※宅建Tシリーズと「基本テキスト」については「序章」をご覧ください。
序) 民法の改正と宅建試験勉強での条文の位置づけ
P:Sさんは、今年度(24年10月)の宅建試験受験は、見送ったわけですが、来年度の受験を目指して引き続き「民法」の記事を順次リリース予定とのことです。
で、このタイミングで下記の法務省作成の資料(以下、2020年改正資料)の中身を紹介する理由は?
「民法(債権関係)の改正に関する説明資料」
https://www.moj.go.jp/content/001259612.pdf
S: 民法の改正自体は、2020年以降も、昨年(2023年)、今年(2024年)と行われていて、本シリーズでも関連した項目には、触れています。
その中でも2020年改正では、宅建17からの記事(契約・債務不履行)に関連の深い内容が含まれています。
「売主の瑕疵担保責任」や「連帯債務」など、当シリーズでまだ説明していない項目も多いですが、いったん「契約」や「弁済」の関連事項について、条文レベルで再確認や補足をしておこうというねらいもあります。
P: このTシリーズも20回を超えて、初期のころよりも、民法の「条文」や宅建試験の「過去問」を説明する割合が増えたように思いますが?
S:最初のころは、大学の教養科目で残念ながら「法学入門」を受講できなかったPくんに、「基本テキスト」をベースに、なるべく分かりやすい説明を…と心がけていたんですが、近年の宅建試験(民法)の出題を見ると、
(2023年・問4 不動産取引推進機構HPより)
のように、そもそも問題文が、少なくとも民法の条文の「単語(専門用語)」は理解していないと、読み解けない内容なので「基本テキスト」には目を通している前提で、そこから宅建試験合格レベルまでの段差を埋めるような説明をしていきたいと思ってます。
P:段差というより、ボルダリングのカベのように思えるのは、筆者だけでしょうか?
上の問題も、「弁済」は前回記事で取り上げ、「相殺」(そうさい)も一般常識…”おあいこ”ってことでは知ってますが、「期限の利益」などは初耳です!
S: 生成AI(Google gemini)に、「民法 期限の利益とは」で尋ねたら、
『民法における期限の利益とは、債務者が定められた期限まで返済や代金の支払いをしなくてもよいという権利(利益)です。
民法第136条第1項では「期限は、債務者の利益のために定めたものと推定する」と定められています。
期限の利益は、次のような場面で生じます。
売買契約を締結する際に「月末にまとめて支払う」などの条項を設けた場合
住宅ローンを借り入れた場合
借金の分割返済を合意した場合
期限の利益は、債務者にとって大きな利益ですが、契約どおりに返済を行わないと期限の利益を喪失して、債務の一括返済を求められる可能性があります。
期限の利益は放棄することもできますが、これによって相手方の利益を害することはできません。
また、債務者は、破産手続開始の決定を受けたときや担保を滅失させたときなどには、期限の利益を主張することができません。』(24年9月29日)
この知識があれば、上の問題の肢アは、解けますよね?
P:肢アでは、
A →甲債権(弁済期の定めがない)→ B
B →乙債権→ A ※Aが期限の利益を放棄した
「弁済期の定めがない債権」は、宅建11(消滅時効)で、消滅時効がすぐにスタートすることは聞きました。
つまり、甲債権には「期限の利益」がないので、AがBに「甲債権を返して」といえば、Bはすぐに返済しなければならない。
乙債権は、Aが「期限の利益」を放棄したので、AはBにすぐ返せる状態にある。
なので、相殺OKということですよね?
S:Pくんも検索で、宅建Tシリーズの過去の知識をチェックした上での回答でしたが、この肢アのポイントは、
「弁済期の定めがない債権」には「期限の利益」がない=AはBにすぐ甲債権を返せと請求できる
ということで、これに気付けば、肢イ,ウも解けますね。
肢イ 弁済期が到来している甲債権と、弁済期の定めのない乙債権
肢ウ 弁済期の定めのない甲債権と、弁済期が到来している乙債権
P:肢ウは、肢アと状況がほぼいっしょで
A →甲債権(弁済期の定めがない)→ B ※AはBに甲債権の返済※AはBに甲債権の返済を言える
B →乙債権(弁済期が到来)→ A ※BはAに乙債権の返済を言える
そして、肢イは、
A →甲債権(弁済期が到来)→ B ※AはBに甲債権の返済を言える
B →乙債権(弁済期の定めがない)→ A ※BはAに乙債権の返済※AはBに甲債権の返済を言える
肢イ,ウとも相殺OKです。
S:そうですね。逆に、相殺できないのが、肢エで、
A →甲債権(弁済期が到来していない)→ B
の段階で、Bは「期限の利益」を主張して、Aの相殺の要求を拒めます。 ※補足1
A)改正の狙いが分かれば、試験問題も解けるようになる?
