目標達成にむけたパブリックコミットメント(公言)の効果

 

2026年7月26日 鈴木 友之

 

 大分昔の経験だが、20代に仕事で一緒した先輩と1か月間昼夜をともにする突貫工事のような仕事をした時期があった。二人とも独身だったから出来たのだろうが、仕事に追われる中で食事も睡眠時間も不規則な生活になり、仕事のストレスもあったのだろう、不摂生な食事で見る見るうちに太って来た。あるとき二人で食事しているときに、太ってきて服を作り直す必要性に話が及んだ。このまま太ってしまうのは受け入れ難い、ひとつ気合を入れて体重を減らそうという結論に至った。ふたりそれぞれの目標体重を設定して、仕事が一段落する1か月後に体重を図り、目標を達成した者に達成できなかった者がご馳走することにした。私は岩城宏之さんの減量体験談を参考に、減量作戦を立てた。まず毎日の食事のメニューを手帳に付けて、カロリーを概算で算出し記録し、体重も測って記録する。二人一緒にする昼食や夕食では、定食のご飯など半分ずつに分け合ったり、魚や肉料理は敢えて半分残したり。一方、野菜などはしっかりと摂るように心がけた。もちろん、間食はせずコーラなどの甘い飲み物は止めてお茶や水で済ませた。一か月後、二人で社内にある診療室の体重計で図り、減量値を確認。二人とも10kgを超える減量目標をめでたくクリアできていた。二人でお互いの努力を祝ってご馳走し合った。

 

 これは正に目標を達成するための方法「パブリックコミットメント(公言)」で多くの方が実践しておられると思います。この方法の効果には大きく3点あげられる。前述の例に当てはめて考えると次のような効果となる。

 ①    責任感の向上

   同僚と宣言し合うことで達成への責任を強化した。

 ②    モティベーションの維持

   食事のカロリー計算をして記録し、体重も毎日図って記録して、改善は喜びに、悪化は反省につなげた。目標達成の暁には   

   ご馳走が待っている、また着ている洋服がきつくなっているのが解消されるといった楽しみをイメージした。さらには、食  

   事管理と体重測定を記録することが楽しみにもなった。

 ③    周囲からのサポート

   仕事を日夜一緒にしている同僚と状況を共有して励まし合った。

一方で、実践する際の留意点としては、

 ①    ハードルが高すぎる目標にしない

   減量目標に際しては、身長と体重の関係から適正な体重を割り出して減量目標を設定した。実行に当たってカロリーは抑

   えるが、野菜などを積極的に食べてビタミン等の栄養素をしっかりとるようした。これは空腹対策にもなった。

 ②    進捗の共有

   周囲からのサポートでも述べたように、同僚と状況を常に共有して励まし合った。

 

 では、なぜパブリックコミットメントが目標達成に有効なのか。一つには「一貫性の原理」によると説明されている。すなわち、人間には「自分の言葉や信念、態度、そして行動を一致させたい」という強い欲求がある。例えば、「一貫性のない人間は信頼できない」とか「意志が弱い」とみなされるのではという社会的評価への懸念があり本能的に一貫性を保とうとする。また、一度決定した方針に従い続けることで、毎回ゼロから決断する思考ストレスを減らせるといった効果があるとも説明されている。さらに、公言することで「自己イメージの固定」につながり、公言を破った時の「信頼失墜」といった社会的コストが生じる懸念から一貫性の原理が強化されると考えられる。

 

 また著名な心理学者レオン・フェスティンガーの提唱した「認知的不協和理論」という視点から考えてみたい。まず、「目標を宣言した自分(A)」と「行動していない自分(B)」の間に矛盾が生まれると脳は強いストレスを感じる。Aで公言した目標を変えられないとなると、矛盾を解消するためにはBの行動を変えることになる。

イソップの「酸っぱいブドウ」寓話では、キツネが高い木の上にあるおいしそうなブドウを見つけて何度も飛び跳ねあがっても届かない。どうしても届かないので「どうせあんなブドウは酸っぱくてまずいに違いない」と言って立ち去っていく。飛び跳ねても届かないキツネがA、「おいしそう」という考えを「酸っぱいに違いない」に変えて立ち去るキツネがBとなる。

