2025年10月4日
延川和治

 

サードキャリアでも、その目標設定プラニング、目標達成への行動プラニングの重要性は、いままでと、変わりなしと理解している。
キャリアには、いろいろな思い、能力、環境などの要素があり、それぞれが作用し合うが、究極は、やはり、自分が生涯に渡って追求、発揮しつづける社会的役割の達成という表現にて、その目標をまとめることができるのではないだろうかと思う。

自己への気付き、自己の把握、目標の設定、行動の計画、実際の行動、という流れ、プラニングと行動の流れには変わりはなしと思う。
自分で考えて、考えて、親しい人にアドバイスを求めながら、自分をつかむ。真の自分に気付く。
セカンドキャリアの目標が、未達でもいい、サードに向い、それを継承するのか、新たな目標にするのか、今一度自己に帰り、自己を把握し、体力や社会通念を含む環境の変化を掴み直し、信ずる目標に向う計画をたて、行動する、それがサードキャリアのプラニングになると思う。

人生は、山あり谷あり、右に折れ、左に曲がり、後に戻り、前に進み、ときには大回りし、時には大きくジャンプしと、不定形の連続、それでも、変らず求めるものは自分が追求、発揮したいと心の底から思うもの、ではないだろうか。

毎日が計画の想定と違う現実に出会うことも、いままでのキャリアで経験済み、それらを取り込みながら、自分の発揮したいことを目指し、一歩一歩歩み続ける。
常に前向きに、常にポジティブに、そしてひたすらに。

自分自身が、自分自身の生きる価値に気付き、それを認識し、実行し、目標を目指し、歩んでいく、それがサードキャリアの生きる希望と幸せにつながるのではないだろうか。

 



以上
 

変化の激しい時代のキャリアプラン

 

2025年10月4日 鈴木 友之

 

 かつて転職は30代までと言われた時代がありました。しかし、いまでは転職は入社してから定年まで何時あってもおかしくない時代になりました。特に新入社員の転職サイトへの登録数は10年前に比べて約6倍になったと、ある転職サイトは伝えています。背景には、就職内定は得たけれど、より良い条件ややり甲斐のある仕事への意欲、それを可能にする労働市場の流動化があげられます。また、企業業績が思わしくないという理由だけでなく、業績が好調でも事業変革の一環でリスキリングを進めるのはもちろん、更には事業売却やリストラを進めることをいとわない時代になりました。まさにVUCA(*)の時代と言われる所以です。

*注:V=Volatility(変動性)、U=Uncertainty(不確実性)、C=Complexity(複雑性)、A=Ambiguity(曖昧性)

 

 そのためには、キャリアプランの視点からはどんなことに意識を向ける必要があるでしょうか。キャリアプランの基本は変わらず、①興味・関心、②価値観、③能力の3つの自己理解を基に社会や産業構造の変化を俯瞰し、労働市場でのニーズの変化を把握していくことが第一。そして自己理解での3点をより大きくするために興味・関心を広げ、能力を高める行動が欠かせません。しかし、VUCA時代にどんな能力を高める、即ちリスキリングしたら良いの分からないのが実情と思います。以前のようにPDCAという方法で計画を立て、実行する段階で、早くも求められる能力が変化していく、或いは新しい分野の仕事が登場して新たな興味が沸き、今までにはない分野のリスキリングを素早く行うといったことが当たり前の時代になりました。

 

 そこで登場するのがOODAという方法です。既にご承知の方もいると思いますが、O=Observe(観察)、O=Orient(状況判断)、D=Decide(意思決定)、A=Act(行動)です。PDCAのサイクルでは遅い、特にP=Planを終えてD=Doに入るころには環境が変わってしまっていてPlanからし直さなければならない様では物事が進まないというスピード感への対処方法になります。変化している状況を常に観察して、ここと思うタイミングで新たな行動に打って出ることがポイントになります。

 

