対話無き日々 ここまでをまとめ読み その7
想いやりトークチャンネル【マウンティングは対話でも議論でもない ~対話を減少させてきたもの~】
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のつづきです。
私が経営するオトデザイナーズでは、高齢者に伝わりやすい話し方を
練習するためのアプリ想いやりトークを無料で配信している。
学生たちに、対面の対話形式でこのアプリを紹介し、実際にやってもらい
ながら説明すると、皆、目を輝かせて練習に取り組み始める。
言い直す回数が減った
練習前の話し方では伝わりにくかったことが分かった
祖父母に、この話し方を試したら喜んでもらえた
バイト先の高齢のお客様に話が伝わるようになった
友達にも、このアプリを紹介した
などと嬉しそうに話してくれる。
高齢者を老害呼ばわりする若者と、高齢者問題を真剣に考え、自分たちに
何が出来るのかを議論する若者。
どちらが本当の日本の若者なのであろうか?
これは、互いに対話を重ねなければ見えてこないのである。
フランスの思想家ジャン=ジャック・ルソーは民主政のマックスボリュームは
2万人であると考えていたと言われている。
ここで、ルソーの言う2万人の根拠は何であろうか?
我々は、国や地域、企業や学校、趣味やスポーツのグループなど、常に何らかの
組織や共同体の構成員となっている。
どんな小さな組織であっても、それを民主的に運営していくためには、より多くの
構成員の総意(一般意思)を、そこでの法やルール、システムに反映させねば
ならない。
ここで、より良い一般意思を得るためには、構成員各人が、自分の利益ばかり
でなく、他者の利益、不利益も想像し、時には他者のために自分の利益を放棄
できるようなマインドを持つ必要がある。
例えば、もし、自分にとって都合の良い何らかの新しい制度やルールが出来るとして、
その制度によって
逆に不利益や不便を
強いられる人がいるであろうか?
との想像を一切しない構成員ばかりの組織で、その構成員たちが民主的な運営を
求めているとしたら、
図々しいにもほどがある!
という話であり、江戸時代の長屋の住民であれば周囲から総スカンである。
一方で、組織の規模が大きくなればなるほど、この想像は難しくなっていく。
ルソーの2万人の根拠は、お互いに想像ができる最大人数が2万人くらいという
意味であろう。
ただしこれは、人口が現在よりも極めて少なく、徒歩かせいぜい馬車くらいの
交通手段、通信手段しか無かったルソーの時代の話である。
すなわち、家族や親せき、隣人たちと、その人たちから伝わってくる噂話くらい
しか情報が無かった時代である。
我々が暮らす現在の日本は、ルソーが言う最大人数の6000倍~7000倍の人口を
擁する。
単純に考えれば、民主政を行きわたらせるのは不可能な人数であろうが、現代には、
バスや電車、飛行機があり、
電話、テレビ、ネットもある
これらを有効活用すれば、現代の日本人は、2万人よりもはるかに多くの“他者”の
ことを想像できるはずであり、その一般意思が反映されれば、日本人の大部分は
幸せな人生を送れているはすであるが・・・
どう考えても、そうはなっていない。
つづく-> 対話無き日々 ここまでをまとめ読み その8
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