私の減量努力の例に当てはめると、減量目標を公言した自分がA、いろいろと食べたい自分がBとなる。Aが公言した目標を変えられない状況で矛盾を解消するために、Bが考えと行動を変える、即ち食事を管理維持することになる。

 

 どうでしょうか、何か成し遂げたいときには、途中で挫折する可能性から公言を避けて、こっそりと頑張って、達成したら高らかに発表したいと思う気持ちがありと思います。私がそうですから。しかし、そこを敢えて公言することで行動への動機づけを強化してみませんか。上記に紹介したように、無理せず達成可能な範囲でストレッチした目標設定、モチベーション維持する方法を取り入れて、公言することで周囲のサポートも得て、トライしようではありませんか。

 

以上

組織、特に非営利組織での個人の行動は

2026年7月21日  大圖健弘

 

 先月、所属する趣味の団体における、組織員の考え方の問題について、話題にしてみたが、もう少し敷衍して、こうしたサードキャリア年代の活躍する組織での個人の行動について考えてみたい。

 若い時に所属している団体、特に会社のような営利団体においては、組織の目標が組織の持続的な成長や売り上げ極大化、利益極大化といった形で明確であることが多く、それに向けて組織の構成員が、行動することによって全体最適の行動が保たれる。この為、その組織の構成員は、多少の不満や細かい考え方の違いがあるにしてもその行動は組織の目的に合わせて、柔軟に変化させながら進めていくことが普通である。

 ところが、営利団体でない組織や、明確な組織の目標の無い団体であっては、個々人の行動は必ずしも、同一の価値観に基づく行動にならないことが多くなってくる。筆者は50歳代のころとある特定非営利活動法人に所属していたことがあったが、多くの企業人等が参加していたその団体においても、大きな組織目標は大まかにはあるものの、その目標を達成するための行動様式、あるいは目標自体の具体的な形についてはそれぞれの構成員によって考え方が違い、結果において、その団体全体のコンセンサスが取れないことが多くみられた。

 所謂会社人のメンバーが多いそうした団体でさえそうした状況にあるのであるから、サードキャリア世代の集まる団体において、その組織の構成員の行動様式が全体最適を前提とした行動になることは非常に難しい。特に、その組織の目標でさえ人によって考え方が違うことが良くあることである。この中で、その組織の構成員としての自己の行動の考え方は、他の構成員の考え方や、行動様式を尊重し、全体の和をまず考えるのではなく、その組織の在り方に対する自己の考え方をしっかり持ち、その考え方を堂々と主張して、その組織のありように貢献することではないかと考える。勿論、エゴむき出しで主張するのではなく、その組織の貢献することが前提での話であるが、バラバラの考え方の構成員の話を聞きながら調整を取っていくことは、到底難しいと考えられることから、それよりも自分の考え方を明確に主張し、できうる限り明確な形で組織に対しする行動様式を決めていくことの方が、その組織に対していい影響を与えるのではないだろうか。

 組織全体のまとまりをもたせる意味でもこうした積極的な行動が望まれるところである。

 

                                  以  上

2026年7月20日

延川和治

 

会社が倒産した。

突然、自分が行く場所が無くなった。 

給料が入らなくなる。 子供の学費も、生活費もどうするのか。 

 

まずは給料を得られる場所を探そう、どんな仕事でもいい。

まずは生活の維持が先決だ。

 

そんなとき

「自分のキャリアの目標、自分は何になりたいのか」、「何を成し遂げたいのか」などを

考えている余裕はないかもしれません。。

しかし、それでも私は思います、

「環境には柔軟に対応しても、キャリアの目標だけは、頑固に手放さない」でほしいと。

 

物事が常に流動的に変化する時代です。

AIの登場で、その変化のスピードはとても速くなっています。

変化する状況や環境に柔軟に対応しながら、目標にむかって進んでいく、その柔軟性は、キャリアの世界でも大きな強みになるはずです。 

 

