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今晩は。すごくすごーくお久しぶりです。
それはそれは突拍子もなくamebaアプリを開いた自分に驚きつつ、今文字を打っているところです…。
前回の記事が2023年8月のもの。2年以上経ってしまいました。
実は当時は休職中の身でした。
現在は何とか復職でき、仕事に勤しんでおります。
人生なんとかなるものなのかもしれないですね。
まだ分からないですけど、一旦ね、
そう思うことに致しましょ。
2025年がもう少しで終わってしまうからなのか、自分の中で何か文章をしたためたい欲が湧いてきたのか、よく分かりませんが(笑)、私の心と頭がここに戻って来れたことが嬉しいです。
書きたいこと実は色々あるのですが、まだまとまっておらず、今日は別のことに時間を割きたいので、明日また書きに来ます…。🫥
今日は軽く、この辺りで終わりにいたしませう。
ご機嫌やう。
🦋🫧アスカ🫧🦋
昨日は久しぶりに、お絵描きをしました。
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描いたのは、ホロライブの宝鐘マリン船長。
Ahoy!
恋人が船長好きなので、喜んで貰えるかなと思い、描きました。
色塗りは、コピックと色鉛筆で。
私はいつも、色塗りで失敗することが多いので、鉛筆描きの所がいつも楽しくて好きなのですが、今回は色塗りが割と成功したのでハッピーです。
自分で描いたものだけれど、カワイイ❣️笑
絵を描くと無心になれてとても心地よいので、昔から絵を描くことが大好きです。(*^ω^*)
また載せますー。
🦋🫧アスカ🫧🦋
恐らく半数以上の大人に、反抗期だった時期があるのではないかと思う。私は、全く無かった。
その事が今になって、良くなかった事だったのかな、と感じ始めてきている。
親と久しぶりに口論になった。直接ではなく、スマホを通じて間接的にではあるけれど。
私はもう20代半ばであるのにも関わらず、過保護では無いかと思われる内容の文章、苛苛を私にぶつけるような態度が見られる文章を親が送り付けてきて…。
初めは私も言いたいことを打って送ったのだけれど、最後の方で、もういいや面倒くさ…と思い諦め、ハイハイソダネーという感じで締めた。
私は、自分で物事を主体的に考えられない、誰かに決めてもらった方が楽だと感じる、自分の意見よりも他の人の意見の方を正しく感じる、と云う人間だ。
自分のダメなところを全て親の育て方の所為にするつもりは無いけれど(本当はしたいけれど笑)、半分くらいはその所為だと思うんですよね。
自分に反抗期があったなら、自分は大人で自分の意見を持っているんだぞ、縛られるばかりの子供じゃないんだぞと親に少しは示せたことでしょう。
ただ自分でも吃驚するほど、親に反抗したいと云うような気持ちになる事が無かったんですよね。
別に子供を強く捩じ伏せるような親でも、暴力を振るうような親でも無かったんですけど。
反抗期の無いまま年齢を重ねた私は、多分、アダルトチルドレンと呼ばれる大人になってしまったんだと思う。特徴を調べてみた所、概ね当て嵌っていた。
他にも色々診断サイトとかで簡易診断をしてみて、何種類かに分けられるアダルトチルドレンの内、「ヒーロータイプ」に一番チェック✔が付いた。
母も私も、未だに子離れ親離れが出来ていないように思う。10代のあの頃、親に反抗していたら、今の自分は大分違う人間だったに違いない。
ずっと少女で居たいと思うのは今後も変わらないと思うけれど、私も年相応な大人な部分をもっと増やしていかなければならない。アダルトチルドレンが治るまで、自分と向き合うことがまだまだ続きそうです。
話全然変わるんですけれど、
最近、生まれて初めて急性膀胱炎になりました。
(´;ω;`)
頂いたパンフレット?に、「健康な状態だとならない」って書いてあって、嗚呼、私今健康じゃないんだ…と軽くショックを受けました。笑
お水飲まなさ過ぎたかな。ご飯も1日1食くらいだったから、免疫力が下がったのかも…。
病院から貰ったお薬を服用し改善へと向かっておりますが、油断するとまたなると聴いたので、お水をいっぱい飲んで、いっぱい尿を出すのを頑張っています…。(›´-`‹ )
昼夜逆転も、早く治さないと…。
🦋🫧アスカ🫧🦋
読書する度に思うこと。
読み終わった後の感想や私見を言語化することが、私にはとても難しい。
読書感想や日々思うことを述べていらっしゃる方々の文章を拝読していると、みなさまその語彙と文章力は何処から出てくるのですか、と感嘆せずにはいられない。
読書量をもっと増やせば、語彙力も増えるのかな、
そんな単純なことなのかな。
自分の感受性が優れていて、それをアウトプットできる力もあることが至高だとは思うけれど…。
読書感想などの文章を書くのが上手い、味がある、と思わせてくれる方々に共通するのかなと思ったのは、「書かされている」のではなく「好きなものを語りたくて能動的に書いている」と云う印象が見受けられること。
確かに学校の夏休みの読書感想文は好きじゃなかったから(何故か先生から推薦されてクラスでただ1人書かされた思い出がある)、受け身だと本領発揮出来ないのやもしれないですな。(本領が在るのかはさておき)
…ぶれない思想が欲しい。人の心なんて簡単に移りゆくものだと思うけれど、何か変わらない部分も1つ以上必要だと思うの。自分の中にあるハテナをなるたけ少なくして、全て自分の考えとして答えられるように、確固たる信念を持った強いひとになりたい。頑固とはまた違う、他人の思想もきちんと臨機応変に受信して自分の思考の糧に出来るような力が欲しい。
自分の言葉に自信と責任を持てない。
どうやったら、それが可能になりますか?
