「コロナ以前の社会には もう戻れない」
そんな言葉をよく耳にします。
しかし、この言葉 どうにも腑に落ちないのです。

 

こたびの コロナ禍というやつ、そもそも何の前触れもなく
あれよあれよという間に 一気に広まってしまったのです。

もしも、地震や台風のように “来るぞ” と予測がつくもの
ならば、心の準備や災害への備えもでき、災害の前と
後の検証もしやすいと思います。
ところが、コロナの猛威はそんな予測が一切なく、あっと
いう間に全世界を呑み込んでしまった。
我々は 何の準備もないままに呑み込まれてしまった。
これじゃあ何でこうなったのか、コロナの前も後もあった
もんじゃないと感じるのです。

 

とはいえ、こうなってしまったのには 必ず “原因”
あるのです。 予想を超えた出来事にも 原因は必ずある、
それが 『原因結果の法則』 です。
「コロナ前に戻れるのか?」 ではなく、原因を探り出し、
同じ轍を踏まない事こそ肝要
なのではないか。

 

そこで肝になってくるのが、コロナをやっつけるという
人間目線ではなく「コロナから人間はどう映るのか」
という “コロナ目線”
です。
そう観たら 一目瞭然、人間社会は ウィルスの恰好の
“エサ場” となっていたのです

狭苦しい場所に人が寄り集まり、口角泡を飛ばす。
ウィルスのエサ場が、至る所に出来過ぎていたのです。
感染爆発の下地は整っており、あとは時間の問題だった。
それが 「コロナ以前の社会」だったのです。

原因の大部分は、そんな人間社会にあったのです。

 

これはある意味 “文明病” というものでしょう。
享楽追及の遊興事が 景気引上げの主役へとエスカレート

する、そんな歪んだ資本主義の果ての姿とも感じます。
こたびの “コロナの乱” は 享楽至上社会に鉄槌を下した!
その様にも思うのです。

                 

 

では、「コロナ後」はどうあるべきなのか?
先ず、すぐに結果という甘い蜜を求めない。
結果至上が享楽至上へと エスカレートしていくからです。
苦労を積み重ねて目的に辿り着く、その“過程”にこそ
価値が与えられる仕組み造り
が大事だと思います。
そして、こうした苦労の積み重ねで得られた喜びこそが
“免疫力のUP”に繋がり、ウィルス撲滅にも向かっていく

と思うのです。

 

人が寄って集まる イベント、お祭り、スポーツ、それに
職場の働き方など本来の意味” が失われ、単なる
人集め、金集めの 道具に堕していないか?

それを見つめ直すことです。
人集めのすし詰め状態が ウィルスの恰好のエサ場となり、
今の大騒動となっていったのです。

催し物の主目的に立ち返ったならば、果たしてそんなに
人を集める必要があるのか?

見たい人、参加したい人には、例えばリモートで参加して
もらうシステムなど考えられるのではと思います。
また、仕事においても 今までの仕事に捕らわれず、先ず
人として何が出来るか?
それを見出す事だと思います。

 

私は 「コロナ後」が大変になったというより「コロナ前」が
行き過ぎた異様な世界だった
と観ています。
ウィルスにとっては、美味しそうなエサが濃厚に集まっている
“人間牧場”の世界。 そこにウィルスが付け入って来るのは
当然至極の事と思うのです。

 

皆様の温かいお心に支えられ、拙ブログは
10年の節目を迎えることができました。
途切れ途切れの更新ではありますが、10年
続いたことを喜んでおります。

 

なれど、私は未だ 「ブログ初心者」です。
10年経っても 「初心者」の鼻垂れ小僧です。
これは裏を返せば、「初心忘るるべからず!」
これからも 世間の論調に流されず、自分が
感じたままの “初心” を大事に書いていこう

そう思うのであります。
(恐らく 初心者を卒業するのには、まだまだ
 100年はかかるでしょう。 それまで生きて
 いるのか?(笑))

              

 

さて、私が10年前 ブログを始めるきっかけとなった
のが、植村花菜さんの 「トイレの神様」 です。
この曲に感動し、この曲の素晴らしさを伝えようと、
ネットの知識など全くないまま パソコンと苦闘して
ブログを開設した日々が思い出されます。

 

それから10年、世は新型コロナウイルスの禍中-
ここで改めて 「トイレの神様」の素晴らしさを想い
起こすのです。

日本は今のところ、コロナ禍にあっても人口当たり

の死者数、感染者数が少ない。
しかも、検査数が少なく、外出規制も厳格ではない
中で この成果は奇跡的とも言われます。

 

これは日本には 「トイレの神様」 が語るように、
汚れて醜いものでも 綺麗に掃除しておけば
後できっと良い事がある
という 精神的土壌が
あったからこそと感じます。

例えば、トイレ掃除はもちろん、手洗いや消毒の
励行などにも それが表れていると思います。
トイレの神様の寓話などから、庶民に衛生観念が
自然と根付いている
と改めて思うのです。

