無名抄と幽玄体と

言霊について〜その1和歌編



鴨長明は

平安末期から

鎌倉時代前期の歌人で


宗教家で

音楽家でもあった

オールマイティな芸術家で


しかし人生では挫折だらけで

郊外に隠棲するよーな

しくじり先生みたいな人で


言霊がかろうじて生きていた

時代の幽玄の世界を解説してくれる

大変貴重な言霊の先生であるから


無名抄のテキストなどから

言霊と幽玄の世界について

ブログにしてますけど


興味がございましたら

ご拝読ください🙏



※ブログが書きやすいので

🟥🦆=京コトバの鴨長明さんと

🟦🌰=ワタシとの対話で書いてます




鴨長明さんについて🦆



🟦🌰

長明さんが生まれたのは何年でしたっけ?



🟥🦆

1155年やからな

平安時代の末っこ

あたりやなかったかな


鴨長明のコトはコチラ👈



🟦🌰

おーずいぶん前ですね!

生まれはどこでしたっけ?



🟥🦆

生まれは

京都の下鴨神社のあたりやな⛩️





下鴨神社界隈について



🟦🌰

あー下鴨神社かー!

いいですね👍

↓

下鴨神社の鎮守の森は🌳

ものすごい原生林で世界遺産にも

なってますね? 


🟦🌰

ちなみに

糺(ただす)の森の面積は

12万4,000㎡で東京ドーム約3個分で

↓

明治初期以前は下鴨神社の境内地は

約22万7,619㎡で現在の2倍くらいあった

みたいですね!



🟥🦆

ほんまどす?

ワテ(私)が小さい頃は家が

糺(ただす)の森のちかくで

よう森で遊んでたわ🌳



🟦🌰

へー?

雄大な公園が

身近にあってたのしそーだなー❤️


🟦🌰

ところで鴨という名字は🦆

下鴨神社と関係があったりします?



🟥🦆

せやな

ワテの父親が

下鴨神社の正禰宜(最高位の神職)

でしたわ



🟦🌰

おー!

下鴨神社とはすごいなー


🟦東西本殿などなど

国宝や重文が目白押しだし

↓

それにしても

上鴨神社とか下鴨神社からきた

鴨とゆー苗字なんですね!


🟥🦆

そーかもしれまへんな




糺の森をただす



🟦🌰

ところで

糺の森の糺(ただす)って

どーゆー意味なんでしょー?



🟥🦆

なんでっしゃろな?


①ただしい心にする森🌳

②真実の森(神聖な森🌳)

③神様にご神意を伺う森🌳

④鴨が普通に巣をつくってる(唯巣:冗談)


とかの意味カモしれまへんな🦆



🟦🌰

正しい心にする森とか

瞑想するにはピッタリだすな!

↓

それにしても

下鴨神社の家柄はすごいなー!🏠


🟥🦆

同じ一族でも仲よーできれば

ええねんけどな…

いけずな人がおってなぁ…

↓

ワテが18才の時に

父親が急に亡くなってな

↓

そのときワテが下鴨神社の

禰宜になろうおもうとったら

↓

遠い親戚の鴨祐兼が

邪魔をしてきて神社を

のっとりおったのよ💢


🟦🌰

へー?

正しくない話ですな💦



🟥🦆

そーそー

祐兼とは終生いろいろ

ぶつかり合うことになりましたわ🔥




陰陽師が生きていた時代⭐️



🟦🌰

下鴨神社といえば

陰陽道の賀茂氏と関係があったよーな?

↓

とすると安倍晴明とも

つながりがありそーですね⭐️



🟥🦆

賀茂も鴨も

どちらもかなり昔までさかのぼれば

同族やといわれとりますけどな



🟥🦆

ほんなら

ちょっと昔の話やけど

200年前くらいの時代のことやな

↓

有名な賀茂忠行はんとか

賀茂保憲はんとかは

賀茂家の皆様方で

↓

安倍晴明はんも⭐️

その時代のスーパースターやな⭐️




🟦🌰

へー!すごいなー⭐️




🟥🦆

ちなみに

賀茂忠行はんは⭐️

平安時代の名うての陰陽師で


少年時代の晴明はんを⭐️

弟子にしよって連れて步かはってな




賀茂保憲はんは⭐️

忠行はんのお子で

晴明はんの一番のおっしょさん

(師匠)やねん


保憲はんは⭐️

天文博士やし

陰陽道の中でも

特に天文道・暦道に優れた人どすえ


賀茂光栄はんは⭐️

保憲はんのお子で

晴明はんのライバルやねん



お父はんの保憲はんは

自分が持ってた陰陽道の知識のうち


陰道(暦道)を光栄はんに

天文道を晴明はんに分けて

伝えた言われとるんやで




🟦🌰

すげー!

