ふくろうの森から

ふくろうの森から

「ふくろう」に癒やされる日々を送っている元経営者が、
日々の現実に押しつぶされそうになりながら、描く未来へ
歩を進めようとしている姿を描ければと思います。

「1人でもいい。誰かの勇気になれば。」と願っています。

昨年を振り返りながら、今の自分に足りないなと思うことを考え、年が明けた元旦に何かを残そうと思っていたのでした。

 

 

そんな中に入ってきた石川県能登地方を中心とした大地震の情報。

マグニチュードは7.6。志賀市では震度7の大きな揺れを感じたという情報。

そこから、津波情報。注意とともに、実際の津波の映像がテレビに映し出される。

 

2011年3月11日が頭をよぎる。。。

 

とにかく、怖い。。。

 

この状況で、何かを書くことってどうなんだろうと思う自分もいて。

 

 

 

 

ありきたりのことしか書けないけれど、どうか、被災された方々が少しでも休まりますように。

お正月ということで、何ができるか分からないけれど、2011年の時のように、出来る範囲で現地で活動出来たらと思う。

 

とにかく、今は情報を慎重に見極めなきゃ。

遠くにいるからこそ出来ることを考えていたい。

 

どうか、少しでもココロ休まりますように。

今日は、2023年12月31日。大晦日。

 

今年は、激変した年だった。

その12月。

 

今、私は何を思っているのだろうか。

 

TVではNHKの紅白歌合戦が流れている。

 

とにかく、変化が大きく、適応していると思っていた自分の心は適応なんて出来ておらず、体に変調が現れ、ココロが苦しんでいることを知った。

 

自分と向き合うことで、それを乗り越えることもかろうじて出来た。

 

仲間にも、身近な人にも救われた。感謝しかない。

 

そして、最終週に、大きなプレゼントももらえた。

苦しい時期も、ちょっとだけがんばって継続した結果、最終週に嬉しい知らせを聞くことが出来た・

 

自分と向き合い、日々を必死に生きる。

足を止めない。

 

さあ、明日からの2024年にも継続したい。

 

世界の平和も願って。

 

このブログを除いて頂いた皆様、ありがとうございます。

よいお年をお迎えください。

 

11月。

日々、眼の前に起きる事象や解決したいと思う課題に、ただそれだけに集中をして取り組むことが出来はじめた月だった。

 

前月にまとめたように、自分の心と向き合う時間も取ることが出来たし、そのことで少し体調も上向きになった気がする。

 

やっぱり、今の私にはこれが大切なんだ。

こうやって生きていく必要があるんだ。

 

そんな中で、少し俯瞰して自分を見つめることが出来たのかも知れない。

11月をまとめたノートに次のように記入しているメモがあった。

 

ひとの役に立ちたい。

もっとひとの役に立ちたい。

中途半端ではなく、自らの持っているものをすべて出し尽くした上で貢献したい。

 

やるかどうかは、結局、自分次第なんだよな。

 

9月に復活するきっかけに気付き、なんとか更に浮上できるようにとあがいた月だったな。

 

そこで感じたこと。

 

それは、自分と向き合うことの大切さ。

そして、それには、自分の体調が非常に重要だということ。

 

これまで、私は寝る必要性も感じてこなかったし、どこまででも集中すればやっていけると思ってきた。

でも、この数ヶ月で、その感覚、いや自信が吹っ飛んだ。

 

物理的な変化には気付くことが出来て対処が出来たのに、自らの心の負荷には気付かず、放置したことで心がクタクタになった。

そうすると、体調不良は止めることが出来ず、更に苦しくなる。

 

そうなんだ。

 

自分と向き合い、自分の心と相談をしながら、ケアしながら。

そうやって、今に集中する。

 

結局、これが大切なんだなと今更ながら感じている。

 

自分自身が感じている精神的なスランプ、肉体的な不調。

 

前月の8月が落ちるに落ちた月だったからか、這い上がろうと思ったし、拝挙げれるはずだと思った月でもある。

 

そんなことを体験したからか、人生とはこんな感じなんだろうとそんな風に思えた月でもある。

 

これでは駄目だって思えたから、とにかく、やるべきことに一所懸命に取り組んだ。とにかく、動いた。

そうすると、自分の能力不足だったり、知識不足だったりすることを痛感する体験になった。

これじゃ恥ずかしいなと思ったし、まずいなって思ったからこそ、知識をいれることに力を入れた。とにかく、学んだ。

そうしたら、少しだけだけど自信ではないけれど、なんとかがんばろうという気持ちが湧いてきた。

だから、がんばれた。

 

