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西国11番観音霊場 醍醐寺 伽藍地区

大雨は大丈夫でしたでしょうか。

京都は大雨警報が出て、鴨川はこんなかんじでした。


午後からは降ったりやんだりで、水も引いてきました。

 

昨日の続きです。

三宝院を出て、伽藍地区に参ります。

仁王門の向こうに見える青紅葉。

春だけでなく、秋もいいです。

仁王門は豊臣秀頼の寄進です。

あちこちで秀頼は寄付しています。

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仁王門を入ったところの森がなくなっています。

台風通過時の一瞬の出来事だったそうです。

3年前の台風21号の被害はここか、鞍馬寺が一番大きかったのかな。

山の上の上醍醐はずいぶん長い間上ることができませんでした。

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京都で一番古い木造建築ご存じですか。

醍醐寺の五重塔です。 もちろん国宝。

醍醐天皇の菩提を弔うために、朱雀天皇が起工

村上天皇が完成させました。

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金堂(国宝)

豊臣秀吉が和歌山県から移築させてものだそうで、

本尊は薬師如来像です。

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観音堂

1930年山口玄洞が寄進。

山口玄洞さんもあちこちで寄進されていますね。

御朱印はこちらでいただけます。

見事に人がいませんが、先達に連れられた御朱印ツアーの

お年寄りがいらっしゃいました。

私はぼちぼち33か所まわります。

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弁天堂


 さらにその奥の庭。

これは秋も来なくては。。。

 

ここまでずいぶんが時間がかり、霊宝館に急ぎます。

前回来たのは、確かカルティエ展です。そうなんです。そういうのも

ありました。

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ここで今シーズン最後となる桜がありました。

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その前にSous le Cerisier (桜の下)というカフェがあります。

きっと暇そうなので、売り上げに少し協力。

アイスについたマカロンみてください。

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ちゃんと五重塔になっていますよ。

 

醍醐寺は広いので、結構時間がかかって、

上醍醐まで行く時間は全然ありませんでした。

1日がかりで来なくてはいけませんね。

ちなみに上醍醐に上がったときの記事はこちら。

一緒に上がったドイツ人青年はその後も何度か来日し、

日本で知り合った女の子と結婚しました。

たまにSNSにコメントくれます。

 

 

『ハンスくんの3月11日』女人堂のところから入山料を払って、ここから上醍醐に上がります。西国三十三箇所十一番札所です。修験道の地ですので、昔は女人禁制でした。また2006年に准胝堂が落…リンクameblo.jp


西国十一番観音霊場 醍醐寺 三宝院

皆様のところの雨は大丈夫でしょうか。

鴨川の水もかなり増えています。

大雨警報が出ました。。。

 

緊急事態宣言前の世界遺産 醍醐寺です。

1時間近くかかるので、なかなかここまで参りませんが、3回目のお参りです。

醍醐といえば、桜なのですが、

今年は早くてとっくに終わっていました。

 

貞観16年(874)修験道中興の祖 理源大師 聖宝が

 准胝観音、如意輪観音を祀ったのが始まりです。

菊紋と五七の桐紋がついた三宝院の唐門です。

金箔が貼ってあるそうです。

三宝院は豊臣秀吉の醍醐の花見の時に整備されました。

前は書院と庭園はセットでしたが、

建物の中は特別拝観料が必要で、

春秋の特別公開期間は三宝院庭園、伽藍、霊宝館で1500円

プラス500円が必要となります。高っ!

玄関(重文)

書院には石田幽汀、狩野山楽などの障壁画があり、

重要文化財に指定されていますが、複製品のようです。

それでも室内は撮影禁止。

豊臣秀吉みずから設計したと言われる庭園は

国の特別名勝に指定されています。

鶴島(右)、亀島を配した庭園です。

 

賀茂の三石

左は縞模様が入っていて、流れの早い様、中央は川のよどんだ様子

右の石は川の水が割れて砕ける様子を表しています。

土橋がいいですね。

鯉がいます。

クリック拡大で見えるかな~?

