※宅建Tシリーズと「基本テキスト」については「序章」をご覧ください。

 

序) 民法の改正と宅建試験勉強での条文の位置づけ

P:Sさんは、今年度(24年10月)の宅建試験受験は、見送ったわけですが、来年度の受験を目指して引き続き「民法」の記事を順次リリース予定とのことです。

で、このタイミングで下記の法務省作成の資料(以下、2020年改正資料)の中身を紹介する理由は?

 「民法(債権関係)の改正に関する説明資料」

 https://www.moj.go.jp/content/001259612.pdf

S: 民法の改正自体は、2020年以降も、昨年(2023年)、今年(2024年)と行われていて、本シリーズでも関連した項目には、触れています

その中でも2020年改正では、宅建17からの記事(契約・債務不履行)に関連の深い内容が含まれています。

「売主の瑕疵担保責任」や「連帯債務」など、当シリーズでまだ説明していない項目も多いですが、いったん「契約」や「弁済」の関連事項について、条文レベルで再確認や補足をしておこうというねらいもあります。

P: このTシリーズも20回を超えて、初期のころよりも、民法の「条文」や宅建試験の「過去問」を説明する割合が増えたように思いますが?

S:最初のころは、大学の教養科目で残念ながら「法学入門」を受講できなかったPくんに、「基本テキスト」をベースに、なるべく分かりやすい説明を…と心がけていたんですが、近年の宅建試験(民法)の出題を見ると、

(2023年・問4 不動産取引推進機構HPより)

のように、そもそも問題文が、少なくとも民法の条文の「単語(専門用語)」は理解していないと、読み解けない内容なので「基本テキスト」には目を通している前提で、そこから宅建試験合格レベルまでの段差を埋めるような説明をしていきたいと思ってます。

P:段差というより、ボルダリングのカベのように思えるのは、筆者だけでしょうか?

上の問題も、「弁済」は前回記事で取り上げ、「相殺」(そうさい)も一般常識…”おあいこ”ってことでは知ってますが、「期限の利益」などは初耳です!

S: 生成AI(Google gemini)に、「民法 期限の利益とは」で尋ねたら、

『民法における期限の利益とは、債務者が定められた期限まで返済や代金の支払いをしなくてもよいという権利(利益)です。

 民法第136条第1項では「期限は、債務者の利益のために定めたものと推定する」と定められています。
 期限の利益は、次のような場面で生じます。
  売買契約を締結する際に「月末にまとめて支払う」などの条項を設けた場合
  住宅ローンを借り入れた場合
  借金の分割返済を合意した場合
 期限の利益は、債務者にとって大きな利益ですが、契約どおりに返済を行わないと期限の利益を喪失して、債務の一括返済を求められる可能性があります。
 期限の利益は放棄することもできますが、これによって相手方の利益を害することはできません。

また、債務者は、破産手続開始の決定を受けたときや担保を滅失させたときなどには、期限の利益を主張することができません。』(24年9月29日)
この知識があれば、上の問題の肢アは、解けますよね?

P:肢アでは、

 A →甲債権(弁済期の定めがない)→ B

 B →乙債権→ A ※Aが期限の利益を放棄した

「弁済期の定めがない債権」は、宅建11(消滅時効)で、消滅時効がすぐにスタートすることは聞きました。

つまり、甲債権には「期限の利益」がないので、AがBに「甲債権を返して」といえば、Bはすぐに返済しなければならない。

乙債権は、Aが「期限の利益」を放棄したので、AはBにすぐ返せる状態にある。

なので、相殺OKということですよね?

S:Pくんも検索で、宅建Tシリーズの過去の知識をチェックした上での回答でしたが、この肢アのポイントは、

  「弁済期の定めがない債権」には「期限の利益」がない=AはBにすぐ甲債権を返せと請求できる

ということで、これに気付けば、肢イ,ウも解けますね。

  肢イ 弁済期が到来している甲債権と、弁済期の定めのない乙債権
  肢ウ 弁済期の定めのない甲債権と、弁済期が到来している乙債権

P:肢ウは、肢アと状況がほぼいっしょで

   A →甲債権(弁済期の定めがない)→ B ※AはBに甲債権の返済※AはBに甲債権の返済を言える
   B →乙債権(弁済期が到来)→ A ※BはAに乙債権の返済を言える

そして、肢イは、

  A →甲債権(弁済期が到来)→ B ※AはBに甲債権の返済を言える

  B →乙債権(弁済期の定めがない)→ A ※BはAに乙債権の返済※AはBに甲債権の返済を言える

肢イ,ウとも相殺OKです。

S:そうですね。逆に、相殺できないのが、肢エで、

   A →甲債権(弁済期が到来していない)→ B

の段階で、Bは「期限の利益」を主張して、Aの相殺の要求を拒めます。 ※補足1

A)改正の狙いが分かれば、試験問題も解けるようになる?

A-①相殺:505条

S:ちなみに「相殺」に関する民法の条文のうち、505条(2項)も2020年改正された箇所です。
『1項 二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。

2項 前項の規定にかかわらず、当事者が相殺を禁止し、又は制限する旨の意思表示をした場合には、その意思表示は、第三者がこれを知り、又は重大な過失によって知らなかったときに限り、その第三者に対抗することができる。』

P: 第1項は、ぼくの知ってる「相殺」を、法律的に表現すると、こうなるんだ~という見本みたいな文章ですね!

S:第2項は当事者、先の過去問の例でいえば、AとBとの間に相殺禁止の特約があったとして、それをBの債権を譲り受けた第3者Cに対して、Aは対抗できるか? 

もし、第3者Cが特約の存在を知っていたか、または重大な過失によって知らなかったときは、AはCに対抗できる(相殺を拒める)ということです。

P:宅建17の「詐欺」では、『詐欺の被害者であるXが、注意すれば詐欺の事実を知ることができた(過失がある)Zに負けてしまうという結論は、不合理ではないかと考えられ、今回改正がされた』とありましたが「相殺禁止」の場合は、第3者Cに「重過失」があれば、対抗できないんですね。

S:宅建18の「B-2)重大な過失」でも、錯誤の場合の「重大な過失」について、取り上げました。

何度でも言いますが、裁判/法律は「天秤」=当事者間のバランス(公平)なんですが、重りは時代によって変化していきますので、民法もいろいろと改正されるわけです。

505条の「重大な過失」の具体例や、相殺に関するほかの改正については、下記リンク先をご覧ください。

 

A-② 債権譲渡

P :前回(宅建23)で、予告していた「債権譲渡」ですが、この項目は、基本テキストだと、本の最後の方(211ページ)の「その他の重要事項」に載ってますね?
S: 「債権」が売買できることは、Pくんもやはり、「一般常識」でご存じだと思います。
一方で、宅建試験での「債権譲渡」は、基本テキストでも解説されている
 あ)債権譲渡の対抗要件
 い)二重譲渡
 う)債権譲渡禁止特約
などが、ポイントになります。
ちょうど、21年の宅建試験(問6)に、下記の問題が出題されています。

解説のため、譲渡人A(旧債権者)、債務者B、譲受人(新債権者)Cとします。

  図:2020年改正資料27ページより

P: 問6の肢2が、あ)債権譲渡の対抗要件ですね。

基本テキストでは、譲受人Cが債務者Bに対抗するには、

 ・譲渡人Aから、Cへの通知

 ・Bの承諾

のどちらかがあれば、Cは債権譲渡を、Bに対抗できる…としていますが、肢2は「その意思表示のときに債権が現に発生していない」というひねりが加わっていますね!

S: ここは、民法の条文をしらなくても、医療業界関係者なら「(将来の)診療報酬の債権化」として常識なんですが…。 ※補足2

実は、ここも2020年改正の箇所で、将来債権の譲渡が可能であることをはっきり示す条文466条の6

 ①債権の譲渡は、その意思表示の時に債権が現に発生していることを要しない。
 ②債権が譲渡された場合において、その意思表示の時に債権が現に発生していないときは、譲受人は、発生した債権を当然に取得する。(③は略)

が追加されました。

 

 

P: 続いて、肢4が、い)二重譲渡についてですね? 

