※宅建Tシリーズと「基本テキスト」については「序章」をご覧ください。

A)成人の制限行為能力者と法定代理人

P: 前回(宅建13)の未成年者の法定代理人に続いて、今回は成年(成人)の制限行為能力者についてですね?

S:そうです。ちょうど、2022年の宅建試験・問3で出題されています。

P: この問題文だけでも、成年後見人、後見監督人、成年被後見人、保佐人、被保佐人と、いろいろ登場しますね~。

S:未成年者の法定代理人と違って、成年の制限行為能力者の法定代理人には、精神上の障害の程度により、3種類あります。

程度の重い方から、

  成年被後見人(本人) ⇔ 成年後見人(法定代理人)

  被保佐人       ⇔ 保佐人

  被補助人       ⇔ 補助人

です。 ※補足1

成年後見監督人については、生成AI(Google gemini)が

『成年後見監督人とは、民法で定められた制度に基づき、家庭裁判所によって選任される成年後見人の監督を行う人のことです。後見監督人は、後見人が適切に職務を遂行しているかをチェックし、問題があれば家庭裁判所に報告します。

(中略)成年後見監督人は、本人やその親族、成年後見人の請求があった場合のほか、家庭裁判所が職権で選任する場合があります。特に、財産管理の規模が大きい場合、たとえば預貯金の金額や収入の額が多い場合などに選任されることが多く、近年は不正案件の減少傾向に一役買っていると言われています。』(24年6月1日)

の回答でした。

P:文字どおり「成年後見人」を監督する、お目付け役のような人なんですね。 ※補足2

S:宅建試験のための基礎知識としては、未成年者も含めた4種の制限行為能力者の法定代理人が、それぞれ

  同意権、追認権、取消権、代理権

を持っているかどうか? は、まず押さえておきましょう。※補足3

未成年者の法定代理人(親権者)については前回説明しましたので、復習をかねて、Pくん

  同意権、追認権、取消権、代理権

をもっているかどうか? 答えてください。

あ、前回記事を読みながらでOKですよ。

P:代理権は当然、あり。同意・取消・追認権も、例外は除くとして「あり」ですね。

S:そうでしたね。

ところが、成年後見人には「同意権」がありません。

P: え? 成年後見人が同意しなくても、成年被後見人は買い物できるわけですか?

S:成年被後見人は、障害の程度が重いので、その分、手厚く保護されます。なので、成年後見人の同意/不同意にかかわらず、その行為は取り消しできるんですよ。

取消できない例外は、「日用品の購入その他、日常生活に関する行為」(民法9条)です。

一方で、被補助人は、障害の程度が軽いので、家庭裁判所が法定代理人(補助人)の申立で付与をした範囲の権限しかみとめられません。

https://www.courts.go.jp/chiba/vc-files/chiba/file/042-1sioriQ7.pdf

宅建試験対策としては、基本テキスト27ページに、暗記用まとめが載ってます。

P:ただ、このまとめだけだと、上の22年問3の過去問を解くのは難しいかなと…。いきなり、肢1で、今度は「後見監督人の同意」ですからね。 

S:22年は問9(ウ)でも、後見人の辞任と後見監督人の同意が出題されました。

 

 

先の生成AIの説明にもあるとおり、不動産などの財産管理での後見人の不正チェックに、ますます後見監督人の役割が重要になるからでしょうね。

より詳しくは、下記の記事をご覧ください。

 

B)認知症高齢者問題 親所有の実家を子が売るには?

S:制限行為能力者といえば、昔は親が、「障害により事理を弁識する能力を欠く」成年の子の、法定代理人になるという想定だったんですが、いまや「80~84歳では24.4%、85歳以上では55%以上の方が認知症になるといわれる」時代!

私のまわりでも、「認知症になった一人暮らしの親を施設にいれたいが、親所有の実家を子が売るには?」という話はけっこう聞きます。※補足3

P: 筆者は、Sさんの話を聞いて、なんとなく見当がつきますが…。

そもそもどこへ相談すればいいか? 困っている人は多そうですね。

S:すでに、親ごさんが介護サービスを受けているときは、ケアマネージャーの方に、実家のある市町村での「相談先」を聞くことをおすすめします。

たとえば、東京都武蔵野市は、公益財団法人武蔵野市福祉公社・「武蔵野市成年後見利用支援センター」で、相談やサポートをしています。下記の記事は「成年後見制度」の説明も分かりやすいですよ。

 

 

P: 認知症といっても、症状はさまざまですよね? 

筆者の親戚(90代)は、昔のことはよく覚えていますし、受け答えもしっかりしていますが、ついさっきのことを忘れてしまうので、火気厳禁にするとか、家族がいろいろ困ってます。

S:下の記事によると、不動産取引の現場では、売買決済の当日に、「司法書士が売主本人に会ってみて、売買の意思能力がないと判断すれば、決済は中止となって不動産取引は流れてしまいます。」と、売主の意思能力の有無は、司法書士の判断によるようです。売却を急がないのでしたら、司法書士が、意思能力が喪失していると判断したあとで、成年後見の申し立てを検討してもよいかもしれません。

 

 

C)家族信託

S:この「家族信託」は、宅建試験の範囲でいえば「信託の登記」に多少関わりますが、今回はB)の認知症高齢者の不動産処分の問題との関連で、触れておきます。

P:「家族信託」ですか?

S:そもそも「信託とは?」を、Google geminiに「信託とは? わかりやすく」で聞いたところ

『信託とは、自分の財産を信頼できる人に託し、自分が決めた目的に沿って管理・運用してもらう制度です。

(中略)

信託の主な特徴は、自分が「誰のために」「どういう目的で」財産を管理・運用するかを決めて、信頼できる人に託すことです。たとえば、子どもの教育費や(中略)障がいをお持ちの方や後見制度により支援を受けている方の財産の管理など、さまざまな目的に利用できます。

信託には、信託銀行などの事業会社との間で締結するイメージがあるかもしれませんが、個人間や家族間などさまざまな形式で利用されています。

家族信託では、委託者(親)が自分の財産を受託者(子)へ託し、受託者(子)は受益者(親)のために託された財産の管理・運用を行います。』(24年6月1日)

と、ちゃんと家族信託まで、説明をしてくれました。

P:たとえば、ここで問題になっている実家売却ですと、 親が認知症になる前に、もしものときは子に実家の売却を任せるという信託契約を、子どもと結んでおく必要がありますよね?

