【作品#0574】バビロン(2022) | シネマーグチャンネル

【タイトル】

 

バビロン(原題:Babylon)

 

【Podcast】

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【概要】

2022年のアメリカ映画
上映時間は189分

【あらすじ】

サイレント期からトーキーに以降するハリウッドで成功を夢見る男女を描く。

【スタッフ】

監督/脚本はデイミアン・チャゼル
音楽はジャスティン・ハーウィッツ
撮影はリヌス・サンドグレン

【キャスト】

ブラッド・ピット(ジャック・コンラッド)
マーゴット・ロビー(ネリー・ラロイ)
ディエゴ・カルバ(マニー・トーレス)
エリック・ロバーツ(ロバート・ラロイ)

【感想】

デイミアン・チャゼル監督にとって過去最高の8千万ドルの予算を費やして製作された意欲作だが、北米では初週末初登場4位に留まり、2023年2月現在で5千万ドル程度しか回収されていない。

本作の始まりは映画サイレント末期の1926年である。大恐慌前の映画界には多数の資金が集まり、ヘイズコードもない映画界はやりたい放題の状態であった。そんな時代を表すべく、冒頭30分かけて映画会社の重役の豪邸でのパーティシーンが描かれる。その豪邸には百人は下らない参加者が、呼び寄せた一流のミュージシャンによる音楽をバックに乱痴気騒ぎを繰り広げる。一通りのドラッグを取りそろえ、酒、タバコ、セックス、そして冒頭に豪邸に運ばれた象が豪邸内を歩き回る。ほぼ休みなく怒涛のような30分が終わるとようやく「BABYLON」のタイトルが表示される。この一連のシークエンスに30分も必要だったとは思えないが、良い音楽もあり圧倒されるものはある。特に何度も使用される「Voodoo Mama」はまさに中毒性のある音楽であり、この場に相応しい音楽と言える。

ちなみに、この乱痴気騒ぎの裏で女優が死んでしまうのだが、これは喜劇俳優ロスコー・アーバックルが女優ヴァージニア・ラッペを強姦の末に死亡した事件を元にしている。これはその後ロスコー・アーバックルは無罪を勝ち取ったが、悪評を払拭することができずにロスコー・アーバックルは再起ならなかった。

タイトルが表示されてからも映画のペースは全く落ちることなくグイグイ引き込まれていく。基本は、サイレント期のスター俳優ジャック、スターを夢見るネリー、映画界で働きたいと考えているメキシコ系のマニーの3人を中心に展開していく。タイトル後にその3人が結集することになるスタジオセットにネリーが訪れる場面の長回しは素晴らしい。野外セットにやって来たネリーからカメラは野外に設置された多くの映画セットを移動しながら映して再びネリーにカメラが戻って来るまでをワンカットにしている。サイレント映画なのだからセットの隣で別の映画が撮られていても何の問題もなく、当時サイレント映画が量産されていたことも良く伝わって来る。

豪邸の乱痴気騒ぎ中にオーバードーズで死んだ女優の代わりに、ネリーは役を射止める。スターを夢見るネリーが周囲の役者や監督を演技で魅了していく様はまさにスターが生まれる瞬間に立ち会っているような感動を覚える。また、この時の涙の映像はラストで当時のモノクロ映画らしいアスペクト比と粗い映像で映るのだが、この時のマーゴット・ロビーの美しさよ。

それから、撮影で10台のカメラを壊した現場では、マニーが町まで行ってカメラを借りてくるように言われる。やっとの思いで借りてきたカメラを使い、夕暮れ間際の太陽の光を使って撮影を開始する。待っている間に酒でフラフラのジャックは何とか役者魂で演技をする。「ラ・ラ・ランド(2016)」の中盤のミュージカルシーンと同様にマジックアワー間近の時間帯で撮影されたであろう映像は圧巻で、ジャックとヒロインがキスする背景に多くのエキストラがいて、その先には沈みかける夕陽が見えている。ここで撮影が完了すると、まるで現場に居合わせた様な達成感を味わうことができる。

そんなこんなで時代はトーキーに移行していく。世間一般的に世界初のトーキーと言われることのある「ジャズ・シンガー(1927)」をマニーが映画館で見ていると、今までサイレント映画しか知らなかった観客は大歓声を浴びせる。

この「ジャズ・シンガー(1927)」は世界初のトーキーと言われているだけの作品ではない。主人公のユダヤ人の青年はユダヤ教司祭の父親の元、厳しく教育されるがその反動で父親からすれば邪道であるジャズ・シンガーへの道を主人公は歩んでいく。ハリウッドはユダヤ人の手により作られ、ワーナーブラザーズを創設したワーナー兄弟も、20世紀フォックスを創設したウィリアム・フォックスも、MGMを創設したルイス・B・メイヤーも、パラマウント映画を創設したアドルフ・ズーカーも、ユニバーサルスタジオを創設したカール・レムリもコロンビア映画を創設したハリー・コーンもすべてユダヤ人によって創設されている。