問題文の「債務者その他の第三者」というのは、譲渡人Aが、C以外にも、第三者Dにも二重譲渡したと。

その場合、譲渡した旨の通知(A→C)や(Bの)承諾は、確定日付のある証書でないと、Cは「債務者(B)やその他の第三者(D)」に対抗できない。

あれ? 前回(宅建23)の「弁済」ででてきた確定日付のある証書ですね?

S: 前回は、2011年の過去問(問5)で、この「確定日付のある証書」を取り上げました。

ちなみに、今回の場合、もしAもが、CにもDにも通知をしていたら、先に通知を受け取った方(到達日の早い方)が、優先されます。

P: 宅建07では、不動産(物権)の対抗問題について聞いて、登記の「早い者勝ち」と理解したんですが、債権の場合も「早い者勝ち」というわけですね。

S: 実は、ここも2020年改正で変更された箇所に関連します。

けっこう、民法の基本的な考え方に触れる部分なので、次章B)で,「民法の発信主義と到達主義」を説明します。

いったん、話を戻すと、次はう)「債権譲渡禁止特約」についてです。

P: 肢1と肢3に、「譲渡制限の意思表示がされた債権」とありますね。

S: 基本テキスト(213ページ)では、「債権譲渡禁止特約」と書いています。

今回の場合だと、AとBとの間で、「Aは、他人にはBに対する債権を売らない」約束をしたということですね。

P:すると、肢3のケース、

「債権の譲受人Cが、その意思表示がされていたこと(特約)を知っていたときは、債務者Bは、その債務の履行を拒むことができ、

かつ、譲渡人Aに対する弁済その他の債務を消滅させる事由をもって譲受人Cに対抗することができる。」

の、前段は、債権の譲受人Cが特約の存在を知っていた(=悪意)ので、先の「相殺」と同様に考えれば、債務者Bは、債務の履行を拒めると思います。

後段も、元々、債務者Bが債務者Aに返済する約束だったわけですから、Aに弁済したら債務はなくなってOKだと思います。

S: 条文をしらなくても、今のPくんの考え方で、肢3のケースの正誤は判断できたと思いますが、民法466条3項に規定されています。

466条は、他項も一読しておいた方がよいと思い、載せました。

『第466条
(1) 債権は、譲り渡すことができる。ただし、その性質がこれを許さないときは、この限りでない。
(2)当事者が債権の譲渡を禁止し、又は制限する旨の意思表示(以下「譲渡制限の意思表示」という。)をしたときであっても、債権の譲渡は、その効力を妨げられない。
(3) 前項に規定する場合には、譲渡制限の意思表示がされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかった譲受人その他の第三者に対しては、債務者は、その債務の履行を拒むことができ、かつ、譲渡人に対する弁済その他の債務を消滅させる事由をもってその第三者に対抗することができる。
(4) 前項の規定は、債務者が債務を履行しない場合において、同項に規定する第三者が相当の期間を定めて譲渡人への履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、その債務者については、適用しない。』

P: 宅建試験問題文の 「譲渡制限の意思表示がされた債権」は、やはり466条を知らないと、 面食らうと思いました…。

S: 466条3項は、『譲渡制限の意思表示がされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかった譲受人』なので、いずれは「過失があったC」で問われるかもしれません。

そして、肢1については、文末に、466条~466条の6までの条文を掲載しましたので、「466条の2」をご覧いただくと、正誤が判断できると思います

P: ここにも

「(2) 前項(466条の2の1項)の規定により供託をした債務者は、遅滞なく、譲渡人及び譲受人に供託の通知をしなければならない。」

と、通知がでてきますね。

B)民法の「発信主義」と「到達主義」

S: 「通知」については、いまはインターネットがありますが、私が学生だった80年代は、電話も学生だと公衆電話を利用するのが普通でした。

P :筆者の大学生時代で、ようやくガラケー(Toshiba製)をバイト代でなんとか買えるくらいでしたからね。

S:そして、民法には、「隔地者」という概念がありまして、

意思表示が到達するまでに時間を要する者を「隔地者」と、要しない者を「対話者」という。
 空間的な距離ではなく時間が判断の基準となるため、電話の相手方は対話者となる。』(2020年改正資料52ページ)

で、手紙(郵便)はどちらでしょうか?

P: 当然、隔地者です。

S: 隔地者間の契約について、改正前は、「発信主義」(契約の当事者が承諾通知を発信した時に契約が成立)を採用していました。

それが、2020年改正で、「到達主義」(相手方に承諾通知が到達した時に契約が成立)に変更されました。

というか、発信主義を取っていた旧法の条文を削って、

(意思表示の効力発生時期等)
  97条 『意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。』

が、適用されるようにしたんですよ。

P: あれ? 97条の前と言えば、宅建17で取り上げた
 96条 『詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。(後略)』

でしたよね。
S:「契約」も意思表示なので。

詐欺や強迫なども含めて、97条の「到達主義」の概念が、直接、宅建試験の民法で問われことはないと思いますが、宅建業法・「不動産取引の電子化」(出題例:23年問26)や、ネット購入に欠かせない「電子消費者契約法」などとの関連で、覚えておくと良いでしょう。

 

P:次回(宅建25)は、「契約不適合責任」、そして次々回は24年度宅建試験後となるので、「24年試験の出題について」(不動産取引推進機構が令和6年度問題を公表後)を予定しています。

S: 契約不適合責任(旧・瑕疵担保責任)も、2020年改正に関わってますよ。

 

 

【補足】

※1 この2023年・問4がややこしく感じた方は、下記解説記事を参考にしてください ↓

 

※2 生成AIに「診療報酬 債権譲渡」できいたら、

『診療報酬債権の譲渡とは、医療機関が診療報酬債権を第三者に移転する行為です。診療報酬債権の譲渡には、次のような方法があります。診療報酬債権ファクタリング、診療報酬債権の譲渡担保、 診療報酬債権流動化。
診療報酬債権ファクタリングは、医療機関が診療報酬債権をファクタリング会社に売却して資金を調達する方法です。診療報酬債権は、支払基金や国民健康保険団体連合会などから支払われるため、不払いになる可能性が低く、安全性の高い債権とされています。』(24年10月5日)

 

【参考条文 民法第466条~466条の6】 e-Gov法令検索より

第四百六十六条 債権は、譲り渡すことができる。ただし、その性質がこれを許さないときは、この限りでない。
2 当事者が債権の譲渡を禁止し、又は制限する旨の意思表示(以下「譲渡制限の意思表示」という。)をしたときであっても、債権の譲渡は、その効力を妨げられない。
3 前項に規定する場合には、譲渡制限の意思表示がされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかった譲受人その他の第三者に対しては、債務者は、その債務の履行を拒むことができ、かつ、譲渡人に対する弁済その他の債務を消滅させる事由をもってその第三者に対抗することができる。
4 前項の規定は、債務者が債務を履行しない場合において、同項に規定する第三者が相当の期間を定めて譲渡人への履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、その債務者については、適用しない。
(譲渡制限の意思表示がされた債権に係る債務者の供託)
第四百六十六条の二 債務者は、譲渡制限の意思表示がされた金銭の給付を目的とする債権が譲渡されたときは、その債権の全額に相当する金銭を債務の履行地(債務の履行地が債権者の現在の住所により定まる場合にあっては、譲渡人の現在の住所を含む。次条において同じ。)の供託所に供託することができる。
2 前項の規定により供託をした債務者は、遅滞なく、譲渡人及び譲受人に供託の通知をしなければならない。
3 第一項の規定により供託をした金銭は、譲受人に限り、還付を請求することができる。
第四百六十六条の三 前条第一項に規定する場合において、譲渡人について破産手続開始の決定があったときは、譲受人(同項の債権の全額を譲り受けた者であって、その債権の譲渡を債務者その他の第三者に対抗することができるものに限る。)は、譲渡制限の意思表示がされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかったときであっても、債務者にその債権の全額に相当する金銭を債務の履行地の供託所に供託させることができる。この場合においては、同条第二項及び第三項の規定を準用する。
(譲渡制限の意思表示がされた債権の差押え)
第四百六十六条の四 第四百六十六条第三項の規定は、譲渡制限の意思表示がされた債権に対する強制執行をした差押債権者に対しては、適用しない。
2 前項の規定にかかわらず、譲受人その他の第三者が譲渡制限の意思表示がされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかった場合において、その債権者が同項の債権に対する強制執行をしたときは、債務者は、その債務の履行を拒むことができ、かつ、譲渡人に対する弁済その他の債務を消滅させる事由をもって差押債権者に対抗することができる。
(預金債権又は貯金債権に係る譲渡制限の意思表示の効力)
第四百六十六条の五 預金口座又は貯金口座に係る預金又は貯金に係る債権(以下「預貯金債権」という。)について当事者がした譲渡制限の意思表示は、第四百六十六条第二項の規定にかかわらず、その譲渡制限の意思表示がされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかった譲受人その他の第三者に対抗することができる。
2 前項の規定は、譲渡制限の意思表示がされた預貯金債権に対する強制執行をした差押債権者に対しては、適用しない。
(将来債権の譲渡性)
第四百六十六条の六 債権の譲渡は、その意思表示の時に債権が現に発生していることを要しない。
2 債権が譲渡された場合において、その意思表示の時に債権が現に発生していないときは、譲受人は、発生した債権を当然に取得する。
3 前項に規定する場合において、譲渡人が次条の規定による通知をし、又は債務者が同条の規定による承諾をした時(以下「対抗要件具備時」という。)までに譲渡制限の意思表示がされたときは、譲受人その他の第三者がそのことを知っていたものとみなして、第四百六十六条第三項(譲渡制限の意思表示がされた債権が預貯金債権の場合にあっては、前条第一項)の規定を適用する。