A-①相殺:505条
S:ちなみに「相殺」に関する民法の条文のうち、505条(2項)も2020年改正された箇所です。
『1項 二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。
2項 前項の規定にかかわらず、当事者が相殺を禁止し、又は制限する旨の意思表示をした場合には、その意思表示は、第三者がこれを知り、又は重大な過失によって知らなかったときに限り、その第三者に対抗することができる。』
P: 第1項は、ぼくの知ってる「相殺」を、法律的に表現すると、こうなるんだ~という見本みたいな文章ですね!
S:第2項は当事者、先の過去問の例でいえば、AとBとの間に相殺禁止の特約があったとして、それをBの債権を譲り受けた第3者Cに対して、Aは対抗できるか?
もし、第3者Cが特約の存在を知っていたか、または重大な過失によって知らなかったときは、AはCに対抗できる(相殺を拒める)ということです。
P:宅建17の「詐欺」では、『詐欺の被害者であるXが、注意すれば詐欺の事実を知ることができた(過失がある)Zに負けてしまうという結論は、不合理ではないかと考えられ、今回改正がされた』とありましたが「相殺禁止」の場合は、第3者Cに「重過失」があれば、対抗できないんですね。
S:宅建18の「B-2)重大な過失」でも、錯誤の場合の「重大な過失」について、取り上げました。
何度でも言いますが、裁判/法律は「天秤」=当事者間のバランス(公平)なんですが、重りは時代によって変化していきますので、民法もいろいろと改正されるわけです。
505条の「重大な過失」の具体例や、相殺に関するほかの改正については、下記リンク先をご覧ください。
A-② 債権譲渡
解説のため、譲渡人A(旧債権者)、債務者B、譲受人(新債権者)Cとします。
図:2020年改正資料27ページより
P: 問6の肢2が、あ)債権譲渡の対抗要件ですね。
基本テキストでは、譲受人Cが債務者Bに対抗するには、
・譲渡人Aから、Cへの通知
・Bの承諾
のどちらかがあれば、Cは債権譲渡を、Bに対抗できる…としていますが、肢2は「その意思表示のときに債権が現に発生していない」というひねりが加わっていますね!
S: ここは、民法の条文をしらなくても、医療業界関係者なら「(将来の)診療報酬の債権化」として常識なんですが…。 ※補足2
実は、ここも2020年改正の箇所で、将来債権の譲渡が可能であることをはっきり示す条文466条の6
①債権の譲渡は、その意思表示の時に債権が現に発生していることを要しない。
②債権が譲渡された場合において、その意思表示の時に債権が現に発生していないときは、譲受人は、発生した債権を当然に取得する。(③は略)
が追加されました。
P: 続いて、肢4が、い)二重譲渡についてですね?
問題文の「債務者その他の第三者」というのは、譲渡人Aが、C以外にも、第三者Dにも二重譲渡したと。
その場合、譲渡した旨の通知(A→C)や(Bの)承諾は、確定日付のある証書でないと、Cは「債務者(B)やその他の第三者(D)」に対抗できない。
あれ? 前回(宅建23)の「弁済」ででてきた確定日付のある証書ですね?