本物の陰陽師たちの話ですね⭐️

あこがれるなー⭐️


ところで長明さんは

賀茂氏とかの陰陽道は

マスターしてたんすか?





賀茂と鴨



🟥🦆

いやー💦

えらい違いますえ


どちらかといいますとなぁ

ワテのお父はんからは

和歌や🎋琵琶を🪕

習わされてたしな〜



🟥🦆

せやけど

ワテの和歌と琵琶は同時代では

よう褒めていただいてたんどす



🟥🦆

それにな

ちょっと話が長ごーなるけど


🅰️山城国葛野を本拠とした

下鴨・上賀茂神社の

八咫烏と関わる🐦‍⬛

賀茂県主系の鴨氏の神道と


🅱️大和国葛城を本拠とした

賀茂朝臣系の賀茂氏の陰陽道は


🅰️↔️🅱️まー別系統のもので


🟥🦆

一族的には

元を辿れば同じカモの一族

やけど


🅰️ワテの賀茂県主系は

かなり古い時期に別れた一族で


🅱️賀茂忠行はんとこの

賀茂朝臣系の方が歴史が古うて

奈良にゆかりのある一族に

なりますのや!



🟦🌰

あー

そーなんだ!

知らなかった!



🟥🦆

やから

旦那はんの期待する

🅱️賀茂朝臣系の陰陽道の秘伝は㊙️

🅰️鴨家とは関わりおまへんのや❌



🟥🦆

ちなみに

奈良にある高鴨神社は

日本最古の神社ともいわれる

お社で(創建は弥生時代?)



🟥🦆

主祭神は阿遅志高日子根命で

(あぢしきたかひこねのみこと)


その御名を

迦毛之大御神(かものおおみかみ) 

といってな



🟥🦆

死した神を甦えらせる

御神力の強き神様であられます


それゆえ

病気平癒、初宮、大祓い等

甦りに関する信仰が深く


🟥また

人の歩む道を目覚めさせる

神様として全国より篤く

御崇敬を受けておりますのや


🟥🦆

そんで

カモはカミと同源であり

「カモす」という言葉から

派生していてな


「気」が放出している様子を

表していたりしますのや



🟦🌰

なるほどーたしかに「カモ」は

古いノリトにも出てくるワードだなー



🟥🦆

ほんでな

鴨都波神社も

奈良にある古い神社で

事代主を祀るっておられるし



🟥🦆

葛木御歳神社もまた

奈良にある古い神社で



鴨・賀茂系の祭祀や

大田田根子と関わりのある神社

でな

↓

ちょっとおもろいんやけど

↓

🅰️うちの賀茂県主系は

大田田根子の子孫の大鴨積命

との繋がりが確認できるけど


🅱️賀茂朝臣系の賀茂忠行はん

とこは逆に繋がりがキチンと

確認でけへんのや





🟥🦆

ちなみに

大田田根子は鴨氏のご先祖様で

⬜︎古事記で意富多々泥古

⬜︎日本書紀で大田田根子と

表記される大物主の四世の孫で



🟥崇神天皇の時代に

疫病などによって国が乱れた際に


天皇が大物主神を祀る祭主

として見いだした人物とされる人だす



🟦🌰

うーむ

歴史はよくわからんよねー




安倍晴明とか⭐️



🟦🌰

なんか複雑ですね!

↓

でも晴明さんの名前が⭐️

出てくるだけでも当たりだなー🎯

↓

でも長明さんの書物の中で

晴明さんについて書いてましたよね?




🟥🦆

あー!

発心集でちょびっと

↓

晴明はんが授けた

「鎮宅の符」は火伏の効き目が🔥

ごっついとか書いとったかなー?





長明さんの和歌編スタート



🟦🌰

ところで和歌といえば

無名抄(むみょうしょう)は

和歌の解説書ですよね?




🟥🦆

せやな!

無名抄は晩年(1211から1216年)の

ウチの書きもので📕


和歌の理論や

歌人について書いたもんやな



🟦🌰

無名抄で長明さんが

幽玄体について書いてますよね!