そのユダヤ人主人公が父親からの勘当を受けてジャズ・シンガーヘの道を歩んでいく。比較的貧しかったユダヤ人が楽しんだ映画という娯楽の新しい方向性を導いた作品の1つが、トーキーという新たな試みの作品であったのは意義深い。また、この映画の主人公はラストで顔を黒塗りにして歌う場面まで登場する。後のヘイズコードが敷かれた時代なら到底無理な演出だったことだろう。

そして、映画界はサイレント映画からトーキー映画に移り変わり、さらには大恐慌、ヘイズコードという自主規制ガイドラインの制定に繋がっていく。本作はその直前までを描いていることになる。

以降は、サイレント時代にスターになった俳優たちが軒並み転落していく様子を描いていく。その本作の話の大筋は「雨に唄えば(1952)」にも似ている。「雨に唄えば(1952)」は、サイレントからトーキーに以降するハリウッドをコミカルに描いたミュージカル映画である。ちなみにMGMのミュージカル第1作に当たる「ブロードウェイ・メロディ(1929)」の製作過程を下地にしている。本作の中盤にセットでノアの箱舟をバックに大勢で「Singin in the rain」を歌っているシーンは「ハリウッド・レビュー(1929)」というミュージカル映画の撮影場面である。その時の楽曲のジーン・ケリーによるカバーバージョンが「雨に唄えば(1952)」のラストで使用されている。また、これに触発されて製作されたのがミシェル・アザナヴィシウス監督によるアカデミー賞作品賞受賞作「アーティスト(2011)」である。

雨に唄えば(1952)」については該当記事でも言及したように、陽の側面を切り取れば楽しい映画だが、陰の側面を切り取ればものすごく悲しい物語である。サイレント時代のスターだったドンとリナだったが、トーキーへ移行するとマイクを意識した演技がうまくいかずに試写も大失敗に終わる場面がある。これは本作でそのままパロディにされている。

さらにトーキー向きとは言えない声だったリナのことを考え、ドンは新人女優のキャシーに吹替を任せる作戦に出る。これが功を奏して初日の上映は大成功に終える。カーテンコールで舞台に立ったリナはその声が映画での声と全く異なることを指摘されると、その場で歌うと言い出してしまう。そこでドンが気を利かせて緞帳の後ろでキャシーが歌い、リナは口パクをすることでうまくやり過ごす。ところが、ここでドンは緞帳を上げて観客にネタバレしてしまう。観客に笑い者にされたリナは涙ながらにその場を走り去り、ドンとキャシーが結ばれて映画が終わると言うものだった。確かにリナは自分勝手で嫌な女性として描かれていたが、そこまで悪い女性だとは思わなかった。リナからすれば、トーキーへの移行でうまくいかないながらも吹替で乗り切ったかに見えたが、思いを寄せるドンからとんでもない仕打ちを喰らってしまった。もう彼女は立ち上がることはできないだろう。「バビロン(2022)」のジャックが時代についていけずに自ら命を絶つのと同じ行動をとるかもしれない。

まさに「バビロン(2022)」は「雨に唄えば(1952)」で夢に破れた人たちを描いた作品と言えよう。ジャックはトーキーに以降してからヒット作に恵まれず、ネリーは才能がありながらも酒とギャンブルに溺れてしまった。

ちなみに、ブラッド・ピットが演じたジャックは実在した俳優ジョン・ギルバートがモデルとされており、「アーティスト(2011)」でも主演したジャン・デュジャルダンが演じたキャラクターのモデルでもある。彼はサイレント時代のスター俳優だったが、甲高い声だったためにトーキーに対応できずに人気は失墜。1936年に38歳の若さでアルコール依存症による心臓発作で死去した。また、生涯4度の結婚をしており、グレタ・ガルボとの恋でも知られた。再婚して新たな相手が登場する様子は、映画の撮影が終わって新たな映画の撮影に臨むようである。ちなみに、ジャックを演じたブラッド・ピットは、アンジェリーナ・ジョリーとの離婚の原因がアルコール依存症で、1年半ほどリハビリ施設に通ったことも後に告白している。

また、マーゴット・ロビーが演じたネリーは実在した女優クララ・ボウがモデルとされている。父親がアルコール依存症で母親が精神疾患を患っていた。ちなみにネリーの父親ロバートを演じたエリック・ロバーツもドラッグが原因で逮捕されてリハビリ施設への入所も経験している。クララ・ボウはサイレント時代に大スターになったが、多くのスキャンダルが原因で人気は廃れて、トーキーになっても波に乗れずに1933年に28歳という若さで引退した。