 では、どうしたらそのようなことが可能にできるのでしょうか。そこで抑えておきたいことは次の2点です。第一に、O=Observeと言っても、ただ漠然と観察していても何の手掛かりも見つからないことはご理解されているとおりです。どういう自分になりたいのか、どのように世の中に貢献したいのかという目的を明確にしておくことが大事になります。そのうえで、世の中の変化、社会や産業構造、技術進歩等を俯瞰していくことで、これだという自分なりのチャンスが見えてきます。「チャンスは前髪にあって、後ろ髪にはない」ということわざの通り、虎視眈々と目を凝らすことに加えて、チャンスをつかむに足る能力を日ごろから磨いておくことがもう一つのカギになります。これはキャリア理論でいうところの「プランド・ハプンスタンス」ということに他なりません。

是非、自分はどうなりたいか、どのように世の中に貢献したいか目的を明確にして、そのために必要な能力は何かを考えリスキリングに励むというOODAを実践されることを応援します。

 

以上

サラリーマン脳とコンティンジェンシープラン

 

2025年9月7日 鈴木 友之

 

 私が企業に就職して定年まで過ごした40年間弱を思い起こすと、まずいろいろとチャレンジする機会を持つことが出来た。その中で、成功し納得できる成果を得た機会があった一方で、不満足に終わったものもあった。不満足に終わったものを振り返ると、それがゆえに命をとられるような結果に終わったものは幸いにも一つもない。もちろん、命を取られていたら今生きていないわけだが。実際チャレンジングなミッションと言えるリスクはあったが、谷に張られたロープを渡るようなものではなく、臆することなく意欲的に取り組むことが出来た。時には、取り組んだ時期の社会的な環境や組織の状況、更には自らの健康状態などから必ずしも意図したようには取り組みを進めることが出来ずに、軌道修正や撤退、任務交代といった残念な結果になったこともあった。

 

 自身の経験で健康問題から任務を外れることがあったが、それで人生終わりではなく次のチャンスは与えられた。健康を取り戻し気持ち切り替え、意欲をチャージし直して、新たなミッションに取り組むことが出来た。他の人の健康問題から急遽、プロジェクトリーダーの交代に入ったこともあった。その様なことを繰り返すうちに、だんだんと与えられた環境だけでなく自分の得意・不得意が見えてくる。もちろん、周りはよりシビアに人材評価して、その人を生かせるように新たなミッションを選択し、目指す成果を出せるように工夫をしていると理解した。

 

 そこで気づくことは、サラリーマンという立場においては、期待した成果を上げれば雇用する側も雇用される側も万々歳だが、期待した成果に至らなかった場合でも、その結果を参考にして人材を生かせるように雇用する側は考え、次の機会を考えていく。特に、日本の簡単には解雇できない雇用制度に於いて、雇用する側として必須の考慮ポイントだ。一方、雇用される側としては、チャレンジでの成功と失敗を通して自分の健康状態はもとより資質や興味の特徴を把握する。それらを生かした活躍へと工夫と努力をして雇用する側の期待に応え、自分の成長につなげることが出来る。すなわち、サラリーマンの強みの一つは、仕事の好き嫌いは別にして、仕事は与えられることにある。もちろん、チャレンジ制度などで自ら申請する機会はあっても、申請した仕事の事業計画が承認されなければならない点で、与えられるという位置づけになる。しかも万が一体調不良等でミッション遂行が不可能になれば、交代要員を用意してもらえる。これは、雇用が保証されていることだけでなく、雇用のバックアップ体制が出来ていることは、サラリーマンという立場のものすごい強みに思う。

 

 一方で、サラリーマンを卒業して自ら事業を始めることになれば、事業計画を作って周りの協力を得て仕事をするだけでは済まない。その事業での資金調達から開発・生産、購買、販売、マーケティングなどすべてを自己責任で協力者を得ながら運営しなければならない点が大きく違う。ささやかながら、個人事業主として講師・カウンセラーの仕事を始め、時には他の個人事業主や企業の人たちとも協力して仕事をするとき、一番の課題は人材のバックアップ体制だった。いま一緒に取り組む人たちとのチームはできていても、自分だけでなくチームの一人でも病気や事故で参加できなくなった時にどうするか。実際に一人急病になったときの交代を手配しなければならなくなった経験がある。企業の中でのサラリーマンという立場で交代要員を手配してもらえる環境との大きな違いとリスクを感じた。コンティンジェンシープランの重要性が顕在化した時だった。その経験をしてからは、仕事仲間との連携におけるバックアップ体制を常に意識し、お互いの健康管理に注意を払うようになった。コンティンジェンシープランにおけるサラリーマン脳を捨てた時だった。