言葉の意味も、ちゃんと知らないまま使っている気がしてならない。だから、人と話すのがとても怖くなってしまった。上手く話せなくなってしまった。
文字で書くことは、時間をかけられるし推敲出来るけれど、口で出す言葉は1度きりだから怖くなってしまった。
これは言ってしまうと不謹慎になると思うのだが(私のブログなので私が思ったことは書かせて貰います)、時々、いっそ声が出なくなって話せなくなってしまえばいいのに、その方が楽なのに、と思ってしまう。口は災いの元と言うし、人を傷つけるのが怖いから、こんな口、縫われてしまえばいいのにと偶に思うのです。
上記の発言を見て、「言語障害を持っている人への配慮に欠けるだろう」「話したくても話せない人もいるんですよ」と批判する人もいるかと思う。
でも、こういう偽善めいた発言こそ、差別そのものとしか思えない。障害を持っているから可哀想、優しくしなくては、と特別視していることを堂々と自分の口から言ってしまっているのだから。
別に健常者も障害者も、身体的な差はあれど、思うことに差はあれど、心の感じ方は変わらないでしょう。
逆を考えて見て欲しい。
「話したくても話せない人がいるんですよ」に対して、私は、
「話したくなくても話せるから話せと言われて話さなくちゃいけなくて辛いんですよ」と返したい。
物や力を持っているから豊か、だと決めつけないで。持っているから悩むものだってあるでしょう。例えそれが人から羨まれるようなものだったとしても、本人が悩みのタネだと思うのならそうなんだろう。
その人にはその人の悩みがある、それを、自分の物差しだけで測るのは愚かだと思うのね。
主観だけでなく客観で、想像力を膨らませて。
そうしたらもっと世界は優しくなれると思うの…。
何が言いたくなったか分からなくなった。
ほんと、こういう所ですよね。
要約
①語彙力はどうやってつけるのでせう。
②どうしたらぶれない思想で生きられるのでせう。
③口と云う媒体で話すのが怖くなったんですの。
④想像力豊かな人増えろー。
今日みたいな内容はつらつら書けるのになぁ。
もっと強くなりたい。さて、強さとは…。()
『◯◯とは』って考え出したらキリが無くなるから考えない方がいいのかな…?
今日もアタマがぐるぐるします。
どうしたらよいでせうか。
🦋🫧アスカ🫧🦋
季節毎に聴き返したくなる曲やアルバムがある。
中でも夏は特にその曲数が多い気がします。
理由は分かりません。
椎名林檎 アルバム 『逆輸入〜港湾局〜』
高校の夏休み、学校の図書室から見えた夕陽が綺麗で、丁度その時このアルバムを聴いていた。
凛として時雨 アルバム 『Best of Tornado』
中3の時にハナエちゃんを知って、ハナエちゃんのブログを読むのが好きになった。
その記事に出てきて気になって借りたアルバム。
激しめな音楽を初めて好きになった。
もう何もかも壊してくれ…と思いながら聴き、ちゃんと期待通り私の中の何かを壊してくれたもの。
夏とは関係ない…かしら?
