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苦しみを抜いてくれる釘抜地蔵

短い用事を済ませて、その近くにある釘抜地蔵をお参りしました。

正式には石像寺しゃくじょうじという浄土宗のお寺で

弘法大師の開基と伝わります。

当初は真言宗のお寺でしたが、重源が入ったことにより

浄土宗となります。

重源。。。て東大寺のお坊さんと思っていたのですが、

浄土宗の方だったのですね。

 

香炉をよーく見ておいてくださいね。

地蔵堂に安置されている石造地蔵菩薩立像は弘法大師の作と伝わり
苦しみをとりのぞいてくれるということから、苦抜き地蔵と呼ばれましたが、
それがなまって、くぎぬきじぞうと呼ばれるようになったそうです。
 
井戸水をくんで使っておられるようです。
右手には弘法大師が祀られています。

境内には床几がおかれ、コロナ前にはお茶もおいてあり、

西陣のお年寄りが集まって、なごやかな雰囲気のお寺です。

この時はお参りのお年寄りが一人いただけでした。

何度かお参りしたことがありますが、

なぜだかこの日は胸がいっぱいになりました。

 

お堂のまわりにはたくさん絵馬が掛けられています。

苦を取り除いてもらった方が、

くぎが2本と釘抜き(やっとこ)を奉納されています。

香炉もこの形です。

裏に回ると、弘法大師三井のひとつの加持水があります。

階段を下りていく形の井戸です。

このあたりは昔湿地で、御所が東に移ったくらいですから、

今も水が出るのでしょうね。

音シリーズと、金曜日だけ営業のチーズケーキ屋さん

東西に走る寺之内通りを走ります🚲
西陣のあたり千本寺の内です。
音シリーズ?
音を聞いてください。


何か聞こえました?

織機の音です。

私が住み始めた25年前ホントにあちこちで、西陣ではない私の住んでいるあたりでも聞こえた音ですが、

この頃は少なくなりました。

私の知り合いも廃業し、工場だったところに自宅兼マンションを建てました。


こちらは堀川通りを渡って妙顕寺前まで来ました。
右手の旗はチーズケーキ屋さんのしるし。
金曜日しか開かないそうで、先程は列が出来ていました。
用を足して帰る頃には1種類しか残っていませんでした。

妙顕寺泉妙院

尾形光琳、乾山の墓所で6月2日光琳乾山忌とあります。信長忌と同じ!

これがチーズケーキ。

チーズがまろやかでおいしかったです。

今度は他のケーキもいただきたいです。

ガトードミエル

ガトー・ド・ミエル (今出川/ケーキ)★★★☆☆3.19 ■予算(昼):~¥999リンクs.tabelog.com


昔の宝塚のパンフレット

荷物の多い我が家。。。

段ボールに入っている宝塚の古いパンフレットも

どうにかしたい。。。と思っています。

知り合いの30代の女性が

「1980年代の宝塚が好き。中でも峰ちゃんが好きで、

一度リアルに歌が聞きたいと思っていたのに、

それもかなわないこととなってしまった。」

(峰さんは今年1月死去)

と、SNSに書き込んでいたので、

峰ちゃん主演のプログラムをいくつか譲ることにしました。

オルフェウスの窓の主演は瀬戸内美八さんで、

みねちゃんはユリウス。原作はユリウスが主役だと思う。

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「30代ってことは生まれたときは峰ちゃん退団しているよね。。。」

と、言ったら、

「映像で観て。。。」

ということでした。

そういうファンのなり方もあるのね。。。

 

今度花組のプレお披露目公演になる哀しみのコルドバ

♪エルアモールの主役三人の輪唱が印象的でした。

 
エバの湖城れいか(左)と、アンフェリータの南風まい
今なら星風まどかと、音くり寿かな?
ラジオ関西ビバタカラジェンヌで
南風まいさんの声を久しぶりに聞きました。
「祝いまんだらで、娘役トップになりましたが、
紆余曲折ありまして…」
娘役トップのはずなのに、主役は湖城れいかさんの作品が続きました。
まいまいは首席入団で、歌もダンスもとてもうまかったけれど、
女子力では上級生の湖城れいかさんが勝っていたのかな。。。
湖城さんもその後退団し、まいまいは実力派のトップ娘役となりました。
「峰ちゃんは芸事にはとても厳しく、妥協を許さない人で、
そばのいかせていただくのがおそろしくて、
追いつきたいと必死でがんばりました。」
でも退団前と退団後では2人の関係はすっかり変わったそうです。
南風さんは娘役としてはとてもオープンな人で
当時でも型破りなかんじでしたが、
今の生徒さんはよくも悪くもぶりっ子(死語?)というか
作っているな。。。と感じます。
関西人には吉本や松竹の芸人さんと同じくらい身近なジェンヌさんでしたが
今は芸能人みたいな距離感を感じます。
検索すると出てくると思いますが、
榛名由梨、鳳蘭、汀夏子、安奈淳あたりの会話は
関西弁で、漫才聞いているみたいです。
当時のスターは関西人が多かったし…
 
