篠笛に挑戦
無理は承知で頑張ります・・・
先月、ある方から一昨年に亡くなられたご夫君が愛用されていた篠笛をいただきました。
40年近くお世話になっていた方のご遺品ということで恐縮しましたが大切に使わせていただこうと思います。
それが写真の一番下の笛です。『六本調子』の笛です。
実は20年ほど前に東京の楽器店にて、向き不向きも“調子”も何も分からないまま『七本調子』の笛を買っていました。上の写真の真ん中の笛です。
しかし尺八の研鑽に手を取られて(・・と偉そうに言うほど練習していませんが。)ほとんど吹いておりませんでした。
ちなみに写真の一番上の笛は『八本調子』の笛で、これはかみさんが学生時代にお世話になっていた地元の楽器屋さんからいただいていたもので、これで『六本調子、七本調子、八本調子』と3種類の篠笛が手元にそろうことになり、形の上では多くの曲にトライできることになりました。
私は篠笛は詳しくないのですが、六→七→八と数字が大きくなるほど管の長さが短くなり、音程が半音ずつ高くなります。
『六本調子』というのはドレミ音階のミ(E)とシ(B)に“b(フラット)”がついている「変ロ長調」の曲を吹くときに良い笛だとのこと。『七本調子』は「ロ長調」の曲に、『八本調子』は「ハ長調」の曲に良いとされているそうです。
この度、東京の合奏団で篠笛のある曲を取り上げることになりました。
現在団員に篠笛を吹くメンバーがいないこともあり、これを機に篠笛に挑戦してみようと無謀にも思い立ちました。
これまでほとんど吹いてこなかった篠笛ですからたいへん難しいことは分かっていますが、大切なご遺品をいただいたこともあり、頑張ってみようと思います。
ついでのお話ですが、写真の上の『八本調子』の笛を置いている無地の黄色の袋は『七本調子』の笛を買い求めたときに楽器屋さんが入れてくれた袋です。
真ん中の『七本調子』を置いている柄物の袋と、下の『六本調子』を置いている紺色の袋はいずれも私が手縫いで作ったものです。
ミシンが使えないので手縫いしましたが、慣れないことをすると後から手指が強張ってしまって困りました。(老人性の現れ?)
でも大切ないただき物ですし、「これから篠笛に挑戦するんだ」と自分に言い聞かせるために先ずは袋作りに挑んでみたという次第。
とりあえず二つ作りましたが、いずれ『八本調子』用も作るつもりです。
(縫い目が目立たないようにするにはどうしたら良いか・・・研究しなくては。笑)
令和3年2月20日(土)
髭のマスター
手作りケーキの楽しみ
明るく、前向きに・・・
遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
新型コロナウイルス禍は依然厳しい状況ですが、気持ちを明るく前向きに日々を生きていきたいと思っています。
皆さまのこの一年が穏やかで幸い多きものとなりますよう、心よりお祈り申し上げます。
先日、3密防止、アルコール消毒、換気の徹底に努めながら愛媛新聞カルチャースクール『みんな一緒にハモリ隊』の新年第一回講座に参加してまいりました。
その折、新年のお祝いに『鳴門金時のタルト』を焼いて持参いたしました。
お土産ですからその場で召しあがっていただいた訳ではありません。お口に合ったかどうか・・・。
私自身、お正月休みで身体が鈍っていましたので不安ではありましたが、まあ気持ちだけでも・・と無理やり(笑)お持ち帰りいただきました。
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きょうは1月11日、『鏡開き』の日ですね。
こちらも久しぶりに「おぜんざい」を作っていただきました。
ケーキやパイもそうですが、私は「ぜんざい」も甘さ控えめに作ります。
昔むかしの大昔、まだ新婚時代にかみさんとふたりで東京は銀座の有名なお汁粉屋さんに行ったことがあります。
そこでいただいた「お汁粉」(ぜんざいではなく)の甘かったこと。
あんまり甘いので熱が出てしまいました。
それ以来、甘さは控えめが良い・・と心得るようになりました。
また餡も“こし餡”ではなく“つぶ餡”が身体に合うようになりました。(もちろん食いしん坊の私のこと、こし餡のお饅頭も美味しくいただきますが・・・。笑)
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本年も、カフェを営んでいた時のようにはいきませんが、手作りでいろいろな種類のケーキ、タルト、パイなど焼いて楽しんでいこうと思っています。
鬱々とする日々ですが、明るく前向きに暮らしていけるよう、気分を変える意味でも様々なスイーツにトライしてまいります。