相対性理論 アルバム 『TOWN AGE』
ずっと前から好きな相対性理論。
正直、好きなアルバムは『シンクロニシティーン』、『ハイファイ新書』だけれど、夏は何故かこの『TOWN AGE』が聴きたい。
何でだろう。苦手な水泳の授業を、脳内で「ジョンQ」を流しながら乗り切ろうとしたからかな。笑
焦らずゆったりとクロール出来るような気がして…。
DAOKO アルバム 『私的旅行』
爽やかな楽曲が多いからかな。
日本の夏の蒸し蒸しとした熱気に負けず、涼しくしてくれる感じがして好き。
因みに私は、好きな音楽アーティストは誰かと聞かれれば、相対性理論、DAOKOを必ず挙げます。
相対性理論を聴いていると、無心でプールの上にぷかぷか浮いているような気持ちになる。
(リアルにそのような状況になれば、泳げない私は溺れる恐怖で暴れ始めますが…笑)
DAOKOは、どちらかというとインディーズ時代の小文字daokoの時の楽曲の方が、好きな曲が多いです。「ずれてる」、「試験一週間前」、「7日間創造」、「Fog」、「Now Loading」「Ututu」とか…挙げ出したらキリがない。
彼女を知った当時は、女性のラッパーがいるんだ!と衝撃を受けた気が。ラップの印象ががらりと変わりました。
知的で聴き心地の良いリリックと、エモいサウンドが堪らない。
だをちゃん大好き(*^ω^*)
この記事を書いている今、流しているのは 椎名林檎の「主演の女」。カッコイイぜ…。
ここまで色々書いてきて、何故夏には聞き返したくなる曲が多いのか、分かった。
学生時代の夏休みに、勉強とかしながらたくさん聴いてたからだ…。暇だったんでしょうね。
今の学生さん達は夏休みに入って間も無い頃かしら。良いなぁ…。たくさん遊んで下さい。
🦋🫧アスカ🫧🦋
最近は気温がとても高く、蒸し蒸しとした日が続いていますね。体調を崩しておられませんか。
お陰で、直接日光が当たらずとも、暖かい空気に晒されて洗濯物がよく乾きます。
江國香織『ウエハースの椅子』を読む。
妻子持ちの恋人がいる画家の女性のお話でした。
子供の頃の記憶と現実の出来事が交互に描かれ、其処へ時々絶望が顔を出す。
恋人は、優しくて狡くて、絶望に似ていた。
恋人の心に閉じ込められると云う孤独。
何処にも行き先が無いと分かっていても、一緒に居るしか無かったのだろうか。
私は未だ、絶望との付き合い方を知りません。
…昨日読んだ坂口安吾の『私は海を抱きしめていたい』も、孤独や虚しさについて描かれていたような。
その前に読んだ三島由紀夫の『美徳のよろめき』も、不倫について書かれていたな。
最近は何故か不倫ものの作品を意図せず選んでしまっているようです。
ところで私は江國香織さんの書く作品が好きです。
ひらがなと漢字の使い分けが、上手く言えないけれど、なんとなく好きなのです。
ひらがなになるだけで、響きが柔らかくなるのに、意味深にも感じられる。
優しいけれど易しくなくて好きだ。
江國作品に出てくる食事や飲み物を、毎回美味しそうだなぁと思ってしまう。
そういう、ごはんが美味しそうに感じられる作品は読んでいて気持ちがいいです。
…私が書き込んだのではありません!笑
見つけた時びっくりして笑っちゃった。
そもそもこちらは図書館で借りてきたものなので、私より前に借りた何方かが書かれたのですね。
初老の女性の読者が、自分の所持本だと間違えて書き込んだのかなぁとか勝手に想像してみる。
なんとなくだけど、江國作品は女性に読まれ、女性に好まれそう。
江國香織の作品をもう一冊借りてきたので、これからまた、読み始めようと思います。
🦋🫧アスカ🫧🦋
吉屋信子の『小さき花々』、『わすれなぐさ』を読了致しました。
中原淳一の絵が好きすぎて…。
高校生の時に、ネットから沢山画像を漁ってはうっとりと眺めておりました。
男のコの介入が特に無く、女のコ達にフォーカスを当て、華々しく友愛が描かれていて素敵です。
女のコメインなのは、吉屋信子作品全般について言える事なのかな?全作品を読めていないので、分からない…。
心の美しさとは何ぞや、と、姿勢を正したくなりました。
主に小・中学生の時に経験した、○○ちゃんと仲良くなる・離れる・△△ちゃんのグループに入れてもらう・学年が変わって全く話さなくなる…等、色々な苦い交友関係を思い出しました。特に女子はきっと誰もが通る道なのかなと思います。
女のコって、(たぶん)どんな時代でも、グループを作って一緒に行動する生き物よね…。
あれって何でなんだろう。
私も女ですが、何故と問われても答えられません。
勿論男のコにも、いつメン(今はこう言わないのかな笑)や派閥等は存在すると思いますが、女のコの方がグループ化が顕著ですよね。
交友関係の決裂やグループの出入りを経験して、自分の性格や価値観が創造されて来たのだと思いますし、勿論人との付き合い方も学べたと思います。
