笑顔の遺影
お世話になった先輩のお母様が亡くなり、教会でのお通夜に参列させていただきました。
会場に入った私の目に飛び込んできたもの、それは満面の笑みの遺影でした。
こんなに素敵な遺影は初めてです。
喪主である先輩が遺族代表の挨拶の中で、
「私が生きてきたなかで、母はただの一度も人を非難したことがない、すべてを受け止める、そんな人でした。この遺影も特に選りすぐったわけではなく、普段の母そのものなのです。」
と話されていて、命を全うした後もなお人を幸せな、優しい気持ちにできる人って本当に素晴らしいと、お母様のあり方をのぞかせていただいた気持ちになりました。
あなたは普段どんな顔をしているのでしょうか?
経営者/統括マネジャーのための
だってあの人が「箱」から出てくれないから
あなたが「箱」に入っていたとします。
そして、相手も「箱」に入っているとします。
あなたはこういうふうに思うかもしれません。
「自分が「箱」から出ても相手が「箱」から出てくれないと
解決しないよなぁ...自分だけ「箱」から出ても意味ないじゃん。」
気持ちはわかります。相手も「箱」から出てくれれば、それは理想的かもしれません。
でも、あなたが相手を「箱」から出そうと思った瞬間に、
あなたは「箱」から出ることが難しくなります。
なぜでしょう?
それはあなたが相手を変えようとしているからです。
相手のせいにしているからです。
あなたが本当に相手との関係を良好にしたいと思うのであれば、
まず自分が「箱」から出ることを試みてください。
相手があなたのことをどう思っているか、わからない時がありますよね。
でも、あなたが相手をどのように見ているか、
つまり、人として見ているのか、
それとも物として見ているのか、
はあなた自身の心に問えば100%わかるのです。
邪心のない、何も見返りを求めない相手のふるまいで、
自然と心を開けた経験をしたことはありませんか?
人は「箱」から出ている人に触れることによって、
「箱」から出してもらえることがあるのです。
あなたは相手を変えようと思っていますか、
それとも自分が変わろうと思っていますか?
経営者/統括マネジャーのための
飲み会へ行くか、行かないか
お声をかけていただいた昔の上司の退職祝いの壮行会、
参加しようと思っていたのに前に仕事が入ってしまった、
確実に時間には間に合わない、
しかも会場は遠い...
どうしよう...
これに似たような状況、みなさんはありませんか?
私の思ったこと
⇒昔の上司の壮行会に顔を出して感謝を伝えたいと思った
でも、このあと私の心の中に選択肢が現れます。
一つは思った通り、当初予定していた通り参加するということ。
もう一つは、思ったことに背き行かないということ。
後者を選択した時に心の中で変化が起きます。
連絡も遅かったし...
最近はそれほど交流もなかったし...
あまり喜んでもらえないかもしれないし...
私ぐらい行かなくても影響ないだろうし...
どうせ遅れてしまうし...
行くのにかなり時間がかかるしなぁ...
明日も仕事で準備もあるし...
すでに盛り上がっているだろうし...
自分がいかないための理由を集め始めます。
そうです、自己正当化が始まるわけです。
そんなとき、昔のことをもう一度思い出してみました。
口は悪かったけど、いつもいろいろとサポートをしてくれたなぁ...
仕事の仕方の基礎を教えてくれたんだよなぁ...
部署が変わっても、変わらない態度で接してくれていたなぁ...
あの人が初めての上司でよかったなぁ...
そんなことを思い出しながら、やっぱり遅れても顔を出そうと
思うことができました。そして直接ご挨拶でき、握手して御礼を
伝えることがでたのです。
「おぉ、仕事どうだ?
これからの時代はお前みたいのに頑張ってもらわないとな!」
逆に励まされました。心から感謝の思いが湧き上がります。
やっぱり会いに来てよかった...心からそう思えたのでした。
あなたはやらない理由を探していることがありませんか?