実は幽玄体について調べておりまして

教えて欲しいんですけども




🟥🦆

せやな

確かに無名抄では

幽玄とか題詠とか本歌取りなんか

についてかいてますわな

↓

幽玄については

そのうちよろしい頃合いにでも

お話しできましたらと思てます

↓

ひと言ではちょっと

収まりきらへんこともありますさかい



🟥🦆

ちなみに

本歌取りちゅーのは

以下でも言おうおもうとるけど



昔の人が詠んだ歌の情景を

借景して新しく詠んだ歌に

重ね合わせる技法のことやな




長明さんの先生は俊恵




🟥🦆

そんでもって

ウチの和歌のセンセ(先生)は

俊恵(しゅんえ)はんやね!



このお方はウチよりも

42歳年上で平安時代末期の

おじゅっさん(住職)の


有名な歌人やねんけど

知ってはりますか?



🟦🌰

全然知らないっす!



🟥🦆

俊恵センセのおもて歌(代表歌)は


夜もすがら

もの思ふころは

明けやらで

閨のひまさへ

つれなかりけり


とゆー静かな情感の歌でしてな


この歌は千載和歌集に

収められはりましたし


後に定家はんによって

百人一首にも決まりはりました

(85番)



🟦🌰

へー?

100人一首もよくわからんしなー



🟥🦆

ちなみに俊恵のお父はんは

有名な歌人の源俊頼やから



いうたらワテは

源俊頼の弟子筋にあたりますな



🟦🌰

おー!?

全員わからんけど




歌林苑で詠もー🎤🎵



🟥🦆

俊恵センセはな

東大寺で修行したのちに


京都白川に(円山公園のあたり)

僧房をこしらえて


歌林苑(かりんえん)と

呼びはって



🟥🦆

当時の有力な歌人を集めて

そこで歌会・歌合を開いて


歌について

徹底的に語り合うサロン

を開いておってな☕️🎤




🟥🦆

まーまー

いろんな身分や立場を越えた

雑多な歌人が集まって


・やれこの歌はなぜ美しいのか?

・この言葉はいらんやろ

・余韻をたのしむほーがええな!

・歌が息をつくタイミングは?

・心と言葉はどう関係する?


などなど

まさに無明抄で書いたことを

延々とやっとる🕒


暇人が集まるサロン

やったんけど☕️



🟥🦆

若い頃にワテもサロンに

入れてもろうて☕️


俊恵センセから

歌をみっちりと

教えてもろうたんどす🎤



🟦🌰

師匠の歌って

やっぱすごかったもんでしょーか?




和歌編〜俊恵センセから学ぶ



🟥🦆

せやな

俊恵センセの歌風は

おじゅっさん(お坊さん)やから


静かで

穏やかで 

余韻があるもので


言葉と言葉の間にあるもの

などの歌の姿を

えらい大事にしはって


🟥この余韻や

幽玄さを醸し出すスタイルが


後の新古今和歌集的な

美意識へと引き継がれることに

なったんどす




🟦🌰

なるほどー?

その俊恵の歌風とゆーのは

一体どーゆーもんなんすか?



🟥🦆

その辺は無名抄に

全部書いてあるさかい

よーく読んだらええな☝️



🟦🌰

いやいや💦

なんか昔の本って読みにくいので

解説をぜひよろしくです!




無名抄第1段

題の心:題詠



🟥🦆

そういうことどしたら

えらいややこしい話で

恐縮なんやけど


歌にはお題があってな🖼️


そのお題をどない詠むか?で

そのお人の腕前が知れますのや💪



🟥🦆

たとえば

「秋」というお題やったら🍁


秋になったな

涼しくなったな

月が美しいな🌕


と詠むだけやったら


お題の表面だけ

テラっとなぞったようなもんで


言葉が薄うて

どこか硬う感じられますやろ?



🟦🌰

まーそーかな?


秋のお題は

どー詠むのが正解なんだろー?

髪が薄くなってきたなー

とかかなー🧑‍🦲



🟥🦆…

歌って🎤

思いを深くこめて

詠む必要があるのは

まず聞いておいてな!



🟦🌰

あまりに感情を入れた歌を聴くのは

体力入りますよね?



🟥🦆

せやな!

