昨今、X界隈では以下の記事が話題になっていました。

 

 

AIの普及により、特にコンピュータ科学・工学を専攻した学生の失業率が上昇しているのではないか、という記事です。記事では現場の学生に取材するとともに、以下のように具体的な数字を挙げて議論をしています。

 

  • 専攻別では「コンピューターサイエンス」「コンピューター工学」の若者の失業率がそれぞれ6.1%と7.5%で、「哲学」の3.2%などより高かった。米国では長年、コンピューター関連の学位は就職に最も有利とされ、学生の人気も高いが、「売り手市場」は終わったようだ。

 

この数字の元データは、以下のニューヨーク連銀のウェブサイトから入手することができます。このデータはなかなか面白く、コンピュータ科学・工学卒業者の若年失業率に限らず、各分野別の年収、不完全雇用(大学の学位を必要としないと思われる職業についている者の割合、日本語でもあまりなじみがないような気がしましたので、ここでは英語の「Underemployment」を用います)等のデータも収録しています。

 

 

そこで本記事では、それぞれの変数の上位・下位専攻を選び出し、コンピュータ関係に留まらない全体的な労働市場の傾向を見てみることにしました。元データは2023年の情報に基づき2025年2月に公表ということで、多少古いベースな点はご留意ください。

 

 

アメリカの専攻別就職ランキング(2026)

アメリカの専攻別年収ランキング:ビジネス編(2024)

アメリカの専攻別年収ランキング(2023)

日米の大学の人気専攻の違い

 

 1.若年失業率

(1)高失業率の15専攻

 

高失業率の15専攻。「人類学」「物理学」「商業芸術・グラフィックデザイン」「純粋芸術」「社会学」「化学」等、分・理の(一般的に見て失業率の低くなさそうな)リベラルアーツ系専攻や芸術系の専攻に交じって「コンピュータ工学」「同科学」、さらにはビジネス系の「情報システム&管理」も入っており、これはAIの影響かと記者の方が思ってしまうのも無理からぬと思える並びになっています。

 

一方で(後でも出てきますが)コンピュータ科学・工学はUnderemployment rate(大学の学位を必要としないと思われる職業についている者の割合)は非常に低く、また年収も極めて高くなっており、全体としては「コンピュータ関係の専攻者がマックジョブに押し出されている」というような状況にはまだ至っていないように見えます(少なくとも2023年時点では)。なお、他のビジネス・経済学系としては(全体の水準からすればそこまで高い水準とは思われないものの)「経済学」も入っています。

(2)低失業率の15専攻


低失業率の15専攻。「栄養学」「建設サービス」「動植物学」「土木工学」「特殊教育」「農学」等が上位に入る。工学系は土木の他に「航空工学」「機械工学」が入っており、いずれもUnderemployment rateも低く、年収も高い傾向。ビジネス系では会計学が入っており、こちらもUnderemployment rateが低く、年収は相対的には高くないもののJob Securityの高い同専攻の特徴が表れています。

 

 2.(若年)Underemployment rate

(1)高Underemployment rateの15専攻

 

高Underemployment rateの15専攻。「犯罪学」「パフォーミング・アーツ」「医療テクニシャン」「リベラルアーツ」「人類学」「各種テクノロジー」等が上位に入ります。必ずしも失業率が高い専攻ばかりが上位に来ているわけではないのが面白いところ。「医療テクニシャン」「各種テクノロジー」等は、ハードなエンジニアリング等とは違うと思いますので、日本で言えば高専感覚で短大(コミュニティカレッジ)等の卒業者と同じような職種に就くのかもしれません。

 

全般的に文系リベラルアーツが多めにランクインしているのはやむを得ない面もあるかと思いますが、ビジネス系では「ビジネス一般」「経営学」が入っています。狭い意味での経営学(経営組織等)は学部で専攻しても具体的なキャリアパスが描きにくく、ビジネス系としては就職にはやや弱い専攻となってしまっているようです。

(2)低Underemployment rateの15専攻


低Underemploymentの15専攻。「看護学」「各種教育」「小学校教育」「化学工学」「コンピュータ科学」「薬学」とプロフェッショナルな専攻が上位に入ってきます。低失業率のランキングと同じく工学系からは化学工学の他にも多くの専攻(「産業工学」「コンピュータ工学」「航空工学」「機械工学」「電気工学」「土木工学」)が入っており、コンピュータ関係以外は失業率も低くなっています。ビジネス系でも同じく会計学が入っています。

 

次の年収のところでより顕著になりますが、教育系は失業率、Unemployment rateともに低いものの年収が際立って低く、こうしたところからも明らかなアメリカの教員の低待遇には何か病理のようなものすら感じさせます。

 

3.年収

(1)低年収の15専攻

 

低年収(Medan Wage Mid-Career)の15専攻(タイの専攻があるので多めに取っています)。見ての通り上位を教育系が独占している状態。これらの専攻の主な就職先は教員と思われますので、アメリカの教員の相対的な待遇の低さには他人事ながら心配になってしまいます。他にも様々な専攻が入っていますが「神学・宗教学」「人類学」「英語学」「外国語」「リベラルアーツ」「心理学」「社会学」と、文系リベラルアーツ系の専攻が多く見られる点は否めません。

(2)高年収の15専攻


高年収の15専攻(こちらもタイの専攻があるので多めに取っています)。上位は工学系が独占。Underemployment rateも低く、失業率もコンピュータ関係以外は低く、就職面での圧倒的な強さを伺わせます。ビジネス・経済学系からは「ファイナンス」「経済学」「情報システム&管理」「ビジネスアナリティクス」がランクイン。文系リベラルアーツからは唯一「国際事情」がランクインしており、健闘しています。

 

 

今回はこれだけです。元記事で言及されていたコンピュータ関係で言えば、確かに失業率は高く、他の専攻との比較でも目立って見えます。しかし、他の指標では依然としてトップクラスの水準を維持し続けており、全体としては「コンピュータ関係の専攻者がマックジョブに押し出されている」というような状況には(少なくともこのデータが対象とする2023年時点では)まだ至っていないのではないかと思います。他の専攻を見るとやはり工学系があらゆる指標で強いところが目立ち、本ブログの主たる関心であるビジネス系は分野により傾向が大きく異なることが分かります。リベラルアーツ系を見ると、文系リベラルアーツは失業率、年収ともに数字としては良くない傾向があることは否めませんが、理系(理学系)は分野ごとに大きく傾向が異なっており、失業率は高いものの高収入を達成している専攻(物理学等)、その逆の専攻(動植物学等)双方ありました。

 

最後に、何度も言いますが、失業率もUnemployment rateも極めて低いにもかかわらず低年収ランキングの上位を独占する教育系に関しては、他人事ながら心配になってしまいます…。