宝筐院2
嵯峨野の宝筐院のつづきです。
きれいでいっぱい写真撮りました。
本堂
一度すたれたので、大正期に建てられたもの
楠正行の首塚が埋もれていくのを残念に思った京都府知事 北垣国道と
実業家 川崎芳太郎が再興しました。
楠木正行(まさつら)の首塚があります。
正平三年・貞和四年(1348)正月、正行は四条畷の合戦で高師直の率いる北朝の大軍と戦って討ち死し(23歳)、黙庵はその首級を生前の交誼により善入寺(前身の寺)に葬りました。
後に、この話を黙庵から聞いた義詮は、正行の人柄を褒め称え、自分もその傍らに葬るよう頼んだといいます。
足利家の紋と、楠木家の菊水紋
遠目に本堂
よく見ると紅葉もいろいろあります。
葉っぱが黄色くて細長いのとか、
きれいでいっぱい写真撮りました。
本堂
一度すたれたので、大正期に建てられたもの
楠正行の首塚が埋もれていくのを残念に思った京都府知事 北垣国道と
実業家 川崎芳太郎が再興しました。
楠木正行(まさつら)の首塚があります。
正平三年・貞和四年(1348)正月、正行は四条畷の合戦で高師直の率いる北朝の大軍と戦って討ち死し(23歳)、黙庵はその首級を生前の交誼により善入寺(前身の寺)に葬りました。
後に、この話を黙庵から聞いた義詮は、正行の人柄を褒め称え、自分もその傍らに葬るよう頼んだといいます。
足利家の紋と、楠木家の菊水紋
遠目に本堂
よく見ると紅葉もいろいろあります。
葉っぱが黄色くて細長いのとか、




