対話無き日々 ここまでをまとめ読み その18
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のつづきです。
何かの問題を出されて、それに少しでも分からないところがあると、何も書かずに
完全な空欄にしてしまう。
例えば、講義の内容から少し応用した問題を試験に出すと、空欄で出してくる学生が
年々増えている。
自分が間違った答えを書くことに異常なまでの恐怖、嫌悪感を持っており、
間違いを書くくらいなら空欄の方が良い
と考えているようだ。
一方で、答えが分かる問題だと、教科書のコピーのように完璧に書く。
一字一句を完璧に暗記してあるのである
学生たちから話を聞くと、高校までは
「とにかく先生が配った模範解答を覚えてきなさい」
「ここからここまでを暗記しておきなさい」
と言われることが、とても多かったそうである。
日本は、ゆとり教育の頓挫(失敗?)から、経験主義教育を捨てて、以前の系統主義
教育に戻ってしまっているようだ。
暗記に頼った知識の積み重ねをベースとした「一問一答式知識観」は、かえって思考力
を失ってしまう場合も多いと指摘されているが、近年の日本の学生たちの多くは、
このパターンに完全にハマっている。
教育において、模範解答の暗記が必要な場合はある。
例えば、五十音や九九のように明確な模範解答があって、それを覚えなければ、
その後に学ぶ読み書き、読解や計算、数学的な理解などが難しくなるものに
ついては、早いうちに覚えさせておくことに一定の理はある。
よって、小学校~高校では、何かを覚えねばならないケースもあろう。
しかし、これはあくまで初期プロセスであり、教育の最終的な目的は、子供たち、
学生たちが主体的に学び、考え、関連付け、問題解決ができるようになり、生活を
営む力を習得していくことである。
試験に合格させるために「覚えてきなさい」「暗記しておきなさい」と指導するのは
完全なる誤りである
近年の日本では、小学校~高校どころか、大学等の高等専門教育機関でまで、定期
試験合格者を増やすために、教員に対して
模範解答を作って学生に覚えさせろ
という学校もある。
そもそも、高等専門教育に模範解答なんて、ほとんど無いはずなのだが、いったい
何をやりたいのであろうか。
日本の教育機関は、あたかも、大容量で高速なメモリ(記憶装置)を備えながら
1bitのCPUしか有しないPCを大量生産しているかのごとくである。
そのメモリも、試験の時だけ記憶が維持できれば良いRAM注)のような状態なので、
将来的にも何の役にも立たないのである。
社会に出れば
模範解答など
用意されていない
これまで学んだことから、自分の頭で考えて答えを導き出し、それを行動に移して
いかねばならない。
つまり、学校で用意された模範解答を暗記するという行為には全くと言って良いほど
“学び”は無く、しかし、それでしか評価されないのであれば、子供たち、学生たちが、
間違えることを異様に恐れるようになるのは当然であろう。
間違えを過度に恐れると
対話が無くなる
万が一にも間違ったことを他者に言ってしまわないように、差し障りの無い会話しか
しなくなる。
与えられたものを暗記すれば良いのであれば、子供たち、学生たちは、同級生とも
教員とも親とも、さらに対話しなくなる。
対話など暗記の邪魔なのだから。
注)電源が切れると、それまで記憶されていたデータが消えてしまうメモリ装置。
(つづく)
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