~分からない問題は避けて通る社会人になる~ 対話無き日々
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のつづきです。
日本の教育は、多過ぎるカリキュラムの弊害もあるのだろうが、教育の本質を飛ば
して、はじめから受験のテクニックを子どもたちに叩き込んでいる。
このような教育を受けた子どもたちは、将来的に、分かる問題、できる課題は真面目
に勤勉にこなすが、
分からない問題は避けて通る
社会人になる
私は、言語聴覚士という国家資格のプロフェッショナルを養成する学校で音響学
などの科目を教えている。
言語聴覚士は、構音(こうおん)障害(脳の一部や発声器官に何らかの障害が起
きて、言葉を発することが困難になる障害)、難聴などの聴覚障害、嚥下(えんげ)
障害(物を食べるときに、のどや胸につかえ感や不快感などがあって飲み込むのが
困難になる障害)などがある人のケアやリハビリテーションを実施する専門職である。
これだけ多種類の疾患や障害を担当するわけであるから、国家試験の出題範囲は
とても広い。
特に、聴覚障害は、数学や物理学の知識が必要となる音響学を習熟せねばならない
ため、学生たちの勉強量は大変な量になる。
ところで、近年になって資格を取得した言語聴覚士の中には、聴覚障害に関する
知識が驚くほど乏しい者がいる。
嘆かわしいことに、明らかな間違いを患者やその家族に言っていたり、あろう
ことか、その間違いをSNSなどで(言語聴覚士を名乗って)発信している者もいる。
そんな者たちの1人に、「国家試験の前に、音響学や難聴について勉強しなかった
のですか?」と尋ねたことがある。
返ってきた答えは「数学とか物理は苦手なので聴覚障害関係は全て捨てて、嚥下に
絞って勉強しました。それでギリギリ合格点が取れる計算になるので」とのことで
あった。
まさしく、分からない「問題は飛ばせ」である。
こういう人たちに難聴のケアを担当された患者はたまったものではない
つづく-> ~人は、分からないことがあるから他者との対話を欲するのである~ 対話無き日々
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