ところが、ロルフ・ドベリ著世界的ベストセラー“Think clearly”には、この柔軟性を「不利・不適な対応」、「柔軟に対応し続けているうちに、いつのまにか、元々の目標を見失い、その結果気がついたときには、不平、不満、落胆のみが残る」との記載があります。

 

言われてみると、確かに私自身にも、「いつのまにか、元々の目標を見失っていた」という経験がある様に思います。

 

キャリアを歩んでいると、いろいろなことが起こります。

スタートアップしても失敗、挫折、会社に就職しても倒産、解雇、加えて経済的制約、家庭環境、年齢・加齢などなど。

自分ではどうしようもない環境変化に出会うこともあります。 

そんなとき、それまでと同じように進んでいくことはできません。

その変化に対応していかなければなりません。

いったん、自分の目標から離れざるを得ないこともありうるでしょう。

しかし、そこで大切なのは、「目標から離れることと、目標を失うことは違う」

ということではないでしょうか。

 

倒産した。

まずは生活のために、別の仕事に就く。

それは、キャリアの目標を諦めたこととは違います。

今は生活を守るために、別の道を歩いている、しかし、いつかまた目標に向って進む。

その意識だけは、どうか失わないでほしいと思います。

 

失敗をしたときと同じです。

自責の念にかられる。 

「この仕事は自分に向いていないのではないか」、「明日会社に行きたくない」、「もう退職しよう」、そんな負の感情スパイラルに入ってしまうことがあります。

そのようなときも、すぐに結論を出すのではなく、柔軟に取敢えずの対応を行い、

環境の変化の要因を広く理解し、今まで自分が積み重ねてきた実績を振り返り、自分の強みを再認識し、自信を取り戻す。

そして、ひとりで抱え込まず、周囲の方々にも相談する。

そのうえで、いろいろな選択肢のなかから、もう一度自分のキャリア目標に向える道を選択し、挑戦する。

 

環境には柔軟に対応する。しかし、目標は頑固に手放さない。

 

私は、これがキャリアを歩む上で、とても大切なことだと思います。

ビジネスエリートに共通する特徴として

“失敗から立ち直り、逆境を乗り越え、成長する。 そして長距離走を走るように、長い時間をかけてキャリアを築いていく“ということがいわれます。

キャリアは短距離走ではないと思います。

自分ではどうしようもない外的環境変化に出会ったりして

途中で道がかわることもあり、立ち止まることもあると思います。

それでも、「自分がどこに向いたいのかだけは、常に忘れない」

 

環境変化には柔軟に対応しながら、「キャリアの目標は、頑固なくらいに手放さない」

そんな姿勢で、御自身のキャリア目標の実現を目指していただきたいと思います。

 

応援します。

キャリアコンサルタントとして。

 

以上

簡単に頼みごとに応じるのはやめよう

 

2026年6月27日 鈴木 友之

 

 このテーマで一番に思いつくことは「オレオレ詐欺」だ。普段音沙汰のない孫から突然電話がかかってきて「お金を融通して欲しい」という相談。今は亡くなった母が一人住まいの時によく電話がかかってきたと言っていた。その時の返事は「おばあちゃんには良く分からないから、お母さんに相談してみたら」と返事して電話を切ったという。最近はこの手の詐欺は減ってきて、警察などからの脅しの電話が多くなってきているから、これまた用心が必要だ。では、お金ではなく、何かをして欲しいという頼みごとにはどうだろうか。会社での仕事の中での頼みごとの場合には、稟議という第三者の目が入るのでチェック機能が働くが、個人ベースだと第三者のチェックが入る機会がないままにことが進む危険がある。私自身の限られた経験では、例えば甥や姪、孫といった関係での入学・就職における保証人の依頼がある。これは、保証する対象と範囲が理解できているので躊躇なく引き受けている。

 

