昨日

事務局からのメールで
太郎さんの街宣予定が入り

居ても立っても居られず
急ぎ足



なんと
ここに来て
このスケジュールとは
身体 大丈夫なのかと
心配してみるが

命懸けでやって来た彼に
わずかな手伝いしか

出来なかったことを
詫びながら…

誰が何と言おうと
僕は
山本太郎を支持して来た!

政治家たちよ
政治屋たちよ

彼くらい
命を掛けてみろよ! と
声を大にして叫びたい



先日
もう
政治とは関わらないと
心したけれど

今回ばかりは
そこへと身を寄せ
声を挙げねばと急いだ

この国の未来を決める
大きな選挙となりそうで
ズルい連中を
排除したい!



さて
本日もまた
急ぎ足…


他人目線で見ると
上の孫息子が
僕にそっくりだそうで

嬉しいやら
心配やら
多くを思う



孫娘と
下の孫息子とは
今まだ
誰に似たのか分からないけれど

彼らもまた
隔世遺伝なのかもしれない

いずれにせよ
子供たちの表情は
すぐに変わり
青年となるのだろう

子供でいてくれる時間は
あまりにも短く

ならば今を
更に大事に心に刻むように
微笑んで見ていたい

さて
僕にそっくりな孫息子は
やはり
ヤンチャなガキの姿で

お前もまた
僕のように
悩みながら大人になるのかと
苦笑いしながら
がんばれよ! と
呟いてみる



あと孫は
何人 出来るのだろう?

ひ孫は
何人 見れるのだろう?

僕のDNAは
この先
どのくらい増えるのだろう?

