インドへ | やるせない読書日記

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書評を中心に映画・音楽評・散歩などの身辺雑記
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 横尾忠則は60年代の中頃から文章を書いていたように思う。どれも横尾のイラスト入りで

 

結構、面白かった。横尾の流れに随分と小粒になってしまうがみうらじゅんがいる。でも横尾と

 

みうらでは大いに格が違うが。横尾本人も言っているが、横尾のイラストは死のイメージに満ち

 

ている。これはウォーホルもそうだが。就職した頃、生命保険会社から横尾の書いた「最後の

 

ビートルズ」というポスターをもらって何年か部屋に張っておいた。古くなったので捨ててしまっ

 

たが、大家になった横尾のポスターなのでとっておけば値打ちがでたかも。

 

 

 1977年に刊行。70年代から80年代に若者のインド行きが流行ったが彼らのバイブ

 

ルになった本。

 

 

 三回のインド行き(年月日には書いていないが1970年以降である)のエピソードが錯綜している。

 

インドはハワイとかパリへの旅行とは違い今流行りの「自分さがし」の要素があった。まあ、つまり

 

悟るのである。僕も若い頃、心理学や森田療法とか禅に関する本を読んだものだった。ある時期を

 

過ぎると悟りなんかに興味はなくなるが。今でもインドjに行く若者はいるようだ。

 

 

 ぼくの楽園願望はぼく自身への中心への旅(トリップ)であり、流行の言葉でいえば自己発見

 

の旅でも あり、厚かましくいってしまえば求道の旅ということになるのかもしれない。

 

                              *

 

 ダル湖に通ずるこの運河には、水上生活者の舟がひしめきあって河岸に並んでいる。舟の窓が

 

開いて中から 食器を持った子が現れ、土色の水を掬い上げる、まだ半分眠ったままの幼児が同じ

 

窓から川面に小便をする。

 

 あちらの舟の窓一杯になにか白くて丸いものが外につきだされる。女の裸の尻だ。こっちの窓でも、

 

あっちの窓 でも大小の排泄行為が開始されている、顔を洗うのも、食器を洗うのも一つの水だ。

 

上から入れて下に出す。

 

 ここにも輪廻の理法がちゃんと生きている。宇宙はぐるぐる回っているのである。

 

                            *

 

  あんな所には二度と行きたくないという人や、インドから帰って気が狂ったというアメリカ人がい

 

ることも事実  である。カルカッタやベナレス、オールドデリーなどの雑踏の中に一歩足を踏み入

 

れた途端、急襲してくるインド人の目。目、目、それになんともいえない悪臭、これには最初だれで

 

も参ってしまう。まさに人類の巣窟 である。土の色と区別のつかない乞食の群れや、手足の指や

 

鼻のないらい病患者の物乞い、地面に横たわっている物質と区別のつかない死体等々、(略)

 

                           *

 

インドの社会を特徴づけているものにカースト制がある。この制度は世襲的に受けつがれ、生まれ

 

たら死ぬ まで自らのカーストを変えることができない。乞食の両親のもとに生まれれば一生乞食

 

で通さなければなら ないことだってある。インドに駐在中の日本のジャーナリストに聞いた話であ

 

るが、乞食集団という組織があって、どこかの家にふたなり(両性具有)や身体障害者が生まれると

 

、こういう幼児を乞食集団が引き取って 見世物としての職業乞食に仕立てあげるという。このことは一

 

種の集団コンミューンとして、彼らの親や当人を、社会的に救済していることになっているというのだ。

 

また時にはこの乞食コンミューンの中で生まれた子供 の両手や両足を切断して、見せ物用の乞食

 

を養成する場合もあるらしい。なんとも空おそろしい話である。

 

僕たちのインドのイメージの典型が色々、語られる。これは貧困によるただの恥ずべき形態じゃ

 

ないかと野暮なことを言うのはよそう。こういうものらしい。死期を悟った老人がガンジスの川岸で死ぬこ

 

となども書いてあるが僕は路上で死にたくはない。30年前のことなのでIT大国になってしまったインドが

 

いまでもこういう現状なのかわからないが確かに極端な国であることは間違いないようだ。

 

 

横尾をインドに導いたのはビートルズとかの三島由紀夫である。横尾はビートルズのインド行きは1965

 

年と書いているが正しくは1967年。マハリシ・ヨギのキャンプに悟りに行ったがインチキだと分ってすぐ

 

帰ってきた。ホワイトアルバムの「セクシー・セディ」でジョン・レノンは導師が女の子に悪戯したただのペ

 

テン師だと歌っている。悟りなんてありはしないのだ。ホワイト・アルバムはビートルズたちがインドにいた

 

 

時に書かれた曲が大半である。あの混沌、狂気はインドのグルーヴなのかもしれない。

 

 

 三島さんのインドの話はぼくを怖がらせた。身構えて聞いていなければ、到底聞けるようなもので

 

はなかった。

 

 

 (略)しかし、こうした三島さんの強烈なインドの印象は、三島さんの先入観さえ完全に裏切ったもの

 

だったようだ

 

 インドの話の焦点はやはりペナレスで、中でもガンガーはインドの自然の中心であり、ガンガーへの信

 

仰が何千 年とインドの精神史を支配しており、人間と自然をつなぐパイプがはっきり通っており、またこ

 

のパイプが自然と 超自然を繋ぐ役目も果たしているようで、ここには日本文化の源流があるのではな

 

いか、という意見だった。

 

「暁の寺」の取材のため、たしか1967年に三島はインドを訪れている。三島にさえ影響を与えたのだか

 

らインドは大したものなのだろう。この文章は勉強になった。

 

 

ざっくりした分りやすい文章で横尾はインド、UFO,、悟り、聖者について語っている。今、横尾は確か

 

70歳を越えているがいまでも悟りとかUFOを信じているのだろうか。

 

 

確かに路上で人が死んでいるとか、タクシーの運転手が群衆に殺されたとか川で排泄したりとかの話は

 

読んでいて面白い。今のこの本を読んでインドにいく若者がいるのだろうか。

 

 

 10年くらい前知り合いと何曲かスタジオでセッションしましょうということがあって、ドラムがフ

 

リーのライター。彼はインドに何ヶ月か滞在(しかも木賃宿のようなところ)して向こうの打楽器を習っ

 

たのだが、彼が言うには「インド人ってのは音楽を聞くんじゃないんですよ。小節を数えているんですよ」

 

「えっ。小節を普通の人でも数えるの」「そうですよ。今110小節、次が111小節って数えるのですよ。イ

 

ンドの人は」例えば路上の死者とか物乞いとかは社会制度にその問題を帰することができるが、音楽が

 

小節を数えることだというのはそんな観点では語ることができない。

 

 やっぱインドって謎なのかも。