子供の夢は夢のまま
小さい頃、テレビに出たかった。
とても基本的な憧れがテレビの中に詰まったいた。
テレビに出たいという願望がいつしか自分はそのうちテレビに出るんだろうなという妄想に変わっていた。
何故か自分はテレビに出れる人間だと誤解していた。
これはヒーローごっこ的感覚で、ごっこ遊びをしているうちにその世界に行ける気になれるのと同じだ。
小さい頃はかめはめ波とかの練習をして本気で出せると思っていたものだ。
出たら出たで学校の壁に穴があくと嫌だなとか思っていた。
それだけ想像力があるというのに、何故かめはめ波など出せないという結論にまで至らないのか。
子供というのは本当に都合のいい考え方をするものだ。
そういう都合のいい考え方をした結果何故かテレビに出れるとか思っていた。
実際はテレビに出ることはない。
ただ去年の春から秋にかけてテレビのカメラマンのアシスタントのバイトをした。
テレビ制作に一応関わったわけだ。
テレビの向こう側はどんなに華やかな世界が広がっているのだろうと思っていたが実際は淡白な仕事である。
大人になると知らなくていい現実を知る。
いや、知らなくていい現実を知って大人になっていくのかもしれない。
ポジティブになろう
ネガティブなことばかり書いていてもよろしくない。
書く方も陰鬱だし、読む方はもっと暗い気持ちになる。
なんなら嘘でも明るいことを書こう。
今日、カフェでランチを食べていたら、カフェの店員さんのシャツの隙間からブラが見えた。
本当に見えた。
ピンクと黒。
見た目は地味なのだが下着は派手なもんだなあ、と眺めていた。
見た目も性格も地味だけどたまたま派手な下着だったのか、見た目は地味だが実際はビッチでそれ故派手な下着を着けていたのか。
後者だとすれば故意にブラジャーを見せている可能性も捨てきれない。
男たちの視線を胸元に集中させ、男たちの間抜け面を拝むために故意に見せているのかもしれない。
しかし、俺は間抜け面などくれてやってはいない。
真剣な眼差しでただ一点を捉えるのみである。
あんたの思い通りにはいかないんだよ、俺は。
などという無駄な妄想を繰り広げながら午後のカフェを楽しんでいた。
引越し
引越しするのは妙に面倒くさい
引越し自体も面倒だし、新居の手続きも面倒くさい。
なんでそんなに書類があるのか。
一枚だけ書いて印鑑押して契約できないのか。
と、グズグズ言いながら書類に記入した。
俺はとことん事務には向いてないなあと思う。
こういうの苦手なんだよなあ。
食べ放題の罠
久々に焼き肉食べ放題に行った。
男四人ということもあって、そこは戦場と化す。
たくさん食うことが正当化され、より多くの肉を平らげる者が勇者と崇められる。
それが焼き肉食べ放題である。
序盤
「よっしゃ食うぞーー!」
「うぉりゃーーーー!」
中盤
「まだまだ食えそうだ!ご飯おかわり!」
終盤
「うぇ・・・く、くそ・・・」
「おい、ご飯残ってるぞ。どうすんだ?」
「く、食うよ」
お会計
「・・・・・・・・」
お会計の前に飲んだ茶が一番うまかった。
やはり歳には勝てない。
胃が受け付けないのである。
明日は胃もたれするだろう。
これが焼き肉食べ放題の運命(さだめ)である。
腹が減ってはなんとやら
腹が減っては戦はできんとはいうものの
腹が減って寝れないとかいう諺はない。
しかし現にこうして腹が減って寝れない。
こういうときに限って次の日の朝食や昼食のレシピを考えてしまう。
溢れ出るよだれ。
考えるな・・・。
思考を停止するんだ・・・。
しかし、理性とは裏腹に空腹が想像を掻き立てる。
我思う故に我ありとはよく言ったもので、今空腹に思考を巡らせているからこそ存在する自己なわけで。
我食う故に我ありとかいう名言を提示したくなるわけで。
まあ、要するにこれから夜食を食べる。