 では、信頼している人に短期間でもお金を融通して欲しいと頼まれた場合はどうだろううか。例えば、昨年評判になった映画「国宝」での歌舞伎「曽根崎心中」でのトラブルの発端は、主人公の平野屋の手代徳兵衛が叔父で平野屋の主人から縁談が持ち込まれたが、遊女お初との愛を貫くために縁談を断わった。既に継母に渡っていた結納金を取り戻して叔父に返えそうとしていた矢先に、親友と信じていた油屋九平次に3日間と相談されて、そのお金を貸してしまい、返されないままに追い込まれる話。実際の話、大金を持たない身が人に大金を貸すことは少なくても、保証人になった相手が破産してしまい保証人が借金が背負い込む話は小説ではよく登場する話。実際の話としても聞く。知人、友人、お金の関わらない交流が肝要に思う。

 

 なぜ、簡単に頼みごとを聞いてしまって泥沼に陥るのかと考えると、背景に3つの人間関係が考えられる。1つは先にも私事で紹介したように親戚関係や信頼できると思っていた友人・知人関係。2つ目は何らかの恩義や借りがあって断りにくい相手。3つ目は自分にも好都合と早飲み込みして合点する場合。

1つ目の親戚関係での甥や姪と言えども、当人や親をどこまで知っていて信頼に足る人物かどうかを確認することが重要だろう。遠い親戚や友人・知人となると人物だけでなく、なぜ自分に相談が?と疑問符をつけて確認することがいっそう重要になる。

 

 2つ目と3つ目の個々の例を挙げるよりも、一気に2つ目の恩義や借りと3つ目の自分にも好都合という2点が複合した場合を考えてみたい。偶さか、6月27日の日経新聞「私の履歴書」でケンタッキーフライドチキンを退職された大河原毅さんが新たに始めた会社が、北海道八雲町に持つ「ハーベスター八雲」の活用で協力を約束したのちに、再考して断った話が出ている。熟慮の末の結論だったと思うが、相当な勇気が必要だったろう。実際に断った直後は、地元の周りから強い批判を浴びたようだが、目指す自然保護の観点を大切にして事業に取り組んだ。その結果、いまでは地元自治体との友好的な協力関係を築いておられるそうだ。アドラー理論を岸見一郎さんの「嫌われる勇気」の大切さを感じる。

 

頼みごとに簡単に応じるのをやめるのは勿論だが、もし人間関係でつい応じてしまった後でも、よく考えて必要ならば断わる根拠を明確にして「嫌われる勇気」を持って断ることも大切に思う。そのあと誠意をもって取り組めば理解されるときが来るだろう。それこそ「雨降って地固まる」だ。

 

以上

2026年6月27日

延川和治

 

次のキャリアを自分で作っていく時、自分一人で作れるわけにはいかず、いろいろな面で、いろいろな方々のお世話にならざるを得ない。

身近に言えば、まずは、自分の思いを理解してくれて、資金的にも展開的にも、一緒に動いてくれる人が必要になる。 その人をどう見つけるのか、はたまたその人は、最後まで一緒に動いてくれるのか、そしてその人がそういう人だということを、どうしたら事前に確実に把握できるのか。 そして、そもそもその人は、なぜ協力してくれるのだろうか。

インドではプロモーターと呼ばれる創業者がいる。 そしてそれを支える家族、親族がいる。 この結びつきがとても強い。 またそのプロモーターも、他の身内メンバーをサポートする気持や力がとても強い。 彼らは一丸となって成長を目指し、進む。

東南アジアの国々でも、この創業者を支える家族、親族の存在は、インド同様非常に強い。 販売先にしろ、銀行にしろ、設備メーカーにしろ、創業者が必要とする自分がもっている情報を惜しみなく提供する、人を引き合わせる。 家族・親族が一緒になって事業を作る。 創業者も家族・親族を引っ張っていく。 人と人との繋がりが事業構築、キャリア構築の原点となっている。

果たして、日本ではどうだろうか。
スタートアップにしろ、何にしろ、自分が始めようとすることに、家族・親族は、そんなに協力・支援してくれるだろうか。 どれだけの他人が自分と動いてくれるだろうか。
資金的にも、戦略的にも、展開的にも。

