田舎暮らしの待ち時間
思えば、生まれてこのかたずっと田舎暮らしだ。
田舎=車社会。
通勤も仕事中の移動も休日も車での移動を強いられるのが田舎である。
しかし、飲みに繰り出すとき、私は会社から駅までバスを利用する。
こんなときはバスが来るまでの待ち時間を堪能する。
仕事をするでもなく、遊ぶでもなく、寝るわけで間も無く、唐突に与えられた空白の時間は、何故か心地よく感じる。
今日は金曜日で今まさにそんな時間を過ごしている。
目の前を車が何台も通り過ぎる。
しかし、予定時刻になってもバスは来ない。
これもまた田舎のさだめか。
不安な夜
今の仕事を始めて四年目、ずっと本社勤務だったのだが、支店への異動を任じられた。
本社は緩い、支店こそ戦場と聞かされてきたため、正直怖い。
未だ正式な発表はされておらず、社内でも公言することが許されていないため、私はこの恐怖を誰にも打ち明けられないままでいる。
いや、たとえ公式に辞令が出た後でも私はこの不安を吐露出来ないであろう。
不安を口にしたところで何か解決することはないし、時が来れば打ちのめされるに違いない。
畜生。
これまで積み上げてきたものや信頼されてきたもの、全てとは言わないが一度白紙になる。
今のような安寧を手にするまでにはまた時間がかかるだろう。
もはやこれまでのようなゆったりとした時間は訪れないかもしれない。
ともすれば会社を辞め、他の仕事に就くこともやむを得ないかもしれない。
不安は尽きない。
今までどれだけ甘えた仕事をしてきたのか、浮き彫りになるかのようだ。
何とか自分に鞭を打ち、前を見据えてやっていくしかないだろう。
五月病ともいえる、この不安に立ち向かいながら、酒を流し込む日曜の晩に、明日が訪れねば良いと思いながらゆっくりと眠ることにする。
めちゃくちゃくやしい
知り合いがデビューして嬉しいはずなのだが、悔しくてたまらない。
彼らがデビューに漕ぎ着けるまでの努力をするまでに自分は何をしていたのか。
もちろん音楽以外のことで忙しかったが、そんなのは彼らの前では言い訳にしかならない。
彼らを超えるには並大抵の努力ではかなわないだろう。
しかし、これはネガティブな感情ではなく、むしろポジティブである。
いつも以上に燃えている。
絶対追いつきたい。
そんな気持ちでいっぱいである。
自信を持っていこう
自信を持っていこう。
何をするにも不安は付いて回る。
これで大丈夫なのかとか可能性の低いリスクに捕らわれたりする。
自分を信じねば、全ての行動が守りになる。
そ んな人間に誰も魅力を感じない。
もちろんリスク回避は必要だが、過度になるなら話は別である。
自信を持つこと。
意外に難しい。
今年の課題である。
変な夢
今日は変な夢を見た。
夢の中で寝る夢である。
普段父親とは仲がいいのだが、何かの理由で喧嘩する。
喧嘩したまま、我々家族は廃れた居酒屋にいく。
その居酒屋の雰囲気がリアルで本当にビールを飲んだ気分になった。
いつもなら一杯ぐらいでは酔わないのだが、とても眠くてビール一杯で寝てしまう。
常連のおじさんにからかわれて起きる頃には家族は店から出る流れになっている。
飲みに行って寝落ちしたことは一度もないのでひどく恥ずかしい想いになる。
何故か家族全員が一つのタクシーに乗れないようで、俺は父親と同じタクシーに乗ることになる。
飲む前に喧嘩していたので仲直りをするために何か話しかける。
そこで場面は変わって学校の駐輪場。
男女が待ち合わせに使っている。
唐突に尿意が生じ、男女が去った後、その駐輪場に小便を垂らす。
用を足した後目が覚める。
小便をする夢はよく見るのだが、一度たりともおねしょをしたことはない。
しかし、夢でトイレをする際にここでしてはいけないというような状況に立たされる。
あの夢はもしかする僕の無意識下の尿意の抑制なのではないか。
しかしそれにしても居酒屋で寝る流れはいらないだろう。
いい飲み会
このメンツなら気持ち良く飲めるってことがある。
最初は自分にとって都合のいい人間しか呼んでないからなのではないかと思っていたがそうでもない。
別の人間+気持ち良く飲める人だと急に面白くなくなる。
変な展開になり、しらけたりすることもある。
それが今日飲んだメンツだと起こらないのである。
そして、誰も気を使ってない、という雰囲気が伝わってくる。
これは気持ちがいい。
ずっと飲んでいたいと思うほどである。
ともあれ、いい友を持った。
これは誰でも得られるものではない。
感謝の気持ちを伝えるのは照れるのでここに書いておく。
流行ファッションはダサい
90年代の映像を見ると当時の流行りのファッションはとてもダサい。
しかし、流行りに流されないカチッとした服装は今見てもカッコイイ。
つまり流行りのファッションはダサいのではないか。
確かに流行っているときはカッコイイとされるが、10年後にはかっこ悪く見えるのであれば、文化的に低俗なのではないか。
それよりも長い目で見てカッコイイ服装の方が高尚なのではないか。
スキー研修はなんのために開催されるのかを考察してみた
雪国では中学とか高校とかでスキー研修があるらしい。
なんのためにあるのだろうか。
せっかく雪国で育ったんだからスキーぐらいはできるようになれよ、という想いからだろうか。
確かに
「お前北海道出身なのー?」
「じゃあスキーもうまいんだろうなー!」「よしゃ!今度教えてくれよ」
ということになったときにスキー下手くそだったら
「は?お前そんなもんなの?」
「なんだよ期待した俺らがバカみてーじゃん」
「もういいよこんなのほっといていこうぜ」ペッ!
という具合になりかねない。
こういう理不尽を防ぐためにスキー研修が行われるのかもしれない。
雪国育ち=スキーが上手いという社会からの期待に応えるべく、スキー研修が開催されるのかもしれない。
銭湯の災難?
日曜に銭湯に行ってきた。
男友達四人で。
裸の付き合いというやつだ。
露天風呂に期待していたんだが、生憎の雨で湯の温度は下がり生ぬるかった。
2月ということもあってまだ寒くて髪の毛が冷たくなりながらも生ぬるい温泉に浸かった。
ぬるいだけならまだしもなんか垢のようなものが大量に浮いているではないか。
これはいかん。
早く出たいところだが、他の3人がやけに長湯するのである。
旅は道ずれとはいうものの、この垢まみれのぬる湯に浸かるのも道ずれなわけかと途方に暮れながら浸かっていた。
なんの罰ゲームかわからないが、そんな長湯にも終わりが来る。
僕は念入りに体を洗い流し風呂場を後にした。
その夜のこと。
体の至る所が痒いのである。
鏡で見ると赤くなっているではないか。
まさかとよぎるのはあの垢まみれの風呂。
やはりよくないなにかが含まれていたのではないか。
性病じゃあるまいな、とびくびくしながら床に就いた。
今では痒みも治まり赤くなっていた肌も元通りである。
しかし、ああいう無防備な状態になる場所は清潔にしていただきたい。
まあ誰がどんな利用の仕方をしているかわからないから防ぎようがないのは事実ではあるが、少し酷かった。
僕の横を鼻くそが通り過ぎて行くのを僕は見逃さなかった。
ああいう酷い温泉がこの日本にもあるのだという事実がショッキングである。