経営者/統括マネジャーのための
だれかに任せる
最近コーチングのセッションをスタートしたクライアントの話です。
「さとうさん、セッション遅れてすいません。本当に申し訳ない。私はスケジュール管理や何かを管理することがとても苦手なんです...。」
「今、どうしているんですか?」
「ほとんど90%は人に任せています。
なぜなら、労多くして効果がないからです。
そのくせ頭の中では気になってしまうんですよ。
だから私はその分、他の得意な領域に集中します。
それが一番いいと思って...。
今回は本当に申し訳ない...。」
このクライアントは自分の弱みをきちんと把握して、それを他の人にサポートしてもらっています。そしてその自分が苦手なことを何とかしようとするエネルギーは必要以上にかかる割に、人並にできないと自覚しているんです。
この日の予定はたまたまスケジュール管理を任せている人に伝えていなかったんだそうです。
「では、○○さん、構造化しちゃいましょうか?」
「そうですね。それができるとありがたいです。」
「○○さんはスケジュール管理を人に任せたほうがいいとはっきり自覚してますから、私がセッションのスケジュールについては管理をしてくれている人に直接連絡を入れるようにしましょう。」
「本当ですか!それがしていただけるととても助かります!よかったぁ。」
そして私がメールで連絡をするように決めました。
コーチングではクライアントが自主性を持って取り組むことが前提ですから、当然クライアントの責任でスケジュールも管理することになります。普通だったらコーチがここまでする必要はないでしょう。クライアントが日時を覚えていて、約束した時間になったら電話をかけてくるのが普通です。それがコミットメントの強さの表れであるかもしれません。
でも、このクライアントは自分の苦手なことをはっきりと自覚していますので、それを構造化するだけで本来取り組むべき課題に集中できると思ったのです。コーチの方々からは反論もあるかもしれませんが、私はこれもテーラーメードのひとつかと。
あなたがどんなことを人に任せると成果が増えますか?
経営者/統括マネジャーのための
いかに人間らしく映るのか
私たちが他の人に心から共感するとき、それは何に共感するのでしょう?
言っていることが正しいから
技術や能力が秀でているから
地位が高いから
ビジネスで成功しているから
いや、何か違いますよね?
私は、その人の人間性に反応するからだと思うのです。
自分を必要以上に上に見せるのでもなく、かといって落とすこともなく、
そしてそれが当然かのように慢心することもなく、
そして、そうでなくてはならないとかそう見られたいと繕うこともなく、
自分の強みも弱みも、美しいところも醜いところも、
すべてを受け入れて、隠すことなくふるまえる
そんな相手の人間性というか、人間臭さに人は共感するのではないかと
思うのです。
友人から次のくだりを教えてもらい、そんな事を考えました。
How through our actions we are humanized in the eyes of others.
あなたのふるまいは他の人の目にどのように映っているのでしょうか?
経営者/統括マネジャーのための
「箱」に入っている時...
「箱」に入っていると、イライラします、相手の悪いところが目につきます。
まったく別のことで「箱」に入っていたとき、カフェでアイスコーヒーを頼むと出てくるまでにちょっと時間がかかって...
「あの~、アイスコーヒーまだですか!急いでいるんですけど...」
「はい、ただいま。」
その直後に間違ったオーダーがテーブルに来て、
「はい、ポテトをお持ちしました。」
「そんなの頼んでないですけど...」
「そ、そうですか、申し訳ありません...。」
ほどなくアイスコーヒーはきましたが、私のイライラはつのるばかり...。
たいして急いでいるわけでもないのに、アイスコーヒーが出てこないことに腹をたて、自分のイライラや怒りを増幅させているのです。アイスコーヒーが出てきた後も、気分がよくなるわけではありません。
振り返ってみるとアイスコーヒーが出てこなかったのは数分、そのあと私が気分が悪かったのは数十分。確かにすぐに出てくれば問題はなかったのかもしれません。でも状況がどうであれ、私は自らその選択をしてしまったことになります。
そして、その間だれも幸せにはなっていないのです。
人はこうして問題をおおげさにしていくのかもしれません。
あなたは自分が問題をさらに悪化させているかもしれないという自覚はありますか?
経営者/統括マネジャーのための
作って、壊して、また作って
一度作ると、安心してしまうことがあります。
実績、自信、評価、作品、商品...。
でも、そこに安住してはいられないんですね。
常にそれをいろいろな角度から見て、疑い、そして時には自ら壊して、改善したり、作り直したり、それをしていかないといけないんです。
一旦作ってしまうとそれだけを見て、他のことに気がいかなくなり、他のものが見えなくなってしまう...。
でも周りの状況は刻々と変化していて、条件は常に変化しているんです。
「この世の中で変わらないことは、変わらないものはないということ」
誰かの言葉を思い出しました。
戦略を練り直してみます。
一つの結果にとどまらずに、常に新たな視点で考え、試してみる、このプロセスを楽しんでいきたいと思いました。まだまだ、やることはたくさんあるんです。
ここ数日の流れで、あらためてそれに気づくことができました。
あなたが自分で一旦壊したほうがいいなと思うものは何ですか?
