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菅生石部神社

 

石川県九谷焼美術館へ行く途中に、菅生石部神社を参拝しました(自転車で!)

1400年もの歴史があり、白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)に次ぐ加賀国二ノ宮

 

スピリチュアルなパワースポットとしても人気があるそうで、確かに凛とした気に満たされていましたキラキラ

本日のブログ記事では

 

  • 菅生石部神社の御朱印
  • 境内の紹介
  • 御祭神・ご利益
  • 例祭~御願神事(竹割まつり)と天神講
  • 菅生石部神社の歴史
  • アクセス

 

について紹介します。

 

 

  菅生石部神社の御朱印

 

菅生石部神社

拝殿に掲示されていた御朱印の案内

  • 授与時間:9:00~16:30
  • 授与場所:社務所(神門を入って左側)
  • 初穂料:500円
とのことです。
 
 

 

  境内の紹介

 

敷地天神橋

大聖寺川(敷地天神橋)から神社方面を望む

菅生石部神社
県道145号(串加賀線)の大きなカーブ沿いに鳥居があります


神門は総ケヤキ造りで銅葺き二層の楼門(市指定有形文化財)
(画像出典)ほっと石川旅ねっと

江戸時代後期の1824年に起工し翌年完成。設計者は七代目善右衛門吉順(建仁寺流の名工山上善右衛門嘉広の子孫)で、藩主・有力町人らの寄進により、大聖寺・加賀両藩の大工棟梁を動員して建てられました。

参考:加賀市観光部文化振興課

菅生石部神社
拝殿

菅生石部神社
手水舎(手前)と社務所(奥)

菅生石部神社
白山社

菅生石部神社
稲荷社

 

鳥居をくぐり、建物の下をくぐると階段があります。

 

菅生石部神社


鳥居をくぐり、建物の下をくぐると階段があります
拝殿に掲示されていた境内配置図

 

 

  御祭神

 

菅生石部神社に祀られている御祭神を紹介します。

 

 

 

本殿

 

菅生石部神(すごういそべのかみ) ※下記の三柱の神様の総称

  • 日子穗穗出見命(ひこほほでみのみこと)
  • 豐玉毘賣命(とよたまひめのみこと)
  • 鵜葺草葺不合命(うがやふきあわせずのみこと)
※諸説あり
 

 

末社 ※本殿向かって右手奥

キラキラ菅原社キラキラ

  • 菅原道真公(すがわらのみちざねこう)
キラキラ事比羅社キラキラ
  • 大物主命(おおものぬしのみこと)
キラキラ春日社キラキラ
  • 天児屋根命(あめのこやねのみこと)
  • 径津主命(ふつぬしのみこと)
  • 武甕槌神(たけみかづちのかみ)
  • 姫大神(ひめおおかみ)
キラキラ八幡社キラキラ
  • 応神天皇(おうじんてんのう)
キラキラ白山社キラキラ
  • 菊理姫命(くくりひめのみこと)

 

末社 ※本殿向かって左手奥

キラキラ敷地稲荷神社キラキラ

  • 宇迦御魂命(うかのみたまのみこと)
キラキラ藤森社キラキラ
  • 大國主命(おおくにぬしのみこと)

 

摂社 ※正面鳥居を出て右へ150m

キラキラ愛宕神社キラキラ

  • 火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)

 

 

 

神社の参拝方法は、こちらが参考になります右矢印【完全決定版】正しい神社のお参り作法

 

 

 

  ご利益

 

家内安全厄除子授安産などのご利益があるとされます。

菅原道真公もお祀りすることから「しきぢ天神」とも呼ばれ、学業成就合格のご利益もあると言われます。

 

 

 

  例祭

 

菅生石部神社は、2月の御願神事と7月の天神講が有名です。

 

 

 

2月10日:御願神事(ごんがんしんじ/別名:竹わりまつり)

菅生石部神社

(画像出典)文化庁|文化遺産オンライン

同神社の小正月の行事で、石川県指定無形民俗文化財に定められています。

かつてこの地に大蛇が住んでいて、これを退治するために生まれた神事であると伝えられます。

竹を組み藁を被せた三角錐形の東屋への点火、青竹を200本を叩き割る竹割り、大蛇に見立てた大縄を引き回して大聖寺川に流さす大縄が行われ、割られた竹は、厄除け・魔除けとして参詣者が持ち帰ります。