 

【BGM】

S選曲:山下達郎 「街物語」
P選曲:ONE OK ROCK 「Whereever You are」

 

※宅建Tシリーズと「基本テキスト」については「序章」をご覧ください。

 

P: 前回(宅建22)、お金が返せない場合についての民法の規定を知って、世間のみなさまは、よく「住宅ローン(=数千万円の借金)」を組む決心ができるな~と感心しました!

S:そこは、着実に返せるように(Pくんも)ライフプランを考えることですね。

先日も、知り合いの40代の女性が、〇千万の新築マンションの契約をしたそうですが、彼女は実家住まい(両親、兄夫婦・甥と同居)でお金をためて、全額キャッシュ…とまではいきませんが、定年までにローン返済が終わるようにしたそうです。

そして、今回のテーマは「弁済」。つまり、お金などを返せる場合ですね。

基本テキスト66ページでは『債務の履行をして債務を消すこと』と簡潔に説明しています。

民法473条も
『債務者が債権者に対して債務の弁済をしたときは、その債権は、消滅する。』
と、シンプルです。
お金を返すのも弁済ですが、『債務者が土地を売ったのならその土地を引き渡すこと』も弁済です。
P: ぼくが、友人Rくんから中古自転車を買ったとして、代金を払えば、Rくんの債権=ぼくの債務は消滅。

一件落着で、試験に出題されるような問題点はなにもないのでは?
S: 不動産売買などでは、金額が大きいこともあって、現実にはいろいろなトラブルがあります。

A) 「弁済」の論点

S: 実際に過去問をみてみましょう。

2019年宅建試験問7で、「Aを売主、Bを買主として甲建物の売買契約が締結された場合における、BのAに対する代金債務」についての問いです。

  A(家の売主)⇔B(買主)

A-1)受領権限がない者への弁済

S:まず肢②

『肢② Bが、Aの代理人と称するDに対して本件代金債務を弁済した場合、Dに受領権限がないことにつきBが善意かつ無過失であれば、Bの弁済は有効となる。』(正)

基本テキスト67ページに、「弁済を受ける者」の説明があって、
  B(買主)が、A(売主)ではなく別人Dへ弁済したら、基本的には「無効」。
  ただし、Dが「受領権者としての外観を有する者」で、Bが善意無過失でCへ弁済したときは「有効」。

P:「受領権者としての外観を有する者」も、聞きなれない言葉ですね…。
S:「受領権者としての外観を有する者」という表現は、2020年の民法改正で変更された、
478条
『受領権者(債権者及び法令の規定又は当事者の意思表示によって弁済を受領する権限を付与された第三者をいう。以下同じ。)以外の者であって取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を有するものに対してした弁済は、その弁済をした者が善意であり、かつ、過失がなかったときに限り、その効力を有する。』 ※補足1
基本テキストでは、「外観を有する者」の例として、債権証書や受取証書を持ってきた人、をあげています。

P: この肢②のように、「Aの代理人と称するD」が本物の証書を持参してきたら、さすがにBが、Dを(Aの)代理人と信じるのも無理ないですよね。

ちなみに、肢③が、

『肢③ Bが、Aの相続人と称するEに対して本件代金債務を弁済した場合、Eに受領権限がないことにつきBが善意かつ無過失であれば、Bの弁済は有効となる。』

で、「Aの相続人と称するE」に対してBは善意無過失。

…なんだか、同じパターンですね…。

S: では、次は? 前後しますが、肢①です。
『肢① Bが、本件代金債務につき受領権限のないCに対して弁済した場合、Cに受領権限がないことを知らないことにつきBに過失があれば、Cが受領した代金をAに引き渡したとしても、Bの弁済は有効にならない。』(誤)?

P: でも、この問題文では、わざわざ「Bに過失あり」としてますから、やはり無効では?

S: さらにもうひとひねりあって、問題文に「Cが受領した代金をAに引き渡した(としても)」とあります。

つまり、お金は 

  B (→C)→A

と、結果的にAへ渡っています。

実は、478条に続く、民法479条 ※説明のためABCを補足

『前条(478条)の場合を除き、受領権者以外の者(C)に対して(Bが)した弁済は、債権者(A)がこれによって利益を受けた限度においてのみ、その効力を有する。』

によって、Aが利益=お金の返済 を受けたら、そこは有効になります。

P:この出題は、①がいきなり難問? という感じですが、2,3は分かりやすいので、消去法で解けそうな。

S: …では、最後の肢④を見ましょう。

『肢④ Bは、本件代金債務の履行期が過ぎた場合であっても、特段の事情がない限り、甲建物の引渡しに係る履行の提供を受けていないことを理由として、Aに対して代金の支払を拒むことができる。』(正)

P: この④は、①から③と違って、B⇔A間の問題ですね。

S: ①から③は、「受領権限のない者への弁済」が論点でしたが、④のポイントは「代金債務の履行期が過ぎた場合」でも、B(買主)は、売主Aに代金の支払いを拒めるか? ただし、Bはまだ、Aから甲建物の引き渡しを受けていない。

実は、「宅建20 債務不履行①」の知識で解けますよ。

P:  債務不履行で真っ先に聞いた、「同時履行の抗弁権」ですね?

この場で、記事を読み返すと、なるほどと思いますが、試験会場で、この問7の①-④のならびで出題されると、たぶん焦りますね!

