簡単に頼みごとに応じるのはやめよう

 

2026年6月27日 鈴木 友之

 

 このテーマで一番に思いつくことは「オレオレ詐欺」だ。普段音沙汰のない孫から突然電話がかかってきて「お金を融通して欲しい」という相談。今は亡くなった母が一人住まいの時によく電話がかかってきたと言っていた。その時の返事は「おばあちゃんには良く分からないから、お母さんに相談してみたら」と返事して電話を切ったという。最近はこの手の詐欺は減ってきて、警察などからの脅しの電話が多くなってきているから、これまた用心が必要だ。では、お金ではなく、何かをして欲しいという頼みごとにはどうだろうか。会社での仕事の中での頼みごとの場合には、稟議という第三者の目が入るのでチェック機能が働くが、個人ベースだと第三者のチェックが入る機会がないままにことが進む危険がある。私自身の限られた経験では、例えば甥や姪、孫といった関係での入学・就職における保証人の依頼がある。これは、保証する対象と範囲が理解できているので躊躇なく引き受けている。

 

 では、信頼している人に短期間でもお金を融通して欲しいと頼まれた場合はどうだろううか。例えば、昨年評判になった映画「国宝」での歌舞伎「曽根崎心中」でのトラブルの発端は、主人公の平野屋の手代徳兵衛が叔父で平野屋の主人から縁談が持ち込まれたが、遊女お初との愛を貫くために縁談を断わった。既に継母に渡っていた結納金を取り戻して叔父に返えそうとしていた矢先に、親友と信じていた油屋九平次に3日間と相談されて、そのお金を貸してしまい、返されないままに追い込まれる話。実際の話、大金を持たない身が人に大金を貸すことは少なくても、保証人になった相手が破産してしまい保証人が借金が背負い込む話は小説ではよく登場する話。実際の話としても聞く。知人、友人、お金の関わらない交流が肝要に思う。

 

 なぜ、簡単に頼みごとを聞いてしまって泥沼に陥るのかと考えると、背景に3つの人間関係が考えられる。1つは先にも私事で紹介したように親戚関係や信頼できると思っていた友人・知人関係。2つ目は何らかの恩義や借りがあって断りにくい相手。3つ目は自分にも好都合と早飲み込みして合点する場合。

1つ目の親戚関係での甥や姪と言えども、当人や親をどこまで知っていて信頼に足る人物かどうかを確認することが重要だろう。遠い親戚や友人・知人となると人物だけでなく、なぜ自分に相談が?と疑問符をつけて確認することがいっそう重要になる。

 

 2つ目と3つ目の個々の例を挙げるよりも、一気に2つ目の恩義や借りと3つ目の自分にも好都合という2点が複合した場合を考えてみたい。偶さか、6月27日の日経新聞「私の履歴書」でケンタッキーフライドチキンを退職された大河原毅さんが新たに始めた会社が、北海道八雲町に持つ「ハーベスター八雲」の活用で協力を約束したのちに、再考して断った話が出ている。熟慮の末の結論だったと思うが、相当な勇気が必要だったろう。実際に断った直後は、地元の周りから強い批判を浴びたようだが、目指す自然保護の観点を大切にして事業に取り組んだ。その結果、いまでは地元自治体との友好的な協力関係を築いておられるそうだ。アドラー理論を岸見一郎さんの「嫌われる勇気」の大切さを感じる。

 

頼みごとに簡単に応じるのをやめるのは勿論だが、もし人間関係でつい応じてしまった後でも、よく考えて必要ならば断わる根拠を明確にして「嫌われる勇気」を持って断ることも大切に思う。そのあと誠意をもって取り組めば理解されるときが来るだろう。それこそ「雨降って地固まる」だ。

 

以上

2026年6月27日

延川和治

 

次のキャリアを自分で作っていく時、自分一人で作れるわけにはいかず、いろいろな面で、いろいろな方々のお世話にならざるを得ない。

身近に言えば、まずは、自分の思いを理解してくれて、資金的にも展開的にも、一緒に動いてくれる人が必要になる。 その人をどう見つけるのか、はたまたその人は、最後まで一緒に動いてくれるのか、そしてその人がそういう人だということを、どうしたら事前に確実に把握できるのか。 そして、そもそもその人は、なぜ協力してくれるのだろうか。

インドではプロモーターと呼ばれる創業者がいる。 そしてそれを支える家族、親族がいる。 この結びつきがとても強い。 またそのプロモーターも、他の身内メンバーをサポートする気持や力がとても強い。 彼らは一丸となって成長を目指し、進む。

