※宅建Tシリーズと「基本テキスト」については「序章」をご覧ください。
A)時効の進行を止めるには
P: 取得時効・消滅時効とも、時効の進行を止める手段があるそうですね。
S: 音楽プレーヤーでいえば、一時停止ボタンのような「 時効の完成猶予」と、時効の進行がリセット、つまり最初に戻る「時効の更新」があります。
P: 具体的には、どうすればいいのですか?
S: 方法は3つあります。
①(裁判上の)請求
② 催告(さいこく)
③ 相手方の承認
ふだんの生活で「裁判」はあまりなじみがないと思いますので、まずは宅建の過去問から。
A-①)(裁判上の)請求
P: 前回(宅建10)の文章末で予告した、2020年12月問5ですかね?
S: そちらもあとで触れますが、ここは、2019年問9
『AがBに対して金銭の支払を求めて訴えを提起した場合の時効の更新に関する次の記述のうち、民法の規定及び判例によれば、誤っているものはどれか。』
を例にします。
選択肢1.~4.は次の通りです。
1.訴えの提起後に当該訴えが取り下げられた場合には、特段の事情がない限り、時効の更新の効力は生じない。
2.訴えの提起後に当該訴えの却下の判決が確定した場合には、時効の更新の効力は生じない。
3.訴えの提起後に請求棄却の判決が確定した場合には、時効の更新の効力は生じない。
4.訴えの提起後に裁判上の和解が成立した場合には、時効の更新の効力は生じない(誤)
P: Aが、裁判所に訴えを提起した。までは分かりましたが…。誰が? 何を? の説明は一切ない問題文ですね!
S: 「意訳」すると
1.Aが訴えを取り下げたら、時効はリセットされるか?
2.裁判所が訴えを却下する判決をしたら、時効はリセットされるか?
3.裁判所が請求棄却の判決をしたら(=Aの敗訴)、時効はリセットされるか?
4.AとBとの間で「裁判上の和解」が成立したら、時効はリセットされるか?
ですが、上でも、たぶんPくんは、
・訴えの却下と、請求の棄却の違い ※補足1
・「裁判上の和解」
あたりでひっかかると思います。
P: そのとおりです!
A-①-1 訴えの却下と請求の棄却
S: まず「訴えの却下と請求の棄却」の違いですが、「訴えの却下」は、そもそも訴えの要件にあてはまらないと、裁判所がAの訴えを門前払いするものです。
一方、請求棄却は、裁判所が「Aの請求(BはAに金を払え)を検討はしたけど、認めない」と判断したものです。
どちらも、裁判所からNoと言われたわけで、このNoと言われた時点から6か月間、時効の完成が猶予されます。
ちなみに、肢1.の、Aが訴えを取り下げた時も、同じく6か月間、完成猶予されます。
P: Aが自ら訴えを取り下げてもですか?
S: 訴えの提起をした時点で、一時停止ボタンが押されて、その後肢1.~3.などの理由で、Aが勝訴にはならなくても、さらに6か月は一時停止ボタンが押されたまま~というイメージですね。その間に、Aは時効の完成を阻止する、別の手段をとることもできます。
A-①-2 裁判上の和解とは
「裁判上の和解」は、生成AI(Google Gemini)に聞いたら
『裁判上の和解とは、訴訟中に当事者が互いに主張を譲歩して、権利関係を認め訴訟を終了させる合意をすることです。
民事訴訟法第267条に規定されており、裁判官の面前において裁判の期日において行われます。
和解が成立すると、裁判所書記官がその内容を記載した和解調書を作成し、和解調書は確定判決と同一の効力を有します。』(24年5月19日)
でした。「確定判決と同一の効力」の部分がポイントで、いったんAが勝訴したり、この例のように和解調書で「BはAに金を払え」が認められると、Bの債務の消滅時効は、確定判決の時点からまたスタートします。
P: たとえば、Bの借金が、本来は24年1月に消滅時効で消えてしまうはずだったが、裁判の間は時効が完成猶予、24年6月にAの勝訴になったら、24年6月から消滅時効がまたゼロからカウントされる(時効の更新)わけですね?
S:はい。
確定判決によって確定した権利の消滅時効期間は、確定日の翌日から10年間です。
この10年間という数字は、民法169条1項に規定されています。※補足2
そして、どうせPくんから、「確定判決と同一の効力を有するもの」ってほかにもあるんですか? と聞かれると思いまして、生成AI(Google Gemini)に、「確定判決と同一の効力を有するものとは」と質問したら、
『確定判決と同一の効力を有するものは、裁判上の和解や請求の放棄、認諾、民事調停、仮執行宣言を付した支払督促などです。』(24年5月19日)
の回答でした。
P:さらに?? が増えたんですが…。
S: 宅建試験の対策上は、このあたりはあまり深入りせず、宅建で過去に出たものを理解しておけばよいでしょう。
たとえば、「仮執行宣言を付した支払督促」は、2009年問3肢1で出題されてます。
ただし、下記の解説ページでは『支払督促については気にしないのが得策』ともありますので、過去問対策といっても、繰り返し出題されたり、直近5年以内に出題された事項を優先した方がよいと思います。
A-② 催告(さいこく)
S:そして、ちょうど2009年問3肢2『Aが、Bに対する賃料債権につき内容証明郵便により支払を請求したときは、その請求により消滅時効は更新される。』(誤)が、「催告」です。
P:文字どおり「催促を告げる」という意味ですかね?