S:そのとおりです。

信託契約の中身については、専門家に相談いただくとして(例:下記)、大前提として、親御さんに判断能力がなければ、契約はできません

 

 

 

P: 筆者の実家のご近所にも、高齢一人暮らしの世帯は多いので、参考にはなりましたが…、たとえば子の側から「認知症になる前に…」と切り出すのは難しいですね~。

S: 日本だと、家族間の「契約」という考えも、なじみが薄いとは思います。

が、この記事を読まれたシニアの方は、「子孝行」の選択肢として、覚えておいても良いと思います。

 

P:本記事の後、一人暮らしの高齢者、とくに認知症の方の不動産が狙われるという事件が、相次いで報道されました。

そこで、次回・宅建15では、Sさんが、今回記事の内容を含む民法等の知識で、これらの問題にどんな対処ができるのか? を、とくに親が認知症になりかかっている子ども世代(50・60代)向けに解説してくれます。

S:この宅建14の続編、そして宅建試験勉強の「応用編」ですね。

 

【補足】

補足1:障害の程度の差について、宅建試験で出題されることはないと思います。「基本テキスト」21ページに簡単な説明が載っていますので、その範囲でご理解ください。

補足2:保佐監督人や補助監督人が選任されることもあります。

補足3:過去10年間の過去問については ↓ 。過去問にでてきた民法の条文は、それぞれチェックしてください。

 

 

【BGM】

S選曲:ハイ・ファイ・セット 「雨のステイション」

P選曲:Mike Oldfield「Man in the Rain」

【写真提供】Pixabay

※宅建Tシリーズと「基本テキスト」については「序章」をご覧ください。

A) そもそも「代理」とは?

S: コンビニ交付がなかったその昔、Pくんもご家族に「戸籍関係の書類を取ってきてくれ」と頼んだり、頼まれたりしたことがあると思います。
P:そういえば…。
S:本人以外が、役所の窓口で手続きするには、委任状が必要です。
役所によって、様式などは違いますが、たとえば、Pくんが、P母へ頼んだときは、「委任状」をとおして
  本人P(委任者)→代理人P母(受任者)

の関係になります。

生成AI(Google gemini)に、「民法の代理とは」で聞いたところ

『代理とは、代理人が本人に代わって意思表示をして、その法律効果は本人に帰属させることを言います。 
代理には、「法定代理」と「任意代理」の2種類があります。

法定代理は民法のいたるところに規定されており、親権者が未成年者を代理する場面が典型例です。親権者は、未成年者に代わって財産を管理したり、法律行為を行ったりすることができます。また、親権者がいない場合や親権を喪失した場合には、未成年後見人が未成年者に代わって財産管理や法律行為を行うことができます。
一方、任意代理は、本人と代理人との代理権授与行為によって生じます。たとえば、Aが所有する土地をBに売りたい場合に、AがBに対して土地の売却についての代理権を与えたとすると、Aが本人、Bが代理人となります。』(24年5月20日)

でした。

P: 今回の筆者と母の関係は、「任意代理」での

 本人Pが、委任状を通して、P母に代理権を授与。その結果、P母が筆者Pの代理人になった

ということですね?

S:はい。

数百円の証明書でも、数億の不動産でも「任意代理」の構図は変わりません(例 ↓)

 

 

B)未成年者の法定代理人/制限行為能力

S:このため、「代理」は宅建試験でもよく出題されるわけですが、出題パターンが広いので、今回は、生成AIも例に挙げた「法定代理人」の中で、さらに「未成年者・未成年後見人」について取り上げます。

P:ちなみに、今後は、

  宅建14 代理② 成年後見人 ※あわせて、認知症高齢者問題と家族信託

  宅建15 代理③ 任意代理と過去問

を予定しているそうで、その間「代理」については、基本テキストの40~53ページで、基本知識は得られるとのことです。

 

S:ちょうど、昨年(23年の問8)で、「未成年者の法定代理人」が出題されたばかりなんですよ。

B-1)制限行為能力と未成年者

P:そもそも、 問題8 肢1、2の「制限行為能力」が、?なんですが…。

S:「制限行為能力者」も、民法で重要な基本ワードのひとつで、基本テキストでは20ページ~と、「代理」より前に説明があります。

ただ、「法定代理人」というのは、そもそも判断能力が不十分な「制限行為能力者」を保護するために法律が定めた「保護者」、いわば「制限行為能力者」と「法定代理人」とは表裏一体なので、都度、説明しますね。

P:未成年者=子ども の保護者といえば、親ごさんですよね。 ※補足1

S: 民法の規定でいえば、「親権者」です。

 民法第818条
 ① 成年に達しない子は、父母の親権に服する。
 <中略>
 ③ 親権は、父母の婚姻中は、父母が共同して行う。ただし、父母の一方が親権を行うことができないときは、他の一方が行う。

③に、「父母の婚姻中」とあるように、父母が離婚すると、これまではどちらか片方が「親権者」になりました。

P:  これまでは…ということは、これからは?

S: 24年5月17日に「離婚後も父母双方が子どもの親権を持つ”共同親権”」の改正案が国会で可決されましたので、2年以内に民法改正が行われます。

今年の宅建試験と直接関係はありませんが、昨年(23年)「未成年者」が出題されたのも、22年4月施行の改正民法で、18歳未満が「未成年者」とされたことと関りがありそうなので、民法改正に関わる事項は注目です。

 

 

B-2) 取り消しできる? できない? それが問題だ

P: 現状は、親権者が子(未成年者)の法定代理人になるということで。

さて、23年問8は、4つの肢がどれも、未成年者の行為の「取り消し」ですが、上のリンク先の解説を読むと、「法定代理人の同意なく未成年者が契約などの法律行為をしたときは、取り消すことができる」わけですよね? 

ただし、法定代理人や本人が成年になった後「追認」すれば、「取り消し」自体が、取り消しになる? と。

S: ごく簡単にまとめると、そうなりますが、上の解説記事のとおり、

  a:そもそも未成年者が取り消しできるケースか?

       a-1:単独でできる行為(法定代理人の同意不要)

   a-2: 未成年者が相手を騙したとき

   a-3:時効

  b:追認ができるのか? できないのか?

   b-1:未成年者本人の追認

   b-2:法定代理人の追認

   b-3:追認の催告

など、場合分けがややこしいため、昨年(23年)の問8のような出題がされたわけです。

なので、いったん、a,bの場合分けを確認してから、問8に当てはめてみます。

B-2-a-1)単独でできる行為(法定代理人の同意不要)は、取り消しできない

P: まずは、a-1:法定代理人の同意が不要、つまり未成年者が単独でできる行為ですね。

S:ここは、民法第5条に規定があります。

民法 第5条

 『① 未成年者が法律行為をするには、その法定代理人の同意を得なければならない。ただし、単に権利を得、又は義務を免れる法律行為については、この限りでない。

② 前項の規定に反する法律行為は、取り消すことができる。

③ 第1項の規定にかかわらず、法定代理人が目的を定めて処分を許した財産は、その目的の範囲内において、未成年者が自由に処分することができる。目的を定めないで処分を許した財産を処分するときも、同様とする。』

①の「単に権利を得、又は義務を免れる法律行為」は、たとえば、親戚からお年玉をもらうなど、未成年者の不利益にならない行為です。

P: 5条の②で、『法定代理人の同意なしの法律行為は、取り消しができる』と、規定されているわけですね。ここは、主語がないのですが、未成年者本人と、法定代理人のどちらも取り消しができわけですか?