東南アジアの国々でも、この創業者を支える家族、親族の存在は、インド同様非常に強い。 販売先にしろ、銀行にしろ、設備メーカーにしろ、創業者が必要とする自分がもっている情報を惜しみなく提供する、人を引き合わせる。 家族・親族が一緒になって事業を作る。 創業者も家族・親族を引っ張っていく。 人と人との繋がりが事業構築、キャリア構築の原点となっている。

果たして、日本ではどうだろうか。
スタートアップにしろ、何にしろ、自分が始めようとすることに、家族・親族は、そんなに協力・支援してくれるだろうか。 どれだけの他人が自分と動いてくれるだろうか。
資金的にも、戦略的にも、展開的にも。

余り考えずに引受け、その後それに費やす時間や労力の多さに、嫌気がさしていたことも自分の経験にあり、また、今頼みを引き受けておけば、あとあと自分が困ったとき、お願いがあるとき、聞いてくれる、助けてくれるはずと、将来への勝手な期待を背景に、今の頼みを軽々引き受ける行動をとっている人も自分は見てきている。

古代ローマの哲学者は2000年前に「あなたに何かを頼もうとする人達はみんな、あなたから時間や自由な意思を奪おうとしているようなものだ」と書いているそうだ。
また、著名投資持株会社の重鎮は「素晴らしい何かが見つかる機会なんて、そうそうあるものじゃない。だから、頼み事の90%を断ったとしても、チャンスを逃したことになんてまずならない」と言っていたらしい。
他人からの頼み事を、そもそも受け入れる必要はないと思う人も世の中にはいるらしい。

そんな、いろいろな相手がいるなかでは、本当に自分の思いを理解してもらい、一緒に時間・労力を惜しみなく使い、共に思いを成就させていく関係を創りあげられる相手を見つけることは、並大抵のことではないと思える。 

どうすればいいのだろうか。

自分が思う解答は、「理解と共感そして感動」。 

これではないだろうか。

「自分にとって無関係な多くのことを排除し、残ったものをいろいろな視点で分析し、ふるいにかけ、そしてさらに残ったこれ、この私がやりたいことを、今、そしてこれから実現していく、その実現に相手のこれが必要なのだ」と、

あなたのこれから創りあげたいキャリアへのこの思いを、強く相手にぶつけてその理解を得、相手から欲しいものをお願いし、明確な協力・共感を相手から得、それらを実行、成就したときの感動を共有すること、

この誠実な提案が、やはりスタートになるのではないだろうか。  

「理解と感動の共有」、これが、本気で時間と労力を継続提供してくれることへの原点。

いかがでしょうか?

           
以上
 

サードキャリア世代の仲間との付き合い方の一考

2026年6月24日 大圖健弘

 

 筆者はここ10年近く、地元の混声合唱団で演奏活動を行ってきている。合唱団といっても、同好会的な集まりで、所謂サードキャリア世代のメンバーが集まって、指導者の下で練習し、発表会で披露するという地域活動である。合唱団ではもともと学生時代に合唱を経験してきたといったメンバーが多く、そこそこの素地を備えた人たちが集まっているのであるが、如何せん、メンバーの年齢層の問題もあり、「どのような曲に挑戦するか」については、毎回気を使っていかなければならない。

 先日、筆者のパートのあるメンバーから、「これから数回の間練習に参加することを差し控えようと思う。男性メンバーの少ない中迷惑をかけると思うがよろしく」という申し出が小生に伝えられた。話を聞いてみると、「今回指導者から、練習曲として提示を受けた楽曲はバロック時代の、イタリアの作曲家の作品で、比較的短い曲なのだが、そこに自分たちのパートのみラテン語の歌詞が入っているということが、問題だということ。」歌詞の部分はそんなに長くはないのであるが、確かに少し発音が難しいところもありとっつきが悪い曲ではある。その中でこのメンバーの言い分は次の内容だった。「この年齢になって新しい言語に挑戦することは、かなわない。そもそも、合唱を続けているのは、自分が楽しむためであり、苦しんで新しい言語を習得してまで新しい曲に挑戦する意義が見いだせない。このため、この曲を練習する間は参加できない」

