I, Aotearoa, CC BY-SA 3.0 <http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/>, via Wikimedia Commons

 

国際関係学。私はこの分野は単なる下手の横好きですが、アメリカ在留時には割と周りに卒業生がいたこともあり、いろいろとこのブログでも書いてきました。

 

国際関係学には専門職課程があり、そこでは国際機関、政府機関、NGO、民間企業等に就職する学生向けのトレーニングを提供しています。そうした課程では政治学としての国際関係学だけでなく、様々な分野(開発論、紛争管理・交渉論、環境・医療等の各種政策論、国際経済・経営学、等)が教えられていますが、比較的ニッチ(こうした課程を教えている学校はアメリカでも全国にあるわけではなく、特にワシントンDCやニューヨーク市等、国際機関等が集まる都市に集中しています)な課程であることもあり、興味がある方でも具体的にどのようなことが教えられているのか、あまりイメージがつかない場合も多いと思います。

 

Master of Arts in International Relations (MAIR) | Johns Hopkins SAIS (jhu.edu)

 

ワシントンDCに所在する国際関係学の専門職教育の名門、ジョンズ・ホプキンズ大学ポール・H・ニッツェ高等国際関係大学院(Paul H. Nitze School of Advanced International Studies: JHU-SAIS)の修士課程(Master of Arts in International Relations)の必修科目。6つの授業が選択必修になっていますが、狭義の国際関係学の授業は1つ(World Order and Disorder)だけ。リーダーシップ(比較政治学の授業等でも要件は満たせるようですが)、データ分析等、プロフェッショナルの基礎となるトレーニングにも時間を割いています。

 

なお国際関係学については、本ブログの他記事もご覧ください。

 

国際関係修士

地域専門家の育成

「国際関係学は役に立たない」か?

国際経営専攻と国際キャリア

アメリカで人気の外国語

 

過去記事にJHU-SAISの校舎の写真を載せていましたが、この秋に引っ越すそうです。場所は同じくDC市内で、昔はNewseum(ニュースの博物館)が入っていた建物ですね…。

 

そこで最近、目についた本や記事の中から、そうした課程で教えている先生や卒業生等が書いたものをいくつか、並べてみることにしました。また、対比する意味で、普通のアカデミックな政治学科に所属されている先生の著作も後ろに追加してみました。私は国際関係の仕事をしているわけではないので教科書・専門書等ではなく一般書ばかりで、特に国際関係学の本を選ぶつもりもなく、たまたま手に取った本の著者がそうした分野の方だった、といったものも含まれています。全く網羅性はありませんが(例えば開発論(開発ファイナンス等も含む)は人気がある分野だと聞いていますが、なかなか引っかからないですね…)、こうした課程でどのような内容が教えられているのか、多少はイメージをつかむ助けになればと思います。
 

 1.テクノロジー・サイバーセキュリティ

(1)クリス・ミラー著「半導体戦争 世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防」

 

著者はタフツ大学フレッチャー法律外交大学院の先生。テクノロジー関係は国際関係学でもホットトピックになっているようです。読み物としても面白く、また巻末の膨大な注には圧倒されます。著者は歴史学Ph.Dの方だそうで、こうした現代的な分野に歴史学者が取り組んでいる、というのも興味深いです。

(2)松原 実穂子著「サイバーセキュリティ―組織を脅威から守る戦略・人材・インテリジェンス―」

 

防衛省を経てJHU-SAISを修了された著者によるサイバーセキュリティの本。アメリカでは国際関係学や地域研究を勉強し、外国語にも堪能な人が、海外のセキュリティ情報の収集・分析等を行うポジションで職を得ることもあるそうです。

 

著者によるウクライナ戦争についての公開ウェビナーです。

 

 2.政策各論・地域研究

(1)篠原 英郎著「紛争解決って何だろう」

 

日本語で読める紛争解決の本。著者は東京外大で紛争解決・予防等の実務家養成のためのプログラムを実施されています。具体的な問題解決のための分析ツールから紛争理解のための理論や国際的な枠組みまで、幅広く解説しています。