S: 法定代理人については、別に民法120条に規定があります。

『① 行為能力の制限によって取り消すことができる行為は、制限行為能力者(他の制限行為能力者の法定代理人としてした行為にあっては、当該他の制限行為能力者を含む。)又はその代理人、承継人若しくは同意をすることができる者に限り、取り消すことができる。』

未成年者だけでなく、次回説明予定の成年被後見人など、制限行為能力者全般について、本人またはその代理人は、取り消しができます。

この120条の「制限行為能力者」については、次回も触れます。

P:そして、民法5条③で、

 ・法定代理人が目的を定めて処分を許した財産は、その目的の範囲内

 ・目的を定めないで処分を許した財産

も、未成年者が単独で処分できると。

S:「目的を定めないで処分を許した財産」は、子どものお小遣いをイメージしてもらうと、分かりやすいと思います。

あと、民法6条1項の

『一種または数種の営業を許された未成年者が、その営業に関してする行為』

も、単独でできる行為になりますが、こちらは宅建業法と関わるので(かなり後になると思いますが)その際にふれます。

 

B-2-a-2)未成年者が相手を騙したとき

S: 民法21条に

『制限行為能力者が行為能力者であることを信じさせるため詐術を用いたときは、その行為を取り消すことができない。』

とあって、この条文も制限行為能力者全般に当てはまりますが、たとえば高校生が20歳以上だと偽って、コンビニでお酒を買ったら、取り消しできないということですね。

P: それはまた、別の問題がありそうですが…。

 

B-2-a-3)時効

S: 消滅時効については、宅建T:11で、おもに債権を例に説明しましたね。

取消権については、民法126条に規定がありまして、

第126条
『取消権は、追認をすることができる時から5年間行使しないときは、時効によって消滅する。行為の時から20年を経過したときも、同様とする。』

追認については、次のB-2-bで説明します。

取消権全般について、行為の時から20年で時効により消滅するわけです。

P:15歳で契約して35歳ですか? その間は取消ができるとなると、相手方が困ると思いますが…。

S:「未成年者本人の追認」と「追認の催告」は、次のB-2-bで順に、説明します。

 

B-2-b)そもそも追認とは?
P: 「追認」は、文字通り「追加でOKする」ということですよね。

S: そうですね。

民法の122条に

『取り消すことができる行為は、第120条に規定する者が追認したときは、以後、取り消すことができない。』

とあります。

本来は取り消しができますが、この「追認」の意思表示をした後は、取り消せなくなります。

120条は、先にB-2-a-1)で挙げました。

P: 今回の、未成年者のケースでは未成年者本人と法定代理人が追認できるわけですね?

S: 未成年者は、18歳に達すると、追認ができるようになります。これが、下記第126条の太字
『取消権は、追認をすることができる時から5年間行使しないときは、時効によって消滅する。』

ですね。

P: つまり、18歳から未成年者も追認ができる。

その後5年間、つまり23歳の時点で、126条の規定により、取消権が消滅するわけですね。

 

B-2-b-1:未成年者本人の追認

S:「追認」については、民法124条に、

『① 取り消すことができる行為の追認は、取消しの原因となっていた状況が消滅し、かつ、取消権を有することを知った後にしなければ、その効力を生じない。
② 次に掲げる場合には、前項の追認は、取消しの原因となっていた状況が消滅した後にすることを要しない。
 一 法定代理人又は制限行為能力者の保佐人若しくは補助人が追認をするとき。
 二 制限行為能力者(成年被後見人を除く。)が法定代理人、保佐人又は補助人の同意を得て追認をするとき。』

とありまして、未成年者の場合は、18歳(成年)になって「取消しの原因となっていた状況が消滅」し、かつ取消権があることを知った後でないと、追認できません。

が、②-2 によって、法定代理人の同意をえれば未成年者でも追認できます。

 
B-2-b-2:法定代理人の追認
P: そして、上の民法124条の②-1が、法定代理人の追認ですね?
S: そうです。
ちなみに、法定代理人や元・未成年者(契約時に未成年、その後18歳になった)が、
民法125条
『追認をすることができる時以後に、取り消すことができる行為について次に掲げる事実があったときは、追認をしたものとみなす。ただし、異議をとどめたときは、この限りでない。
 ① 全部又は一部の履行
 ② 履行の請求 (後略)』
などをしたら、追認したものとみなされます。
意訳すると
 ①商品代金の全部または一部を支払った
 ②実際に、商品を受け取ったり、サービスの提供を受けている。
などですね。

B-2-b-3:追認の催告

S: 先にPくんが質問したとおり、何年間も取消ができるとなると、契約の相手方は困りますよね。そこで、民法20条に規定がありますが、この条文は分かりにくいので、基本テキストの20ページのように、

 ・相手方は、1ケ月以上の期間を定めて、法定代理人に催告ができる。確答がなければ、追認したとみなす。

 ・未成年者が18歳以上になったら、本人へ催告でき、やはり確答がなければ、追認したとみなす。

と理解していただければ良いでしょう。

 

C:宅建過去問:23年問8

P:ようやく、23年問8の過去問ですね!

C-1:肢1(誤)

S:未成年者Aが、法定代理人Bの同意なしに、Cから甲建物を買う契約をしたという前提で、

肢1 「AがBの同意を得ずに制限行為能力を理由として本件売買契約を取り消した場合、Bは、自己が本件売買契約の取消しに同意していないことを理由に、Aの当該取消しの意思表示を取り消すことができる。」

P: ここは、5条の①②で、Aは売買契約を取り消せる。

が、さらに法定代理人Bが、そのAの「取り消しの意思表示」を取り消せるか? が問題になるわけですねよね。

これまで聞いた範囲では、Bは取り消しや追認はできますが、「Aの取り消し」の取り消しはできないのでは?