S: 前回は、2011年の過去問(問5)で、この「確定日付のある証書」を取り上げました。
ちなみに、今回の場合、もしAもが、CにもDにも通知をしていたら、先に通知を受け取った方(到達日の早い方)が、優先されます。
P: 宅建07では、不動産(物権)の対抗問題について聞いて、登記の「早い者勝ち」と理解したんですが、債権の場合も「早い者勝ち」というわけですね。
S: 実は、ここも2020年改正で変更された箇所に関連します。
けっこう、民法の基本的な考え方に触れる部分なので、次章B)で,「民法の発信主義と到達主義」を説明します。
いったん、話を戻すと、次はう)「債権譲渡禁止特約」についてです。
P: 肢1と肢3に、「譲渡制限の意思表示がされた債権」とありますね。
S: 基本テキスト(213ページ)では、「債権譲渡禁止特約」と書いています。
今回の場合だと、AとBとの間で、「Aは、他人にはBに対する債権を売らない」約束をしたということですね。
P:すると、肢3のケース、
「債権の譲受人Cが、その意思表示がされていたこと(特約)を知っていたときは、債務者Bは、その債務の履行を拒むことができ、
かつ、譲渡人Aに対する弁済その他の債務を消滅させる事由をもって譲受人Cに対抗することができる。」
の、前段は、債権の譲受人Cが特約の存在を知っていた(=悪意)ので、先の「相殺」と同様に考えれば、債務者Bは、債務の履行を拒めると思います。
後段も、元々、債務者Bが債務者Aに返済する約束だったわけですから、Aに弁済したら債務はなくなってOKだと思います。
S: 条文をしらなくても、今のPくんの考え方で、肢3のケースの正誤は判断できたと思いますが、民法466条3項に規定されています。
466条は、他項も一読しておいた方がよいと思い、載せました。
『第466条
(1) 債権は、譲り渡すことができる。ただし、その性質がこれを許さないときは、この限りでない。
(2)当事者が債権の譲渡を禁止し、又は制限する旨の意思表示(以下「譲渡制限の意思表示」という。)をしたときであっても、債権の譲渡は、その効力を妨げられない。
(3) 前項に規定する場合には、譲渡制限の意思表示がされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかった譲受人その他の第三者に対しては、債務者は、その債務の履行を拒むことができ、かつ、譲渡人に対する弁済その他の債務を消滅させる事由をもってその第三者に対抗することができる。
(4) 前項の規定は、債務者が債務を履行しない場合において、同項に規定する第三者が相当の期間を定めて譲渡人への履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、その債務者については、適用しない。』
P: 宅建試験問題文の 「譲渡制限の意思表示がされた債権」は、やはり466条を知らないと、 面食らうと思いました…。
S: 466条3項は、『譲渡制限の意思表示がされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかった譲受人』なので、いずれは「過失があったC」で問われるかもしれません。
そして、肢1については、文末に、466条~466条の6までの条文を掲載しましたので、「466条の2」をご覧いただくと、正誤が判断できると思います
P: ここにも
「(2) 前項(466条の2の1項)の規定により供託をした債務者は、遅滞なく、譲渡人及び譲受人に供託の通知をしなければならない。」
と、通知がでてきますね。
B)民法の「発信主義」と「到達主義」
S: 「通知」については、いまはインターネットがありますが、私が学生だった80年代は、電話も学生だと公衆電話を利用するのが普通でした。
P :筆者の大学生時代で、ようやくガラケー(Toshiba製)をバイト代でなんとか買えるくらいでしたからね。
S:そして、民法には、「隔地者」という概念がありまして、
『意思表示が到達するまでに時間を要する者を「隔地者」と、要しない者を「対話者」という。
空間的な距離ではなく時間が判断の基準となるため、電話の相手方は対話者となる。』(2020年改正資料52ページ)
で、手紙(郵便)はどちらでしょうか?
P: 当然、隔地者です。
S: 隔地者間の契約について、改正前は、「発信主義」(契約の当事者が承諾通知を発信した時に契約が成立)を採用していました。
それが、2020年改正で、「到達主義」(相手方に承諾通知が到達した時に契約が成立)に変更されました。
というか、発信主義を取っていた旧法の条文を削って、
(意思表示の効力発生時期等)
97条 『意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。』
が、適用されるようにしたんですよ。
P: あれ? 97条の前と言えば、宅建17で取り上げた
96条 『詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。(後略)』
でしたよね。
S:「契約」も意思表示なので。
詐欺や強迫なども含めて、97条の「到達主義」の概念が、直接、宅建試験の民法で問われことはないと思いますが、宅建業法・「不動産取引の電子化」(出題例:23年問26)や、ネット購入に欠かせない「電子消費者契約法」などとの関連で、覚えておくと良いでしょう。