「秋」のお題ちゅーのなら


「秋」の奥にある🍂

「心」を引き出してきて🗄️


秋→寂しい🍁→悲しい😭


草木の衰え→老い👴


夜が長くなる→思いにふける🌕


心も薄ら寂しい→瞑想🎑


月日が過ぎていく→時空間⌛️


などの言葉や

心の奥にあるいろんな思いを

一旦全部ひっぱり出して🗄️


昔の歌人さんたちが

おんなじお題から

どないな心を感じ取ってきはったか?


なんかも

フィルターにかけながら☕️


お題の奥にある

心奥の情趣や感情や

ほんまのところを

つかむことができるか?


そないなところがポイントに📍

なってくるんやないやろか?

👇



🟦🌰

なるほどー!

秋のもつ哲学的で薄ら寂しさは


密教的なマンダラでは

無量寿菩薩とか


法華経なら安立行菩薩の働きとか

いえそーかなー?



🟥🦆

まあよう心得たうえでのお話しや

おもいますけども

(ホントにわかってのかい?)


「恋」というお題やったら



「私はあなたが好きです」

では立ち位置がつたないのは

おおよそ想像はつくよって


「恋」を詠みはるなら💌


会えない人を思い続ける💔

恋人を待ち続ける♻️

命をかけるほどのせつなさ❌

届かないからこそ美しい😍

どうしようもなく愛が深い❤️‍🔥


そーゆーものを

ギリギリまで悩んで

詠みはって💌


自他が一体化して🌀

溶け合い❤️

時空間がキュッとする⭐️


そーゆーポイントまで至るよーに

考えるとええな!



🟦🌰

うーむ濃厚ですね💌

しつこいなー

ワタシには無理かなー




コトバを減らす



🟥🦆

しつこいいわはるより

それと分かるところだけ残して


言葉を減らしていく感じ

にするのが大事どすな!


たとえば

「海上明月」というお題なら


沖つ波

月の光をかへしつつ 

として


お題を全部入れんでも

海の上の月だと🌊🌕

自然に分かるよーにすると

シンプルでええし


すべてを説明せずに

余韻をたのしむのがええし


言葉が多すぎると

伝わらないことが

ぎょうさんあるやろ?

👇



🟦🌰

あー!

たしかにワタシのブログはそーかも!





無名抄第4段

われと人と:歌体



🟥🦆

あと歌体なら

無名抄の第4段で

俊恵センセがいう

歌の姿が参考になるで!



小因幡という女性歌人が

歌合で歌を詠みはったときに


惜しむべき

春をば「人」に

いとはせて

そら頼めにや

ならむとすらむ


歌の意味は


惜しむべき春を

他人には嫌わせておいて

夏になれば逢えるという

あてにならない期待に

なってしまうのでしょうか?


とかになるかもしれへんけど


🟥歌林苑の歌会の暇人どもが

この歌はぼんやりと

「人」とせずに


一人称の「我」にしたほうが

ハッキリとしてええんちゃう?

とかワイワイやっとるときに


↕️


俊恵センセがいわはるには


なんともまあ

歌の趣を損なうようなことを

おっしゃるものだ!


「人に」とあっても「他人」と

解釈するとはかぎらないし


「ぼんやりとした関係」

として「人に」と言う方が優れている


第一「我に」と直接言ってしまうと

かえって歌が露骨で気持ちが出過ぎて

品がなくなってしまう❤️‍🔥


《歌は華麗を先とす🌸》

和歌は単に意味が正確に伝われば

いいというものではなく


言葉の美しさ・華やかさ・

品格を優先するものだ!


ほかの人がどう思うかは知らないが

私はたとえ欠点があると言われても

『人に』と詠む


と俊恵センセは

ぼんやりと

一元性へと回帰する

立ち位置を好みはったんどす

👇



🟦🌰

うーむ!深いなー!

自分がくっきりはっきりするんじゃなくて


関係性の中で人々が美しく

華麗に知的であることを優先する


一元性へと至るよーな✨

美学のよーなものを感じるなー!



🟥🦆

おっしゃること

もう少し聞かせてもろたら

分かるんやろか?

(ちょっとよくわからない)




無名抄第8段 

頼政の歌、俊恵選ぶこと

:本歌取り



🟥🦆

本歌取りを

解き明かす段としては


第8段で源頼政の歌を

俊恵が評価するあたりがええな!



