクリートを型枠の隅々まで充填させるもの)の調子が悪くなり、修理のためにパイプレンチを探していました。

ポックタップのあらゆるところに聞きましたが、この町には、パイプレンチは無いということが分り、そのため、約50km離れたパニャゴーと言う町まで、パイプレンチを借りに行きました。

ポックタップの前記した廃屋となった工場を見ると、1980年ごろには、あらゆる工具や機械があり、ほとんどの建設機械が、ここで修理可能であり、活気にあふれていたと思われます。

しかし、28年後の今では。。。  ちょっと考えさせられます。

今日は、このへんで。

P.S  コンクリート振動機はどうにか直りました。


ハタナカ



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虫愛ずる…?

日本もほんの百年くらい昔は、似たようなものだったのかもしれない。

虫の話である。
それなりに田舎育ちだが、記憶を辿っても、蚊やハエに悩まされたことは、キャンプか山登りのときしかない。

「蚊帳(かや)」、「蚊遣りを燻(くゆ)らす」、「雑貨屋で売られているハエ取り油紙」「虫干し」…、これらの日本語も既に死語に近いのかもしれない。

少し昔の小説を読めば、少年たちは夏はたいてい虫取りをしているし、普通にお蚕を飼っていた時代もあれば、「しろばんば」を追ったり、蛍の光で勉学に励んだ人もいたということになっている。本を開けば「紙魚(しみ)」も目にしたことだろう。

けれども現代日本で身近な虫といったら、せいぜいがゴキブリ、シロアリといった駆除対象の害虫くらいであろうか。

ところが、というか何というか、ここでは虫を見ることは日常茶飯である。
虫だけにとどまらない。

水シャワーを浴びていると、どこからかカエルがぴょこぴょこ出てきて踏みそうになる。
網戸の向こうにはヤモリがぺたっとはりついて、チロチロ舌を出している。
トカゲの中にはずいぶんとおしゃれさんがいて、水色、オレンジ色の外皮が鮮やかだ。
マラリア原虫を介するハマダラ蚊の活動時間帯は、できるだけ蚊帳の中にもぐりこむようにしている。
トイレの中から蛆(ウジ)が湧き出してきたときは、目をそらして記憶から消した。
夕食時には裸電球に虫がむらがり、さすがの食欲も一瞬だけだが、確実にしぼむ。
コウモリは、見た目のユーモラスさよりも、大量の糞をまき散らす実害の方が大きいので、駐在スタッフの間ではひどく嫌われている。(特にジュバ駐在のくふさんは、彼らとの決闘を心に固く誓っていて「まずは敵を知ることですから!」と監視の目を怠らない。)

そして、あまり歓迎できないが、絶対に私のベッドにはダニがいる。小まめに太陽の下にマットレスを出してはいるが、朝になると背中と脚がかゆくてせつなくなってくる。

南スーダンに赴任して、かゆいということはせつないものだということを、知った。
あまり知らなくてもいいのかもしれないが、何かの足しにはなるかもしれない。

ただ、昔の姫君のように彼らを「愛ずる」境地には…なかなか至れそうにない。


ニシノ




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