《地域文化遺産【ダイジェスト】御願神事》

 

 

 

7月24日~26日:天神講

菅生石部神社
(画像出典)ほっと石川旅ねっと

 

創祀以来約1400年続く大変古い神事であり、江戸時代には大聖寺藩の藩祭として、藩主を始めとして藩内全住民が参拝していました。

毎年7月24日・25日・26日の3日間開催され、初日の茅の輪(ちのわ)神事では、マコモでできた高さ約2.6mの輪をくぐり、1年の穢れを祓います。

また3日間とも、氏子の少年により蝶の舞が奉納されます。加賀地方での稚児舞は同神社だけで行われています。
 

参考

 

 

  菅生石部神社の歴史

 

社伝によれば585年、この地で疾病が流行したとき、宮中で祀られていた菅生石部神が勧請されたのが起源とされています。

 

 

 

朝廷・武家に信仰された神社

旧越前国三ノ宮であり、現在は加賀国二ノ宮。古くから朝廷・武家から崇拝され、「平家物語」巻七には、木曽義仲が「のみ(野美)の庄」を寄進したとの記述があります。歴代の前田家藩主からも多くの寄進を受け、明治29年(1896年)には国幣小社に昇格しました。

 

 

 

京都「北野天満宮」「わら天神」と関係あり

中世にこの地域一帯は京都の北野天満宮の社領となっていたので、昔から天神と呼ばれ、境内には牛の像が鎮座しています。

 

菅生石部神社

 

また、京都の敷地神社(わら天神)は、菅生石部神社からの勧請であると伝えられています。

 

 

 

全国の「斎藤さん」の氏神

同神社は「全国の”斎藤さん”の氏神様」と言われます。その由来は・・・

平安中期に福井の敦賀に住んでいた貴族・藤原叙用(ふじわらののぶもち)が、斎宮頭に任命され、それを名誉に思い「斎宮の藤原」略して「斎藤」と名乗り、菅生石部神社に祀られる天神様を氏神としました。

※斎宮頭(さいぐうのかみ)=斎宮(神宮に奉仕する未婚の皇女)の世話をする斎宮寮の長官

その後、斎藤氏は美濃国(現・岐阜県南部)に移り、氏神の菅生石部神社の分霊を勧請したので、美濃国には菅生石部神社が17社もあります。そして、菅生石部神社の分散とともに、斎藤氏も全国に拡散しました。

 

 

 

珠姫ゆかりの文化財が残された神社

徳川秀忠とお江の方の子で、加賀藩第2代藩主・前田利常の正室となった珠姫が、菅生石部神社を崇敬していました。

そのため、婚礼調度品を始め多くの品が同神社に寄進され、文化財に指定されています。

蒔絵角赤手箱
蒔絵角赤手箱(国指定重要文化財/東京国立博物館蔵)
(画像出典)石川県|石川の文化財

ちなみに珠姫は、1599年京都伏見城に生まれ、わずか3歳で金沢の前田利常のもとに輿入れし、14歳で結婚。

以後、三男五女を出産し、8回目の出産後体調を崩して、わずか24歳で亡くなりました。

さすが徳川家康の孫だけあり、政略結婚の見本のような人生を歩んだ珠姫ですが、夫の前田利常とは仲のよい夫婦だったとも伝えられています。

 

参考

 

 

 

  アクセス

 

 

〒922-0011 石川県加賀市大聖寺敷地ル乙81

JR加賀温泉駅から加賀周遊バス「キャン・バス」加賀越前線で8分→バス停「30 菅生石部神社」からすぐ
JR大聖寺駅から徒歩20分

北陸自動車道:片山津ICから約8.9km
北陸自動車道:加賀ICから約4.8km
駐車場:乗用車30台(無料)



本日は、石川県加賀市の菅生石部神社をご紹介しました。

今回、参拝した時間が早かったので、御朱印をいただくことができなかったんですよねチュー

近くの石川県九谷焼美術館も素晴らしかったし、再訪してみたいエリアです。

《石川県九谷焼美術館のレポートはこちら》

 


またママチャリで行くのかな笑い泣き笑い泣き

 

 

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《この日のサイクリングレポートはこちら》

 

《石川・加賀の観光スポット》

 

 

《石川・加賀サイクリングレポート》

 

 

 

 

(参拝日:2023年8月8日)