東京の高級アンティーク家具店パンカーダのブログ -123ページ目

~ジョージアン様式~

ジョージアン様式は、18世紀にイギリスで誕生した様式。

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今でもヨーロッパの王室貴族が当時の家具を愛用していて、
アンティーク市場に出ることは稀です。

ちなみに、米大統領もジョージアン様式の家具を好み、
今のホワイトハウスのインテリアはジョージアンスタイルらしいです。
オバマ大統領が、チッペンデールスタイルの椅子に座っているとか…

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ジョージアン様式とは、
ジョージ1世~3世のジョージ期に流行したスタイルで、
新古典主義(=ネオクラシシズム)を基調としています。

新古典主義とは、
18世紀にローマに起こった芸術運動のこと。
ポンペイなどの発掘によって、古代の美術や建築の見直しが行われ、
家具や室内装飾も単純化と古典復帰に向かって以降します。
直線構成の厳格な線と優美さが美しいスタイル。

家具の素材は、
それまでのオーク材、ウォールナット材から
マホガニー材が使用されはじめます。

家具様式も、
世界で初めて家具デザイナーが誕生し、デザイナーの名前が使われます。
(チッペンデール、アダム、ヘッペルホワイト、シェアラトンなど)


ジョージアン様式は、
まさに、英国伝統のインテリアの黄金期!
伝統的な家具といっても、単に美しく重厚なだけでなく
現在に通用する実用性を備えています。
ジョージアン様式のインテリアの美しさは
永遠に変わることがないのかもしれません・・・。

当店のジョージアン様式の家具を少しご紹介いたします。
お時間がございましたら、ぜひ店頭でその美しさをご堪能ください。


8116-058 ジョージアンニーホールデスク

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8113-331 ジョージアンデスク

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1010-119 ジョージアン・トリポットテーブル

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by M

カントリー・ジェントルマンに上りつめた男

英国で成功したものが憧れる職業はファーマー(農場主)です。


彼らはカントリー・ジェントルマンともいわれ、広大な土地を管理し、

城館で暮らす優雅な身分。


今日は産業革命によって成功した起業家のお話です。


ヴィクトリアン時代の起業家、ジュリアス・ドルー(Juleus Drewe)の

半生をご紹介しましょう。


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1856年に貧しい家庭に生まれたジュリアスは、

17歳でお茶の貿易商を営むおじの下で働き、中国に赴任します。


彼はここで商売のコツをつかみます。


「植民地で安く買い付けた商品を仲介業者を通さずに直販する」

実にシンプルな商法です。


彼の商売は大当たりし、リヴァプール第1号店を皮切りに、

22歳で英国全土に多くの支店を持ち、富裕層への道を駆け上がります。


彼は、32歳にして早くも引退し、企業家たちの理想、

カントリー・ジェントルマンの仲間入りを果たします。


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当時の有名建築家エドゥイン・ラチャンズにカントリーハウスの建築を依頼し、

キャッスル・ドローゴー(Castle Drogo)を建設。


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設計時、長男エイドリアンをラチャンズの助手につけますが、

エイドリアンは城の完成を見ず、1917年戦死してしまいます。


エイドリアンはイートン校からケンブリッジ大学へ進んだエリート、

ジュリアスの落胆は想像を絶するものだったのではないでしょうか。


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国のために命をささげたエイドリアンはカントリー・ジェントルマンとしての

生涯を全うしたともいえそうです。


ちょっと悲しいサクセスストーリーでした。

by T


“運命的な出会い” あります

“運命的な出会い”をしたことがありますか?


ひととの出会いも、もちろん最高に素敵ですが、

ものとの出会いにも運命を感じる瞬間があるようです。



「別のものを探しに来たのに、

この子(アンティーク家具)をどうしてもほしくなってしまって。」




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「一目ぼれです・・・」


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「こんな簡単に決めてしまって、よいのかしら」


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「毎日、売れないようにと願いながら、ホームページで見てました。」


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人生にこんな瞬間がある幸せ。


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パンカーダに運命的な出会いを探しに、来てください。


家具たちはみんな、100年以上前から、

あなたとのそんな出会いを待っています。


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by T


ヴィクトリア女王もお気に入り、バルーンバックチェア

19世紀にはいるとヴィクトリア時代のチェアメーカーは、

重厚なルイチェアのアンチテーゼとして、

バルーンバックチェアを開発しました。


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小ぶりで、手軽に動かすことができるチェアは大流行します。


フランスのルイ16世様式のデザインをもとにしつつ、

背もたれの装飾をなくし、フランスのものよりも

より流麗なラインを強調したデザインとなっています。


ヴィクトリア女王(1819-1901)も、ワイト島にあるオズボーン・ハウスの一室で、

愛するアルバートと隣り合わせでバルーンバックチェアに座り、

ヨーロッパ政策などを話し合ったといいます。


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パンカーダがオススメしたいのは、初期のものに多いローズウッド製!