S: 大まかにいえばそうです。ここも、生成AI(Google Gemini)に、「催告とは」で聞いたら
『催告(さいこく)とは、相手に対して一定の行為を要求することです。
催告をして相手が応じない場合に、一定の法律効果が生じます。
催告には、大きく次の2つの場合があります。
①債務者に対して債務の履行を請求すること
②無権代理者等の行為を追認するかどうか確答を求めること
催告の手段には法律上特別な決まりはありませんので、口頭でも行うことができます。しかし、口頭での催告では、催告をしたという証拠が残りませんので、催告をする場合には、配達証明付きの内容証明郵便を利用して行うのが一般的です。』(24年5月19日 ①、②は説明のため付加 ※補足3)
と、きっちり肢2の「配達証明付きの内容証明郵便」にまで、言及してますね。
P: 肢2は、どこが誤りなんですか?
S: 「消滅時効は更新」ではなく、「完成猶予」つまり、A-①-1 と同じく6か月間、時効の完成が猶予されます。
裁判所が下す確定判決が時効のリセットという強い効果を持つのに対して、私的な「催告」にそんな強い効果を持たせるわけないですよね?
A-③ 相手方の承認(権利の承認、債務の承認)
P: そして、冒頭でPくんが気にしていた過去問、2020年12月問5
の肢3 『権利の承認があったときは、その時から新たに時効の進行が始まるが、権利の承認をするには、相手方の権利についての処分につき行為能力の制限を受けていないことを要しない。』(正)が、相手方の承認です。
民法の条文152条
『①時効は、権利の承認があったときは、その時から新たにその進行を始める。
②前項の承認をするには、相手方の権利についての処分につき行為能力の制限を受けていないこと又は権限があることを要しない。』
の①ですね。
ちなみに、この肢3では「時効の更新」プラス「制限行為能力者が承認した場合でも時効は更新されるのか?」について問われていますが、こちらは152条②です。
ただし、次回以降のテーマ「代理/制限行為能力者)」と深くかかわっていますので、その時また取り上げます。
P: 前回記事(宅建11)の最後では、『消滅時効が完成したことをQくんが知らないで、Pくんへ「次の給料日に払う」と言ったあとは、QくんはPくんに対する「時効の援用(えんよう)」ができなくなります。』とありましたが、この「債務の承認」では、Sさんの言う「強い効果」=「時効の更新」=時効のリセットができるわけで、その違いとは?
S: 前回と同じく、Pくん(債権者)がQくん(債務者)へ1万円を貸した例で考えてみましょう。
今回は、消滅時効の完成前か? 後か? の区別が重要ですので、2019年1月10日に、発生した貸金債権(1万円)だとします。
前回記事で、債務者Qくんは「(消滅)時効の完成前には、時効の利益を放棄できない」と説明しましたよね。
現時点(24年5月)で、消滅時効は完成していますので、QくんはPくんに対して
・時効の援用 →消滅時効で、そもそも債務は消滅している(返す必要ないよね)
・時効の利益の放棄 →時効の利益の放棄(ごめん、すっかり忘れてた。次の給料日にお金を返すよ)
のどちらかの返事ができます。
一方で、消滅時効の完成前の2022年お正月のQくんからの年賀状に、「コロナ騒動でなかなか会えないけど、今度会ったときに、以前借りた1万円は返すよ」と書いてあれば、民法152条の「債務の承認」になりますので、消滅時効がリセットされ、2022年1月から新たな消滅時効が進行します。
P:つまり、新たな消滅時効は、2027年1月に完成するわけですね。
S:そうです。
宅建試験では、消滅時効の完成後の「時効の援用」の方が、主に出題されているようなので、「何が債務の承認にあたるか? 」は、基本テキスト36ページの説明の範囲の理解で良いと思います。
B)取得時効の中断
S: 宅建10(取得時効)で、2022年(令和4年)問10の肢2について、予告していました。
P: 取得時効の要件に「占有の継続」とありましたから、肢2のケースでBが甲土地の占有をEに奪われたら、取得時効は少なくともストップ(一時停止)。もしくは、Bが再占有した時点からまた、取得時効が進行するんでしょうか?