昔のチケットはこんな感じ。(パンフにはさまっていた。)
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星組のプログラムに三城礼さんという新進のスターが載っています。
この方は私の学校の上級生でした。
美人で、勉強もスポーツもできて、目立つ人でした。
宝塚の合格発表の帰りに(話の内容からそうわかった。)
同じバスになり(私のことは知らない)
今後のことを話していらっしゃるのを盗み聞いていたのは、私です…
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その後トップになる麻路さきさんより上に載ってます。
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あらゆる新人公演で主演
まさに今でいうところの路線スター
(新人公演は今は7年目までですが、昔は上級生も出ていました。)

だったのですが、寿退団されました。

あのまま行っていたら、トップになったのだろうな。。。
というたられば話です。
紺野美沙子さんが主演したNHK朝ドラは舞台が宝塚で、
「虹を織る」にも友人役で出演されていました。
(ブログを書くにあたり、検索したら、三城礼さん、いろいろ出てきた。
ご主人が稲垣吾郎くんと同居?)
 
ちなみ同じパンフレットにこんな人もいました。燁明さん
ジャニーズ マリウス葉くんのお母様です。

 

昔のプログラムは台本つきで、250円でした。
正直のところ、昔のプログラムの方がよかったです。
見ていたら、いろいろ思い出して、
譲ると言ったものの、ちょっと惜しくなってきて、
スマホにいれたアプリでスキャンしPDFで保存しました。


‘87年TMP音楽祭の選抜メンバーに選ばれて、

三城礼、燁明、後にトップになる安寿ミラ、真矢みきの映像がありましたので、貼り付けます。

4分くらいで登場します。

歌は昔の人の方がうまいですね。


 

東福寺からの帰り

少し前に東福寺光明院の記事をあげました。

伏見稲荷から東福寺駅まで歩きました。

光明院から北に行くと、東福寺の門が見えてきます。

日曜座禅会は中止です。

6月も…ないでしょうね?



東福寺の伽藍づらと言われるくらい立派な禅宗寺院最古の三門

子供のお迎えのお母さんがいただけで誰もいません。

臥雲橋です。

昔マジソン郡の橋という映画が人気の頃

橋に屋根があるんだと思いましたが、

京都にもあるんですね。

通天橋も人がいません。

青紅葉もきれいです。

今までこの季節に来ていないから?

塔頭の同聚院にきれいな薔薇が咲いているのを

初めて見ました。

モルガンおゆき縁のユキサンというバラ。

モルガンおゆきの親交のあったフランス人が作った新種のバラが京都市に献花されました。

ここはモルガンお雪の菩提寺なんですね。

明治期の祇園の芸妓で、アメリカの大富豪モルガンと結婚。

波瀾万丈の人生を送り、京都で死去。

ここのお不動さんはいつもお参りしますが、

女性の守り本尊とは知りませんでした。


小松帯刀寓居跡向いのカフェ

オンライン授業中退避カフェめぐり。

Monaiaモナイアさん。

今月?また新しいカフェがオープンしました。

ややこしい表現をしたのは、

前記事に小松帯刀寓居跡を確認したいとコメントいただいたからです。

たまたまこんなアングルでカフェを撮っていました。(石碑を見てね。)

薩長同盟縁地

向こうに見えているのは、モナイアさん

 

ちなみにこの碑が立っているのが、

映画マザーウォーターのロケ地になったカフェのプランパジーニさん

 

モナイアさんから窓越しに町家カフェのプランパジーニさんが

見えています。

 

最近のカフェはうまく植物を使っていますね。

 

ホワイトフラットって、初めて聞いたのですが

知っていました?

カプチーノでもカフェ・オ・レでもないホワイトフラットは

オーストラリアとかニュージーランドで飲まれているミルクコーヒーで、

ミルクの量が

カプチーノ>カフェオレ>ホワイトフラット

みたいです。

 

ここはハナ菓子店さんの焼き菓子があります。

ハナ菓子店さんも店舗を持たないお菓子屋さんで、手作り市などに出店されている人気店だそうです。

ショコラテリーヌ美味しかったです。

若いオーナーさんで、

何よりとても感じのいいお店でした。

 

で、小松帯刀寓居跡に戻ります。

近衛家別邸 御花畑御屋敷は薩摩藩が借りていたので、小松帯刀寓居跡となっています。

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小松帯刀は大河ドラマ「篤姫」で瑛太さんが演じて、一躍有名になった薩摩藩家老です。

この石碑を立てた中村先生は

「小松帯刀が早世しなければ、明治の歴史は変わっていたはず」

と、おっしゃっています。

薩摩藩の西郷隆盛も大久保利通も下級藩士だったけれど、

小松帯刀は家老なので発言力が大きかったからです。

坂本龍馬も小松帯刀の配下だったので、

龍馬が薩長を取り持ったというのも、のちの人が書き加えたのだそうです。

木戸孝允のこの時の自叙伝には龍馬は一切登場していないということです。

 

昔の戸籍を見ていたら、夫の曽祖父は元治生まれで、曽祖母は文久生まれでした。

それほど昔でない時代ない時代です。

その時代がよくわからないのに、もっと昔のことってなかなかわかりませんよね。