 

実は調べてみると、「トイレには 女神様がいる」
という言い伝えは 日本だけのものではなく、世界
各所にあったようです。
(中国、インド、ローマ、
中米など)
「トイレの神様」 の伝承は、人類が感染症との
戦いで得たきた知恵
であるとも思います。

現在も 新型コロナの猛威は終わっておらず、
“第2波” の襲来が確実視されています。
そんな折、「トイレの神様」から教えられる事がある
のではないか。  「トイレの神様」を 今一度じっくり
聴こうと思います。

      

        「トイレの神様」

BEBEさんによるカバーですが、心を込めた歌い

ぶりと よく通る美しい歌声が 染み入って来ます。
原曲の良さが引き出され、こうして歌い継がれて

いくのは素晴らしいことです。

 

そして本家 ・ 植村花菜 「トイレの神様」

 

 

近頃TVをつけると出てくるのが 「リモート」による
「マルチ画面」というやつ。
最初は、おーなかなか斬新だ。
TV局もやるもんだ。 と、新鮮な見立てでした。
ところが、こう連日どこもかしこもかもだと 飽きて
きます
。 リモートのマルチ画面というのは、映る
範囲が狭いし、薄っぺらい!

感染症対策のための 文明の利器といっても、まだ

まだ違和感はぬぐえません。
まあ、この非常時に こんな形でもTVが見られる
のは有り難い事なのですが。

 

さて、ユーチューブを観ていて この「マルチ画面」は

素晴らしい!! というのがありました。
「ウィー・アー・ザ・ワールド」 を 一人で23人分
見事に歌い分けているのです。

今の世界的危機のご時世のあって、幾つかの
「ウィー・アー・ザ・ワールド」動画が上がっています
が、これは一味も二味も違って凄いです。

 

「ウィー・アー・ザ・ワールド」 by 雪乃

 

歌っている 雪乃さんも凄いですが、編集作業が
かなり大変
だったと思います。
歌を繋ぐタイミング、仕草に合わせた画面の配置
といったテクニックに加え、アーティストの振りや
衣装コーディネートが絶妙!
スタッフの総力、想いが動画に結集されている
のが伝わって来ます。

 

「マルチ画面」でも これだけ手が込んでいれば
物凄く感動的であります。
衣装、歌い方、仕草、全て入れ込んでいます。
何よりも “曲への愛” が半端なく、だからこそ

成せる技だと強く感じます。

 

しかも驚くべき事に、この動画がUPされたのが
今から5年も前なのです

今でこそ、この状況下だからこそという事で
 「ウィー・アー・ザ・ワールド」 のマルチ画面動画が
多数UPされています。
けれど、本動画は このマルチ効果を5年も前に
先取りしていたかのようで、今 このコロナ禍で
さらにストレートに伝わって来るのです

 

緊急事態宣言が延長されたといっても、私の様な
元来オタク体質の人間には、今のところそれほど
大きな影響が現れていないと感じていました。
ところが、コンビニの規制が非常に厳しくなった!
これには憤っております。

 

・ゴミ捨て禁止
・イートイン禁止
・立ち読み禁止
・トイレ使用禁止

この規制は何なんだ!!

 

私は 観光地や歓楽街、遊興施設などへは以前から
ほとんど出向かず、慎ましい生活を送っております。
そんな私にとっての憩いの場が コンビニなのです。
新聞、雑誌や食品、生活雑貨などが大方揃っていて、
情報や食品調達に事欠かない。
店内は清潔で、置き場が見やすく 探し易い。
歩き回る必用もなく、レジ待ちも短い。
各種料金の支払いや、通販の受取もできる。
立ち読みや トイレ使用が気軽にできる。
ゴミ捨ても 少量ならできる。
などなど 食品スーパーやドラックストアなどと比べて
割高であっても、便利さでは遥か上なのです。

 

それに加えて、大きな魅力が イートインなのです。
冷暖房が完備され 心地がいい。
人が混み合わず 広々と食事ができる。
食べ終わったゴミが すぐ捨てられる。
新聞雑誌を買って、くつろいで読める。

などなど 飲食店より格安にくつろげるし、車の中で
食べるよりも 格段に快適
なのです。
車の中だと狭苦しく不自由だし、 ゴミで車の中が
汚れてしまう。 ゴミを持ち帰っても部屋が汚れる。
ゴミ問題は切実なのです。
そう思うと、イートインは便利で快適な憩いの場
だといえるのです。
イートイン利用に消費税分がUPになったとはいえ、

おおよそ10円程度の割り増しです。

10円程度で快適さが得られるなら イートインは安い

もんなのです

 

さあ、そんな便利なイートインが コンビニほぼ全域で

使用禁止。 これは困った…。
その上に、ゴミ捨て禁止、トイレ禁止、立ち読みまで
禁止。 これではコンビニの意味がない!
こんなコンビニに誰が行くかー!!
と、怒り心頭で 店を出ていくのです。

               

 