S: この過去問について、詳しくは、下記のリンク記事が参考になります。

 

A‐2)第三者による弁済(第三者弁済)

S: A-1は受領権者以外への弁済についてでしたが、次は、債務者からの弁済ではなく、第三者からの弁済です。

P: 子どものサラ金からの借り入れ金を、親が払った…というのは、ドラマなんかでもよくありますよね。

S: 本人が、第三者に弁済してもらうのを望んでいる、少なくとも反対しないときは、第三者からの弁済もOKです。

民法の条文では、474条 
『①債務の弁済は、第三者もすることができる。
 ②弁済をするについて正当な利益を有する者でない第三者は、債務者の意思に反して弁済をすることができない。ただし、債務者の意思に反することを債権者が知らなかったときは、この限りでない。
 ③前項に規定する第三者は、債権者の意思に反して弁済をすることができない。ただし、その第三者が債務者の委託を受けて弁済をする場合において、そのことを債権者が知っていたときは、この限りでない。
 ④前三項の規定は、その債務の性質が第三者の弁済を許さないとき、又は当事者が第三者の弁済を禁止し、若しくは制限する旨の意思表示をしたときは、適用しない。』

P: ②の「弁済をするについて正当な利益を有する者」は、先ほどの「受領権者としての外観を有するもの」と同じくらい? 分かりにくい表現ですね~。

S: ここは、基本テキスト(66ページ)にあげられた具体例が、分かりやすいと思います。

 〇 借金の保証人

 × 親・兄弟・友人

ちなみに、「恋人」や「配偶者」も×ですね。

「弁済をするについて正当な利益」とは、言い換えると「弁済しないと自分が困る」立場の人で、保証人がまさにそうですね。

あとは、「借地上の建物の賃借人」なども、家を追い出されると困るので、〇です。

ちょうど、宅建試験の過去問2005年問7が、このケースなので、見ていきます。

前提『Aは、土地所有者Bから土地を賃借し、その土地上に建物を所有してCに賃貸している。』

  A(土地の借主/借地上の建物の貸主)、B(土地の貸主)、C(借地上の建物の借主)

という関係ですね。

『肢① Cは、借賃の支払債務に関して正当な利益を有しないので、Aの意思に反して、債務を弁済することはできない。』(誤)

P: この肢①は、2019年の肢①と違って、素直? な設問ですね。肢②も(A)でみた478条の条文どおりですし。

『肢② Aが、Bの代理人と称して[土地の]借賃の請求をしてきた無権限者に対し債務を弁済した場合、その者に弁済受領権限があるかのような外観があり、Aがその権限があることについて善意、かつ、無過失であるときは、その弁済は有効である。』 (正)※[ ]や下線は補足。

 

S: 肢③は、「個人振り出し小切手」についての知識がないと正解できないと思います。

『肢③ Aが、当該借賃を額面とするA振出しに係る小切手(銀行振出しではないもの)をBに提供した場合、債務の本旨に従った適法な弁済の提供となる。』(誤)

が、今後、同じような設問がでるか? 疑問ですので、気になる方は下記のリンク先の記事をご覧ください。

また、肢④の

『肢④ Aは、特段の理由がなくとも、借賃の支払債務の弁済に代えて、Bのために弁済の目的物を供託し、その債務を免れることができる。』(誤)

「供託制度」については、宅建業法の「弁済業務保証金」などで、説明の予定です。 ※補足2

 

 

B)  弁済による代位

P: A-2)の474条①~④は、債権者⇔債務者以外の人の弁済に、ずいぶんいろいろな条件/制限を付けていますね。

S: ひとつには、第三者が弁済することで、「債権者」が入れ替わるためでしょう。

民法499条に、

『債務者のために弁済をした者は、債権者に代位する。』

とあります。

P:Aがお金の貸主、Bが借り手で、第三者CがBに代わってAへお金を払ったら、Cが新たな貸主(債権者)になる…というわけですね。

S: そうです。

474条 
『②弁済をするについて正当な利益を有する者でない第三者は、債務者の意思に反して弁済をすることができない。ただし、債務者の意思に反することを債権者が知らなかったときは、この限りでない。』

によって、逆に言えば、Cが正当な利益を有する第三者なら、債務者Bの意思に反しても弁済ができるわけです。

また、債権者Aが、債務者Bの意思に反して、Cが弁済することを知らずに受け取ったら、弁済したことになり、やはり債権者がA→Cになるわけですね。

P: ぼくが友人Eにお金を貸した立場で、Eの兄Fが、お金を返すと言ったら、Eに確認なんかせずに、喜んで払ってもらいますね。

S: ちょうど、民法474条

『③前項に規定する第三者は、債権者の意思に反して弁済をすることができない。ただし、その第三者が債務者の委託を受けて弁済をする場合において、そのことを債権者が知っていたときは、この限りでない。』

を、債権者Pくんに当てはめると、

  Pくんは受け取りをNoということもできます

が、もし兄Fが弟Eから委託を受けて弁済することを、Pくんが知っていたときは、

  Pくんは受け取りをNoといえない

わけです。

また、Pくんは、「友人Eくんに確認せずに、Fからお金を受け取る」と言いましたが、その場合、Fが債権者Pくんに代位したことを、Eくん(債務者)や第三者に主張するためには、

  (あ)債務者(Eくん)への通知

または、

  (い)債務者(Eくん)の受諾

が必要です。

そして、第三者に対抗するためには、(あ)(い)どちらも、確定日付のある証書である必要があります。

P:「確定日付のある証書」とは、たとえば内容証明郵便などですか?

S:「時効」の説明のときに、内容証明郵便について触れましたが、「公正証書」についてはまだでしたね。

 

宅建の過去問では、2011年 問5(テーマ:債権譲渡)

『肢4 AがBに対する代金債権をDに対しても譲渡し、Cに対する債権譲渡もDに対する債権譲渡も確定日付のある証書でBに通知した場合には、CとDの優劣は、確定日付の先後ではなく、確定日付のある通知がBに到着した日時の先後で決まる。』

のように、今後も試験で「確定日付のある証書の中身」まで、問われることはないでしょう。

が、実際の不動産契約、とくに高額の取引で「公正証書」を利用する可能性はけっこうあると思います。

https://o-uccino.com/front/articles/58437

 

P:「公正証書とは 分かりやすく」で、生成AI(Google Gemini)にきいてみたところ。

『公正証書とは、公証人が私人(個人や法人)の依頼を受けて作成する公文書で、高い証明力と執行力を持つ書類です。

公証人は法務大臣から任命された法律の専門家(元裁判官など)で、公証役場という国の機関で執務しています。
公正証書には、次のような特徴があります。
・裁判になったときも証明力が高く、金銭債務については裁判をしないでいきなり相手の財産に強制執行できる。
・裁判をするお金、手間、時間が要らない。
・契約のとおりにお金が支払われなかったとき、債務者の給与などの差し押さえをしてお金を回収する手続を進めることができる。
公正証書は、離婚や遺言、金銭の貸し借りの契約など、さまざまな場面で利用されます。』(2024年9月20日)

S:公証役場や公証人について、もっと知りたい方は、

 

 

公証人になれるのは、原則として裁判官や検察官あるいは弁護士として法律実務に携わった方です。

 

P:次回は、「債務不履行」全体の復習もかねて、以前から紹介している「2020年の民法(債権関係)改正」についての文書から、改正のポイントをいくつか説明する予定とのことです。 

https://www.moj.go.jp/content/001259612.pdf

S:「債権譲渡」にもふれる予定です。


【補足】

※1 改正後の478条の「受領権者としての外観を有する者」という表現は、旧民法の「債権の準占有者」をやさしく!? 言い換えたものだそうです。

【参考説明記事 ↓】

 

 

https://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-202208_10.pdf
※2 供託業務は、不動産登記などと同じく、法務省・法務局の業務です、

https://houmukyoku.moj.go.jp/homu/static/goannai_index_kyoutaku.html

また、「供託による弁済」については、基本テキスト69・70ページをごらんください。


【BGM】
S選曲:Flumpool 「花になれ」

P選曲:MAN WITH A MISSION×milet「絆ノ奇跡」

※宅建Tシリーズと「基本テキスト」については「序章」をご覧ください。

(A)金銭債務について

P: 「金銭債務」という言葉も、普段はあまり使いませんよね。

筆者のイメージは「貸した金返せよ  唄:ウルフルズ」なんですが。

S: 民法419条第1項に

『(1)金銭の給付を目的とする債務の不履行については、その損害賠償の額は、債務者が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率によって定める。ただし、約定利率が法定利率を超えるときは、約定利率による。』

とありまして、いわゆる借金(借入金)以外に、支払手形、買掛金、 社債・国債、あとPくんが毎月支払う家賃も、金銭債務です。

最近(24年9月)、スーパーの棚からお米が消えましたが、お金が金融機関から消えることはないため、履行不能になることはありません。

約束の期日が過ぎたら、催告なしで直ちに契約解除できます(あくまで、民法上は…です)

そのほかにも金銭債務には、「金銭以外」の債務と違う特徴がありますので、生成AI(Google gemini)に、「金銭債務とは 債務不履行」で聞いたところ

『金銭債務の債務不履行に関するポイントとしては、次のようなものがあります。
 ①資金がなくて返済できなくても「履行不能」にはならない。
 ②一部を返済し一部が滞った場合も「不完全履行」にはならない。
 ③金銭債務の不履行については、債務者は「不可抗力をもって抗弁とすることができない」とされており、絶対的責任を負う。
 ④金銭債務の損害賠償の額は、債務者が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率によって定められる。ただし、約定利率が法定利率を超えるときは、約定利率による。
 ⑤債権者は、損害の証明をすることを要しない。』(2024年9月1日)

P:①②は、先ほどSさんが言ったとおり「お金自体は世の中にいくらでも流通しているので、履行不能にはならない」…というか、宅建20で説明してもらった「履行遅滞」=債務者が履行可能なのに履行しない状態 ということですよね?