参考になれば幸いだ。

                                                       以上

2025年9月6日
延川和治

長い間、会社という組織の中で活躍されてこられた皆さん
日々の仕事をやり遂げ、責任を果たし、組織に貢献してこられたことは、大きな誇りだと思います。 ご苦労様でした。

サラリーマン脳とは
    上司や組織からの指示を待つ、指示に従う。
    指示された役割の中でベストをつくす、その専門性を追求する。
    役割に不要な責任やリスクを避ける
などの感覚・思考様式。
これら、知らず知らずのうちに身についた「サラリーマン脳」と呼ばれるもの。
これまでは、この感覚がむしろ組織貢献につながっていたと思います。
ですが、御自身のセカンドキャリアやサードキャリアを考えるとき、この習慣が思わぬ壁になることがあります。

「相棒」がいなくなるとき
いままでは「指示」や「役割」という「相棒」が常にそばにいました。
与えられた目標に向かって努力し、チームや組織に貢献する。これは素晴らしい働き方です。
しかしセカンドキャリアやサードキャリアに入ると、その「相棒」がそっと姿を消します。
自分の進む道を決めるのは、自分自身。
目標を設定し、その実現のために行動を選び、責任を負うのも自分です。
もちろん、仲間とチームを組むキャリアの形もあるでしょう。 その場合はいままでの経験が活きるでしょう。
けれど、多くの人にとっては「相棒のいない道」、「自分がリーダー」「自分が選ぶ」「自分が決める」場面が増えると思います。

変化には時間がかかる
今までの「サラリーマン脳」とは真逆の世界と思います。
この変化への対応には時間がかかると思います。
だからこそ大切なのは、事前の準備と思います。
今のキャリアが終わってから「さて、何をしようか」と考えるのではなく、今のキャリアのうちにいるときから、少しずつ気持ちを切り替えていくことと思います。
これが次のキャリアを充実させるカギになると思います。

まずは御自身が、セカンドキャリア、サードキャリアで何をされたいのか、御自身の自己理解、御自分の目標設定を、準備期間に進められることと思います。

小さな準備のステップ
準備といっても難しく考える必要はありません。
たとえばこんなことから始められます。
    30分だけ時間をとって「自分がやりたいこと」を思いつくまま10書き出す
    「お金」「やりがい」「仲間」のなかで大事にしたいものの優先順位を考える
    過去のキャリアで充実感を覚えた瞬間を振り返り、その要素を抽出する
こうした小さな取り組みの積み重ねが、次のキャリアへの道標へのきっかけになっていくと思います。

最後に
セカンドキャリア、サードキャリアを充実させる第一歩は、「サラリーマン脳」からの卒業と思います。 「相棒」はなく、自分自身で選び、決め、切り開いていく。
その準備は、今から始められます。
これまでの経験は確かな財産。そこに新しい考え方を加えれば、これからの人生はもっと豊かになると思います。
    趣味を仕事につなげた人
    地域活動からやりがいを見つけた人
    小さな起業を始めた人
などなど。
変化への対応は、今からでも十分に間に合います。
ご自身のこれからのキャリアを、ご自身の手でデザインしていきましょう。

 

 

以上
 

サラリーマン脳とサードキャリア 

 

2025年8月31日 大圖健弘

 サードキャリアの議論をする中では、サラリーマン脳を脱却して、自律的に、自分のキャリアに取り組むといった内容の議論を伺うことが多くなってきた。確かに、サードキャリアを歩む年代になると、そもそもその年齢から雇い人になる機会は少なく、むしろこれまでの経験を生かして、独立して事業を行うことをキャリアとする方が圧倒的に多いと思う。事実、筆者もここ数年、個人事業主として活躍されているキャリアコンサルタントの方や社会保険労務士の方と仕事上密接にお付き合いさせていただいているが、こうした方々の多くがセカンドキャリア、あるいはサードキャリアとして活躍される方々であり、サラリーマン脳から脱却されて自分の世界を築かれている。