S:民法5条② 「未成年者が法定代理人の同意を得ずにした法律行為は取り消すことができる。」だと、短すぎて解釈に迷うところですが、下記説明のように

 

 

『未成年者が単独でした取消しは、法定代理人の同意を得ていなかったとしても完全に有効な取消しとなる。当該取消しを取り消すことはできない。』ようです。

C-2:肢2(誤)

肢2「本件売買契約締結時にAが未成年者であることにつきCが善意無過失であった場合、Bは、Aの制限行為能力を理由として、本件売買契約を取り消すことはできない」

S: この肢の「善意無過失」は、これも民法の基本ワードなので、いずれ触れますが、今回は、Aが未成年者だったことについて落ち度がない買い手Cと、未成年者のAと、どちらの保護を優先するか? という問題です。

民法が、わざわざ制限行為能力者を保護する規定をいろいろ作っていることを考えると、

  未成年者Aの保護 > 善意無過失の買い手C

になります。

たいてい、取引相手も予防策をとってますよね(例:Book Off)。

C-3:肢3 (正)

肢3「本件売買契約につき、取消しがなされないままAが成年に達した場合、本件売買契約についてBが反対していたとしても、自らが取消権を有すると知ったAは、本件売買契約を追認することができ、追認後は本件売買契約を取り消すことはできなくなる。」

P: これは、民法124条をあてはめて、正しいように思いますが。

S:そうですね。ちなみに、「追認後は本件売買契約を取り消すことはできない」は民法122条です。

今回の説明では、表現を正確に伝えたくて、条文の掲載が多くなりましたが、条文を覚えるというよりは、趣旨が分かればそれでOKです。

C-4:肢4(誤)

肢4「本件売買契約につき、Bが追認しないまま、Aが成年に達する前にBの同意を得ずに甲建物をDに売却した場合、BがDへの売却について追認していないときでも、Aは制限行為能力を理由として、本件売買契約を取り消すことはできなくなる。」
P: 肢3とは違い「Aが成年に達する前」なので、そもそも5条により、A本人がこの売買契約を取り消しできると思いますが。
S:そうですね。
未成年者については、相手を騙すとか、悪質なケースでない限り保護される---と理解しておけば、条文の細かいところを覚えてなくても、判断できると思います。
未成年者の契約の取り消しは、とくにインターネット通販などで、今後さらに問題がいろいろ出てきますので、身近に未成年のご家族がおられたら、下記のサイトが参考になりますし、今回のテーマの理解も深まると思います。

 

 

P:次回は、冒頭で書いたように

  宅建14 代理② 成年後見人 ※あわせて、認知症高齢者問題と家族信託

の予定です。

 

※補足1 基本テキスト20ページ。赤ん坊や幼稚園児などの行為(契約)は、そもそも「意思能力」がないため「無効」(取り消しと違って、初めからなかったものとされる)です。

【BGM】

S選曲:ニック・カーショウ「The Riddle」

P選曲:スパンダー・バレエ 「True」

【写真提供】Pixabay

※宅建Tシリーズと「基本テキスト」については「序章」をご覧ください。

A)時効の進行を止めるには

P: 取得時効・消滅時効とも、時効の進行を止める手段があるそうですね。

S: 音楽プレーヤーでいえば、一時停止ボタンのような「 時効の完成猶予」と、時効の進行がリセット、つまり最初に戻る「時効の更新」があります。 

P: 具体的には、どうすればいいのですか?

S: 方法は3つあります。

 ①(裁判上の)請求

 ② 催告(さいこく)

   ③ 相手方の承認

ふだんの生活で「裁判」はあまりなじみがないと思いますので、まずは宅建の過去問から。

A-①)(裁判上の)請求

P: 前回(宅建10)の文章末で予告した、2020年12月問5ですかね?

S: そちらもあとで触れますが、ここは、2019年問9

『AがBに対して金銭の支払を求めて訴えを提起した場合の時効の更新に関する次の記述のうち、民法の規定及び判例によれば、誤っているものはどれか。』

を例にします。

 

選択肢1.~4.は次の通りです。

 1.訴えの提起後に当該訴えが取り下げられた場合には、特段の事情がない限り、時効の更新の効力は生じない。
 2.訴えの提起後に当該訴えの却下の判決が確定した場合には、時効の更新の効力は生じない。
 3.訴えの提起後に請求棄却の判決が確定した場合には、時効の更新の効力は生じない。
 4.訴えの提起後に裁判上の和解が成立した場合には、時効の更新の効力は生じない(誤)

P: Aが、裁判所に訴えを提起した。までは分かりましたが…。誰が? 何を? の説明は一切ない問題文ですね!

S: 「意訳」すると

 1.Aが訴えを取り下げたら、時効はリセットされるか?

 2.裁判所が訴えを却下する判決をしたら、時効はリセットされるか?

 3.裁判所が請求棄却の判決をしたら(=Aの敗訴)、時効はリセットされるか?

 4.AとBとの間で「裁判上の和解」が成立したら、時効はリセットされるか?

ですが、上でも、たぶんPくんは、

 ・訴えの却下と、請求の棄却の違い ※補足1

 ・「裁判上の和解」

あたりでひっかかると思います。

P: そのとおりです!

A-①-1 訴えの却下と請求の棄却

S: まず「訴えの却下と請求の棄却」の違いですが、「訴えの却下」は、そもそも訴えの要件にあてはまらないと、裁判所がAの訴えを門前払いするものです。

一方、請求棄却は、裁判所が「Aの請求(BはAに金を払え)を検討はしたけど、認めない」と判断したものです。

どちらも、裁判所からNoと言われたわけで、このNoと言われた時点から6か月間、時効の完成が猶予されます

ちなみに、肢1.の、Aが訴えを取り下げた時も、同じく6か月間、完成猶予されます。

P: Aが自ら訴えを取り下げてもですか?

S: 訴えの提起をした時点で、一時停止ボタンが押されて、その後肢1.~3.などの理由で、Aが勝訴にはならなくても、さらに6か月は一時停止ボタンが押されたまま~というイメージですね。その間に、Aは時効の完成を阻止する、別の手段をとることもできます。 

A-①-2 裁判上の和解とは

「裁判上の和解」は、生成AI(Google Gemini)に聞いたら

『裁判上の和解とは、訴訟中に当事者が互いに主張を譲歩して、権利関係を認め訴訟を終了させる合意をすることです。

民事訴訟法第267条に規定されており、裁判官の面前において裁判の期日において行われます。
和解が成立すると、裁判所書記官がその内容を記載した和解調書を作成し、和解調書は確定判決と同一の効力を有します。』(24年5月19日)

でした。「確定判決と同一の効力」の部分がポイントで、いったんAが勝訴したり、この例のように和解調書で「BはAに金を払え」が認められると、Bの債務の消滅時効は、確定判決の時点からまたスタートします。

P: たとえば、Bの借金が、本来は24年1月に消滅時効で消えてしまうはずだったが、裁判の間は時効が完成猶予、24年6月にAの勝訴になったら、24年6月から消滅時効がまたゼロからカウントされる(時効の更新)わけですね?