機会があれば皆さまにもおひとつ・・・。
(^-^)
『 鏡餅焼く膨らむ夢が手に熱し 』
一歩
令和3年1月11日(月)
髭のマスター
未曽有の体験、貴重な経験
平穏な日々を・・・
ことしも残り一日余り。例年のごとく自分なりにこの一年の「我が家の十大ニュース」を考えてみました。
トップ3をご紹介しますと・・・
第一位・・・世界中に新型コロナウイルス禍蔓延
(1) 東京での『邦楽合奏団 翔(はばたき)』 第42回演奏会の中止。
1978年5月に東京・渋谷区神宮前で結成して以来、毎年途切れることなく開催していた演奏会(9月開催予定)を中止せざるを得なくなった。
悔しくて、悲しくて、やりきれなかったが、お客さま、ホールのスタッフさん、音楽監督の先生、そして団員たちの安全確保のため断腸の想いで決断した。
(2) 松山での『アンサンブル ぽこ どりーむ』 第5回演奏会の中止。
6月開催を予定していたが、春先から練習に集まることすらできなくなって、(1)と同様に中止を決断。
(3) 松山での合唱サークルの活動も中止、停滞を余儀なくされた。
(4) お盆の墓参を自粛せざるを得なかった。
広島県の本籍地にある先祖代々の墓所を訪れることができなかった。(首都圏や関西圏からも集まるため)
年一回会う予定だった姉弟、親戚とも会えなかった。
これらは皆さんも同様だと存じます。社会生活のすべてにガマン、辛抱の一年でしたね。
そのような中、医療関係、福祉関係などエッセンシャルワーカーと呼ばれる社会的な活動に注力下さっている方々に心からの敬意、感謝、応援の気持ちをお届けしたいと存じます。
せめて十分な財政的支援、人的支援が政府や自治体から届けられたらいいな・・と願っています。
第二位・・・「椿まつり」の中日の「御神輿巡幸」の“神輿守”を担当
周辺の11の町内会が輪番で担当するので11年に一度巡ってくる当番。私は初めてのことで、次回はかなりの高齢だし、もしかしたら存在していないかも・・(笑)、ということで町内会からの要請に応じて担当しました。
並んで歩くだけでいいから、という話だったので応じたのですが、実際は3回も担がされて腰を痛め、祭りのあと3か月不自由な暮らしとなりました。
現在も、痛みはないものの、歩くときに以前のようにすっ、すっと足が出なくて姿勢良く歩けません。
まあ、それでもめったに経験できないことですので、その意味では良かったと思っています。
第三位・・・庭のカリンの木にことしは実が鈴なりとなり、計63個収穫
実家から移植して9年。これまで多くて7~8個しか実らなかったので、今回は初めての大収穫。
ジャム、カリン酒、砂糖漬けなどフルに活用しました。
カリン酒は6か月以上おかなければいけませんが、ジャムや砂糖漬けは美味しくいただいております。
その他もろもろ、ステイホームにもそれなりのニュースが発生します。平穏な暮らしに徹することはやはり難しいものですね。
新年こそは平穏無事な一年となりますよう心より念じております。
皆さま、この一年たいへんお世話になりました。心より御礼申し上げます。
どうかご健勝にて良いお年をお迎え下さい。
明年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
令和2年12月30日(水)
髭のマスター
カリン実る!
甘い香りと肌触り・・・
11月に入りカリンの実が大きく熟してきました。
7個も成った細い枝は大きく撓って私の顔のあたりまで近づき独特の甘い香りを周囲に漂わせていました。
ある日の朝、大きな音がしたので何事かと庭に出てみますと、別の枝から大きく育ったカリンの実が一つ落ちていました。
迫力のある音を私は初めて聞きました。(笑)
そろそろ収穫の時期かと、一番近い枝から早速12個ほど収穫しました。
(初めての収穫)
独特の肌触りと甘い香りが幸せな気持ちにしてくれます。
でも、色も香りももう少し熟したほうがいいかな・・・と、もう少し待ってから本格的に収穫することにしました。
数日後、脚立に上がって上の方の枝からも一つずつもぎ取りました。
この日は26個穫れました。
(2回目の収穫)
香りはさらに強くなっていました。(^-^)
まだまだ枝々には20個近く生っているようですし、これまで38個収穫し、さらに5個ほど自然落下していますので、ことしは全部で60個余りが実ったようです。
昨年までは多くて7~8個だったことを想うと、移植して9年、やっと当地の“土”に馴染んでくれたのかと感慨深くなります。
これからも大事に育てていきたいと思いました。
『 ドスンと音がしカリンの実落つる 』
一歩
令和2年11月13日(金)
髭のマスター