(2)タン・ミン・ウー著「ビルマ 危機の本質」

 

著者はニューヨーク生まれのミャンマー人で第3代国連事務総長ウ・タントの孫。JHU-SAISを修了し国連の平和維持活動に従事した後、歴史学のPh.Dを取得。現在はミャンマーの歴史的遺産を保存する財団を運営されています。この著作のように特定の国・地域の事情にフォーカスした内容も、専門職課程では教えられています。なお著者はアウンサンスーチーの政権ができた後、ミャンマー政府の政策アドバイザーから外されたということで、本書もやや同政権には辛口の評価となっています。ミャンマーについての他の書籍はこちら

 

 

(2024年4月14日追加)現代的なゲーム理論・行動科学・実証分析に基づいて書かれた紛争解決の本。アカデミックな政治学の研究(下の「アカデミックな著作」参照)とプロフェショナルの間を繋ぐ書籍です。著者はシカゴ大学ハリス公共政策大学院の先生です。

 

 3.戦略論

(1)ハル・ブランズ、マイケル・ベックリー 著「デンジャー・ゾーン」

 

戦略論(軍事戦略)の先生が書かれた米中対立の本。著者のブランズはJHU-SAISの先生で、こちらもバックグラウンドとしては歴史学Ph.Dだそうです。ベックリーはタフツ大学の政治学科の先生です。

(2)エリオット・コーエン著「ウ侵攻で露呈したロシアの本質、予想される未来は」(ウォールストリート・ジャーナル)

 

同じくJHU-SAISの戦略論の先生が書かれた昨今のウクライナ戦争の解説。重厚な内容となっています。

 

 4.アカデミックな著作

(1)エリカ・フランツ著「権威主義:独裁政治の歴史と変貌」

 

ここから先は普通の政治学科に所属されている先生によるものとなります。こちらは膨大なデータ分析の結果に基づいて書かれた権威主義の本。分野を問わず「Ph.Dとは巨大なデータセットを作って分析している人」というようなイメージが世間についてきているような気もしますが、アカデミックな政治学の世界でもこうしたデータ分析が研究の主流になっているようです。国際関係学の専門職課程でももちろん、こうした内容も教えられていると思いますが、それににばかり時間を使っている、というわけではないと思います。

(2)マルガリータ・エステベス・アベ著「知られざる日本のコロナ対策「成功」要因──介護施設」(ニューズウィーク)

 

少し古いですが、コロナ期間に入った少し後、日本を研究対象とする政治学者が日本のコロナ対策の成功要因を分析した記事。こちらもデータ扱いに手慣れたところを見せています。

 

さらに古いですが、アメリカのトップ校で教鞭を取る政治学者によるディスカッション。授業では日本政治を教えていらっしゃる方もいますが、研究アプローチとしては全員がデータ分析です(実験等も含む)。専門職課程の話はありませんが、アメリカの政治学の教育・研究の雰囲気が分かってとても面白いです。

 

ビジネス分野におけるプロフェッショナルとアカデミックの距離感

こうしたプロフェッショナルとアカデミックの間の距離感というのは、ビジネスの分野でも見られます。例えば経営学の分野では、早稲田大学の入山先生が、アカデミックな経営学を一般に紹介する本や記事を多く書かれています。

 


しかし、MBAその他の専門職課程で、必ずしもこうした内容に多くの時間が割かれているわけではありません(入山先生ご自身も、「MBAでは教えられない経営学」といった紹介の仕方もされていたと思います)。では実際にどんな内容が教えられているかと言えば、例えば「経営学科の選択科目で一番人気があるのは、実は弁護士の外部講師が教える交渉論だった」といった状況もまま見られます。

 

 

少し前のMBAの人気科目についてはこちらもご覧ください。

 

今回はこれだけです。私のような普通の人が読んでも面白い本ばかりですので、是非、手に取って読んでみてください。