余り考えずに引受け、その後それに費やす時間や労力の多さに、嫌気がさしていたことも自分の経験にあり、また、今頼みを引き受けておけば、あとあと自分が困ったとき、お願いがあるとき、聞いてくれる、助けてくれるはずと、将来への勝手な期待を背景に、今の頼みを軽々引き受ける行動をとっている人も自分は見てきている。

古代ローマの哲学者は2000年前に「あなたに何かを頼もうとする人達はみんな、あなたから時間や自由な意思を奪おうとしているようなものだ」と書いているそうだ。
また、著名投資持株会社の重鎮は「素晴らしい何かが見つかる機会なんて、そうそうあるものじゃない。だから、頼み事の90%を断ったとしても、チャンスを逃したことになんてまずならない」と言っていたらしい。
他人からの頼み事を、そもそも受け入れる必要はないと思う人も世の中にはいるらしい。

そんな、いろいろな相手がいるなかでは、本当に自分の思いを理解してもらい、一緒に時間・労力を惜しみなく使い、共に思いを成就させていく関係を創りあげられる相手を見つけることは、並大抵のことではないと思える。 

どうすればいいのだろうか。

自分が思う解答は、「理解と共感そして感動」。 

これではないだろうか。

「自分にとって無関係な多くのことを排除し、残ったものをいろいろな視点で分析し、ふるいにかけ、そしてさらに残ったこれ、この私がやりたいことを、今、そしてこれから実現していく、その実現に相手のこれが必要なのだ」と、

あなたのこれから創りあげたいキャリアへのこの思いを、強く相手にぶつけてその理解を得、相手から欲しいものをお願いし、明確な協力・共感を相手から得、それらを実行、成就したときの感動を共有すること、

この誠実な提案が、やはりスタートになるのではないだろうか。  

「理解と感動の共有」、これが、本気で時間と労力を継続提供してくれることへの原点。

いかがでしょうか?

           
以上
 

サードキャリア世代の仲間との付き合い方の一考

2026年6月24日 大圖健弘

 

 筆者はここ10年近く、地元の混声合唱団で演奏活動を行ってきている。合唱団といっても、同好会的な集まりで、所謂サードキャリア世代のメンバーが集まって、指導者の下で練習し、発表会で披露するという地域活動である。合唱団ではもともと学生時代に合唱を経験してきたといったメンバーが多く、そこそこの素地を備えた人たちが集まっているのであるが、如何せん、メンバーの年齢層の問題もあり、「どのような曲に挑戦するか」については、毎回気を使っていかなければならない。

 先日、筆者のパートのあるメンバーから、「これから数回の間練習に参加することを差し控えようと思う。男性メンバーの少ない中迷惑をかけると思うがよろしく」という申し出が小生に伝えられた。話を聞いてみると、「今回指導者から、練習曲として提示を受けた楽曲はバロック時代の、イタリアの作曲家の作品で、比較的短い曲なのだが、そこに自分たちのパートのみラテン語の歌詞が入っているということが、問題だということ。」歌詞の部分はそんなに長くはないのであるが、確かに少し発音が難しいところもありとっつきが悪い曲ではある。その中でこのメンバーの言い分は次の内容だった。「この年齢になって新しい言語に挑戦することは、かなわない。そもそも、合唱を続けているのは、自分が楽しむためであり、苦しんで新しい言語を習得してまで新しい曲に挑戦する意義が見いだせない。このため、この曲を練習する間は参加できない」

 確かに、新しいことに挑戦ということは、サードキャリア年代の私たちにとってなかなかむつかしいところではあるが、そもそもが合唱活動自体は、集団行動であり、個人が自分勝手なことを、申し立てていたら、始まらないということが前提の活動である。その中でこうした申し出はいかがなものかと感じたが、よく考えてみると、そうした考え方は、全体最適を重んじ、利己ではなく他己を優先する、比較的若い世代の考え方であるのかなというところの考えが至った。サードキャリアの世代になってみると、人は、必ずしも全体最適を目的として行動するとは限らない。むしろ自分ファーストで行動する人々が増えてくるのであり。