一番のこの庭で大事な天下の名石 藤戸石。

パソコン壊れて、カメラの写真がアップできず。

足利義満、義政、織田信長など天下人を渡り歩いた藤戸石は

秀吉が聚楽第から運ばせたそうです。

(藤戸石は源平藤戸合戦で知られる岡山の藤戸の石ですが、

化学的な調査によると、藤戸の石ではないことがわかりました。)

さらに奥の奥寝殿や本堂も拝観することができました。

ここで大きな誤解をしていることに気づきました。

今まで書院にある違い棚を醍醐棚と思っていましたが、

実際は前回拝観できなかった宸殿にあるものだと判明。

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本堂には快慶作と言われる弥勒菩薩が祀られています。

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配置図

 

純浄観と本堂の間にあるお庭。

ひょうたんとさかづき

ウエスティン京都の佳水苑の庭はこれを模したものです。

向こうに見えているのが茶室 松月亭

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高いけど、500円+しても価値がありました。

観音霊場まで行けてませんので、つづく。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宝塚月組「桜嵐記」を観劇

今日は洗濯物が乾く予報でしたが、

全然乾きませんでした。

ホタルブクロが今年も咲いてくれたので

癒されました。 

 

こういう状況下でどうかとも思いますが😥

昨日は宝塚歌劇に参りました。

月組さんは日本ものが似合います。

 

実は京都から観劇バスツアーに申し込んでいたのですが、

先週緊急事態宣言の延長に伴い中止との

連絡をいただきました。

ということは、たくさんチケットのキャンセルが発生しているはず。。。

珠城さんファンの友人はどうしても行きたいに違いない。

と、すぐに一般売りで購入しました。

 

月組トップの珠城りょうさんのさよなら公演で

完売のはずだったのですが、団体の大量キャンセルが発生。

昨日の時点では昨日もネット上では完売でしたが、

1階席後方は空席がたくさんありました。

 

今回はお芝居 桜嵐記と、

 

ショー Dream Chaserの二本立て。
今回から生オーケストラ復活です。

桜嵐記は楠木正行と弁内侍の悲恋を描いた物語です。

 

 

時は南北朝時代。

京の都の北朝に対し、後醍醐天皇が吉野に開いた南朝と

二つの朝廷があった時代です。

年老いた語り手(光月組長)が背景を分かりやすく説明してくれます。

珠城りょうさん演じるのは、小楠公と呼ばれた

楠木正成の嫡男 正行まさつら。

湊川の戦に敗れて父が亡くなった後、

後村上天皇に仕え、勝てないと分っていても北朝に戦いを挑みます。

南朝の女官 弁内侍と相思相愛なれど、

戦で命を落とすと分っていて、契りを交わすことはできないと

結婚を拒みます。

お話の構成がうまくて、四条畷の合戦のあと、

最初の場面につながります。

そして最後が四条畷の戦いを前にして、出陣式の場面になります。

吉野の満開の桜の中 出演者一同並びます。

セットがとても美しく、出演者も絵巻のようです。

そこで楠正行(珠城りょう)が叫びます。

「皆様、お別れでございます。」

隣の席の友人はここで涙腺が崩壊していました。

宝塚を去る珠城さんと、オーバーラップするのですね。

史実では四条畷の戦いは真冬なのですが、

脚本家の上田久美子先生はあえて春にしたそうです。

桜が切なさ、儚さを象徴して、視覚的にも美しく

大変効果的でした。

後醍醐天皇演じる専科の一樹千尋さんが怨霊のようで

とても迫力あり、悪者に書かれていましたが、

先日見たKBSTV「京都浪漫」で歴史学者曰く

「実は後醍醐天皇は足利尊氏に十分な褒賞を与えているのです。」

歴史書は勝者の歴史ですから、これから研究が進むと

また違った評価になるのかもしれません。

書きたいことはいろいろありますが、長くなるのでこのへんで。。。

 

Dream Chaser はテンポよくあっという間でした。

最初にライトの中に1人浮かび上がる珠城さんが美しい。

去年に比べると、珠城さんの体がずいぶん絞られた気がします。

花組明日海りおさんとか、雪組トップコンビは

組の中で突出した存在でしたが、

野球で例えると月組は全員野球のような気がします。

スタープレイヤーに頼らず、平均点の高い全員で勝ちに行く。。。みたいな。。。

こちらのショーも珠玉の作品でした。

 最近トップより年長の二番手3番手の退団が続くので、鳳月さんには残ってほしいなと思います。

 