 確かに、新しいことに挑戦ということは、サードキャリア年代の私たちにとってなかなかむつかしいところではあるが、そもそもが合唱活動自体は、集団行動であり、個人が自分勝手なことを、申し立てていたら、始まらないということが前提の活動である。その中でこうした申し出はいかがなものかと感じたが、よく考えてみると、そうした考え方は、全体最適を重んじ、利己ではなく他己を優先する、比較的若い世代の考え方であるのかなというところの考えが至った。サードキャリアの世代になってみると、人は、必ずしも全体最適を目的として行動するとは限らない。むしろ自分ファーストで行動する人々が増えてくるのであり。

 この中で、自分の行動についてもよくよく考えて行動することが必要で「安易に人の要望に応えるのではなく、周りを見ながら、何が必要か考えて答える」等、行動様式を変えていく必要が出てくる。こう考えると若干寂しい感じもあるが、年齢が変わってくると、付き合う仲間も変わり付き合い方も変わる、ということを肝に銘じ、行動様式に変化をつけていくことも必要と感じた出来事であった。

 

                                以  上

メンタル・アカウンティング

 

2026年5月24日 鈴木 友之

 

 先日、航空会社のフライトポイントの一部が有効期限近いという通知がハガキで届いた。早速調べると1,200ポイントが来月で切れると判明。既に商品交換の単位に貯まっていたので、何か食材に変えて送ってもらおうと検討。しかし、松坂牛・神戸牛とか毛ガニだとか高級食材ばかり。普通に国産黒毛和牛で良いのだけれどと思ってもナイ!なんでそんななに高級食材を選ばせたいのだろうか。もっと普通の生活になじむ食材も用意してもらいたいものだと思った。

 

 なぜかなと思ったところで思い当たった。これもいわゆるメンタル・アカウンティングの応用ではなかろうかと。あのノーベル経済学賞のリチャード・セイラー博士の理論だ。人はお金を合理的に一本化して考えず、心の中で「使い道別の口座」に分けて扱ってしまうという行動経済学の心理傾向がある。その一つの「あぶく銭の浪費」に相当すると。すなわち、汗水流して働いて貯めたお金とは違う、航空券購入に伴って提供されたポイントというお金だから、生活費の口座とは別の口座からの支出なので高級食材に消費するのを厭わないでしょうとばかりにカタログに提示する。受け取った高級食材を口にして満足感を味わう。結果、またあの航空会社にしようというインセンティブにつなげる仕組みだ。

 

 メンタル・アカウンティングは「使い道の口座」を分けて扱うことに焦点を当てているが、この考え方は時間についても適用できそうに思う。例えば、「使い道別の時間」を考えてみたらどうだろうか。受託した仕事の納期直前はわき目も振らずに仕上げに集中する。一方で、納品を終えた後の時間はリラックスして1日過ごしても、あとで何をしたか思い出せない。しかし、気持ちはリフレッシュして、次へのモチベーションにつながっている。

 

 メンタル・アカウンティングでいう「使い道別の口座」の例として先にあげた「あぶく銭の浪費」だけでなく「非効率な貯蓄」或いは「予算の縛り」というような良くない方法としてだけ捉えるのでなく、メリハリのあるバラエティーに富んだ生活につなげる方法として捉えてはどうだろうか。人間なんでもきっちりとした管理ではなく、時には緩くしてリフレッシュすることが次へのエネルギーをチャージする機会になる。もちろんお金や時間の浪費におぼれるといったことにならないようにコントロールすることが肝要だが、しっかりとメリハリつけたお金のお使い方、時間の使い方を心がけたい。

 

以上

キャリアの世界の“メンタルアカウンティング(心の会計簿)”

~行動選択における無意識の心理的影響~

2026年5月23日

延川和治

「過去の経験が、現在の自分の行動を縛っている」

そんな感覚を持たれたことはないでしょうか?

 

消費投資行動分野の“メンタルアカウンティング”という言葉に出くわしました。

そのとき、この行動への無意識の心理的影響というものが、キャリアを考えるときには無いものだろうかと、ふと気になりました。

 

“メンタルアカウンティング”とは、行動経済学の権威でノーベル賞を受賞したリチャード・セイラー(Richard H. Thaler)博士が提唱された、お金に関する意思決定をするときの、「メンタルアカウンティング」(心の会計簿)の理論と聞きます。

 

「食費」だとか「交際費」だとか「教育費」だとか私達が思うお金の使い道、使途分類

(勘定科目、会計簿、アカウンティング)により、無意識のうちに私達の損得判断、支出へ

の心理的ハードルが変わり、同じ金額の支出でも、その消費投資支出行動が違ってくること

を指摘しています。 例えば同じ3万円でも「食費」に使うときの3万円と「交際費」に使

う3万円では、同じ金額と言えども、支払時のためらいの度合い、後悔の度合いが違うとい

う感覚です。

これは、入金科目でも当てはまり、たとえば、あぶく銭は使うのに抵抗を感じにくいという

意識、そのため多額でも積極的に使ってしまいがちという支出行動でも実証されます。

 

キャリアの世界での、勘定科目(アカウンティング)は、何でしょうか?