 この中で、自分の行動についてもよくよく考えて行動することが必要で「安易に人の要望に応えるのではなく、周りを見ながら、何が必要か考えて答える」等、行動様式を変えていく必要が出てくる。こう考えると若干寂しい感じもあるが、年齢が変わってくると、付き合う仲間も変わり付き合い方も変わる、ということを肝に銘じ、行動様式に変化をつけていくことも必要と感じた出来事であった。

 

                                以  上

メンタル・アカウンティング

 

2026年5月24日 鈴木 友之

 

 先日、航空会社のフライトポイントの一部が有効期限近いという通知がハガキで届いた。早速調べると1,200ポイントが来月で切れると判明。既に商品交換の単位に貯まっていたので、何か食材に変えて送ってもらおうと検討。しかし、松坂牛・神戸牛とか毛ガニだとか高級食材ばかり。普通に国産黒毛和牛で良いのだけれどと思ってもナイ!なんでそんななに高級食材を選ばせたいのだろうか。もっと普通の生活になじむ食材も用意してもらいたいものだと思った。

 

 なぜかなと思ったところで思い当たった。これもいわゆるメンタル・アカウンティングの応用ではなかろうかと。あのノーベル経済学賞のリチャード・セイラー博士の理論だ。人はお金を合理的に一本化して考えず、心の中で「使い道別の口座」に分けて扱ってしまうという行動経済学の心理傾向がある。その一つの「あぶく銭の浪費」に相当すると。すなわち、汗水流して働いて貯めたお金とは違う、航空券購入に伴って提供されたポイントというお金だから、生活費の口座とは別の口座からの支出なので高級食材に消費するのを厭わないでしょうとばかりにカタログに提示する。受け取った高級食材を口にして満足感を味わう。結果、またあの航空会社にしようというインセンティブにつなげる仕組みだ。

 

 メンタル・アカウンティングは「使い道の口座」を分けて扱うことに焦点を当てているが、この考え方は時間についても適用できそうに思う。例えば、「使い道別の時間」を考えてみたらどうだろうか。受託した仕事の納期直前はわき目も振らずに仕上げに集中する。一方で、納品を終えた後の時間はリラックスして1日過ごしても、あとで何をしたか思い出せない。しかし、気持ちはリフレッシュして、次へのモチベーションにつながっている。

 

 メンタル・アカウンティングでいう「使い道別の口座」の例として先にあげた「あぶく銭の浪費」だけでなく「非効率な貯蓄」或いは「予算の縛り」というような良くない方法としてだけ捉えるのでなく、メリハリのあるバラエティーに富んだ生活につなげる方法として捉えてはどうだろうか。人間なんでもきっちりとした管理ではなく、時には緩くしてリフレッシュすることが次へのエネルギーをチャージする機会になる。もちろんお金や時間の浪費におぼれるといったことにならないようにコントロールすることが肝要だが、しっかりとメリハリつけたお金のお使い方、時間の使い方を心がけたい。

 

以上

キャリアの世界の“メンタルアカウンティング(心の会計簿)”

~行動選択における無意識の心理的影響~

2026年5月23日

延川和治

「過去の経験が、現在の自分の行動を縛っている」

そんな感覚を持たれたことはないでしょうか?

 

消費投資行動分野の“メンタルアカウンティング”という言葉に出くわしました。

そのとき、この行動への無意識の心理的影響というものが、キャリアを考えるときには無いものだろうかと、ふと気になりました。

 

“メンタルアカウンティング”とは、行動経済学の権威でノーベル賞を受賞したリチャード・セイラー(Richard H. Thaler)博士が提唱された、お金に関する意思決定をするときの、「メンタルアカウンティング」(心の会計簿)の理論と聞きます。

 

「食費」だとか「交際費」だとか「教育費」だとか私達が思うお金の使い道、使途分類

(勘定科目、会計簿、アカウンティング)により、無意識のうちに私達の損得判断、支出へ

の心理的ハードルが変わり、同じ金額の支出でも、その消費投資支出行動が違ってくること

を指摘しています。 例えば同じ3万円でも「食費」に使うときの3万円と「交際費」に使

う3万円では、同じ金額と言えども、支払時のためらいの度合い、後悔の度合いが違うとい

う感覚です。

これは、入金科目でも当てはまり、たとえば、あぶく銭は使うのに抵抗を感じにくいという

意識、そのため多額でも積極的に使ってしまいがちという支出行動でも実証されます。

 

キャリアの世界での、勘定科目(アカウンティング)は、何でしょうか?