S:はい。

確定判決によって確定した権利の消滅時効期間は、確定日の翌日から10年間です。

この10年間という数字は、民法169条1項に規定されています。※補足2

そして、どうせPくんから、「確定判決と同一の効力を有するもの」ってほかにもあるんですか? と聞かれると思いまして、生成AI(Google Gemini)に、「確定判決と同一の効力を有するものとは」と質問したら、
『確定判決と同一の効力を有するものは、裁判上の和解や請求の放棄、認諾、民事調停、仮執行宣言を付した支払督促などです。』(24年5月19日)
の回答でした。

P:さらに?? が増えたんですが…。

S: 宅建試験の対策上は、このあたりはあまり深入りせず、宅建で過去に出たものを理解しておけばよいでしょう。

たとえば、「仮執行宣言を付した支払督促」は、2009年問3肢1で出題されてます。

ただし、下記の解説ページでは『支払督促については気にしないのが得策』ともありますので、過去問対策といっても、繰り返し出題されたり、直近5年以内に出題された事項を優先した方がよいと思います。

 

 

A-② 催告(さいこく)

S:そして、ちょうど2009年問3肢2『Aが、Bに対する賃料債権につき内容証明郵便により支払を請求したときは、その請求により消滅時効は更新される。』(誤)が、「催告」です。

P:文字どおり「催促を告げる」という意味ですかね?

S: 大まかにいえばそうです。ここも、生成AI(Google Gemini)に、「催告とは」で聞いたら

『催告(さいこく)とは、相手に対して一定の行為を要求することです。

催告をして相手が応じない場合に、一定の法律効果が生じます。
催告には、大きく次の2つの場合があります。
 ①債務者に対して債務の履行を請求すること
 ②無権代理者等の行為を追認するかどうか確答を求めること
催告の手段には法律上特別な決まりはありませんので、口頭でも行うことができます。しかし、口頭での催告では、催告をしたという証拠が残りませんので、催告をする場合には、配達証明付きの内容証明郵便を利用して行うのが一般的です。』(24年5月19日 ①、②は説明のため付加 ※補足3)

と、きっちり肢2の「配達証明付きの内容証明郵便」にまで、言及してますね。

P: 肢2は、どこが誤りなんですか?

S: 「消滅時効は更新」ではなく、「完成猶予」つまり、A-①-1 と同じく6か月間、時効の完成が猶予されます。

裁判所が下す確定判決が時効のリセットという強い効果を持つのに対して、私的な「催告」にそんな強い効果を持たせるわけないですよね?

A-③ 相手方の承認(権利の承認、債務の承認)

P: そして、冒頭でPくんが気にしていた過去問、2020年12月問5

 

 

の肢3 『権利の承認があったときは、その時から新たに時効の進行が始まるが、権利の承認をするには、相手方の権利についての処分につき行為能力の制限を受けていないことを要しない。』(正)が、相手方の承認です。

民法の条文152条

『①時効は、権利の承認があったときは、その時から新たにその進行を始める。
 ②前項の承認をするには、相手方の権利についての処分につき行為能力の制限を受けていないこと又は権限があることを要しない。』

の①ですね。

ちなみに、この肢3では「時効の更新」プラス「制限行為能力者が承認した場合でも時効は更新されるのか?」について問われていますが、こちらは152条②です。

ただし、次回以降のテーマ「代理/制限行為能力者)」と深くかかわっていますので、その時また取り上げます。

 

P: 前回記事(宅建11)の最後では、『消滅時効が完成したことをQくんが知らないで、Pくんへ「次の給料日に払う」と言ったあとは、QくんはPくんに対する「時効の援用(えんよう)」ができなくなります。』とありましたが、この「債務の承認」では、Sさんの言う「強い効果」=「時効の更新」=時効のリセットができるわけで、その違いとは?

S: 前回と同じく、Pくん(債権者)がQくん(債務者)へ1万円を貸した例で考えてみましょう。

今回は、消滅時効の完成前か? 後か? の区別が重要ですので、2019年1月10日に、発生した貸金債権(1万円)だとします。

前回記事で、債務者Qくんは「(消滅)時効の完成前には、時効の利益を放棄できない」と説明しましたよね。

現時点(24年5月)で、消滅時効は完成していますので、QくんはPくんに対して

  ・時効の援用 →消滅時効で、そもそも債務は消滅している(返す必要ないよね)

  ・時効の利益の放棄 →時効の利益の放棄(ごめん、すっかり忘れてた。次の給料日にお金を返すよ)

のどちらかの返事ができます。

一方で、消滅時効の完成前の2022年お正月のQくんからの年賀状に、「コロナ騒動でなかなか会えないけど、今度会ったときに、以前借りた1万円は返すよ」と書いてあれば、民法152条の「債務の承認」になりますので、消滅時効がリセットされ、2022年1月から新たな消滅時効が進行します。

P:つまり、新たな消滅時効は、2027年1月に完成するわけですね。

S:そうです。

宅建試験では、消滅時効の完成後の「時効の援用」の方が、主に出題されているようなので、「何が債務の承認にあたるか? 」は、基本テキスト36ページの説明の範囲の理解で良いと思います。

B)取得時効の中断

S: 宅建10(取得時効)で、2022年(令和4年)問10の肢2について、予告していました。

 

 

P: 取得時効の要件に「占有の継続」とありましたから、肢2のケースでBが甲土地の占有をEに奪われたら、取得時効は少なくともストップ(一時停止)。もしくは、Bが再占有した時点からまた、取得時効が進行するんでしょうか?

S: 民法164条に簡潔に

『第162条の規定による時効(注:取得時効)は、占有者が任意にその占有を中止し、又は他人によってその占有を奪われたときは、中断する。』

とあります。

さらに、民法203条の条文には、
占有権は、占有者が占有の意思を放棄し、又は占有物の所持を失うことによって消滅する。ただし、占有者が占有回収の訴えを提起したときは、この限りでない。』

とありますので、このケースでは

 Bが甲土地の占有をEに奪われた →Bの占有権が消滅 →Bの取得時効はリセット

P:「取得時効の中断」という言い方だと、一時停止かな? と思いますよね~?