ありがとう
キミたちのおかげで
今を

未来を
楽しめるようだ

昨日 
廃材で作ってみた
ぱふの仏壇を
リビングに設置し
手を合わせてみれば

ほら
玉響たちは
喜んでくれたかのように飛び回り
なんだか
嬉しくなった





相変わらず
本当のことは分からないけれど
こうして
必ず姿を見せるから
間違いなく
彼らの世界は存在していて

重なった空間の中で
きっと
次元が違うのだろう

一昨年の節分まで
まったく氣付かなかったけれど
ぱふが
それを見えるように
してくれたのかと思ってみる


昨日はプロボウルとなり
朝からテレビの前

NFLのオールスターゲームが
ここ数年
フラッグフットボールとなり

なるほど
怪我は無くなり
お祭り感は増して
そんな時代かと思ってみれば

次回の
ロス五輪には
フラッグフットボールが
初めて採用されるらしい

NFL


今年のプロボウルの
ヘッドコーチをとみれば
なんと
ジェリーライス と
スティーブヤング なんて

49ersの全盛期
まさに
僕らが憧れた時代の立役者たち

現役の選手たちよりも
そのヘッドコーチにばかり
目が行って
ひとり勝手に振り返り
良い時代だったなあと
身震いする



わずかにルールは違えど
普段見せない楽しそうな表情は
ヘルメットも防具も要らない
身軽さからも湧き出して来る

さて
このフラッグフットボール
実は日本が強く

特に
若い世代や
女子たちは
世界1にもなるから
ロス五輪が楽しみで仕方ない

ところが
この中継の中で
2年後のロス五輪には
このNFL選手たちの
出場を容認したと言うから

それでは
他の国の代表たちに
勝ち目はなさそうだ

なんせ
身体が違う
スピードが違う
身体能力が違う

そしたら
やはり2位狙いかと
今から備えねばならない



しかし
アメリカだからこの競技が
採用されるはずで

これ以降の五輪では
きっとまた
不採用となるのだろう

さて
プロボウルが終われば
今シーズンも
いよいよ
あと1試合だけ



下馬評を覆し
辿り着いた2つのチーム

第60回スーパーボウルは
どちらが微笑むのでしょうか…

本日は
世界的にビートルズの日とされ

Fab.4 (Fabulous Four)
Feb.4を掛け合わせたものらしく
まあ
そんな日

ファンの間では
様々なイベントが
開催されるそうですが
僕の周りでは
そんな気配はない



ビートルズもすでに
遠い時代となり
残る映像でしか確認出来ない

そんな僕ら世代ですら
間に合わなかったわけだから
間に合った団塊の世代の方々が
誇る氣持ちは
分からんでもない



わずか8年間と
13枚のアルバムだけで
世界を変えた凄さ

そして
何よりも英語を世界に広めた
立役者でもあり

もう彼らを越える者は
現れないのだろう

入口は小学生の時
まだ同居してしていた
叔父の部屋から
多くの曲が流れて来ていて

留守にそっと忍び込み
大きなステレオを勝手に動かして
聴き入った

それでも
70年の解散だから
数えれば解散直後となり
間に合ってはいない

唯一 お会い出来たのは
ジョンで

18の夏
多くの仲間たちと出掛けた
軽井沢の旧軽銀座

後にも先にも
それ1度だけで
翌年の冬
ジョンは帰らぬ人となった

ポールは
1度だけ
90年のライブに行けたけれど
それ以降
チケットが取れたことはない



すでに
ジョンはなく
ジョージもいない

光あらば
影もあるらしい

失礼

リビングに

簡易的に備えたままの
ぱふの骨壷も
3年もが過ぎて
そろそろ考えねばと思っている

それでも
手放すことは出来ず
いずれ来る僕のその日に
僕のそれへと
そっと混ぜて欲しいと
家族たちにはお願いしてある



事務所の片付けで
崩した棚の材木が沢山出て
テーブルを2つ作ってみたけれど
まだまだ
減らない材木があり
次は? と思う中で

そうだ!
ぱふの仏壇をと思い
朝から試行錯誤



2つのプランを書き
さて
どちらにしようかと考えれば
ぱふを守るように囲んだ方がと
そちらにした




丸ノコで
ギーーーッと切り
組み立ててみれば
まあまあだったので

分解し
ペイントしてから
また組み立てると
結構 良いじゃん! なんて




今夜ひと晩 乾かせば
明日には
備えられるからね! と
ぱふへと報告すれば


玉響たちは
繁盛に飛び回り
喜んでくれたようだ





さてこれで
残り1/3となった材木
次は
宅配ボックスか
それとも
棚かな…

この4月から
自転車への
道交法の規制が強くなるそうで
ならば
わずかな移動は
スクーターにしようかと思い

売りに出していた2台の
折り畳みの自転車が
昨日 売れまして


自転車道交法


その方宅へとお届けすると
この春にオランダへと家族中で
転勤となるそうで

訊けば
オランダは自転車大国で
道路もそれ用に整備され
そのほとんどが自転車移動らしく
家族中の自転車を探していたと

それも折り畳みでないと
送れないとのことで
ちょうど良かったと
