コーヒー
南スーダンにもコーヒーはある。
私がよく行くのは、内戦中、スーダン北部の町に避難している間にコーヒーの作り方を覚えたという未亡人が経営する小さなカフェだ。
カフェといっても、日本のそれとは違い、トタン屋根の掘立て小屋だったり、青空マーケットの一隅に小さなベンチを並べているだけのものに過ぎなかったりする。
だが、コーヒーはコーヒー。それも、その場で豆を砕いて粉にし、ショウガやシナモンを加えて煮詰めてどろっとさせたものを、予め砂糖を入れたコップの上から濾して淹れる。最初は甘すぎたのだが、慣れてくると、これが不思議とおいしい。味が濃くて、ショウガが体に沁みていく感じなのだ。きっと健康にもいいはずだと信じてみる。
そして、コーヒーの持つ効果は、場所が変わっても変わらない気がする。
東京で仕事帰りに、あるいは休日にカフェで過ごすのと同じように、おいしいコーヒーを手にしてひとりになると、周りに人は大勢いるのに、しんとした気持ちになって集中することができる。時には周りの人を観察するのも、結構、気分転換になることもある。
休日のある日、青空マーケットの中で店を開いているおばちゃんのところでコーヒーを飲んでいたときのこと。
常連風のおじさん二人が店のおばちゃんと談笑しながら和んでいた。内、ひとりは、なぜか赤ちゃんが持って遊ぶガラガラを手にしてぶらぶらと回している。それを見た通りがかりの別のおばさんが立ち止まり、
「ちょっとあんた、それどこで買ったのよ。私もうちの孫に買ってあげたいわねえ」
と訊く。(この辺りの翻訳は適当だが、なんとなく雰囲気で分かるような気がするのだ)
そこにまた、隣の店(壁はなく、テントのような形で営業しているので、隣近所どころか、だいぶ先にある店の中までよく見える)のおじさんが、ひょいと顔を出し、
「お、これかい?うちにもあるよ。ほらほら、青とオレンジの2色だ、どうだい?」
と、品物を差し出す。おばさんは値段を聞いて、しばし迷い顔をし、
「うーん、またにするわ」
と帰って行った。ちなみに、後にはガラガラ合計3本を手にしたおじさんが残った。
目の前で繰り広げられるこんなやりとりを聞くともなく耳にしながら、休日の午後を過ごすひとときはなんだか楽しく、妙に心が休まる。休みがあるから仕事をがんばれる、というのは、少なくとも私の場合、どこにいても普遍的な法則のようである。
ニシノ