S:  実は、203条の後半(ただし以降。但書と呼ばれる)が、この肢に関わる重要ポイントです。

今度は、但書の箇所を太字にしますね。

『占有権は、占有者が占有の意思を放棄し、又は占有物の所持を失うことによって消滅する。ただし、占有者が占有回収の訴えを提起したときは、この限りでない。

これも有名な最高裁の判例(昭和44年12月2日)がありまして、

『民法203条但書は、占有を奪われた者が、占有回収の訴を提起して勝訴し、現実にその物の占有を回復した場合に、占有の継続を擬制する趣旨と解するのが相当である。』

これを肢2のケースに当てはめると、

 Bが甲土地の占有をEに奪われた →本来はBの占有権が消滅 →ただし、Bが裁判所に占有回収の訴を提起したときは、占有権は消滅しない(民法203条但書)→Bが占有回収の訴に勝訴して、現実に甲土地の占有を回復した場合は、占有はずっと続いていたものとみなされる(最高裁の判例 昭和44年12月2日)。

P: つまり、肢2の「(Bが)Eに占有を奪われていた期間も(取得)時効期間に算入される」は正しいわけですね。

S:  そうです。

ちなみに、占有回収の訴えは、占有を奪われてから1年以内に提起しなければなりません(民法201条3項)。

C)「時効」を敵にするのも、味方にするのも自分次第

P: さすがに、時効関連の制度では「期間/時間/期限」の縛りがいろいろありますね!!

S: 実は、法律関連の有名な格言のひとつに、「権利の上に眠るものは保護に値せず」と言うのがありまして、たとえば上の「占有を奪われた」状態だったら、「のんびり1年以上も手をこまねいて、何もしないのか? さっさと占有の回収の訴えを起こして、取り戻す努力をせよ」ということですね。

取得時効・消滅時効とも、時効の進行を止めたり、リセットする手段は、本記事で紹介したようにいろいろありますので、自分の権利は自分で守る、勝ち取る努力をせよ!! というのが、上の格言の意味ですね。

P: 筆者の知ってる法格言は「目には目を、歯には歯を」ですけど…。

S: さすがに数千年前のハムラビ法典と現代法を同列にするのは無茶ですが、ちょうど私が、学生時代(民法専攻)に、19世紀ドイツの法学者イェーリングについて、レポートを書いたことがありまして、

 

 

上の著書「Der Kampf ums Recht(権利のための闘争)」の有名な序文が「法の目標は平和であり、それに達する手段は闘争である」です。

ドイツ語のKampfは、下のnoteによれば、「戦場」とか「決闘」のイメージがあるようで、「闘争」というよりは、自分の権利を守るためには、(合法的に)立ち向かう努力をせよ! という意味あいが強いと思います。 ※補足4

 

 

P: 次回からは、「代理」プラス「制限行為能力者」についての解説です。

S: とくに、超高齢化社会では、認知症の方(制限行為能力者)の代理人の役割が重要になります。さらに、不在者の法定代理人(不在者財産管理人)などもあわせて取り上げる予定です。

 

・補足1 生成AI(Google Gemini)に、「訴えの却下と請求の棄却の違い」について質問したら、

『訴えの却下とは、訴訟要件を満たしていない不適法な訴えとして、内容が審理される前に退けられることをいいます。一方、請求の棄却とは、訴訟要件を満たし訴えは適法であるところ、請求の理由が認められず、消極の判断がされる場合です』(24年5月18日)

でした。「消極の判断」って? 

「終局」ならまだしも…とのSさんのコメントでした。

 

・補足2 民法第169条 条文
① 確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって確定した権利については、10年より短い時効期間の定めがあるものであっても、その時効期間は、10年とする。
② 前項の規定は、確定の時に弁済期の到来していない債権については、適用しない。

 

・補足3 生成AIの「催告」についての説明に出てきた、『 ②無権代理者等の行為を追認するかどうか確答を求めること』は、次回以降で取り上げる「代理」で触れる予定だそうです。

 

補足4 Sさんの基本姿勢(Kampf)のルーツは、大学生時代にさかのぼるんですね~! 納得です。

【BGM】

S選曲:ローラ・ブラニガン「Self Control(Moreno J Remix)」

P選曲:London Beat 「I've been thinking about You」

【写真】提供:Pixabay

 

※宅建Tシリーズと「基本テキスト」については「序章」をご覧ください。

(A)「 何が」消滅するのか?

P: 前回の「取得時効」に続いて、今回は「消滅時効」についてです。

S:基本テキストでは、

 ・時間がたつと手に入る「取得時効」

に対して、

 ・時間がたつと失う「消滅時効」

と説明していました。

P: 「取得時効」は、一定時間、「物」を占有し続けることで、所有権などを取得できましたが、「消滅時効」では「何が?」消滅するのでしょうか?

S:まず、民法の条文で確認してみましょう。

 『第166条
 1.債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
  一 債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき。
  二 権利を行使することができる時から10年間行使しないとき。
 2.債権又は所有権以外の財産権は、権利を行使することができる時から20年間行使しないときは、時効によって消滅する。』

つまり、債権(1.)と、「債権または所有権以外の財産権」(2.)ですね。 ※補足1

宅建試験で出題されるのは、おもに「AがBに対して有する100万円の貸金債権」(1997年・問4)など、お金の貸し借りで生まれる「債権」です。

P:  そもそも「債権」が、日ごろあまり使わない言葉なんですが? 

S: Pくんが、仮に、友人Qくんに頼まれて1万円を貸したとします。すると、

 債権者(お金を貸した人)Pが、

 債務者(お金を借りた人)Qに対して有する

 1万円の貸金債権(1万円を返してほしいと請求できる権利)

発生します。Qくんの側からみれば、1万円の債務が発生します。

そして、このPくんのもつ1万円の債権は、先の民法166条の規定により、

 ・債権者(P)が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき

または

 ・債権者(P)が、権利を行使することができる時から10年間行使しないとき

の早い方の到来で、消滅します。

P: つまり、Qくんは僕に返さなくてもよいと?

S:正式には、(C)で説明する「時効の援用」を、Qくんがすれば、そうなりますね。

(B)消滅時効はいつ開始するか?