P:次回(宅建25)は、「契約不適合責任」、そして次々回は24年度宅建試験後となるので、「24年試験の出題について」(不動産取引推進機構が令和6年度問題を公表後)を予定しています。
S: 契約不適合責任(旧・瑕疵担保責任)も、2020年改正に関わってますよ。
【補足】
※1 この2023年・問4がややこしく感じた方は、下記解説記事を参考にしてください ↓
※2 生成AIに「診療報酬 債権譲渡」できいたら、
『診療報酬債権の譲渡とは、医療機関が診療報酬債権を第三者に移転する行為です。診療報酬債権の譲渡には、次のような方法があります。診療報酬債権ファクタリング、診療報酬債権の譲渡担保、 診療報酬債権流動化。
診療報酬債権ファクタリングは、医療機関が診療報酬債権をファクタリング会社に売却して資金を調達する方法です。診療報酬債権は、支払基金や国民健康保険団体連合会などから支払われるため、不払いになる可能性が低く、安全性の高い債権とされています。』(24年10月5日)
【参考条文 民法第466条~466条の6】 e-Gov法令検索より
第四百六十六条 債権は、譲り渡すことができる。ただし、その性質がこれを許さないときは、この限りでない。
2 当事者が債権の譲渡を禁止し、又は制限する旨の意思表示(以下「譲渡制限の意思表示」という。)をしたときであっても、債権の譲渡は、その効力を妨げられない。
3 前項に規定する場合には、譲渡制限の意思表示がされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかった譲受人その他の第三者に対しては、債務者は、その債務の履行を拒むことができ、かつ、譲渡人に対する弁済その他の債務を消滅させる事由をもってその第三者に対抗することができる。
4 前項の規定は、債務者が債務を履行しない場合において、同項に規定する第三者が相当の期間を定めて譲渡人への履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、その債務者については、適用しない。
(譲渡制限の意思表示がされた債権に係る債務者の供託)
第四百六十六条の二 債務者は、譲渡制限の意思表示がされた金銭の給付を目的とする債権が譲渡されたときは、その債権の全額に相当する金銭を債務の履行地(債務の履行地が債権者の現在の住所により定まる場合にあっては、譲渡人の現在の住所を含む。次条において同じ。)の供託所に供託することができる。
2 前項の規定により供託をした債務者は、遅滞なく、譲渡人及び譲受人に供託の通知をしなければならない。
3 第一項の規定により供託をした金銭は、譲受人に限り、還付を請求することができる。
第四百六十六条の三 前条第一項に規定する場合において、譲渡人について破産手続開始の決定があったときは、譲受人(同項の債権の全額を譲り受けた者であって、その債権の譲渡を債務者その他の第三者に対抗することができるものに限る。)は、譲渡制限の意思表示がされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかったときであっても、債務者にその債権の全額に相当する金銭を債務の履行地の供託所に供託させることができる。この場合においては、同条第二項及び第三項の規定を準用する。
(譲渡制限の意思表示がされた債権の差押え)
第四百六十六条の四 第四百六十六条第三項の規定は、譲渡制限の意思表示がされた債権に対する強制執行をした差押債権者に対しては、適用しない。
2 前項の規定にかかわらず、譲受人その他の第三者が譲渡制限の意思表示がされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかった場合において、その債権者が同項の債権に対する強制執行をしたときは、債務者は、その債務の履行を拒むことができ、かつ、譲渡人に対する弁済その他の債務を消滅させる事由をもって差押債権者に対抗することができる。
(預金債権又は貯金債権に係る譲渡制限の意思表示の効力)
第四百六十六条の五 預金口座又は貯金口座に係る預金又は貯金に係る債権(以下「預貯金債権」という。)について当事者がした譲渡制限の意思表示は、第四百六十六条第二項の規定にかかわらず、その譲渡制限の意思表示がされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかった譲受人その他の第三者に対抗することができる。
2 前項の規定は、譲渡制限の意思表示がされた預貯金債権に対する強制執行をした差押債権者に対しては、適用しない。
(将来債権の譲渡性)
第四百六十六条の六 債権の譲渡は、その意思表示の時に債権が現に発生していることを要しない。
2 債権が譲渡された場合において、その意思表示の時に債権が現に発生していないときは、譲受人は、発生した債権を当然に取得する。
3 前項に規定する場合において、譲渡人が次条の規定による通知をし、又は債務者が同条の規定による承諾をした時(以下「対抗要件具備時」という。)までに譲渡制限の意思表示がされたときは、譲受人その他の第三者がそのことを知っていたものとみなして、第四百六十六条第三項(譲渡制限の意思表示がされた債権が預貯金債権の場合にあっては、前条第一項)の規定を適用する。
【BGM】
S選曲:山下達郎 「街物語」
P選曲:ONE OK ROCK 「Whereever You are」