 しかし、筆者自身は、基本的には会社にやとわれている所謂サラリーマンとして日常を送っている。こうした筆者であるが、そうは言いながら従来のサラリーマン脳と違った行動様式や、行動原理がこのサードキャリアの中で芽生えているなと感じることがある。

 一般に、サラリーマン脳という表現は

①    サラリーマンの生活習慣として他律的に始終業時間が決定されており、時間に縛られた働き方をしている。

②    上記の結果、仕事のオンオフが明確であり、余暇の過ごし方も計画的に行える。

③    勤務時間によって収入が保証されるが他律的ある為、仕事の出来高等に対し執着がなく、投資的な考え方がない。

④    会社の中での評価等を主に認識し、顧客や周囲の為という認識が薄い。

⑤    上記に関連して、社内の競争に終始し、周囲が見えにくい。

等が挙げられている。

筆者もサラリーマンであるため、確かに時間管理面の習慣は若い時代とは変わっておらず、遅刻や早退には罪悪感を感じ、管理職でなくなっているため、かえってセカンドキャリア以前より時間管理面の認識は高くなっているように思う。特に、管理職時代については残業をいくらしても、給料と関係しないため、いつまでも深夜残業をしたり、時間雄管理にルーズなところもあったように感じる。その意味では、今の方が時間管理に関してはサラリーマン意識が高くなっている。

 しかし大きく従来のサラリーマンの考え方と変わったところがある。それは、先に挙げたサラリーマン脳の④⑤にあたるところである。現在の仕事においては、特に社内における評判や、社内の目を気にする必要が無くなっており特に社内での競争とも無関係になっている。この為、会社の中の意向よりも直接、顧客の意向を重要視でき、真のお客様志向の仕事ができるようになったと感じることが多い。確かに、筆者の仕事が、商品を売買する仕事ではなく、顧客がら受託したサービスの実施という仕事である、ということがその大きな内容であるからということもあるが、それでも、特に、初めて会社に入ってから、中年に至るまでの、社内競争への意識、また、社内の状況に関して忖度しなければならない状況と比較すると、サードキャリアとして今の仕事についている立場はかなり、顧客中心で、自由度の高い仕事ができていると感じられる世界となっている。

 サードキャリアとして組織に属さず、活躍されている皆さんは更にこうした自由度と、責任を担っていらっしゃることを思うと、筆者のような疑似サードキャリアを歩んでいるものは、まだまだ入門者に過ぎないが、少し考えると年によって、よって立つところが違ってくるのだなと感じる今日この頃である。

 

 

                              以   上

サードキャリアの挑戦と安全

 

2025年7月27日  大圖健弘

 筆者には30歳前の息子がいる。その息子は近年、ある合唱団に参加して活動をお子練っている。その合唱団が先週、あるプロの交響楽団と難解な「レクイエム」の公演を行い非常に好評を博した。その合唱団では、公演を行う際にはすべて暗譜であり、当日も、1時間を優に超える演奏曲目をほぼ完ぺきに暗譜で演奏していた。それでも、大変なことであるのに、9月には3時間近い大曲に挑むという。

 本職でもない息子がこのような公演に参画するのはまさに、挑戦というほかなく、すべてを暗譜し、間違いなく演奏することは勿論、その中でその曲としての芸術的な背景を理解し、指揮者の要求にこたえて演奏していくことは並大抵のことでは達成できない挑戦ではないかと思う。

 ここで、この話をさせていただいたのは、サードキャリアのおける挑戦が考えるにあたって、こうした挑戦ではないなと思ってのことである。サードキャリアを考える私たちの年齢にあっては、若い頃と違って、残念ながら体力的にも、記憶力等について考えてみても衰えを考えざるを得ない。その中で挑戦をするといっても無理をした挑戦はなかなか難しい。息子の例を考えるとそもそも3時間にも及ぶ演奏に耐えられるかどうか疑問であるし、それをすべて記憶するということもまず難しい。勿論何度か演奏していれば別であるが、それにしても、演奏する機会自体がそんなに多くなく、なかなか挑戦できない代物である。その中で、失敗すると、個人の演目ではないを言うことから、多くのメンバーに迷惑をかけてしまう結果に終わってしまう。たとえ、個人が満足する内容でも、多くにメンバーに迷惑をかける結果に終わっては、全体としての満足を得ることは難しい。