P:「権利を行使することができることを知った時」と「権利を行使することができる時」の区別がよく分からないのですが。
S: PくんがQくんに、単純にお金を貸しただけの場合は、この「知った時」と「できる時」のスタート地点が同じなので、あまり区別を気にすることはないです。
くわしいことを知りたいときは、下記をごらんください。

 

 

それより宅建試験対策で要注意なのは、「権利を行使することができる時」(起算日)は何時か? という点です。

P: いつ返してもらうかを、約束していないときは?
S:その場合「期限の定めのない債権」といって、消滅時効は、お金を貸すと直ちにスタートします。※補足2
もし、1年後(25年4月1日)に返してもらう約束をしていたら、消滅時効の開始は、25年4月1日からです。
このような約束をしたものを、確定期限付きの債権と言います。
一方、PくんがQくんに「出世払い」でお金を貸したのでしたら、これは停止条件付きの債権といって、Qくんが係長になって「出世」という条件が成就した時から、消滅時効がスタートします。
 
なお、消滅時効が完成すると、その効果は起算日にさかのぼります。
つまり、「24年4月1日に、PくんがQくんにお金を貸した/Qくんがお金を借りた」という債権/債務関係自体がなかったことになるわけですね。
ちなみに取得時効でも同様で、時効が完成すると、初めから所有者だったことになります。これを「遡及効」といいます。
 

(C)時効の援用

P: もし、ぼくがQくんに「6年前に貸した1万円を返してくれ」と言ったら、どうなりますか?
S: ここも、まず条文を紹介します。
民法第145条
「時効は、当事者(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。」
ちなみに「援用」とは、『 自己の利益のために何らかの事実を主張すること』という意味で、つまりQくんが「Pくんに借りた1万円は、もう消滅時効で返さなくてよいはずだ」と主張をしない限り、時効の効果は発生しません。
P:  上の条文には、「裁判」とありますね。
S:  裁判外でも、主張できます。
この条文の「保証人、物上保証人、第三取得者」は、まだ当ブログで説明していないので、ひとまず「権利の消滅について正当な利益を有する」関係者しか、時効の援用(主張)はできないと、理解しておいてください。
くわしくは ↓

 

 

さらに、「時効の利益の放棄」といって、今回のケースではQくんが、「時効の利益を受けない。Pくんに返すよ」と言うこともできます。

ここも条文を紹介すると、

第146条
『時効の利益は、あらかじめ放棄することができない。』

逆に言えば、時効が完成した後なら、時効の利益を放棄できるわけです。

P: どうして、あらかじめ放棄できないんでしょうか?

S: PくんとQくんの間のお金の貸し借りならあまり問題ないでしょうが、例えばドラマに出てくるような金融業者と借り手とで、もし「あらかじめ放棄ができる」となったら?

P:  当然、最初の貸す段階で「時効の利益を放棄する」旨、一筆書いてもらうでしょうね。

S: それでは消滅時効の制度の意味がなくなるので、時効完成後にQくんが選択できるようにしたわけです。

なお、消滅時効が完成したことをQくんが知らないで、Pくんへ「次の給料日に払う」と言ったあとは、QくんはPくんに対する「時効の援用」ができなくなります。

P: この点は、次回記事「時効の完成猶予/時効の更新」でも触れるそうです。

過去問が気になる方は、先に下記のような2020年12月問5の解説記事をご覧ください。

 

 

 

補足1 そもそも財産権(物権/債権)って? という方は、下記まとめ記事(PDF)が分かりやすいです。

https://www.jica.go.jp/Resource/activities/issues/governance/portal/vietnam/ku57pq00002khnos-att/vnu_41.pdf

補足2 基本テキストの32~33ページに、「期限」「条件」や、「所有権に消滅時効はない」などの、分かりやすい説明がのっています。

 

【BGM】

S選曲 Wang Chan 「Dance Hall Days」

P選曲 Dead or Alive 「You Spin Me Round (Like a Record)  (Moreno J Remix)」

【写真】上・中:Pixabay 下:撮影筆者(千代田区)

※宅建Tシリーズと「基本テキスト」については「序章」をご覧ください。

A)民法上の時効制度

P: 今回は、民法上の「時効」についてです。

ドラマなどで、犯罪の時効については、なんとなく知っていますが。

S: 新聞などでもときどき、「本日で○○事件の(公訴)時効が成立」と報道されますからね。※補足1

一方、民法上の「時効」には

 ①取得時効

 ②消滅時効

の2種あります。

基本テキストでは、

 ・時間がたつと手に入る「取得時効」

 ・時間がたつと失う「消滅時効」

と簡潔に書いてます。

A-①-1)取得時効と占有

P: 「取得時効」では、具体的には「何が?」手に入るのですか?

S: その説明の前に、Pくんには「所有」と「占有」の違いを理解してもらう必要がありますね。

ここも、Google geminiに「所有と占有の違い」で聞いてみました。

『所有とは、特定の財産について所有権を有することです。所有権とは、法令の制限内において、所有物を自由に使用、収益、処分する権利を指します。
占有とは、自己のためにする意思を持って物を所持することです。占有権とは、物を所持ないし事実上、支配する権利を指します。所有権に対し、占有権は仮の権利と呼ばれます。
たとえば、泥棒がAさんのダイヤのネックレスを盗んだ場合、泥棒は盗んだダイヤを事実上支配しているため、「所持」している状態です。同時に、自分の利益のために所持しているので「占有」しています。しかし、そのダイヤはAさんが所有するため、泥棒はダイヤを「所持」し「占有」しているものの「所有」はしていません。
占有権よりも所有権の方が強い権利ですが、占有それ自体も法律によって保護を受けています。』(24年5月4日)

P:  言い回しで? と思う点はありましたが、所有権と占有権の違いを、例もまじえて説明してくれてますので、けっこうわかりやすかったです。

S:  占有のポイントは、「自分のためにする意思をもって物を所持」の部分です。 ※補足1.5

ちょうど、国民生活センターのページ(PDF表示)に、「泥棒にも占有権がある」という出だしで、占有権と所有権、自主占有と他主占有の違い、さらに、今回のテーマである「取得時効」についての記事が掲載されていますので、こちらをお読みください。

https://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-202204_10.pdf

以下の説明は、このPDFを読んでいる前提です。

A-①-2)自宅を時効取得!? 取得時効の成立要件

P:  上のPDFの文で、「他人の土地に、立札をたてて何のクレームもなく20年間経過すると、自分の土地になる」とありますが、現実にこういうことってあるんですかね?

S:  もし、実際に起こったら、こうなるという思考実験でしょうね。 ※補足2.5

ただし、私は、「相続登記」の義務化(宅建03)に伴って、これから「自宅の時効取得」を主張するケースが、現実に増えるのでは? と予想しています。

P: 今、実際に住んでいるご自宅の「時効取得」ですか?

S: S家のように、家の所有権が登記上は「おじいちゃん」のままになっていると、「相続登記」のためには、法定相続人全員による「遺産分割協議書」が必要になります。

S家の場合は問題ない見込みですが、もし、相続人の一人が「そもそも本家の不動産を、B伯父が全部相続するのは~」などと言い出したら、もめますよね。

P:  たしかに、数十年前の「おじいちゃん」の時には、口約束で関係者がみんな納得していたのが、孫の代になったら「そんなの聞いてない」となるかも。

S:そこで、自宅について「所有の意思をもって平穏かつ公然と占有を継続」していれば、10年間または20年間の居住(占有の継続)で、自宅の所有権の時効取得を主張できる…ただし、公的には裁判をして時効取得の確定判決がいりますので、もしも実際にもめごとがおきたら、弁護士にご相談ください。

P: 10年間と20年間の違いは何ですか?