🟥頼政は

すぐれた歌人やったけれど


「関路落葉」というお題で

「関所へ通じる道に散る紅葉」

を詠んだときに🍁


都には

また青葉にて

見しかども

紅葉散りしく🍁

白河の関


意味は

「都で青葉だったものが

遠く白河の関まで来ると紅葉になっている」

というものやけど


時間と旅の距離を

一首の中に重ねた名歌を

詠みはってな


俊恵センセは一見して

「この歌はあの能因法師の名高い

「秋風ぞ吹く白河の関」

という歌に似てるなとは思ったけど


頼政本人も

実は能因の有名な歌に

似ているのでは?

というパクリの悩みを抱えていて


さてどないしよ?

となって俊恵に相談したようだす!



🟦🌰

パクリは今も知的財産権とか

うるさいけど昔も

うるさかったんですかね?



🟥🦆

せやな

みなさん歌のためには

身を惜しまず励んではったからなー


まー

頼政の歌は

能因の歌に似てはるけど


出来栄えがあまりに良いから

歌合ではきっと映える🌸


と俊恵センセが太鼓判を押しはって


・似ているかも

・真似しているかも

・パクリは欠点


として非難せずに

 

⬜︎コトバが生きているか?

⬜︎感性を刺激するか?

⬜︎コトバで「場」や

時空間が変わるか?


とゆー哲学をもってはったよーでな


このあたりから

本歌取りのテクニックが

問われるよーになったんどす

👇



🟦🌰

なるほど!

ふるいコトバを使うとか

言霊の力とか関係しそーですね!




無名抄第41段 半腔の句



🟥🦆

俊恵センセの歌論で

これまたおもろいところが

半腔の句(はんこうのく)

というものでな



🟥俊恵センセがワテに


たらちねは

かかれとしてしも

むばたまの

我が黒髪を

なでずやありけん


僧正遍昭の名歌の

どこが優れているか

わかるか?と試しはったときに



🟥歌の意味は


母はこうなることを

予想していたからこそ

私の黒髪を撫でてくれたのだろうか?

てな意味やとおもうけど


🟥🦆

ウチがよーわからんので


「かかれとしてしも」の後に

「むばたまの」とゆーコトバを置いた

ことがすばらしい


とわかったよーなコトをいったら


俊恵センセいわく

「古き人これを

半腔の句とぞいひ侍る」ぞ?

とかいわはるんや


🟥ここんところ

大事なところやけど


一見すると

無駄に見える言葉が

実は歌全体を美しくしている

場合があって


そーゆー半腔の句が

歌に隠れているから探せば?

とかいわはったんやな



🟦🌰

へー?

全然わからんけど

謎解きみたいですね!🔍

 


🟥🦆

せやな

ワテがその時おもうたのは


歌の中の

一見すると余分な部分としては


母が私の黒髪を撫でたという

具体的な行為だけを出して


母は私との別れを悲しんでいた

とは直接いわへん部分と


「かかれとしてしも」

「なでずやありけん」

というコトバが


単に子供愛でて

頭を撫でるんじゃなくて


もしかすると

母はこの先の別れを

知っていたのではないか?

という思いを


読み手に感じさせる

歌になっていて


母↔️子

過去↔️結果

愛↔️別れ


などの

言葉に書かれていない部分も含む

その背景にある余情を

読み手が感じ取れるようにする


作りになっているところ?

と回答したら


それでよろしおすえ

とのことやったな〜


🟥🦆

この歌の「余情」は

非常に重要なところで


俊恵センセは

そこを評価して


「そういう

一見無用に見える句が

歌の姿を美しくする」


言い切らず

半ばを空けておくことで

かえって深い心を感じさせる

(半腔の句)


直接説明せず

読み手に感じさせる


お題の奥にある心

奥の情趣・感情・本質を

つかめるよーになる


という趣旨を教えてくれはったんや

👇




🟦🌰

なるほどー無名抄は、

単なる和歌の技術書ではないんですね!

↓

それにしても80段もあるから

全て見るのは無理かなー

↓

ワタシがしりたいのは

幽玄体なので解説をぜひ

お願いします!



🟥🦆

せやな

今いうたよーな和歌のカタチが

収束していったものが

幽玄体やけど

👇


これについては

ちょっと時間をもろうて

後で説明させてもらいます



🟦🌰

そこんところ聞きたいんどすけどもな〰️

またよろしくお願いどす



とまー

かなりブログが長くなったので


次回長明さんの和歌編その2を

書ける時間があれば書きますので

よろしければご拝読ください!


最後までご拝読くださいまして

誠にありがとうございます🙏


ご縁に感謝いたします⭕️


それでは!また👋