ちなみに正行まさつらは四条畷の他、嵯峨野の宝筐院に葬られています。

 

 

今日は御霊祭

5月18日は御霊祭。

鯖寿司を作りました。

めっちゃ手抜きで、塩サバ買って来て、酢につけて

押しただけですが…


なんとか少人数で台車に載せてお神輿巡行を。。。

と、お考えだったようですが、緊急事態宣言でそれもかないませんでした。

牛車の巡行をされたようですが、

おでかけしたので、それも見られず参拝だけしてきました。

 

巡行されるのは後陽成天皇下賜の牛車です。
 
御霊祭とは
貞観五年(863)に神泉苑で行われた御霊会がはじまりです。
この時祀られたのは非業の死をとげた6人の御霊で
今も御霊神社のご祭神として祀られています。
祇園祭は貞観11年の御霊会ですから、
こちらのほうが5年早いことになります。
御霊祭が行われていたことがわかる1番古い記録は、平安時代中期の
長和5年(1015年)のものです。(小右記)
神輿の記録は藤原定家の明月記にも出てきます。
(出典 でまち倶楽部 京極歴史探偵団しおり)
国宝 洛中洛外図上杉本にも登場します。

人々はお神輿を拝んでいますね。

私の育ったところではお神輿がなかったので、

御霊祭を見て、お神輿とは拝むものだと知りました。

今でもお年寄りがお神輿が通るとおがんでいらしゃいます。

私達はすっかりお神輿には神様がいらっしゃることをすっかり忘れています。

子供が幼いころお手伝いに来てくださっていたおばさんと

お神輿が出る前に神様を遷す神事を見て初めて知りました。

 

2019年写真より八乙女行列

後陽成天皇が、先代の正親町天皇がお使いになっていた鳳輦を下賜してくださったお神輿

御霊神社は御所を氏子区域に含むため

天皇家ゆかりの鉾が各鉾町に飾られています。

龍鉾

蓬莱鉾

 

鉾シリーズはコチラ

 

御所の朔平門の前で差し上げを行いますが、

かつては明治天皇もごらんになったそうです

出町枡形商店街を通過する神輿は大迫力です。

葵祭にせよ、行列がないと、参列者にふるまわれる弁当や飲み物代

学生バイトへの支払い、

それらを請け負っているところへのキャッシュフローが

まったくありません。

来年は巡行がおこなわれますように、願っています。

上賀茂の古民家でインスタレーション

上賀茂の閑静な住宅街にある瑞雲庵は

もと両替商の邸宅で、美しい庭と茶室があります。

今は若手創造者支援のために助成事業を行い、展示スペースとして

公開されています。

ブロ友さんの情報で知り、上賀茂神社の帰りに立ち寄りました。

(予約が必要です。)

林智子さんの虹の再織が開催中です。

二間続きの和室にかけられた布が

風でゆらゆらしてすごく素敵です。


もともと染色を学んでいた林さんはまわりの自然の素材で染めておられるそうです。

作品のテーマは阿蘇出身で研究者のおじい様の足跡です。

研究されていた地震計の波動を音にしたものと

林さんが阿蘇に上ったときの虫の声が流れていて

独特の空間となっています。

え、庭に下りていいんですか。

あ、露地からお茶室に入るんですね。

お茶室です。

右手に理科の実験道具みたいなのがありますね。

京都植物園にあるマダガスカルの蘭からとったフレグランスを

嗅ぐことができる装置です。

露地庭とメインの庭があって、とても素敵です。

シランが咲いていました。

手水鉢が二つあり、苔むしたところにお花が咲いてかわいいです。

こちらは鉢の上に蘭のような花が咲いていましたよ。

離れたところに蔵があり、暗幕が貼ってあります。

中に入ると、真っ暗な中につるされた鏡がまわり、

ライトに映し出されて幻想的な世界が広がっていました。

現代アートというと、なにかよくわからないもの。。。

(個人の感想です。)というイメージが強いのですが、

古民家とそこに展示されるものが融合して

すてきな空間になっていました。

何よりも現代アートの魅力は作家さんと直接お話が聞けることですね。

5月31日まで。予約必要。