微笑んでくれました

この国でも
無理に車道を走らせるのではなく
車と自転車と歩行者とを分けた
道路整備をせねばと思うわけですが
なかなか追い付かないようです


還暦で大型のバイクを降りて
もう5年にもなり
それでも
90ccのスクーターだけはと
1台だけ残してあったのは

夏場に仲間たちと
カナディアンカヌーで
川下りをする際に
先にゴール地点にそれを置き
上流に残した車を
取りに戻るが為なわけです

すれば2人乗りが出来る
最小限な90ccが便利でと
その為だけに残してあったわけで

自転車を手放した今
これからの季節
近くへの移動は
これにしようかなんて
思ってみるわけです



さて
そんなスクーターも
今はホンダのものですが
あの頃
最初に乗ったのは
卒業で田舎へと戻る先輩から
頂いたポンコツのベスパでした

2人乗りのそれを
直し直し乗ってましたが
これもまた
僕も卒業と共に
後輩へと置いて行きました



夕子さんの歌にある
ひとり乗りの赤いベスパではなく
2人乗りの白いベスパでしたが

リアルタイムでこの歌を真似た
バカな若造は
流行りのテクノカットは似合わず
ブルースリーを真似た
オニズカタイガーの
黄色いスニーカーを履き

当時の彼女のアパートまで
飛ばした記憶も
もう45年も前のこと

この曲と無理に重ね合わせた
若さはバカさかと
今頃 苦笑いしながら
おかげで心に残っているようです

先日
2つ作ったテーブルの
1つを屋外で
メダカたちの台に使おうかと思い

ならば
塗装せねばと
朝からホームセンターへ急ぎ足



あれこれある
多くの塗料の中から
水性ペイントを選び
ハケをも選び
早速
塗り始めると
これがなかなか難しい




丁寧にやってもムラになるし
ゆっくりやってもムラになる

ならば
さほど丁寧に塗る必要もないと
サラサラと塗り終えれば
やっぱり ムラだらけ

それでも
メダカたちの台だから
わずかに防水効果があれば
それで良し




すでに朽ちて穴が空いた
30年も使った台は
騙し騙し使って来たけれど
そろそろ危うくなって来て
ちょうど変えるタイミングとなった

さてすれば
このままの無塗装で良いかと
そう思っていた
もう1つのテーブルも

ちょいと慣れた感もあり
明日にでも
塗ってみようかなんて…

それよりも
まだまだ余っている
膨大な量の木材

あと何を作ろうかと
思いながら…

一昨年の節分の
豆まきの時に
初めて姿を見せた玉響たち

調べれば
オーブとも言うそうで

不思議かな
怖さは一切なく
それよりも
味方のような
そんな存在

その日から
丸2年となり
1日も欠かすことなく
彼らの存在を肯定し
付き合って来た

相変わらず
必ずその姿は見えて
その都度
声を掛けて来たけれど

今まだ
戻る言葉はなく

何ひとつ
本当のことは分からない

分かったことは
彼らはどこにでもいて
自宅はもちろん
山でも
旅先でも

なんと
高速で飛ぶ飛行機の中にも
その姿を見せる

ってことは
もしかすると
常に僕に付いて周っているのかも?
なんて思ってみるが
それも分からない



今夜もまた
齢の数だけ
豆を食べて

外へと向かい
鬼は外 福は内 とやれば
一昨年の晩のように
彼らはその姿を見せ

いるよ! っとでも
告げるかのよう




いつか
本当が分かることがあれば
もしや
その時は
僕も彼らの姿となる日なのかもと
思ってみるが
これもまた
分からない

いつの間にか
自分よりも大切なものが増えた

それはやはり
家族たちで

親たちはもちろん
カミさんに
子供たちに

更には
孫たちも…

それは決して大袈裟ではなく
彼らに何事かがあれば
この身を差し出し
守る決断は出来ている

すでに
次へと繋ぐ
僕の生きた役目は終えた感

後は
運に支配された持ち時間の中で
どれだけ微笑めたかだけなのだろう



それは
孫というものが出来て
また
還暦なる齢を越して

すでに
オマケみたいな時間に突入し

ひと息ついて
周囲を見渡せは
もうこんなにいないのかと
失った仲間たちを
熱く思い出す

誰もが
年寄りになれるわけではなく
願っても届かない
運というひと言で
片付けられる人生



確かに
運が良かったのかと
危なかったいくつかの場面を
切り抜けられた瞬間を
振り返って身震いする

ひとつ間違っていたならば
もう何度
この世を去っていたことかと…

それだから
生かされてる感はあって
一昨年の節分に
突然 現れ始めた
見えなかった者たち

きっと彼らは
ずーっと側にいて
守ってくれてたのか
監視していたのかと

これまた
勝手に解釈などして
感謝する

時間は進むばかり
もがき逆らってみるが
何も変わらない



つい
いつまで? って
後ろ向きな言葉を吐いてしまう
自分を正してみるが
何も変わらない

そう
何も変わらないのだ

そうだ
もしかすると
彼らは
どなたかが吐いた
言霊が浮遊しているのかもしれない

ならば
前向きな言葉をと
更に
もっと
もっと
もっと…