S:そうですね。先に挙げた 民法419条第1項にも「損害賠償の額は、債務者が遅滞の責任を負った~」とあります。

宅建試験で、「金銭債務の特徴」がストレートに出題されたことはないようですが、不動産の売買は結局、

  不動産⇔お金(それも大金!)

のやり取りなわけですから、「金銭債権/債務」と、次のA-2:利息(利率)の理解は、実際の売主・買主になった時もとても重要な知識だと思います。

A-2)お金には利息 ①法定利率

S: 前回記事(宅建21)で、「契約解除」にふれましたが、契約解除の効果は、民法545条に
『1 当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。
2  前項本文の場合において、金銭を返還するときは、その受領の時から利息を付さなければならない。』
と、利息のことが明記されていました。

また、上の生成AIの回答④には、

 「④金銭債務の損害賠償の額は、債務者が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率によって定められる。ただし、約定利率が法定利率を超えるときは、約定利率による。」

とありましたね。

P:「法定利率」というものがあることは、何となく知ってましたが、今、何%なんですか?

S:実は、この法定利率も、民法改正(2020)で、変更された箇所なんですよ。

変更前は、民事法定利率(年5%)と商事法定利率(年6%)がありましたが、改正後は、民法404条で、

『(1)利息を生ずべき債権について別段の意思表示がないときは、その利率は、その利息が生じた最初の時点における法定利率による。
(2)法定利率は、年三パーセントとする。
(3)前項の規定にかかわらず、法定利率は、法務省令で定めるところにより、三年を一期とし、一期ごとに、次項の規定により変動するものとする』。

と変わりました。

P:つまり、(2)では3%だけど、3年に1回、法務省が利率を見直すと? あれ、2020年ということは、いったん見直されたわけですか?

S:見直しましたが、令和8年3月31日までは、3%のままです

もしも、この法定利率が変わると、影響を受けそうな方に「貸与型奨学金」を借りる学生さんもいます。

P:当ブログでは、今は社会人になったZくんが受験生~大学生のころ、理工系学生の6年間の資金計画について、何回か記事を書いたんですが、確か「貸与型奨学金」は無利子だった記憶が…。

S:私も人生で唯一の借金が「奨学金」で、1980年代の某国立大学では「給付+貸与(無利子)」のMIX型が一番好条件でしたが、現行の日本学生支援機構の奨学金は、

  給付奨学金(返済不要)、貸与奨学金(返済必要:無利子)、第二種奨学金(返済必要:利子あり)

の3種あります。

有利子タイプでも、貸付利率は1%前後なんですが、卒業後に返済が遅れたときの延滞金(遅延損害金/遅延利息)が年3%です。

A-3)お金には利息 ② 約定利率

S: 実際は、大半の契約では「約定利率」、つまり契約書で決めた利率が適用されます。

P: いわゆるカードローンだと、最大・年利18%くらいですか!

S:貸金業者からの借入れだと、利息制限法で最大でも20%、クレジットカードのショッピング利用などの遅延損害金は、消費者契約法で、年利14.6%と、上限が定められています。 ※補足1

P: 逆にいえば、この上限までなら、法定利率3%をはるかに超えた利息でもOKということですよね?

B)違約金

S: そうなりますね。

そして、実際の取引契約では、いわゆる「違約金」を定めておくことも多いです。

民法420条3項で「違約金は、賠償額の予定と推定する。」とあります。

P: ぼくの仕事関係でも、「納期を守れなかったら違約金」という話はよく聞きますね。

S:宅建試験では、民法ではなく、宅建業法(例 2019年)で出題されてますので、その際にふれます。

C)手付金・手付解除

S:さらに、宅建試験で重要なのが、「手付金/手付解除」です。

P: 引っ越しで、新しい部屋を探したときに、気に入った物件を「預り金」を支払って、不動産屋さんにキープしてもらうかどうかで悩んだことはありますが、「手付金」とは違いますか?

S: 賃貸物件の「預り金(申込金)」は、キャンセルしたときには返還されます。

もしも「手付金」などと称して、宅建業者が返金しないときは、消費者センターなどに相談してください。

 

 

一方で、民法での「(売買)手付金」は、民法557条1項で、

『① 買主が売主に手付を交付したときは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を現実に提供して、契約の解除をすることができる。ただし、その相手方が契約の履行に着手した後は、この限りでない。』

とあります。

P: 買主は、売主に預けた手付金(仮に百万円とします)をキャンセル料としてあきらめれば、契約をキャンセルできる。

一方で、売主は2百万円を買主に支払えば、契約をキャンセルできる…ということですか?

S:そうです。「手付解除」と言います。

買主は「手付放棄」、売主は「手付倍返し」すれば、損害賠償請求を受けることはありません。

実際の不動産取引でのならわしは、下記ページをごらんください。

 
P: 筆者だと、たとえ百万円でも、放棄する勇気はないと思います…。賃貸物件と違って、それだけSさんの不動産の購入物件選びは慎重にならざるをえないと!

C-1)手付解除の過去問

S:「手付金」は、「宅建業法」で別途の規定があって、今後も、そちらの出題の方が多いと思います。
なので、「宅建業法」でまた触れますが、民法の過去問では、2000年問7で、基礎的な内容が確認できます。
『買主Aと売主Bとの間で建物の売買契約を締結し、AはBに手付を交付したが、その手付は解約手付である旨約定した』
という前提で、
『肢1 手付の額が売買代金の額に比べて僅少である場合には、本件約定は、効力を有しない。
 肢2 Aが、売買代金の一部を支払う等売買契約の履行に着手した場合は、Bが履行に着手していないときでも、Aは、本件約定に基づき手付を放棄して売買契約を解除することができない。
 肢3 Aが本件約定に基づき売買契約を解除した場合で、Aに債務不履行はなかったが、Bが手付の額を超える額の損害を受けたことを立証できるとき、Bは、その損害全部の賠償を請求することができる。
 肢4 Bが本件約定に基づき売買契約を解除する場合は、Bは、Aに対して、単に口頭で手付の額の倍額を償還することを告げて受領を催告するだけでは足りず、これを現実に提供しなければならない。』
が、出題されました。
実は、Pくんに〇×を出題したんですが、今回の記事の内容を読んでれば、即答できたので、正誤はつけていません。
確認したい方は、下記のリンク先などをご覧ください。
ちなみに、肢4は、民法改正(2022)に関わっています。
P:債務不履行関連の条文は、民法改正(2022)で変わっている箇所があるので、次回の「弁済」の説明がおわったら、まとめて触れたいとのことです。
 

【参考】関連する民法条文

(損害賠償の方法)
第四百十七条 損害賠償は、別段の意思表示がないときは、金銭をもってその額を定める。
(中間利息の控除)
第四百十七条の二 将来において取得すべき利益についての損害賠償の額を定める場合において、その利益を取得すべき時までの利息相当額を控除するときは、その損害賠償の請求権が生じた時点における法定利率により、これをする。
2 将来において負担すべき費用についての損害賠償の額を定める場合において、その費用を負担すべき時までの利息相当額を控除するときも、前項と同様とする。
(過失相殺)
第四百十八条 債務の不履行又はこれによる損害の発生若しくは拡大に関して債権者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の責任及びその額を定める。
(金銭債務の特則)
第四百十九条 金銭の給付を目的とする債務の不履行については、その損害賠償の額は、債務者が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率によって定める。ただし、約定利率が法定利率を超えるときは、約定利率による。
2 前項の損害賠償については、債権者は、損害の証明をすることを要しない。
3 第一項の損害賠償については、債務者は、不可抗力をもって抗弁とすることができない。
(賠償額の予定)
第四百二十条 当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。
2 賠償額の予定は、履行の請求又は解除権の行使を妨げない。
3 違約金は、賠償額の予定と推定する。
第四百二十一条 前条の規定は、当事者が金銭でないものを損害の賠償に充てるべき旨を予定した場合について準用する。
 

【補足】

※1 もしクレジットカードでリボ払いをされている知人がおられたら、下記記事とか読むことをおすすめします。

 

 

【BGM】

S選曲:山下達郎 「さよなら夏の日」

P選曲:スキマスイッチ 「ゴールデンタイムラバー」

 

【写真提供】

Pixabay

 

※宅建Tシリーズと「基本テキスト」については「序章」をご覧ください。

あわせて、民法の債権関連では、2020年民法改正に関する資料

A)「債務不履行」への対応は?

