実家の親父から
そろそろ
さつまいもを掘りに来いと言われ

半月ほど前に
半分だけ掘った残りをと
出掛けて来た



家庭菜園というには大きく
農家というには小さい
そんな
そこそこの菜園には

ところ狭しとばかり
完全無農薬の野菜が
無造作に作ってある

それらはもちろん
虫くんたちとの戦いで
葉物はその格闘した痕跡だらけ

土の下のものもまた
多くの敵と戦った姿

それでも
彼らが食するものは
本当に安全だと微笑んでいる



素人が
素人なりに
作ったものは

やはり
売り物とは違い
デコボコな姿

そんなに作って
どうするの? なんて
お袋は微笑んでいるけれど

こうして
毎日
土いじりで
半日ほど身体を動かすことが
健康なのだと
93歳は笑っている

わずか20本ほど植え込んだ
さつまいもの苗は
盛大に葉茎を伸ばし
それらを片付けるだけでも
ひと苦労

そうだ
幼稚園の生徒たちが
お芋掘りに! なんて時には

すでに
その上の葉茎を取り除いてあるから
楽しく掘れるのだけれど

なんせ
そこが重労働なもんで
なかなか
手作業では手強い仕事

小さめのものを
数本 持ち帰り
今夜は焼き芋にでも
してみようか


掘り起こすと
土の中から
カエルや
芋虫や
サナギなどが現れて

邪魔して すまんね!
長生きせーよ と
安全な場所へと確保した

大事なことは
共存共栄で
人間たちが偉いはずはない



そんな大変な芋掘りは

僕に任せて

本日 親父は

玉ねぎの苗を

200本も 植えていたけれど…


40年前
社会へと出た頃
1番下だった僕らが

1番上となり

そろそろ
慣れ親しんだそこを
卒業せねばならない



すると
その40年間
お世話になった先輩方もまた
お先にと
卒業しており

その足跡を辿れば
仕方なくも
この世をも卒業して行く

ならばと
出来ることは
彼らを忘れないことと思い

せめて
年に1度はと
墓前に足を運び
手を合わす

若い頃は
年に数回だったそれも
徐々に増えて
月に1度にもなり
今では
ついに毎週にもなった

すれば
毎週 どちらかへと出向き
季節の花を選び
好きだった酒をも選び
香りの良い線香を持参して

ひとり
墓前で
今を呟く

すると
必ずや氣配がして
玉響がゆらり目の前を舞い

分かっているよとでも
知らせるかのよう

それは
一昨年の節分まで
感じることもなく
見えもしなかったけれども

なぜかな?
今は
そんな…




しかし
それが何者なのか
本当は分からない

もちろん
彼らだろうと思うけれど
僕の言葉に
戻る返事はなく
僕の勝手な解釈で過ごしてみる

たかが 40年
されど 40年

特に30代は

仕事と
子育てとで
寝ずに過ごしたことばかり
あまりにも慌ただしかったから
ほとんど記憶に残っていない

しかし
あまりにも早過ぎた…


夜祭りとはいえ
祭りは

昼間から始まってるわけで


賑わうのが
夜なようで…



昨晩
出掛けようとしたら
足の小指のリハビリがあって

では
今夜かと思っていたら
昨日
治療した奥歯が欠けてしまい
今日の夕方の予約が取れて

ならば
今日
無理でも時間を取って
昼間だけでもと
急ぎ足





流石に
日中は
大混雑にはならず

それでも
秩父神社は
その為の祭事が行われていて
黒山のひとだかり




街へと歩けば
多くのテキ屋さんが並び
その間を
わっしょい! わっしょい! と
屋台が練り歩いていて

たい平さんの姿に手を振っても
多くの観客のひとり
分からなかったようだ



ではと
いつもの 
たい平姉ちゃんところへ行けば

すでに
皆 はっぴ姿で
そこもお祭りムードは高まっており

あらま!