 こう考えると、サードキャリアにおける挑戦はおのずから安全を視野に入れながらのものでないといけないなということを強く感じる。勿論、よく目にする年配者の無謀な登山による事故などもそうであるが、ただ、挑戦してみたいからという思いで挑戦して、人に迷惑をかけたり、自分が危険な目に遭ったりすることは、是非避けなければならない。身が危険にさらされるということだけでなく、周りに迷惑をかけるということも避けなければならないことなのだ。独りよがりの挑戦でなく、第三者に迷惑をかけない安全な挑戦ということがサードキャリアに求められることだと改めて思う今日この頃である。

 

                              以  上

サードキャリアでの挑戦では特に健康面に留意

 

2025年7月25日 鈴木 友之

 

 前回のブログでサードキャリアになってから「続けられる趣味」を始めるときは「石の上に3年」などとは言わずに、自分に合うか合わないかさっさと判断すべきと書いた。理由はサードキャリアに残された時間は少ないからだ。趣味は自己責任で「止めた」と言っても周りに迷惑が掛からない範囲なら良い。しかし、周りを金銭面や時間面も巻き込んでの趣味、まして仕事となると、計画とずれてるなとか、ちょっと合わないな、イメージしたようにはいかなそうだな、と言ってもそう簡単には止めれない状況になっていることが多くある。よくよく準備で考えておくことが必要に思う。

 

 セカンドキャリア時代に入って時間に余裕ができたころに、個人旅行を計画して息子のバックパックを借りて海外旅行をしたことがある。それでも、旅行中の宿だけは事前にすべて予約しておいた。学生時代にバックパッカーをしていた息子は宿も行き当たりばったりだったそうだが、さすがに駅などでの野宿は勘弁なので余裕をもって計画した。あるとき、ドイツのアイゼナハという町ではヴァルトブルグ城を見学しに駅からタクシーで行き、帰りのタクシー乗り場とバス停を確認してから城を見学した。さて、帰ろうとタクシー乗り場に行ったがタクシーは1台も来ないし、バスも来る気配がなく、待つ人もいない。仕方なく、山道を30分くらい歩いて降りて帰ることが出来た。山道を下る分にはいずれ街中に出て誰かに道を聞けるはずと考えていた。何より、ドイツなりの治安は大丈夫だろうと、それなりのリスクは考慮していたが、それでも本当に道があっているかと少し心細い気持ちだった。初めて通り名を見つけた時にはほっとした。日本と違いすべての道に通り名がついているのはありがたかった。

 

 サードキャリアに入ってからは、そのような少しの冒険も慎重になってしまった。というのは、やはり健康面のリスクが大きい。3年先輩がヨーロッパ旅行をしていて、確かデンマークの空港に向かう飛行機内で体調を崩した。CAが手配してくれていて、空港からそのまま市内の病院に救急搬送されてそのまま入院となった。軽い脳梗塞だったそうで、数日で退院して帰国できることになった。大変な金額の入院代を含む治療費がかかっただろうと、海外旅行保険はかけていたものの、不安になっていた。しかし、驚いたことに入院・治療費は無料だったという。外国人でも無料だったそうだ。いまはどうなっているかわからない。

同行した奥さんの滞在費がかかっただけで済んだとのこと。想定外の病気発生でも無事に済んだ例外と思う。

 

 趣味だけでなく仕事での挑戦をサードキャリアに入ってもすることを止めはしないが、考えられるリスク評価には、自分都合の狭い視点からだけでなく、信頼できる他の人にも計画を聞いてもらって客観的にみたリスク、特に健康面での評価もしっかりとして、目的・目標と撤退条件を明確にして取り組むことが肝要に思う。例え残念な撤退になっても、良い思い出にできるような挑戦を応援します。

 

 種田山頭火の自由律俳句に「分け入っても分け入っても青い山」がある。挑戦して時に疲れたら「雨ふるふるさとははだしであるく」という句も。

以上

2025年7月21日

延川和治

 

サードキャリアを考えるとき、「これからもより良く生きたい」との気持を、「新たに挑戦をし、新たな自由を得ていこう」で実現していくのか、あるいは「いままでの集大成を活かして、安全にすすんでいこう」で手に入れていくのか、どちらを選ぶか、迷う方々も多いのではないでしょうか。

 

このとき先ず大切なのは、やはり「自己理解」、自分をしっかり掴みなおすことと思います。

自分が一番大切にしてきて、これからも大切にしたい価値観は何か?