おそらく、今までのキャリア上のいろいろな経験、及びこれからのキャリアを思ういろいろなキャリア分野の理解になるのではないだろうかと思えます。

 

キャリアの大小の挫折を今まで経験されたとき、それに向き合いながら乗り越えられたときもおありになれば、またムキには立ち向かわず、そこに蓋をされたときもおありになったのではと思います。 ここで、共通するのは、それぞれのとき、その結果に何らかを感じられ、理解をされ、その意識(勘定科目)を現在までずっともっておられることと思います。 

 

転職で失敗され「転職はリスク」と意識されている、上司との衝突で「進言は難しい」、などなど、その過去に感じられ、理解され、意識されたことが、現在のキャリア行動に無意識に影響を与えていることはないでしょうか?

無意識のうちに、その方向には気が進まず、それが故に、いつの間にか今のキャリアになんとなくの不満を感じておられることはないでしょうか?

 

皆様それぞれにベストなキャリアを歩みつづけて頂き、生涯いつのときでも御自身の発展成長を為され、充実したキャリアを進まれることをいつも願っております。

なんとなく不満という状態は、やはり御自身にはもったいない時間なのではないでしょうか?

 

その不満を生み出している、無意識の意識、その原因が過去の経験にあるのであれば、あるいは今とこれからのキャリアの理解にあるのであれば、それらを今一度違う観点から見直し、今までの理解、意識内容とちがう理解、意識内容とされて、感じられている不満を前向きに変えていくことを、されてみてはいかがでしょうか?

 

3万円を「食費」に使っていたとの理解を、あれはあのときの仲間達と食事をし、そのときにいろいろなアイディアを頂戴した「交際費」であったとの理解に変えることは、できないでしょうか。

3万円を使った事実は変えられませんが、その意味合い・理解は、いろいろな角度から見る、見直すことができるように思います。

 

この意味合い・理解の変化が、これから本当に創りあげていかれたいキャリアの選択へつながるのかもしれません。

 

キャリアの世界の“メンタルアカウンティング“、もし皆様が御自身のキャリアをお考えになる時の、一つの視点になれば幸いです。

 

 

以上

サードキャリア年代の生活の費用管理

2026年5月21日 大圖健弘

 サードキャリア年代の生活における費用管理の考え方について少し考えてみたい。若年時代はサラリーマンとして過ごすにしろ、個人事業主として活躍するにしろ、そこそこの収入を得ることができることもあり、その使い道についてもあまり頓着しなくとも過ごすことができる。また、生活費だけでなく子育てに必要な費用、住居費等、多岐にわたる出費項目があり、費用管理もなかなか難しく、結果として、収入、支出等の管理について比較的ゆるやかに過ごすことができる。この中で、単発的なアルバイトで収入があったりすると「ラッキー」と思い、臨時収入なのだからと思い、管理もせず、消費していた矩ことも多い。それも特別なことに使うのではなくズルズルと使ってしまい、いつの間にかなくなってしまったという無駄な消費をすることも多くあるのではないか。事実筆者も生活の中でこうした管理されない消費行動をとることがしばしばあったように思う。

 しかし、サードキャリアに入る年代になるとこうしたことでいいのかと考えてしまう。

サードキャリアを迎える年代になるとそのキャリアの中で、何か収入を得るキャリアであれば、それでもいいのかもしれないが、多くの人は、そうしたキャリアではなく、趣味であったり、地域貢献であったりをそのキャリアとして過ごしており、若年世代と比べて、