まいど! って

とても
この町が羨ましくなった



僕の住む町は

新参者ばかりで
もう こんな習慣はなく

実家の町でも
絶えてしまった

浅草の叔母さんがいたらなあ
なんて
時折 思ってみるが
もう届かない



訊けば
夜祭りに参加したくて
秩父に越して来る方々もいるという

さすがにそれは出来ないけれど
来年は

ちょいと
たい平姉ちゃんに
相談してみようかな…

祭りって
良いねえ!



訊けば
今夜はBSでの
生中継があるそうだ

いつか出掛けた夜のように
これから冷え込みそうな秩父
今夜は
暖かいリビングで眺めていよう

世の中
バーチャルばかりなり

本当は
その場に出向き
本物を見て感じねばならず

そして
その臨場感を肌身で感じ
自らが発する想いを
受け止めねばならない



山も
海も
被災地すらも

絵画も
仏像も
社寺仏閣も

テレビではなく
ネットでもなく

そこへと出掛け
その身を投げ入れて
何を感じ
何を想うのかが
本当は大事なのだ

まずは
美術館へ出向き
教科書や
テレビで観るそれらを
目の前にしたら
必ず何かを感じるはずで

身震いすることもあろう
涙することすらあろう
鳥肌は立ち
居ても立っても
居られなくもなるかもしれない

そしたら
きっと
強い想いが込み上げて来て
これはいったい? と
悩んでみよう



もしかすると
前世で関わったものかもしれない

もしかすると
先祖のどなたかが関わり
DNAに残したのかもしれない

もしも
耳元で何らかの囁きが聞こえたら
それはきっと
わずかでも繋がっていたものかもで

生涯
記憶に残るのだろう

人生は
持ち時間は
思うよりも遥かに短い

何かを思ったならば
今 急がねばならない

今日が1番
若い日なのだ!


時折
若いね! って
言われることがあるが

今でこそ
嬉しくも思うけれど

若い頃には
もう少し
老けてみられたかった

齢相応が良いとはいえ
還暦をも越すと
若さはやはり
1番の健康だと認識する

走れますか?
登れますか?
泳げますか?

好き嫌いなく
食べれてますか?
眠れてますか?

そんなことだろう

多くの荷物が流れて来る
ここはどうやら
空港の荷物を受け取る

ターンテーブルのようだ

僕は
それを遠くから眺めている

すると
通り過ぎた小さな荷物が
大きな音で破裂した

次の瞬間
流れて来る荷物は
次々と破裂し

テロか! と思っていると

ハッピーバースデー! なんて
聞こえて来た

なんだそれは? と
振り返ると
浮遊していたオーブたちが
集まり出して
神の姿へと変わった

そう
神の姿を知らないけれど
きっとあれが神なのだろう



お前はこの世で
頑張ってくれた
そろそろ
次の世へはどうだ? と言う

それは? と問うと

次の世で
お前を必要としている
そして
お前を待ってもいる と返す

どういうことで?
誰が? と更に問うが

それは
その時までと
微笑んでいる

ならば
もう少しこちらに居たい
もう少し
やらねばならないことがある

だから
もう少し待って欲しいと

すると
残念だ
今ならばちょうど
空きがあるが

これを逃すと
次はまた30年後だ

まあ良い
その頃また
誘いに来るからと
消えてしまった

はてさて
そんな夢からの生還は
ちょいとばかし
不完全燃焼

いっそ
連れてって貰えば良かったかな?
そしたら
先立った彼らに会えたかな?

ぱふ ともまた
散歩が出来たかな?