経営者/統括マネジャーのための
話すことができるということ
あなたが普段話せないことを話せる時ってどんなときでしょう?
なかなか言い出せないことってありますよね。
「こんなことを言ったら反対されるんじゃないか...」
「バカにされたり、変なやつだと思われるんじゃないか...」
「きっとわかってもらえないんじゃないか...」
こんな想いが巡るわけです。
相手が上からものを言ってきたとき、言いたいことが言えますか?
逆に相手がとにかく下からヨイショしてきたとき、本音が言えますか?
つまり、見下されても、持ち上げられても、
どちらも本当に話したいことは話せない...。
「オレさぁ、実はこうなんだよ...。」
「そうなんだ...。実は、私も...」
しっかりと向き合い、
だんだんと安心できる空気や土壌が出来上がって、
相手が同じところに来てくれて、
最後に自分の中に許可がおりたときに、
初めて本当に話したいことが口に出せる、
そういうことなんですね。
あなたが本当に話したいことはどんなことですか?
経営者/統括マネジャーのための
私が原因なんです...
あるトップの方がポツリといいました。
「すべて私のせいなんですね...
普段は仲良く話せるのに、職場に入ると、仕事になると、
どうしても厳しく言っちゃうんですよ。
何度も同じことを言っているのに、いつもミスばっかり...
もういい、他のヤツに頼むって...つい言っちゃうんですよ。」
わかります。
本当はそんなこと言いたくない、できれば楽しく働きたい、だれだってそう思っています。
でも、言わずにはいられない...。
なぜか?
それはトップであるあなたができる人だからです。
あたり前です。修羅場をくぐり、それだけの経験をして、実績をあげてきている人だから今のポジションにいるのです。
あなたは部下から1言われたら、瞬間的に10の情報が頭の中に浮かび、状況判断し、対応する3つの選択肢がポンポンポンと浮かび、おまけにもう優先順位が決まっている、瞬時にそんな状態になります。そして心のなかでこうつぶやきます。
「なんで迷ってんだよ!答えはもう決まっているだろう?あとはやるだけだろ...」
必死で我慢する、ここで我慢だと言い聞かせる...。
でもその通りにならない部下にとうとう我慢しきれずに言ってしまうのです。
「何やってんだよ!」
と。
でも、あなたが自分で気がついているのであれば、
初めの大事なステップを進み始めたということです。
その一歩が大事なのです。
焦らずに、しっかりと向き合っていきましょう。
必ず変化が訪れますから。
あなたは自分に原因があると気がついていますか?それとも相手のせいにしていますか?
経営者/統括マネジャーのための
みえていること、みえないこと
ある電話でのやり取り、
「これだと数字だけしか見えないので、納得がいかないんですよ。」
「これは、こういうことで....中略...だからこういうふうに考えたわけです。」
「そうだったんですね。そうであればそのことをはじめに話してもらえたら、いろいろみんなでアイディア出せるんじゃないですか?」
「すまんね。オレ、苦手だからね...。さとうさん、助けてくれないかな。」
「ええ、私でできることであれば。」
私たちが普段目に見えているものは、物事の一部でしかないですね。
得てして最終的に形になったものだけを見て、判断する、もしくは判断せざるを得ないときもあります。
ただ、ほとんどの場合その最終形が出来上がるまでの過程で、いろいろな検討がされ、試され、変更されてきているのです。背景や経緯があるはずなんです。
工業製品であっても、法律であっても、規則であっても、出来上がるまでには様々な試作がされ、修正がされ、取り巻く環境の変化に条件を見直したりということが行われているはずです。
でもその部分は見ることができずに、目に見えるものしか見ずに評価や判断をします。
それが悪いことではありませんが、少しだけ目に「見えているもの」の裏にある「見えないもの」にも想いを馳せることが必要かもしれません。
あなたが見えないものを見えるようにするためにはどうしたらいいですか?
経営者/統括マネジャーのための