収入を得る手段か少なく、年金生活者も多く、必ずしも余裕のできる収入が有るわけではない。これに対し、支出に関す構造も変化してきており、子育て費用や住居費用など負担の大きい支出項目は必要性が低くなっており、支出項目も限られ、管理もしやすくなってきている。しかし、その支出項目の中には、税金や保険料等節約のできない項目も多くあり、固定されやすい経費構造の中でどのように生活における費用管理をしているかということを考えることが重要となる。この中で重要なキーがメンタルアカウンティングとなる。生活に必要な費用を、きちんと把握し、限られた収入の中で効率的に費用を管理していくことがこれまで以上に求められる。

まず、支出の中で定期的に必要になる費用を把握することによって、その月々の収入と照らしあわせ、月ごとに使える金額を算出、こうしたことで得られる資金の中から、将来に考える特別な支出に備えた積立資金を確保し、その残りを月々の支出に振り向けるという細かい費用管理を行っていく。

こうした費用管理を徹底していくことによって、サードキャリア時代の生活を確かなものとしていく。この経費管理でこの時代の生活を確立していきたいものである。

 

                               以   上

大事な決断は、常に初めてという視点で比較項目を洗い出して検討しよう

 

2026年4月25日 鈴木 友之

 

 先日、妻が掃除機の吸い込みが弱くて思うように掃除が出来なくなった、そろそろ新しい掃除機にする時期ではないかと言う。以前との違いを云々するほどには使っていないので、異論はなく近所の家電量販店に行ってカタログをもらってきた。約10種類くらい、今はやりのサイクロン型と従来同様の紙パック型に大きく分かれるがそれぞれの良さを強調した説明がカタログには書いてある。さらに重さの違い、充電方式、プラスアルファの機能、例えば使った後に自動的に吸引したごみをゴミストックに移してくれる等々。そして値段をネット販売でチェックして比較。妻がカタログで目星をつけてから、実際に家電量販店に行って、実際に使ってみての感触を確かめる。最後に絞り込んだ3種くらいから、機能の使いやすさ、重さ、値段などを比較して結論を出した。

  ささやかながら、家電品という10年に一度くらいの買い物について、このような比較検討を行って例え数万円程度の買い物の決断でも比較検討を行っているが、皆さんはいかがだろうか。テレビショッピングでいきなり買うと決めたりはしていないはずだ。決める前に、それとなく検討をしていたところへ、テレビショッピングが納得できる値段を提示してきたので「それだ!」とばかりに表示された電話番号に電話しているのではなかろうか。

 

 金額が数万円の買い物でも、一度買ったら10年毎日使い続けることを考えれば、安易な判断はできない。慎重に資料を収集して検討し、実際に使ってみての感想を確かめて、最後は金額の勝負という段取りだろう。では、もっと大きな買い物ではどうだろうか。一生モノともいえる家の購入や建築ではどうだろうか。住宅展示場に足を運び、何社も説明を聞いて

自分たちのライフスタイルに合うのはどのような家が良いか夫婦はもとより家族で話し合い、イメージを膨らませて、最後は予算との相談といった段取りだろう。

 

 では、仕事での決断はどういているだろうか。日々の仕事での小さな決断はともかくとして、経営判断につながるような事案の決断はどうしているだろうか。もちろん、いろいろな状況を考えての資料を収集・分析して比較資料に整理し、決断をしていることと思う。が待てよ、本当に客観的に資料を収集して分析してきただろうか。取引のしがらみや実績などに影響されて客観性が不足したバイアスがかかったりしていないだろうか。思い起こしてみて欲しい。今までの取引の経緯や仕事の進め方を踏まえた手順や慣習、さらには人間関係にも影響されて、客観的な比較検討項目の列挙がおろそかになっていないか、常に見直すことが重要だ。意外とその点を見過ごしてしまっていないかと、取引慣習や取引実績、仕事上の慣れ親しんできたやり方といった点を一旦横に置くことが肝要。特に大事な決断は、常に初めてという視点で比較項目を洗い出して検討し決断するように心がけたい。

 

以上