「聖なる徳をもつ皇太子」として平安時代になってその尊称を与えられた厩戸皇子(聖徳太子)。
昭和59年(1984)に福沢諭吉(現在は渋沢栄一)へ譲るまで、1万円札の”顔“であり続けました。
今回はそのままズバリ、聖徳太子の「素顔」に迫ってみたいと思います。
1万札の原画になったのは「聖徳太子二王子像」。
笏を持ち、帯刀して立つ太子、その左に弟の 殖栗皇子(えぐりのおうじ)、右に長男の 山背大兄王(やましろのおおえのおう)を描いたとされています。
太子が建立した法隆寺に伝来してきたものです。
明治以降、皇室へ寄贈され、現在は「御物」(ぎょぶつ)になっています。
太子の肖像画として最も有名ものです。
ところが、平安時代から、本当にそれが太子の「素顔」を写し取ったものかどうか疑問視されていたのです。
(つづく)
※聖徳太子については新刊書『今さら誰にも聞けない 天皇のソボクな疑問』で詳しく書いています。