他にも脇を固めるのが、アジア系のレズビアンであるジュー、黒人のトランペット奏者であるシドニーである。サイレントからトーキーに移行するハリウッド黄金期を支えたのが、白人だけでなく、女性であり、メキシコ系の移民であり、アジア系であり、黒人であった。かつてのハリウッド黄金期を描く映画にしても黒人やアジア系、メキシコ系の出る幕はなかった。ちなみにネリーの現場で監督をしている女性はドロシー・アーズナーという当時の唯一の女性監督がモデルであり、デイミアン・チャゼル監督の奥さんが演じている。また、アジア系のレズビアンのジューはアンナ・メイ・ウォンがモデルとされている。中国系ということで外国人扱いされ、23歳という若さでハリウッドを去りヨーロッパへ渡っている。

そんな本作と同じく映画史の語り直しをしたのがジョーダン・ピール監督による「NOPE/ノープ(2022)」だろう。この作品では、世界最古の映像とされる男が乗馬して走る様子を紹介し、その乗馬している男は黒人であり、主人公一家はその黒人の末裔であると説明される。さらに、アジア系の人物も登場するなど、かつての映画史に登場しなかった人物たちを起用した作品であった。2人とも基本的に自身によるオリジナル脚本で勝負する作家であり、そういった作家はいずれ映画史の語り直しをしたくなるものなのだろうか(「ファースト・マン(2018)」は別の人の書いた脚本だが)。

20年経過したラストでマニーが映画館で「雨に唄えば(1952)」を見ていると、彼の頭の中に数多くの映像がサブリミナル的に流れていく。世界最古の映像とされる男が乗馬して走る様子から始まる。その後は、「ラ・シオタ駅への列車の到着(1896)」「月世界旅行(1902)」「大列車強盗(1903)」「ノアの箱舟(1928)」「アンダルシアの犬(1928)」「オズの魔法使(1939)」「ベン・ハー(1959)」「サイコ(1960)」「2001年宇宙の旅(1968)」「レイダース 失われたアーク(1981)」「ターミネーター2(1991)」「ジュラシック・パーク(1993)」「マトリックス(1999)」「アバター(2009」など多くの映像が流れていく(全49作品は映画秘宝の公式NOTEに記載されている町山智浩氏の記事を参照ください)。当然、映画の設定は1952年なのでそれ以降の作品の映像はデイミアン・チャゼル監督の記憶に残っているものだろう。あの映画館で映画を見ているマニーこそ、デイミアン・チャゼル監督であり、本作を見に来た観客ということなのだろう。監督の映画を好きすぎる気持ちを観客が受け取りきれないだろうし、どこか自己陶酔的でもある。

この映画史という観点で見れば、やはりマーティン・スコセッシ監督の名前は外せない。「ラ・ラ・ランド(2016)」はマーティン・スコセッシ監督の「ニューヨーク・ニューヨーク(1977)」から、そして本作は「ウルフ・オブ・ウォールストリート(2013)」からの影響も大きいだろう。マーティン・スコセッシ監督は過去の映画の映像修復活動をしているし、相当なシネフィルで知識では学者レベルと言えよう。そして本作の監督デイミアン・チャゼルも相当なシネフィルであり、普通の映画ファンですら見ていないような作品についても影響を公言している作品は多数ある。ちなみに、マーティン・スコセッシ監督も映画史を物語とした「ヒューゴの不思議な発明(2011)」という作品を製作している。この作品も本作と同様に興行的には失敗に終わっている。

本作の企画はデイミアン・チャゼル監督の長年の念願であり、おそらく彼の現時点での集大成なのだろう。とにかくやりたいことをやり切ったような印象もある。基本的には同じようなテーマの作品を撮り続けてきたが、興行的には見向きもされなかったレベルになってしまった本作の後、彼がどのような作品を撮っていくのかにも注目ではある。

 

 

 

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【予告編】

 

 

【配信関連】

 

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├日本語吹き替え

 

【ソフト関連】

 

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映像特典

├壮大な舞台「バビロン」

├「バビロン」の衣装

├「バビロン」の曲作り

├未公開&追加シーン集

  ├マニーとジャック

  ├エリノアとエキストラ

  ├編集室

  ├楽屋での喧嘩

  ├化粧室

  ├パスポート捜し

 

【音楽関連】

 

<ジャスティン・ハーウィッツ「Voodoo Mama」>

 

 

<サウンドトラック(CD2枚組)>

 

収録内容

├48曲/97分