今日もまた
帰り際に花屋へと寄り込み
ドライフラワーを買い足した

夏のあまりの暑さゆえ
生花が保たず
ドライフラワーとしてから
少しづつ
足して来たけれど

ちょいと
膨らみ過ぎたかな? と
呟いてみれば

賑やかに
姿を見せてくれた



そういえば
昨日はピンクだったけれど…

夜は
基本
テレビを観ない

朝は
ちょいと
ニュースを観る

必要な番組だけを留守録して
後でゆっくり
CMを飛ばして観る

観終われば
保存はせず
即座に消す

そんな日常にしたら
自ずと
早寝早起きとなる

でも
時折
ライブのスポーツだけは
眠い目を擦りながら観る

それでも
もう
テレビは要らないのかもしれない

どうやら
繁栄と
衰退とは
交互にやって来るらしい

すれば
YouTubeもまた
いずれ衰退し
テレビへと戻るのかもしれず

それは
CDの時代が終わり
ダウンロードとなり
また
レコードへと戻りつつあるように

時代は繰り返すと言うけれど
アナログで育った僕らには
デジタルは冷たく
また
アナログへと戻るかのような

そう
8Kを観れば
鮮やかなのは分かるけれども
4Kに比べて
あまりにも疲れるのは
僕だけか…



ご同輩
どうやら
そんなことみたい

僕らは
アナログで良いようだ


その日
仲間たちに呼ばれ
訪れたのは
あいつが買ったと聞いた
大きな山

その入口の雑木林は
綺麗に切り倒されていて
長い通路が山へと向かっている

そこを
登山姿で登り出すと
後から
最新型のランクルが来て
止まった

振り返ると
そのドアが開き
中から
永ちゃんが現れた

驚いた僕らは
どうして? と問うと

この山で
野外ライブをやりたいと言う

その下見でと微笑んで
よろしく! と言う


僕らはあっ気に取られ
この山でですか? と
山頂を眺めれば

なんとすでに
大掛かりなステージが出来ている

ではと思う間に
上空からヘリが降り
永ちゃんを乗せ
その山頂へと向かって行った

僕らも急いで後を追うが
ここは思った以上に急登で
なかなか辿り着けない

そうだ
あの日の富士山のようで
ゴールの鳥居は見えるけれど
何歩前進しても届かない

やがて
演奏は始まり
音だけが聞こえて来た

下見と言っていたが
始まったらしい

不思議かな
観客たちは
次々と
上空から降りて来る

空の上から
まるで翼があるように
ゆっく飛来して来て

どうやらすでに
満席なようだ

やっと辿り着くと
このステージ
何かが違う

うっすらと
霧に包まれていて
永ちゃんの姿は
ぼんやりとしか見えない

数曲が終わり
永ちゃんが話し始めた

ようこそ!

会場はいつもの
永ちゃんコールだ!