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ローズウッドサロンチェア




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ローズウッドサロンチェア



ローズウッドは、紫檀とも呼ばれ、黒檀、花梨と並んで

稀少価値の高い高級銘木の代表的な存在。


辺心材の差は明らかで、辺材は白っぽい淡色、

心材は赤紫褐色から紫色を帯びた暗褐色、

黒紫色の縞模様が入っています。


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その木材の、さらに選び抜いた芯材から作られた

バルーンバックチェアは、硬くきめ細かい美しい木肌。

墨流しで描いたような流麗な木目は自然の創りあげた芸術品です~


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アーリーヴィクトリアンならではのバルーンバックチェアで、

王侯貴族の華麗な日常を暮らしに取り入れてみてはいかがでしょうか?


このチェアで思索にふければ、上流階級のインスピレーションを

得ることができるかもしれません!


by T



バルーンバックチェアとは?

バルーンバックチェアとは、背もたれの輪郭が

バルーン(気球)のような形状のチェアのことを言います。


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サロン(応接室)やパーラー(客間)、ダイニング、ベッドルームなど

様々な場所で使われ、デザインのバリエーションもたくさんありました。


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ベッドルームで使われるより軽量で、

円に近い形の背もたれとアームが付いたタイプは

クエーカーチェアとも呼ばれます。


ヴィクトリアン初期のものは、ローズウッド材が多く使われています。

マホガニー材、ウォールナット材、メイプル材なども登場し、

インレイ(象嵌細工)が施されるものも。


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ベッドルーム用の細身のタイプはウォールナット材。


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小ぶりで軽量、動かしやすいというメリットがある一方、

ガシガシ使えるダイニングチェアとしては扱いが繊細になるため、

パンカーダでは、それなりに裕福なお宅で

丁寧に扱われていたと思われるものを選んでいます。


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レッグデザインだけでも、

フルーティング(溝彫り)、

ターニング(挽物細工)、

カブリオールレッグ(猫脚)など様々なので、

ぜひお気に入りのデザインをみつけ、

ヴィクトリアン時代の雰囲気を生活に取り入れてはいかがでしょうか。


by T


英国貴族のヒエラルキー

イギリスにおける貴族(Peer)とは、爵位(title)を有する人のことをいいます。


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爵位には5種類あり、


Duke(デューク):公爵
Marquess(英)/Marquis(マークィス):侯爵
Earl(英)(アール)/Count(カウント):伯爵
Viscount (ヴァイカウント):子爵
Baron(バロン):男爵


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現女王の夫エディンバラ公や次男ヨーク公といったRoyal Duke(王室公爵)を

頂点とした世襲貴族(Hereditary)が私たちが思い描く「貴族」でしょうか。


世襲貴族とは別に、貴族院の法律家と終身貴族令によって

授爵した一代限りの男爵(Life peer)もいます。


イギリスの貴族制度は複雑で、王室を頂点とするピラミッドが破たんしないよう、

巧妙にして厳格なルールの上に成り立っているそうです。


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爵位は当主一人が保持し、爵位の継承は最も近い血筋の年長男子と決まっています。

日本のように血縁のないものを養子を迎えて継ぐことはできないそうです。

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ヨーロッパの名家、ハプスブルク家やブルボン家は

必ず後継男子が生まれていた希有な一族だったということ。


名家に嫁いだ花嫁は大変だったのでしょうね・・・


by T


皆さん、もうお花見に行かれましたか。

東京ではそろそろ満開のピークが過ぎようとしているようです...


3月中旬に撮影した、新芽。


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今は、こんなに立派なお花を咲かせていました。


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ですが、そろそろ散ってしまうのでしょうか...