S: 民法164条に簡潔に
『第162条の規定による時効(注:取得時効)は、占有者が任意にその占有を中止し、又は他人によってその占有を奪われたときは、中断する。』
とあります。
さらに、民法203条の条文には、
『占有権は、占有者が占有の意思を放棄し、又は占有物の所持を失うことによって消滅する。ただし、占有者が占有回収の訴えを提起したときは、この限りでない。』
とありますので、このケースでは
Bが甲土地の占有をEに奪われた →Bの占有権が消滅 →Bの取得時効はリセット
P:「取得時効の中断」という言い方だと、一時停止かな? と思いますよね~?
S: 実は、203条の後半(ただし以降。但書と呼ばれる)が、この肢に関わる重要ポイントです。
今度は、但書の箇所を太字にしますね。
『占有権は、占有者が占有の意思を放棄し、又は占有物の所持を失うことによって消滅する。ただし、占有者が占有回収の訴えを提起したときは、この限りでない。』
これも有名な最高裁の判例(昭和44年12月2日)がありまして、
『民法203条但書は、占有を奪われた者が、占有回収の訴を提起して勝訴し、現実にその物の占有を回復した場合に、占有の継続を擬制する趣旨と解するのが相当である。』
これを肢2のケースに当てはめると、
Bが甲土地の占有をEに奪われた →本来はBの占有権が消滅 →ただし、Bが裁判所に占有回収の訴を提起したときは、占有権は消滅しない(民法203条但書)→Bが占有回収の訴に勝訴して、現実に甲土地の占有を回復した場合は、占有はずっと続いていたものとみなされる(最高裁の判例 昭和44年12月2日)。
P: つまり、肢2の「(Bが)Eに占有を奪われていた期間も(取得)時効期間に算入される」は正しいわけですね。
S: そうです。
ちなみに、占有回収の訴えは、占有を奪われてから1年以内に提起しなければなりません(民法201条3項)。
C)「時効」を敵にするのも、味方にするのも自分次第
P: さすがに、時効関連の制度では「期間/時間/期限」の縛りがいろいろありますね!!
S: 実は、法律関連の有名な格言のひとつに、「権利の上に眠るものは保護に値せず」と言うのがありまして、たとえば上の「占有を奪われた」状態だったら、「のんびり1年以上も手をこまねいて、何もしないのか? さっさと占有の回収の訴えを起こして、取り戻す努力をせよ」ということですね。
取得時効・消滅時効とも、時効の進行を止めたり、リセットする手段は、本記事で紹介したようにいろいろありますので、自分の権利は自分で守る、勝ち取る努力をせよ!! というのが、上の格言の意味ですね。
P: 筆者の知ってる法格言は「目には目を、歯には歯を」ですけど…。
S: さすがに数千年前のハムラビ法典と現代法を同列にするのは無茶ですが、ちょうど私が、学生時代(民法専攻)に、19世紀ドイツの法学者イェーリングについて、レポートを書いたことがありまして、
上の著書「Der Kampf ums Recht(権利のための闘争)」の有名な序文が「法の目標は平和であり、それに達する手段は闘争である」です。
ドイツ語のKampfは、下のnoteによれば、「戦場」とか「決闘」のイメージがあるようで、「闘争」というよりは、自分の権利を守るためには、(合法的に)立ち向かう努力をせよ! という意味あいが強いと思います。 ※補足4
P: 次回からは、「代理」プラス「制限行為能力者」についての解説です。
S: とくに、超高齢化社会では、認知症の方(制限行為能力者)の代理人の役割が重要になります。さらに、不在者の法定代理人(不在者財産管理人)などもあわせて取り上げる予定です。
・補足1 生成AI(Google Gemini)に、「訴えの却下と請求の棄却の違い」について質問したら、
『訴えの却下とは、訴訟要件を満たしていない不適法な訴えとして、内容が審理される前に退けられることをいいます。一方、請求の棄却とは、訴訟要件を満たし訴えは適法であるところ、請求の理由が認められず、消極の判断がされる場合です』(24年5月18日)
でした。「消極の判断」って?
「終局」ならまだしも…とのSさんのコメントでした。
・補足2 民法第169条 条文
① 確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって確定した権利については、10年より短い時効期間の定めがあるものであっても、その時効期間は、10年とする。
② 前項の規定は、確定の時に弁済期の到来していない債権については、適用しない。
・補足3 生成AIの「催告」についての説明に出てきた、『 ②無権代理者等の行為を追認するかどうか確答を求めること』は、次回以降で取り上げる「代理」で触れる予定だそうです。
補足4 Sさんの基本姿勢(Kampf)のルーツは、大学生時代にさかのぼるんですね~! 納得です。
【BGM】
S選曲:ローラ・ブラニガン「Self Control(Moreno J Remix)」
P選曲:London Beat 「I've been thinking about You」
【写真】提供:Pixabay