P: 前回記事(宅建20)は、どういう状況になれば、「債務不履行」と言えるか? についてでした。

そして、今回は「債務不履行の後」。

たとえば、ぼくが中古車の代金を先払いしたのに、品物を引き渡してもらえなかった場合に、ぼくは販売店を相手にして何ができるか? ですよね。

S: 「(債務不履行による)契約解除」については、前回記事でも、541条(契約解除するには)、545条(契約解除の効果)について、簡単に触れましたが、さらに「損害賠償」も(一定の条件下で)できますので、あわせて説明します。

なお、金銭債務(借金)については次回まとめて説明の予定です。

Pくんは中古車を例にしましたが、国民生活センターの下記記事は、「カプセルトイ(12種揃い)」を例に、説明も分かりやすかったので、紹介します。

https://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-202209_10.pdf

P: 前回記事で、「債務不履行」のパターンとして、

 ・履行遅滞(債務の履行が遅れる)

 ・履行不能(債務の履行ができない)

と、

 ・履行遅滞中に履行不能になった場合

を、過去問を例に解説してもらいましたが、上の記事によれば、「不完全履行」もあるんですね。

S:「不完全履行」は、宅建・過去問の「債務不履行」としての出題は見当たらなかったんで、前回は省きましたが、「カプセルトイ(12種揃い)」を譲ってもらう約束で、もし11種類しか引き渡しがなければ「不完全履行」です。※1

民法の条文では、第415条1項

『債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。 ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。』

の下線部分「債務の本旨に従った履行をしないとき」が、不完全履行。

続いての「債務の履行が不能」が、「履行不能」です。 

ちなみに、残りの1個のカプセルトイをうっかり入れ忘れ、その1個を間違って家族に捨てられたら

 「不完全履行」→「履行したくてもできない(履行不能)」

になりますよね。

いずれにせよ、債務者(売主)が12個そろいのカプセルトイを債権者(買主)に引き渡せなくなったとして、もしPくんが債権者(買主)なら、どうしますか?

P:前回記事によれば、「契約解除」ができますよね。

あと、民法545条4項

『④ 解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない。』

により、「損害賠償の請求」もできます。

B)契約の解除と効果(原状回復)

S:復習になりますが、民法541条
『当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。 (後略)』
により、Pくん(債権者:カプセルトイの買主)が「履行して」と、催告をしても、売主(債務者)が、12個そろいのセットを提供できないときは、契約解除できるわけです。 ※補足2

ちなみに、金銭については次回で(宅建22)。

B-1)契約解除の効果

そして、契約解除の効果は、民法545条1項
『① 当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。』
です。

ちょうど、2009年の宅建・過去問 問8に「原状回復(原状復帰)」の事例が出題されていました。

『売主Aは、買主Bとの間で甲土地の売買契約を締結し、代金の3分の2の支払と引換えに所有権移転登記手続と引渡しを行った。その後、Bが残代金を支払わないので、Aは適法に甲土地の売買契約を解除した』

Pくん、契約解除後のAとBは、具体的にどう行動すればいいでしょうか?

P: 「各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う」ので、まず元の状態ですが

 Aの元の状態(契約前)が、「甲土地の所有権者:A、甲土地の所有者:A」

 Bの元の状態が、仮に3000万円の現金を持っていたとします。

売買契約後は、

  A 2000万円(売買代金の2/3)

  B 「甲土地の所有権者:B、甲土地の所有者:B」

なので、これをまた、A・Bともに元の状態に戻すには、

  A→2000万円をBへ返却

  B→甲土地の所有権移転登記(BからA)と、甲土地の返還(BからAへ)

をするわけですよね?

S:単純に元に戻すだけではありません。

2009年の宅建過去問・問8の肢2

『肢2 Bは、甲土地を現状有姿の状態でAに返還し、かつ、移転登記を抹消すれば、引渡しを受けていた間に甲土地を貸駐車場として収益を上げていたときでも、Aに対してその利益を償還すべき義務はない。』(誤)

のように、Bが引き渡しを受けていた間の、使用収益の利益も含めて返します。

同様に、Aも2000万に利息をつけて返しますが、借金の利息については次回。

ちなみに、この問いの肢3は、

『肢3 Bは、自らの債務不履行で解除されたので、Bの原状回復義務を先に履行しなければならず、Aの受領済み代金返還義務との同時履行の抗弁権を主張することはできない。』

ですが、この○×は?

P:「契約解除」されると、プログラミングでいう”新たなジョブ”(原状回復)が発生し、そこではAとBとは同時履行の関係になると思いますから、肢3は×(誤)です。

S:そうです。

ちなみに、この問いの肢4の

 『肢4 Aは、Bが契約解除後遅滞なく原状回復義務を履行すれば、契約締結後原状回復義務履行時までの間に甲土地の価格が下落して損害を被った場合でも、Bに対して損害賠償を請求することはできない。』(誤)

は、A)の章末で触れた、民法545条4項

 『④ 解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない。』

により、誤りです。

また、肢1の

「肢1 Aの解除前に、BがCに甲土地を売却し、BからCに対する所有権移転登記がなされているときは、BのAに対する代金債務につき不履行があることをCが知っていた場合においても、Aは解除に基づく甲土地の所有権をCに対して主張できない。」(誤)

では、民法545条
『1 当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。』

の第三者に、そもそもCが該当するか? がまずポイントになります。

ここは、”宅建07:不動産登記法「不動産の二重譲渡」と対抗問題”で、触れた内容ですが、Pくん、Cは第三者にあたりますか?

P: Cは、Bから所有権移転登記を受けているので、対抗要件を備えた第三者になると思います。

S:そうですね。

この肢では、さらにCが悪意(BのAに対する代金債務につき不履行があることをCが知っていた)場合について聞かれてますが、ここは判例の知識で、今後また宅建に出題されるか? は微妙です。

気になる方は、下記の解説記事をご覧ください。肢1~4の復習にもなると思います。

 

B-2)損害賠償請求できる?

P: 契約解除しても「損害賠償の請求を妨げない」(545条4項)とはいっても、先の「カプセルトイの残り1ケを家族に捨てられた」ケースだと、条文(第415条1項)の「債務者の責めに帰することができない事由」になりそうな…。

実際の損害賠償請求のハードルは高そうですね~。

S: 「債務の本旨に従った履行」や「取引上の社会通念」にあたるか? など、そもそも「損害賠償請求」ができるのか? は、裁判で弁護士が争うレベルの問題になります。

宅建試験では、民法の条文や有名な判例の知識が問われていますね。

たとえば2010年問6

『肢1: 債権者は、債務の不履行によって通常生ずべき損害のうち、契約締結当時、両当事者がその損害発生を予見していたものに限り、賠償請求できる。』 (誤)

  ↓

民法第416条(損害賠償の範囲)
『① 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。』

なので、「損害発生を予見していたものに限り」と限定しているのは、誤りです。

そして、2010年問6の肢2

『肢2:債権者は、特別の事情によって生じた損害のうち、契約締結当時、両当事者がその事情を予見していたものに限り、賠償請求できる。』(誤)

