ちょんまげが消えた日

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前回で戦国時代は今と全然常識が違うというお話を書きましたが、歴史を好きになって思うのは、ホント常識なんてあてにならないな、ということです。


最近の例でいうと「煙草」でしょうか。


私たちが子どもの頃、大人は煙草を吸うもんだと普通に思っていました。うちの親父や学校の先生など、大人の男はみな煙草臭かった印象が残っています。
当然のように私も煙草を覚え(いつ?いいじゃないですか)、今も吸ってます。


立場、弱いんですよね。


禁煙場所が至る所に広がり、とうとう神奈川県では居酒屋さえも禁煙ですか。

個人のお店とかはまだ対象外だそうですが……。



日本史で常識が180度変わった時代といえば、やっぱり分かりやすいのが幕末から明治でしょう。
「文明開化」「富国強兵」「殖産興業」の名のもとに、様々なモノ・コトが西洋風に変更され、武士や町人・農民がみな「市民」に変わっていった時代です。


欧米では当時、ちょんまげをした日本人を『豚の尻尾(ピッグテール)』や『ピストル』を頭にのっけているとバカにしていたそうです。時の権力者たちは、欧米列国と対等になろうとしていましたから、そんな見た目を変えようとしました。


明治4年8月9日(1871年9月23日、旧暦です)、明治政府は「散髪脱刀令」を布令します。
頭と刀がいっしょくただったんですね。


ところで、このほぼ1カ月前、明治4年7月14日(1871年8月29日)に廃藩置県が施行されました。つまり、侍階級がすべて消滅したのです。

藩がなくなり、県になるとは、そういうことでした。


これは江戸幕府崩壊よりも強烈な出来事だったのではないかと思います。というのも、多くの人々が明治維新というのは、徳川家から薩摩・長州などに権力が移っただけだと思っていたと考えられるからです。


しかし、廃藩置県はあくまで武士たちだけの話でした。町民や農民にとっては、ただ『租税』をとられる先が変わっただけのことで、自分たちの生活が変わるとは思っていなかったでしょう。


ところが、ちょんまげ廃止です。とはいえ、布令は「別にこれからちょんまげにしなくてもいいよ」というものでした。


こんなときに「自由になれる」なんて思う人はいません。『散髪脱刀勝手たるべし(好きにしていいよ)』と書かれていても、世間の人々には強制的に見えたことでしょう。


実はこの布令の3カ月ほど前の明治4年5月、『新聞雑誌』という新聞に有名な俗謡が掲載されました。


『半髪(はんばつ)頭をたたいてみれば因循姑息(いんじゅんこそく)の音がする
惣髪(そうはつ)頭をたたいてみれば王政復古の音がする
ジャンギリ(ザンギリ)頭をたたいてみれば文明開化の音がする』


これ、断髪推進派の木戸孝允(幕末時は桂小五郎)が手をまわしたものといわれています。


とはいえ髷は当時の日本人の“魂”のようなものでした。「結髪令」が天武11年(683年)ですから、千年以上日本人は髷を結っていたのです。


実際、髷を切ったことで離婚騒動が結構あったそうです。(当時の人も離婚したんですね)
どうやら「気持ち悪い」というのが理由だったようです。武士としての魂はないのか、ということもあったと思います。


かといえば、こういうことは女性の方が対応力あるようで、翌明治5年に東京府(当時は府でした)が「女子断髪禁止令」を出しています。散髪脱刀令を『女子も散髪すべき』と誤解し、長い髪をばっさり切った女性が多かったんですね。
でも、わざとの人も結構いたんじゃないかと思います。そう思いません?


そして、一揆もおこります。明治6年3月、現在の福井県大野市で「みのむし騒動」と呼ばれる決起がありました。
実際には、仏教が廃止されるという誤解から起こった一揆です。しかし彼らの要求には「散髪洋服耶蘇の俗なり」という一文があります。耶蘇教(キリスト教)というよりも、全ての洋化策に反対、ということだったようです。


とにかく、騒動ばかりが広まります。困った政府は一策を立てました。


明治6年3月20日(この時はもう新暦、現在の暦です。とにかくすごい時代でした)、いつものように御髪を結いあげて御学問所に出御された明治天皇が、お帰りには髷がなくなっていました。御学問所で断髪されたのです。
女官たちは大変驚き、涙を流す人もいたそうです。


この報道は一般の人々に大変効果がありました。


高村光太郎の詩に「ちょんまげ」というのがあります。


『おぢいさんはちよんまげを切つた。
(中略)
官員ややまはりなんぞに
何をいはれたつてびくともしねえが、
禁廷さまがおつしやるんだと聞いちやあ、
おれもかぶとをぬいだ。
(中略)
いめえましいから、
勝の野郎が大事さうに切つたまげなんぞ
おつぽり出してけえつてきた。--』


こんな気分だったんでしょうね。


あれから140年、今ちょんまげを結う人といえばお相撲さんぐらいしか思い当たりません。


例えば現在の政府が「今日からちょんまげです」と法律で決めれば、あなた従いますか?僕はできません。
でも、日本人の50%以上がちょんまげを結い始めたら、今の髪型でいられるか?これも自信がありません。


今当然だと思っていることも、どうなるかわからないですよね。10年後は。