今日は
特別なライブだ
長いこと
支えてくれた感謝を込めて

残念ながら
先立ってしまった
あなた方へと
出来るだけ近い場所を選んだ

あのどのくらい
下界で歌えるか分からないが
その時が来たら
皆で
迎えに来て欲しい

よろしく! と
微笑んで
ライブは終わった


直後
満席の観客たちは
手放した風船のように

ふわりと浮き
ゆらりゆらりと上空へ登り
真っ白な雲の中へと
消えて行った

永ちゃんは
彼ら全員を見送ると
僕らのところへと来て

ありがとうと
丁寧にお辞儀をし
姿を消した

残された僕たちは
そのステージが消えるのを
見続けている

やがて
ステージは消え去り
そこには
テントがあり
焚き火まで灯っている

足早に夕暮れとなり
空には満天の星が見え

いくつもの流れ星が
月へと向かっている

月は
やがて満月となり
それを受け入れて
なんやら
何かの絵柄のようだ

そうだ
うさぎが餅をついている

おや
何かが降って来た

餅だ

白と
赤との餅が

あられのように
美しく軽く…

そこで目が覚めた


なぜか

不思議な夢ばかりをみる


さて
来週末は
年に1度の 武道館

タオルを準備して
肩で風を切り
あの頃の仲間たちと…



76歳のスーパースター

キャロルから
リアルタイムで追い掛けて来た
僕ら世代は

最後まで
見届けねばならないようだ

仲良しの若手噺家さんは
いつもの席亭のアイデアで
新作を作るようになって

その登場人物には
僕らそこの常連客たちの名前が
使われている

きっとこれからも
登場人物には
僕らの名前を
使い続けるのだろう

その方が
きっと覚えやすいし
また
その方々のキャラも確立し
映えても来る


いつものその小さな寄席は
いつもの常連で埋まり
そこのオバさん席亭は
噺家よりも面白く
皆 席亭に会いに来るみたいな

若手たちばかりを呼んで
遠慮なく演じてもらい
いつかその方々が売れて
羽ばたくのが楽しみな
そんな場所

そう
売れるまでの過程を
楽しみにするみたいな
虎の穴  笑



そんな頃
次は? と
そのオバさん席亭から
相談されて

ならば
彼では? と
2人でスカウトに出掛けた

寄席上がりに
連れ出したラーメン屋で
あれこれと話し
翌週から出て貰うことになった

すると
直後 コロナ禍となり
多くの寄席は閉じてしまい

さあ
どーする?

噺家たちは場所を失い
若手たちは
バイトを始める始末

でも
そのオバさん席亭は
そこを止めずに
そ〜っと
コマーシャルをせず
いつもの常連客だけで続けた

スカウトしたその若手は
社会人を経験してからの入門で
世間に揉まれたせいか
マクラが上手いことに氣付き

ならば
新作を作れるのでは? と
席亭は毎月
無理無難なお題を出して作らせた

すると
それに答えた若手は
1年間 毎月毎月
七転八倒しながら
それはそれは
師匠イズムな新作を作り

今それが
一般の中で受け入れられ始めている

やっと来た! かと
僕らも微笑んで
その新作を聴く度に
僕らの名前が呼ばれることが
楽しみにもなった



あのパルコを1ヶ月間埋める
最高峰の師匠の7番弟子

そろそろ
世に出て来ますよ

今シーズン最後のテニスの合宿だと

学生の部活のように
那須へと出掛けて行ったカミさんたち
オバさん御一行


怪我せんようにと見送れば

そしたら
ちょいと片付けもあるし
今日は留守番かと
自宅待機



建て替え中だった
お向かいのお宅も
戻って来たし

その建て替えで
半分の土地を売却し
2棟の建売となった手前のお宅も
越して来て

また
ご近所が賑わい始めた




天気は良いし
ではと
先日の日光で拾って来た
ブナの木の種を撒いてみた

その隣りでは
ニックさんのマザーツリーの
子供たちが紅葉し始めて
秋の終わりを告げる



足早に季節は過ぎて
明日はもう12月

寒さ嫌いは
やっぱり夏が… などと
無いものねだり

足の痛みは
リハビリの甲斐もなく
更に強くもなり

この冬は
スキーなどせず
大人しくしてろよ! とばかし
痛みを持って止めに入る



それでも
来週末は
今シーズン最後の山登り

あの頃の仲間たちは
きっと笑顔を持ち寄るのだろう

頑張らねば…

あの頃
ジイちゃんになるのが
楽しみだったのは

父方も
母方も
早い内にジイちゃんを亡くし

僕の記憶には
さほど残っていないから
ジイちゃん ってのは
どんな心持ちだったのだろうと
なんとなく思っていたのだろう



一昨日は
母方のジイちゃんの命日で
墓前で手を合わし

わずか4歳だった日の
ほんの少しだけ残るジイちゃんの姿を
思い出して
今を呟いてみた

墓誌をと見れば
昭和40年 65歳とあり
あとわずかで追い付いてしまう

父方の
実家のジイちゃんもまた
69歳とあり

記憶ではすでに
身体を壊して
元気で遊んで貰った記憶はない

いずれにせよ
あとわずかで追い付いてしまう
この身体
いくつかの不都合が出始めた

これを
齢だから仕方ないと思うよりも
なんとかせねばと
前向きになれるのは

有り難いことに
孫たちが出来て
彼らと遊べることが
こんなにも幸せなのかと
氣付いたから…

ならば
彼らの記憶に
出来るだけ多く残りたいと
今 益々絡んでみることにした

そう
自分の時間よりも
孫たちとの時間を最優先し

元気なジイちゃんを
沢山 演じてみようと…


そうそう
バアちゃんたちは
その後 90過ぎまで長生きして

旦那がいなくなると
女性って
元気になるようだ     笑