そうやって日々を復活していった9月だったように思う。

 

なんとか、復活への一歩を踏み出した9月。

 

8月は、今でも思い出したくない位、きつかった月。。

 

5月から続く変化に対応している自分が、もう限界だなって思ってしまう位のきつさ。

 

精神的にも、肉体的にも。

本当に限界だなって思った月。

 

それでも、期限があり重要なタスクが仕事上やってくる。

きつい。出来ない。

でも、やらなきゃ。

 

こんな感情が続く日々。

 

こんな葛藤が、自分の中で繰り返される。

 

 

そんな私を支えてくれたのは、やっぱり仲間であり、仕事であったように思う。

 

5月から続く変化もあり、私自身の環境も変わることになった。

 

その結果、生活環境も経済環境も大きく変わった。

そんな月が7月だった。

 

そんな自分を振り返ってみると、体もとてもきつく、精神的にもともてきつかった月だったようだ。

 

日々の記録には次のような記載が並んでいた。

 

思うようにならない。

やらないといけないことがあるのに、そこに向かって集中出来ない。

体がきつい。

何か、気持ちが落ち着かない。フワフワしている。

 

こんな状況でも、やるべきことに向き合うことが出来たのは、仲間という存在があったからだと、今、思う。

 

人は一人で生きていけない。

頭で分かっていても、こういう状態になるまで、それを実感できないなんて、なんて愚かな存在なのだろうか。

そう思った7月だった。

 

先月の大きな出来事を引き釣り、子どもと向き合い、私自身の揺れ動く心を感じた月。

 

大きな決断をした子どもを再び迎え入れた。

 

このことで学んだことがある。

これまでは、そこまで意識することもなかったこと。

言語化すると、それはそれで当たり前のようにも思える。

けれど、私にとっては、以下に記載をすることは、今にして思うから気付いたことでもある。

 

自分自身への言葉としても記しておこう。

 

新しいことを始めると、いろんなことが変わってくる。

物理的に変わるものは、予測もし易いし、一つ一つ対応をしていくことで、適応できる。

その適応は意外と簡単で、適応出来た後に自分でもそのことに気付くので、自分のがんばりも把握できるし、自己肯定感も生まれる。そうなると、プラスのサイクルが回り初めて気分もよくなる。

 

ただし、心の変化は他者からは理解出来にくいし、もっと言えば自分でも分からないもの。

ここへの対応は、簡単でもない。

また、特に方法論が明確なものではないようだ。

少しずつ、心だけが傷んでいく。病んでいく。

こんな感じなんだよな〜。

 

それでも、朝は来る。

 

2023年の5月。

こんなことが起きるなんて、誰もが想像つかなかったことがおきた。

 

少し距離を置いていた子どもからのSOS。

それに、どう応えてあげるべきか。

私自身が問われる。

 

さあ、どうする?

と突きつけられた5月。

 

どうあるべきか、どうすべきか、、、

 

答えの出ない中で、答えは子どもの中にあるのではないかと思うに至り、子どもの心のドアをノックした。

久しぶりに面と向かって話をした。

話を聞いた。

明確な答えや意思を子どもから聞くことはなかった。

けれど、私の感じたことを言葉に変えた。

 

それを聞いた子どもが、その考えに賛同し、大きな決断をした。

 

私にとっても、子どもにとっても、そして関わるすべての人にとって大きな決断。

 

こんなことが、起きるんだなと、今でもそう思う。

大きな大きな出来事のあった5月。

 

新年度となった4月。

 

相棒との別れも、ゆっくりだけれど受け入れ始めた矢先だったな。

「人」との向き合いかたに難しさを感じる出来事が。

 

社内のプロジェクト的な動きの中で一緒に活動をしていた重要なメンバーが退職の意向を示したのだった。

本人も、現状の役割や立場から相当に悩んだそうだが、自分の将来を考え、今しか出来ないとのことでの決断だった。

 

このことで、プロジェクトの大きな動きが止まった。進めることが出来なかった。

 

他のメンバーは、それぞれにいろんな想いを頂いただろう。

同じ方向を見て、将来へ向けた一歩を踏み出そうとしていた矢先だったからこそ、いろんな想いがあっただろう。

 

でも、これも受け入れないといけない事実。

再度、プロジェクト的な活動を建て直さないといけない事態を受け入れつつ、自分の気持ちを整理した4月だったな。

 

今、新しい道を選んだ仲間は、新しい場所で輝いているとの話を聞いていて、そのこともよかったなと心から思っている。