は、同じ民法第416条の2項の条文

『②2.特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。』

の文章と比べると、請求できる範囲を限定しすぎているので誤りです。

P:「特別の事情」とはどんな事情かが気になったので、生成AI(Google gemini)に「特別の事情によって生じた損害 具体例」で聞いてみたら、

『特別な事情によって生じた損害の具体例には、次のようなものがあります。
 債務不履行後の不動産の価格高騰
 履行不能後の目的物価格の増加分
 著しく高額な転売利益の喪失
民法では、特別な事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであった場合は、その事情から通常生じうる損害については賠償の範囲に入るとしています。予見可能性が問題となる当事者は債務者とし、予見可能性が問題となる時期は債務不履行時とされています』(2024年8月30日)

S: 補足すると、「予見可能性が問題となる当事者は債務者」とAIが答えているのは、有名な判例(大正7年8月27日:大審院)によります。

ただし、宅建試験対策としては、あくまで過去問に出題された範囲の知識で十分だと思います。

 

(生成AI作画)

C)損害賠償額の予定

P:今みてきた条文もややこしいし、 損害賠償請求ができるといっても、実際に訴訟を起こすとなると、立証や損害額の算定などが大変な気がしますが…。

S:実際は、契約時に債務不履行時の「損害賠償額」を取り決めておくことが多いです。

生成AI(Google gemini)に、「損害賠償額の予定 債務不履行」で尋ねたら

『損害賠償額の予定とは、債務不履行が発生した場合に、あらかじめ定められた金額を賠償額として請求できることを指します。

民法では、債務の不履行について損害賠償額の予定を定めることができ、その場合の取り扱いは次のとおりです。
 ①債権者は、債務不履行の事実を立証すれば、予定した賠償額を請求することができます。
 ②損害の有無や多少を問わず、予定の賠償額を受領することができます。
 ③裁判所は、予定した賠償額を増減することはできません。
 ④賠償額の予定をしても、本来の履行の請求や契約解除の請求をすることができます。
 ⑤違約金を定めた場合は、賠償額の予定と推定されます。(後略)』(2024年8月30日)


上の①~⑤は、ちょっと古い過去問もありますが、実際に宅建で出題されたことがありますので、番号を付けました。

 ①④『A(債権者)は、賠償請求に際して、B(債務者)の履行遅滞があったことを主張・立証すれば足り、損害の発生や損害額の主張・立証をする必要はない。』(2002年問7肢1 正)

 ②③『裁判所は、賠償額の予定の合意が、暴利行為として公序良俗違反となる場合に限り、賠償額の減額をすることができる。』(2002年問7肢3 誤)

 ⑤は、Dで触れます。

上で触れなかった、肢2を含め、各肢の解説は、下記のリンク先記事をご覧ください。「裁判所が過失相殺を考慮できるか?」は、平成年間に3回出題されています!

 

C-2)違約金

S: 民法420条3項で「違約金は、賠償額の予定と推定する。」とあります。
P: 仕事上で、「納期を守れなかったら違約金」という話は聞きますね。
S:宅建試験で「違約金」は、民法ではなく、宅建業法(例 2019年)で出題されてますので、その際にふれます。

 

P:次回は、債務不履行の中でも金銭債務(いわゆる借金)についてと、手付解除を予定しています。

 

【補足】

補足1 「契約不適合責任」、「追完請求権」でまた触れる予定です。

補足2 債権者が催告なしで解除できる場合、逆に解除できない場合などは、下記の記事で、条文を示しながら説明されています。

 

【参考】民法545条

第五百四十五条 当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。
2 前項本文の場合において、金銭を返還するときは、その受領の時から利息を付さなければならない。
3 第一項本文の場合において、金銭以外の物を返還するときは、その受領の時以後に生じた果実をも返還しなければならない。
4 解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない。

 

【BGM】

福山雅治 (2014) 「IT‘S ONLY LOVE」

GREEN DAY「21 Guns」

【写真提供】

Pixabay

※宅建Tシリーズと「基本テキスト」については「序章」をご覧ください。

①債権⇔債務関係について(復習)

P: 今回は、債務不履行についてですね?

S: そうです。

宅建17で、民法の「売買契約」と、債権→債務関係については説明ずみです。また、宅建11(時効)で、消滅時効と関連して、「そもそも債権/債務とは?」についても触れました。

復習として、Pくん、下図(A:代金⇔B:電子機器)の関係を、宅建17で説明した、債権を基準にした→(やじるし)で表現してみてください。

P:債権を基準にすると、 

  A→機材引き渡し債権→B 

  B→代金(引き渡し)債権→A 

ですね。

②同時履行の抗弁権…賃貸物件の場合は?

S:通常の契約では、売主Bが機材を引き渡すのと、Aが代金を支払うのは、同時履行の関係。

つまり、今回の例で、売り主Bは、買い主Aが代金の提供をするまでは、目的物(機材)の引き渡しを拒めます。

これを、「同時履行の抗弁権」といいます。

P: 今回も生成AI(Google gemini)に「同時履行の抗弁権とは 簡単に」で聞いたら、例として

『たとえば、売買契約であれば、売り主は、買い主が売買代金の提供をするまで目的物の引き渡しを拒絶することができます。

また、引渡し予定日を過ぎても、不動産会社が家を渡してくれないのにも関わらず、先に支払いを済ませてくれと要求してくる場合にも、同時履行の抗弁権を主張することができます。』(2024年8月18日 部分)

とあって、これは賃貸物件でも当てはまるんですか?

S: 不動産賃貸の場合は、少し特殊なので、実際に2015年の宅建過去問(問8,肢1)を見てみましょう。

『肢1:マンションの賃貸借契約終了に伴う賃貸人の敷金返還債務と、賃借人の明渡債務は、特別の約定のない限り、同時履行の関係に立つ。』(誤)

この設問では、「債務」関係ですが、同時履行の場合は、⇔で

 賃貸人の敷金返還債務 ⇔ 賃借人の明渡債務

が成立するか? を聞いているわけです。

P: ぼくが、マンションの部屋を退去するのと同時に敷金を返してもらえるか? もしくは、敷金を支払ってもらうまでは、退去を拒めるか? ということですよね? 

…以前の部屋から引っ越したときは、退去の数日後に、前の大家さんから振り込みがあったかな?

S:「敷金」については、最高裁の判例で、「敷金返還請求権は、賃貸借終了後家屋明渡し完了の時において、それまでに生じた被担保債権を控除しなお残額がある場合に、その残額につき具体的に発生するものと解すべき」とされて、結果、同時履行の関係ではなく、退去後に原状回復費用などを差し引いた残額の支払いをすれば良いこととされています。

詳しくは ↓

 

Pくんは、これまで問題なく引っ越しされてたようですが、昔から「原状回復費用」についてはトラブルになることも多いので、東京都は、2004年に「東京ルール」を定めました。

 

Pくんも「東京での借り手」として、↑の知識は、参考になると思います。

P:「ルームクリーニングの費用は借主の負担とする」など、借り手が不利な特約がついていても、そこは「契約」が優先するんですね! 次に引っ越すときは、注意します。

③債務不履行による契約解除と、同時履行の抗弁権

S:一方、不動産売買ですが、ちょうど、2015年の宅建(問8,肢2)が、

『マンションの売買契約がマンション引渡し後に債務不履行を理由に解除された場合、契約は遡及的に消滅するため、売主の代金返還債務と、買主の目的物返還債務は、同時履行の関係に立たない。』 (誤)

です。ここでは、「債務不履行後」に、

  売主の代金返還債務 ⇔ 買主の目的物(マンション)返還債務

が、同時履行の関係にあるか? を聞いています。

P: ここは、上の図の「機材」がマンションに変わり、関係性が「返還債務」へと逆転していますが、普通に同時履行の関係ですよね? 