もっとも、これまでコンビニを使っていた客にも問題が
ありました。
トイレや イートインを汚す。
雑誌を無造作に傷める。
ゴミ箱に あふれ出すまでゴミを詰め込む。
イートインに浮浪者みたいなのがタムロしている。

など、これじゃあ衛生上規制されても仕方がないと
いった光景が多々ありました。
店内が汚れたなら、すぐに拭き取るか店員に知らせる。
ゴミ箱が一杯だったら、無理に入れずに持ち帰る。
小ざっぱりした清潔な身なりに心掛ける。
そうした客側のマナーに注意を払うべき と感じます。

 

あと、立ち読みですが、これには “技” があるのです。
先ず、雑誌が汚れず傷まないように、雑誌を左手に軽く
乗せ、ページは右の親指の腹でそっとめくること

決してページを掴んだりしないのです。 ページを掴むと
すぐに紙が折れ、汚れが付き、なし崩しに本が傷んで
しまう
からです。
次に、1~2分以内の速読を心掛けること。
長い立ち読みは、通常でも御法度であります。
もし、速読で内容が分からなかった場合、雑誌を一旦
元に戻して 店内を一回りするのです。
そうして店員に物を買う意志を見せて、再び立ち読み
に戻るという寸法です。

 

ただし、こうしたコンビニのサービスに対して、客の
“仁義” というものがあると 私は思っています。
それは、ゴミを捨てた、トイレを使った、立ち読みを
した、その場合 必ず店で何か買ってあげる
という
事です。
私は、100円のペットボトルでもいいから、必ず何か
買うようにしています。 それがサービスへの最低限の
仁義だと思うからです。
今後 コロナが終息した後も、コンビニへの規制が

続くようではいけないのです
そのためにも、コンビニを使う客のマナーが大事に
なってくる
と切に感じるのです。

 

新型コロナ緊急事態宣言が全国に拡大され、
一斉に登場した 「ビニールカーテン」。
私の住む片田舎のレジや受付でさえ、どこも
かしこも アッという間にビニールが現れました。
この同調感は何なんだ!? と驚く次第です。

 

(このビニールカーテンは 「コロナシールド」 とも
 呼ばれます。
 新型コロナのクラスター、オーバーシュート攻撃を
 「コロナシールド」 でブロック! と、まるでロボット
 アニメの世界です。(笑))

 

さあ、そうなってくると気になるのが ビニールの
在庫です。
全国津々浦々、一斉にビニールが使われたの
だから、その消費量は相当のものです。
さらにビニールには飛沫がついて不衛生になる
ので、一週間に一度は交換が必要ではないか?

これではコロナ終息までに 恐ろしい量のビニール
が必用となると思います。
それに 廃棄したビニールはどうするのか?
これも凄まじい量になってしまい、その捨て場は
どうなる。 衛生上 分別しなくていいのか?
再利用はできないのか?
とに角、終息までには日本全体で地球を何周か
する位のビニールが必用となり、マスクの次は
ビニール問題 が懸念されると思うのですが、どう

なのでしょう?
              

 

さて話は変わり、ビニールの取り付け方を見ると
これがなかなか面白いのです。
大きく分けて、
「天井から吊るす」  「支柱にくくり付ける」
この二つが主流のようです。
(他にも、カーテンレールのある病院などの受付は
 「カーテンレールに取り付け型」 の様です。)
私は当初、ビニールカーテン用の一般的なキットが
あるものと思っていました。
ところが、レジや受付のサイズや高さなどに応じて、
取り付け方は千差万別
だと知りました。

 

先ず 「天井吊り下げ型」 は、直接ビニールを天井に
付け、数か所ネジフックで固定する方法。
または、天井から2本ヒモを垂らして 長い棒の両端に
くくり付け、その棒にビニールを取り付ける方法。
この二つに大別されるようです。
ビニールの取り付け具は、ビス、ホチキス、クリップ、
フック、リングなど様々あります。
「天井吊り下げ型」は、食品スーパーや コンビニに
多いようです。

 

次に 「支柱くくり付け型」 は、ホームセンターにある
ような組み立て式ポールを レジに合わせて組み、
そのポールに ビニールをバンドで縛り付けるという
やり方です。 これは書店に多かったです。
また、ドラックストアなどでは、レジに合わせた細い
金属製の型枠があって、そこにクリップ止めできる
ようになっています。
やはり薬局関係では、いつでも飛沫対策がとれるよう
準備が出来ているという事でしょう。

 

このように、各店がホームセンターなどで止め具を
調達し、ビニールを独自の形で取り付けている、その
手作り感が何とも微笑ましく感じます

最初はウザく感じたビニールカーテンですが、今では
そのバラエティーの豊かさに関心を持っています。
また、ビニール越しに見る レジのオバチャンが妙に
キレイに観えてトキメク!
という事もしばしば。(笑)
きっと私のような 「ビニールカーテンフェチ」 という
輩が現れ、ネット投稿など始まるものと期待しており
ます。(笑)