自分がこれからも活かしていきたい経験・スキル・つながりは何か?

こうした問いを通じて、自分の軸を明確にし、意識しなおすこと、これが、挑戦するにしても、安全を選ぶにしても、まず第一歩になると思います。

 

次に、自分を取り巻く環境の把握も欠かせません。

健康状態、体力、家族との関係や責任など、自分の現実的な立ち位置を把握しましょう。

 

さらに大切なのが、リスク、感情の可視化と思います。

上記の環境のなか、自分の価値観をできるだけ達成しながら、より良く生きていこうと思うときに、心に浮かぶ、不安、期待、戸惑いなどの感情やリスクを、頭の中で思うだけでなく、書き出してみてください。

書き出すことで、それらを客観的な視点から整理し、自分や状況を客観的に見つめ直すことができると思います。

 

その上で、今後の方向に向う段階的なステップ、スケジュールを立ててみましょう。

いきなりすべてを変えるのではなく、今のキャリアから少しずつ移行していく方法を考えることで、心身の負担を減らすやり方もあります。 必要であれば、新たな分野の知識やスキルをリスキリングで補っていくことも、選択肢のひとつと思います。

 

こうしたプロセスを経て、次の一歩に進む自信が持てるようになると思います。

もし不安が残るようであれば、信頼できる人、キャリアカウンセラーなど第三者へご相談頂くのも、良いやり方と思います。

 

サードキャリアは「過去の集大成」であり、「これからの自由」でもあります。

ぜひご自身に合った道を選択され、希望をもって歩まれてください。

 

以上

サードキャリア年代の趣味の意味

2025年7月1日 大圖健弘

 筆者は50歳代になった当時「是非趣味を持ちなさい」と何人かの知り合いに忠告された。その時は、会社の仕事も忙しいさなかであり、「とても趣味なんて」という意識で全くの無視であった。その後50歳代の半ばに至り又周りの人から「趣味を持ちなさい。もっと年を取った時に必要です。」という忠告を受け、更に、「あなたには合唱が向いている」等言う話まで受けて、ある意味、半信半疑で今の合唱の団体に所属することになった。以来、なんとなく続けてきているが、サードキャリア年代といわれる最近になってこの趣味の意味が分かりかけてきた。

 若い時代、またセカンドキャリアを歩んできていた時代において、私たちは仕事を通じて色々な方とも知己を得ることができ、自分の存在する社会というものを築くことができてきた。それは、その時代に行ってきた仕事が自分の力だけでなく、自分が所属している組織の力も大きく影響し、社会を広げられるということも背景にあるが、個人の問題としてそうして社会を広げていかなければ、食い扶持を稼ぐことができず、自己の存在を支えることができないという課題も含んでいる。そのため、組織人の場合であっても、フリーランスの場合においても、社会を広げその中で一定の存在を得ることが必要であったのではないかと思う。

 しかし、サードキャリアの年代となり、実際にサードキャリアを歩んでいく中では、必ずしもそれまでと同じ、個人の社会の広がりを持つことは難しくなってくるのではないだろうか。サードキャリアで活躍するにしても、仕事的には限定した内容の仕事も多くなり、フリーランスで働くにしても気力、体力との関係もあって、活躍できる舞台が限定的になってしまうことは否めない感じが筆者にはしている。

 その中で、趣味を見つけていくというのは、それを通してまた新しい社会を築くきっかけになる可能性が高い。勿論、趣味といっても筆者が行っている合唱のような人と一緒に行うことが必要な趣味だけでなく、個人で行う趣味も多いと思う。しかしそうした趣味でも、発表する機会があったり、意見交換をしなければならない機会があったりと、何かしら人と付き合う機会が出てくるものと考えられる。こうした機会をとらえて、新しい社会を築いていくことが、サードキャリア世代の趣味の一つの意義ではないかと筆者は考える。趣味の意義は、他にもいろいろあることは、わかっている。しかし、人間は社会的な生き物である。こうした機会もとらえながら自己の存在する社会を維持することも必要ではないかと最近特に感じている。