そして、問題文は「同時履行の関係に立たない。」なので、回答は「誤り」になると思いますが。

S:そうですね。

上の問題文は、よくある「マンションの買主が、住宅ローンの返済ができずに、売主から契約解除された」ケースだと思います。※補足1

この関係は、スタート時は

  売主の代金債権 ⇔ 買主の目的物(マンション)引き渡し債権

で、いったん買主が分割払いの約束で、マンションを引き渡してもらったが、「債務不履行」(どうなれば、債務不履行になるかは④で)、つまりローン代金を売主に払えなくなった。

すると、売主は民法541条

『当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。 (後略)』

により、催告しても買主が支払えないときは、契約解除できるわけです。 

ちなみに、契約解除の効果は、民法545条
『1 当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。
2  前項本文の場合において、金銭を返還するときは、その受領の時から利息を付さなければならない。
3  解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない。』

です。

この545条は次回、「損害賠償請求/解除」で、くわしく説明します。

 

④どうなれば「債務不履行」といえるか? 履行遅滞と履行不能

4-1)履行遅滞

P:③では、住宅ローンの例でしたが、たとえば、ぼくが友人から自転車を譲ってもらう約束をしたのに、忙しいからと、なかなか品物を引き渡してくれないときは、契約解除できるわけですよね?

S:Pくんの例は、○○日までに品物を引き渡す約束をしたわけではありません。

これを、民法では「期限の定めのない債務」といって、ご友人はPくんから「自転車を引き渡してくれ」と言われたときから、履行遅滞の状態になります。

P:またもや、 ? な4文字用語がでてきたので、生成AI(Google gemini)に、「履行遅滞 分かりやすく」で聞いてみました。

『履行遅滞(りこうちたい)とは、債務者が正当な理由なく、契約で定められた期日までに債務を果たさないことを指します。

債務不履行の一種で、債務者が履行することが可能であるにもかかわらず、履行しないことを意味します。
たとえば、5月25日までに代金の支払いを命じられている場合に、特別な事由や連絡・相談などがなく、この期日を過ぎても代金が支払われていないときに履行遅滞が発生しているとみなされます。

また、売買契約において、代金を支払ったにもかかわらず、売主が物件を引き渡さない場合も履行遅滞にあたります。
履行遅滞の要件は、一般的には次のとおりとされています。
 ・債務が履行期に履行可能であること
 ・履行期を徒過したこと
 ・履行期に履行しないことが違法であること(言い換えると、法律上の正当な理由がないこと)
 ・履行が遅れていることが、債務者の責めに帰すべき事由に基づくこと 』(2024年8月18日)

S:宅建試験の場合は、上の「履行遅滞の要件」まで、覚える必要はないですが、「履行期を徒過したこと」つまり、そもそも履行期を過ぎているのか? は、問われてますね。

先ほどの「自転車」の例は、「期限の定めのない債務」(履行時期を決めていなかった)でしたが、ほかに

◎不確定期限付きの債務=これは、宅建過去問2020年12月問4(1)

『(1)債務の履行について不確定期限があるときは、債務者は、その期限が到来したことを知らなくても、期限到来後に履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負う。』(正)

履行遅滞になるのは、問の文のとおり「履行の請求をうけたとき」か、「(債務者が)期限が到来したことを知ったとき」の、いずれか早い方です。

◎停止条件付の債務=宅建過去問2003年問2の本文が、

『Aは、Bとの間で、B所有の不動産を購入する売買契約を締結した。ただし、AがA所有の不動産を本年12月末日までに売却でき、その代金全額を受領することを停止条件とした。』

と、停止条件の例になります。

P:もし、期限(上の例では12月末)までにAの不動産が売れて、売却代金が手に入ったら、Bの不動産を買うけれど、売れなかったら買えません…という約束なわけですね?

S:そうです。今後、S家の「住み替え」のときも、この「停止条件付」にして、今の家が売れたら、新居を購入するつもりです。

ちなみに、「停止条件付の債務」が履行遅滞になるのは、「債務者が条件の成就を知った時」です。 ※補足3

いずれのケースでも、債務者が債務の履行期限を過ぎたことを、「知った」「知らされた(請求を受けた)」「知ってて当然(確定期限)」となると、履行遅滞になるわけです。

P:…小学生の9月1日(夏休みの宿題!)とか、中学生の「卒業文集」の原稿提出締め切り日を思い出しました…。

4-2)履行不能

S:「履行遅滞」が、生成AIの説明では、『債務不履行の一種で、債務者が履行することが可能であるにもかかわらず、履行しないこと』だったのに対して、「履行不能」は文字通り、なんらかの理由で『債務者が履行できない』ケースです。

P:ぼくが友人(Q)から自動車を買う約束をしていたら、ゲリラ豪雨による道路冠水で車が水没、買えなくなった…というイメージで合ってますか?

S:はい。民法では、

 『第412条の2
① 債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるときは、債権者は、その債務の履行を請求することができない。
② 契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であったことは、第415条の規定によりその履行の不能によって生じた損害の賠償を請求することを妨げない。』

とあって、いまPくんがあげた例は、①にあてはまりますので、債権者Pくんは、友人Qくん(債務者)に自動車を引き渡せとは言えないわけです…そもそも言わないでしょうが。

 

一方で、もしQくんの車が、実は契約の前から冠水していてそもそも動かない状態だったときは、②(原始的不能)により、PくんはQくんへ、損害賠償を請求できる場合があります。

ここは、宅建過去問2020年12月問4(4)にも

 『(4)契約に基づく債務の履行が契約の成立時に不能であったとしても、その不能が債務者の責めに帰することができない事由によるものでない限り、債権者は、履行不能によって生じた損害について、債務不履行による損害の賠償を請求することができる。』(正)

と出題されました。損害賠償請求について詳しくは、次回で。

4-3)履行遅滞中に履行不能になった場合

S:4-2)「履行不能」と、「履行遅滞」とがミックスされた出題が、宅建過去問2020年12月問4の(3)です。

『(3)債務者がその債務について遅滞の責任を負っている間に、当事者双方の責めに帰することができない事由によってその債務の履行が不能となったときは、その履行不能は債務者の責めに帰すべき事由によるものとみなされる。』(正)

P:ぼくの例でいえば、8月10日に自動車をQくんから引き渡してもらう契約だったが、Qくんがお盆過ぎの8月20日に渡すと言って帰省、19日に豪雨で車が冠水…ということですね。

この場合は、Qくんに責任があると。

4-4)受領遅滞

S:そうです。

逆に、宅建過去問2020年12月問4(2)は、

『(2)債務の目的が特定物の引渡しである場合、債権者が目的物の引渡しを受けることを理由なく拒否したため、その後の履行の費用が増加したときは、その増加額について、債権者と債務者はそれぞれ半額ずつ負担しなければならない。』(誤)

と、債権者が「債権者が目的物の引渡しを受けることを理由なく拒否」した、受領遅滞と呼ばれるケースです。

もしPくんがQくんからの自動車の引渡しを、「まだお金の都合がつかない」と拒んだために、Qくんの駐車場代が1ケ月分余分にかかったとすれば、民法413条②の ※説明のため、P、Qを追加

『第413条 ②債権者Pが(Qの)債務の履行(自動車引き渡し)を受けることを拒み、又は受けることができないことによって、その履行の費用が増加したときは、その増加額は、債権者Pの負担とする。』

によって、Pくんが余分な駐車場料金を払うことになります。

P:…ぼくのせいなので、やむを得ないですね。

S:一見すると、条文は分かりにくく感じると思いますが、宅建試験では、条文の言い回しどおりの出題のことがけっこう多いので、慣れてください。

今回例にあげた、宅建過去問2020年12月問4については  ↓

 

 

P:次回は、「債務不履行」による「契約解除」・「損害賠償請求」を予定しています。また、「債務不履行」の後は、「危険負担」、「他人物売買」そして、またまた「民法改正2020」に触れるとのことです。

 

補足1 大都市圏の若い共働き世代では、夫婦でペアローンを組むケースも多いそうで。

その場合、夫婦の片方が、病気などで働けなくなったら、ローンの返済がきびしくなります。

なので、下記のようなサービスが、今年からスタートしたそうです。

 

※2 

判例(最判昭和36年11月21日)では、 相当期間経過時の不履行の部分が数量的にわずかである場合や、付随的な債務の不履行に過ぎない場合については、 契約解除を認めない 

 

※補足3 「停止条件」が分かりにくいと思った方は ↓

 

 

【BGM】

S選曲:福山雅治 「虹」

P選曲:安全地帯(玉置浩二) 「夏の終わりのハーモニー」