切なくもあり、これからの新しいスタートに心躍るような感覚。


日本人の多くが、桜をみてなにかを感じているのではないでしょうか。


桜って、どうしてこんなに人の心に感動をもたらすのか。


それは、最近になって浸透した感情ではないようです。

古くから、諸行無常といった感覚にたとえられていて、

ぱっと花を咲かせた後、散ってゆく儚さや潔さは

人生を投影する対象となっていたそうです。


日本最古の史書『古事記』や

歌集『万葉集』にも桜に関する記述があるとのこと。

100円玉のデザインも桜ですね。


遥か昔から、変わらず愛され続ける桜。

そして、桜を愛し続ける日本人。


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なんだか良いですね...。


by M




ティーパーティのご報告

アンティーク家具に囲まれながら、

優雅なお茶のひとときを愉しんでいただくイースターティーパーティー。


その様子をご紹介いたします。


まずは、ティージュのティークリエイターの方による

紅茶に関するレクチャー


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茶葉や産地、美味しい入れ方のコツなど

実演をされながら、ご説明いただきました。


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いい香りが店内に漂っています (≡^∇^≡)


焼き菓子やイースターにちなんだチョコレートなど、

ダージリンティーをいただきました。


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アンティークの風合いが素晴らしいケーキスタンドも大活躍!


アレンジメントも自由に楽しめる優れものですが、

すべて完売してしまい、当店には残っておりません・・・



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ティートローリーもそのための家具だけあって、

ティーパーティーやアフタヌーンティーにはぴったり♪


アンティークは何でも受け止め、引き立ててくれる力がありますね~


お茶菓子から、バラやルドゥーテなどなど

多岐にわたる話題が飛び交う和気あいあいとした雰囲気の中、

英国貴婦人たちもこんな風に過ごしたのではないかと思わせる

優雅な午後のティーパーティーでした。


ご参加いただきましたお嬢様方、

お楽しみいただけましたでしょうか。


日常を忘れる楽しいひとときをありがとうございました。

またぜひパンカーダにいらしてください。


by T






英国貴族のイースター

今、イギリスはイースターでお祭り気分♪


イースターはクリスマスと並んで、「Family Occasion」と呼ばれ、

日本のお盆や正月のように、普段は離れて暮らしている家族が集い、

再会を喜び合う行事です。


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デヴォンシャー公爵の一族の一人、

建築史家マーク・ジルアード(Mark Girouard)氏の

『The English Country House』の中に、こんな幼いころの思い出話が。


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6歳のイースターホリデーにチャツワースに行ったとき、

私は普通の家に泊まっているとはとても思えなかった。


子供の私たちが毎晩「壁画のホール」を通って、

大伯母に「おやすみなさい」を言いに行くとき、


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私たちが歩く2階の廊下の金色に塗られた鉄の欄干は、

今までに訪れたどの家にもないもので、まるでホテルのようだった。


しかしそこが怖いとも思わなかったし、

圧倒されてしまうこともなかった。


イースター当日、私たちはみんな『イースターエッグ探し」に

大きな池のほとりに下りていった。



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さまざまな色に染めたゆで卵が、

氷室近くにある丈の高い草に隠してあった。



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私たちが卵を取り合って、取っ組み合いをしているのを、

大人たちはやさしく見守っていた。



今日はパンカーダでもティーパーティーが開かれます。


イースターバニーもお出迎え


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イースターアイテムが店内を彩っております。


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そして、イースターエッグもご用意しておりますので、

ぜひアンティーク家具に囲まれながらのイースターを

お楽しみください♪


by T





英国の紅茶の歴史

明日はイースター(復活祭)、

パンカーダでもティーパーティーを開催いたします♪



イギリスの紅茶の歴史をご紹介いたします。


1662年、イングランド王チャールズ2世がポルトガルから

キャサリン・オブ・ブラガンザ妃を迎えました。


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ブラガンザ王妃が大のお茶好きで、茶道具や中国の茶、砂糖などをもちこみ、

毎日のように飲んでいたそうです。


それが次第に訪問客にもふるまわれるようになり、

宮廷にお茶が知られるきっかけとなりました。

ただ、その当時のお茶は紅茶ではなく緑茶だったそうです。


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そして1689年、オレンジ公ウイリアム3世とメアリー女王の時代に、

東インド会社が中国と直接貿易をはじめ、

イギリスの貴族や文化人たちの社交場となっていたコーヒーハウスで

次第に上流階級にも広がっていきました。


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その後18世紀に入り、中国でウーロン茶の発酵技術が進み、お茶も紅茶に。


大の美食家アン王女が即位すると、ウィンザー城に茶室を作るなど、

紅茶文化が花開きました。



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イギリスの紅茶文化、ティーパーティーやアフタヌーンティーの習慣を

日本でも優雅に楽しみたいものです~


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by T