三つの星に運ばれて 〜 オオカミの山 三峯山へからの、つづき。
昨年の冬至は沖縄にいっていた。
メインの予定は大石林山の喜瀬所長に会いに行くことだったのだが、昨年の2週続けての沖縄はたしかにいろいろあった。
三峰山に上がるとき、友人のまさやんは、「三峰山にくると3日後にお示しがくる」と言っていたが、わたしは目が覚めたら、そのことを思い出した。
浦添ようどれ。
浦添にある墓場である。
冬至の日が差し込むはずだ、って白山のサルタヒコがいうから確認に行った。
マチュピチュを思い出すような石垣で囲まれた墓に、確かに朝日が差し込んだ(安曇の庭から琉球へ 〜瓢箪から駒は出るか? その3 久高島と魂魄の塔)。
そこでのヨギの治療師とのやりとりはほぼ同じ形で繰り広げられている。
進歩ないな。
って、わたしもか。
ほんっと、鏡の法則。
そのころの記事を読み返して、吉本隆明氏の「全南島論」のコピーを、与那原のヒロさんの奥さんからもらったのは、この時だったと思い出した。
ちょうど三峰山にくる前の日くらいに目に入って、「捨ててなかった」って気がついた。
わたしの断捨離癖は相当なもので、資料の類はほぼアカシックに格納されて物質は目の前から消えていく。
それなのに。
そして、そこには、天皇の祭祀と琉球王朝の聞得大君の祭祀の相似性について書かれてあった。
しかも、「まぐわい」と「食事」。
最初に話しかけてきたころ、「キミの力はホトの力だ!」っていった伊勢平氏おじさんのとんだセクハラ発言(安曇の庭から琉球へ 〜瓢箪から駒は出るか? その2 城とノロ )は、「ノロ」っていうキーワードをもつ血筋なんだから、なるほどな、って感じた。
さすが、伊勢平氏おじさんよく見抜いたな。
あの頃わたしは自分のルーツについて話したことなんかなかったはずなのに。
ノロは、結婚が許されてなかったけど、王様とか偉い人の相手をする人だった、って教えてくれたのは、海辺の御嶽で不思議な凧をあげていた今帰仁おじさんだった(安曇の庭から琉球へ 〜瓢箪から駒は出るか?!その1 天上界の神様)。
だから、ノロは、結婚してない(処女)だから、子どもを持たない(はず)。
しかし、ノロ筋は、継承されてた(はず)。
なんか、この話、どこかで聞いたことない?
この時期お生まれになったというあのお方。
冬至の太陽が差し込む明治神宮。
浦添よーどれと同じ(安曇の庭から琉球へ 〜瓢箪から駒は出るか? その3 久高島と魂魄の塔)。
英祖王と尚寧(しょうねい)王の墓。
琉球王。
伊勢平氏おじさんとこのあいだここで座ったんだったな(救い主は現れるか 〜「次のターム」に行く前に)。
おじさんからはじめて「異質なキミを必要としていた」と言われたんだった。
それで関係が変わったのかわからないが、天竜に行った(赤と青の龍が出会う場所 〜ようやく天竜へ)あと飲んでからんだらしく(運命の被害者にならないで 〜自分の台本で自分を演じる)いつも通りひどくなじられたが、わたしの心は平安である。
なにかが入ってきたのだ。あの日。すっと。
で、ハッとした。
その日は、「島の子を生んでほしい」と伊江島でわたしの前にあらわれて、ヒロさんにバトンを引き継いで旅立っていった(そして、またくくりの日 〜虹と歩んだ2年半。)与那原のヒロさんの誕生日で、普段なら、その日は親族が集まって命日の代わりの「降誕祭」をする日だったのである。そして、それは今年は都合で24日にした、と短いメールが届いていた。
それで、メールした。奥さんのフキさんに。
昨日の夕方。
「降誕祭は明日ですか?翌日島に行く予定なんですけど、明日行って泊めてもらっていいですか」
「どうぞどうぞ」
で、羽田空港へ。
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