S: 時効取得が認められるのには、いくつかの要件があります。

基本テキスト30ページにも載ってますが、

 (1)所有の意思をもって平穏かつ公然と占有を継続

ちなみに、31ページに、「所有の意思」は、賃貸住宅などを借りている場合はあてはまらないとか、逆に自宅を他人に賃貸している場合は、「占有の継続」にあたる、などの説明があります。

そして、占有の開始時に

 (2-1)善意・無過失 →10年間の占有継続

 (2-2)善意・有過失か、悪意 →20年間の占有継続

民法で言う「善意/悪意」とは、

 善意=事情を知らない

 悪意=事情を知っていた

の意味です。

これも、民法の基本ワードなので覚えてくださいね。 ※補足3

P: つまり、おじいちゃんが亡くなったときに、子のAさんが、自分が後継ぎだから当然本家(自宅)を相続すると信じ、親戚中もそれを認めていて、10年間住めば、時効取得できると?

S: 「善意/悪意」や「過失/有過失」は、裁判所が判断するレベルの話になりますが、宅建試験でよく出題されるのは、「占有の開始時に善意」で、その後事情が変わったときでも善意と言えるか? つまり、10年間の占有継続で良いか? という点ですね。

たとえば、下記の令和4年度 問10の肢3です。

P: Bが「占有の開始時に善意」なら、その後に事情を知った(悪意)としても、10年でOKですかね?

不動産適正取引推進機構ホームページから

S:そうです。ちなみに、肢1が先に触れた「他人へ賃貸する」のケース。

なお、肢2は、基本テキスト35ページ~の「時効の更新・時効の完成猶予」(宅建12くらい?)でまた触れます。

 

B: 時効取得者 対 登記を備えた第三者(時効完成前/完成後)

S: また、上の令和4年度 問10の肢4(誤り)は、下記の有名な判例

がベースになった問です。

裁判要旨に斜体字で、今回の問題文のA,B,Cを付け加えました。 ※補足4

「 不動産の時効取得者Bは、取得時効の進行中に原権利者Aから当該不動産の譲渡を受けその旨の移転登記を経由した者Cに対しては、登記がなくても、時効による所有権の取得を主張することができる。」

P: そもそもBは、登記を備えていた所有権者Aに対して、時効取得を主張できるのだから、所有権者がCに代わっても、同じく主張できるということですか?

S:そうです。

今回の問(令和4年度・問10の肢4)では、時効完成時点で所有者だったCと、Bとの争いでしたが、Cについては「時効完成前(からの)第三者」といえます。

一方で、「時効完成後の第三者」について、令和5年度・問6の肢イで問われています。

不動産適正取引推進機構ホームページから

P: 肢アは、書き方は違いますが、どこかで見たような…。

S: 令和5年度問6は、個数問題になってまして、肢ごとに正誤が分からないと、正解できません。なので、肢アはサービス問題かな? と思いました…。

そして、肢イも有名な判例がベースになっています。 ※参考として、R4年度の問題文と同じくA,BとDを斜体字」で付け加えました。

「時効により不動産の所有権を取得しても、その登記がないときは、時効完成後旧所有者Aから所有権を取得し登記を経た第三者Dに対し、その善意であると否とを問わず、(Bは)所有権の取得を対抗できない。」

P: 時効完成後に、DがAから所有権移転登記を受けたときは、時効取得者Bは所有権の取得をDに対抗できない?

S: 時効完成後のA→D、(A→)Bの関係は、宅建06(二重譲渡の対抗問題)で紹介したとおり、

 「物権変動」では、基本的には、

  ①登記を先に備えた方が

  ②第三者に対して

  対抗要件を備える=不動産の持ち主と主張できる

なので、Bは自分が時効完成で所有者になったら、さっさと所有権移転登記をすべし! ということですね。

ただし、Bが所有権移転登記をするには、旧所有者Aとの共同申請になります。

もし、Aの協力が得られないときは、確定判決等によって、単独申請も可能ですが。


P:ただし、問題文イは、BがDの登記後、さらに20年の占有を続ければ、所有権者Dに対して、時効取得を対抗できるか? と聞いてますね。

S: 今度は、原権利者Dと、占有者Bとの問題になりますので、悪意(DがAから所有権を譲られたと知っている)のBといえど、さらに20年間の占有を続ければ、所有権の時効取得を、Dに主張できるということですね。

「(取得)時効による所有権の取得と登記について」より詳しくは、下記のページをご覧ください。参考になります。

 

 

P: 次回は「消滅時効」を予定しています。

なお、時効制度の根底にある「権利の上に眠るものは、保護に値せず」という考え方については、いずれ、余談でふれたいそうです。

 

 

補足1 Sさんは「三億円事件」の公訴時効成立(1975年12月。ちなみに事件発生は1968年)が、記憶に残っているそうです。

補足1.5 では、民法でいう「物」とは? これは、物権法など、民法の深いところに関わるそうで…。興味のある方は、民法の学習がひと通り終わったくらいのタイミングで、下記をご覧ください。

 

 

補足2 「刑事事件の公訴時効とは」と、例によって、SさんがGoogle geminiに聞いてみたところ
『刑事事件の時効とは、犯罪が発生してから一定期間が経過すると、犯人を処罰することができなくなる制度です。
<中略>公訴時効とは、犯罪が発生してから一定期間が経過した後、検察官が被疑者を起訴できなくなる制度です。公訴時効の期間は、犯罪の罪の長さや、その罪が人を死に至らしめたものかどうかによって規定されています。たとえば、殺人罪などの最高刑が死刑に当たる罪は15年、<後略>』(24年5月3日)

殺人罪などは、 2010年 「 公訴時効なし」になったはずなので、この生成AIの回答は? というのが、Sさんのコメントでした。

補足2.5 「法的思考(法)」は、法律学の根幹にかかわるので、Sさんは説明できる立場でないとのこと。

気になる方は、Google geminiに「法的思考とは 簡単に」などと質問してみてください。

補足3  善意/悪意については「宅建07 不動産の二重譲渡と対抗問題」で触れています。さらに、今後の記事「通謀虚偽表示」で、より詳しく説明の予定です。

補足4 判例(はんれい)→裁判所の過去の裁判例。Sさんによれば、法学の学生にとっては、条文(六法全書)が骨格、重要判例集が筋肉のような、不可欠のアイテムだそうです。

【BGM】

S選曲:back number 「ハッピーエンド」 

P選曲:Oasis 「 Do You Know What I Mean? 」