しかし、私が実際に経験した女子同士での交友関係に於いては、吉屋信子作品のような美しさを孕んだ物語は全く無く、ドロドロの展開ばかりだったように思います。
誤解は裏切りに。
愛は憎しみに。
今日の友は明日の敵。
女子って怖ぇ。
って男子が言うのもよく分かります。
私が特に嫌いだったのは、群れないと何も出来ないゴシップガール達でした。根も葉もない噂を好き勝手に流し、陰口を叩き、集団でないとトイレにも行けない哀れな女たち。本当に無理だったな。
あの頃は、私も色々されたものです。
私も無自覚に、誰かを傷つけてしまっていたのかもしれない。
無自覚が一番怖い。
今、私の友達と言えるコ達は、掌で数えられるくらいの人数しか居ないけれど。
どのコもみんな、群れなんか作らないで、1人でフラ〜っと好き勝手に歩き始めるイイオンナ達です。
嫌な苦い経験ばかりだったけれど、人を見る目を養うことが出来たのは、良かった事だと言えましょう。
🦋🫧アスカ🫧🦋
今日は、久しぶりに死が近く感じられる日でした。
現実に打ちのめされた時、最終的にそれを解決や治癒してくれるのって、結局同じ現実なんだよなぁと思う。
辛い時に娯楽や快楽に走っても、それは寄り道と変わらないのかもしれない。
逃避は面白いし愉しいし救われる時もあるけれど、最後に自分を救う事になるのは、リングに上がった自分しか居ないと思う。
誰かに助けられるのではなく、自分が勝手に助かるだけ。
私はエヴァが大好きなのですが、シンジくんの台詞にある、「逃げちゃダメだ……!」と云う言葉は結構的を得ていると思うのです。
逃げれば逃げる程、心が辛くなることを、私は知っています。焦り、嘆き、自暴自棄ゆえに。
そして今、逃げている真っ最中なのです。
だから辛くて、今日も死にたかったの。
呼吸してるだけでエラい、って最近よく聞くけれど、実際そんなことは全くないと思う。
だって誰も褒めてくれないでしょ。
だからせめて、逃避している間に、自分の愛し方、現実との向き合い方、その他諸々考えたいことを、ゆるくでいいから、見つめ直す事で、自分を好きになれたらいいな、と縋ってみてもいい気がする。
リングを降りた自分から、次にリングに上がる自分になるまでに、堂々と逃避して、寄り道を走りながら赤い果実でもゲットして、少しでもマシになって帰って来れたら。
今の自分を救えるくらい元気な未来の自分を育てるべく、今日も私は、泣きながら笑いながら寄り道を走るのです。
🦋🫧アスカ🫧🦋
約2ヶ月ぶりの投稿になってしまいましたわ。
ご無沙汰しております。
最近は、読書に勤しんでいたり、シリーズもののアニメを見始めたり見返したりと、私の中での文化活動が盛んになってきている処です。
ところが、インプットばかりでアウトプットが不足。思考の整理が出来ておらず、頭の中に靄がかかる事が増えてきておりました。
なんとなく、いいな、好きだな、よく分からないな、好きじゃないな、等と、浅はかで幼稚な言葉と感情しか思い浮かばないのです。もともと語彙力が皆無ですし、こればかりは仕方の無い事なのかも知れませんけれど。
ぼーっと生きている私が、これまで以上に、なんとなく、で全てを受け取ってしまっては、尚更ぼーっと生きていくしか道が無くなるような気がしてならないのです。
それを恐れて、またこうして此処に文字を打ち始める事で、頭の整理と安心感を得ようと云う魂胆なのです。
…前置きが、言い訳がましく長くなってしまいました。
最近読んだ本、桜木紫乃さんの『砂上』について、軽くお話しようかと思います。
作家志望の女性が、とある編集者との出会いをきっかけに、自分の作品を完成させようと文章を書く。それと同時進行で、自身や周りの人間関係が変わってゆく。そんなお話でした。
良い小説と云うものは、漢字2字の熟語等で簡単に表現することの出来ない作品だと本編中に書かれていたけれど、この『砂上』はまさにソレだったと思う。感想を書けと言われると、難しい。それこそ、良い作品と呼べる代物なのだと感じた。
読んで何も感じなかった訳では勿論ないけれど、自分が何を感じ取ったのか…。それを、簡単に言い表せない。それは、自分が語彙力に乏しい事をまざまざと分からせられる事にも繋がってしまうのだけれど、それでも、いいのです。言葉で説明出来なくとも、感じさせてくれる何かがある、そういうモノを、我々は芸術と呼ぶから、いいのです、それで。
要は、言葉で表せる「好き」もあれば、表せない「好き」もある、と云う事…なのです。(たぶん)
『砂上』について強いて挙げるならば、主人公が私に似ていました。夢見がちで、現実主義でなくて、当事者意識が無くて、友達が居なくて、気付かぬ内にヒトを苛苛させて、全部どうでもいいやって思う女。
私だァ、って思っちゃった…。
伏線回収みたいになっちゃうけれど、私、40代になっても、この主人公みたく、そして今の私みたく、ぼーっと生きているのかなァ。イヤだなぁ。
🦋🫧アスカ🫧🦋