 

                             以   上

長続きする趣味

 

2025年6月22日 鈴木 友之

 

 サードキャリアに入ってからの活動として、仕事を続けるにも現役時代ほどに忙しく活動する機会は少なくなる。その分、ボランティア活動や趣味に活動の場を広げることを考え始める。しかし、いざ始めようとしてもなかなかこれと思いつかないままにある人が多いのではないだろうか。平日、地元の図書館に行くと手持無沙汰のオーラを発散して、雑誌コーナーや新聞コーナーにじっくりと腰を落ち着けている人を多く見る。図書館通いが趣味なのだろうか。現役時代の趣味といえば通勤の往復での読書、休日は運動不足解消のためのジム通いやランニング・スイミング、はたまたテレビで野球やサッカー観戦、そして昼寝といったことの延長で、ランニングやスイミングでシニア競技会やマラソン大会などに出場するといった本格的な取り組みは少ないし、実際のところ見つからない人も多いようだ。

 

セカンドキャリアに相当する定年後をテーマにした本や雑誌に登場するアドバイスを見ると、①いつかやりたいと思っていたが仕事優先で時間を割けなかったこと、②生涯教育セミナーなどで興味を持った講座や習い事、③地元での交流を主眼にした様々な活動への参加、④ボランティア活動、などがあげられている。これらのうち、③地元での交流と④ボランティア活動は、社会とのつながりの新たな始まりで、特に人との交流を求める人には有効。続けられるか否かは、参加した活動での人間関係次第で、相性が合わないと思えば、無理せずにさっさと止めることも大事に思う。

 

一方で、①に挙げた「いつかはやりたかった趣味」と②「興味を持った講座や習い事」は、実際に始めてみて継続したいと思うか否かが重要だ。特に「いつかはやりたかった趣味」は若いころとサードキャリアになってからの体力・知力・継続力、さらには達成への価値観は異なる。若いころの興味でイメージしていた達成感と実際に始めて見ての達成感は相当に異なっていると思う。例えば、ゴルフを趣味にしていた友人は若いころのロングドライブの爽快感を味わえなくなったと止めてしまった。体力が落ちれば違う達成感を楽しめることがカギだったと思うのだが。

 

結論として、①と②、③と④、どれをとっても一定期間、例えば講座1クールとか予め決めて、とにかく始めてみる。その結果の感想と当初のイメージにはなはだしいギャップがあれば、さっさと止めればよい。決して「石の上にも3年」などと長期に頑張るのは禁物だ。サードキャリアに残された時間はあまり長くない。どこかの世界で流行っている「ディール」ではないが、柔軟に取り組むことが肝要と思う。

 

サードキャリアにある知人友人の趣味を分類すると、①学生時代の部活・サークルやお稽古事を継続または復活した人、②以前からやりたかったことを遂に始めた人、③新たに知り興味を感じて始めた人、などがある。例えば、ゴルフ・テニス、ランニング、市民マラソン、スイミング、合気道、ダンス、ヨガ、トレッキング、囲碁・将棋・ブリッジ・麻雀、野菜栽培、そば打ち、茶道、絵画、書道、俳句、古典(記紀や万葉集)、楽器(ピアノ・バイオリン・チェロ・ギター・合唱)、自然公園や記念館ガイドなど。みなそれぞれに始めたきっかけと興味のポイントは様々だ。

 

それぞれに、趣味を続けている楽しさを聞いて理解する点は2つ、①インプットだけでなくアウトプットもある、②活動を通して何らかの形で人との交流がある、③さらにどうしたいと意欲がわき楽しい、があげられる。

また、始めるにあたって考えるポイントを改めて整理すると、①興味を感じたらお試し期間を設定してやってみる、②合わないと思ったらさっさと撤収する。あれ、事業投資と同じだな!と思った。

まだ、何を始めようか迷っている方、興味をもったら、まずは期間を決めてやってみてはどうでしょうか。

 

以上