おそらく、今までのキャリア上のいろいろな経験、及びこれからのキャリアを思ういろいろなキャリア分野の理解になるのではないだろうかと思えます。

 

キャリアの大小の挫折を今まで経験されたとき、それに向き合いながら乗り越えられたときもおありになれば、またムキには立ち向かわず、そこに蓋をされたときもおありになったのではと思います。 ここで、共通するのは、それぞれのとき、その結果に何らかを感じられ、理解をされ、その意識(勘定科目)を現在までずっともっておられることと思います。 

 

転職で失敗され「転職はリスク」と意識されている、上司との衝突で「進言は難しい」、などなど、その過去に感じられ、理解され、意識されたことが、現在のキャリア行動に無意識に影響を与えていることはないでしょうか?

無意識のうちに、その方向には気が進まず、それが故に、いつの間にか今のキャリアになんとなくの不満を感じておられることはないでしょうか?

 

皆様それぞれにベストなキャリアを歩みつづけて頂き、生涯いつのときでも御自身の発展成長を為され、充実したキャリアを進まれることをいつも願っております。

なんとなく不満という状態は、やはり御自身にはもったいない時間なのではないでしょうか?

 

その不満を生み出している、無意識の意識、その原因が過去の経験にあるのであれば、あるいは今とこれからのキャリアの理解にあるのであれば、それらを今一度違う観点から見直し、今までの理解、意識内容とちがう理解、意識内容とされて、感じられている不満を前向きに変えていくことを、されてみてはいかがでしょうか?

 

3万円を「食費」に使っていたとの理解を、あれはあのときの仲間達と食事をし、そのときにいろいろなアイディアを頂戴した「交際費」であったとの理解に変えることは、できないでしょうか。

3万円を使った事実は変えられませんが、その意味合い・理解は、いろいろな角度から見る、見直すことができるように思います。

 

この意味合い・理解の変化が、これから本当に創りあげていかれたいキャリアの選択へつながるのかもしれません。

 

キャリアの世界の“メンタルアカウンティング“、もし皆様が御自身のキャリアをお考えになる時の、一つの視点になれば幸いです。

 

 

以上

サードキャリア年代の生活の費用管理

2026年5月21日 大圖健弘

 サードキャリア年代の生活における費用管理の考え方について少し考えてみたい。若年時代はサラリーマンとして過ごすにしろ、個人事業主として活躍するにしろ、そこそこの収入を得ることができることもあり、その使い道についてもあまり頓着しなくとも過ごすことができる。また、生活費だけでなく子育てに必要な費用、住居費等、多岐にわたる出費項目があり、費用管理もなかなか難しく、結果として、収入、支出等の管理について比較的ゆるやかに過ごすことができる。この中で、単発的なアルバイトで収入があったりすると「ラッキー」と思い、臨時収入なのだからと思い、管理もせず、消費していた矩ことも多い。それも特別なことに使うのではなくズルズルと使ってしまい、いつの間にかなくなってしまったという無駄な消費をすることも多くあるのではないか。事実筆者も生活の中でこうした管理されない消費行動をとることがしばしばあったように思う。

 しかし、サードキャリアに入る年代になるとこうしたことでいいのかと考えてしまう。

サードキャリアを迎える年代になるとそのキャリアの中で、何か収入を得るキャリアであれば、それでもいいのかもしれないが、多くの人は、そうしたキャリアではなく、趣味であったり、地域貢献であったりをそのキャリアとして過ごしており、若年世代と比べて、

収入を得る手段か少なく、年金生活者も多く、必ずしも余裕のできる収入が有るわけではない。これに対し、支出に関す構造も変化してきており、子育て費用や住居費用など負担の大きい支出項目は必要性が低くなっており、支出項目も限られ、管理もしやすくなってきている。しかし、その支出項目の中には、税金や保険料等節約のできない項目も多くあり、固定されやすい経費構造の中でどのように生活における費用管理をしているかということを考えることが重要となる。この中で重要なキーがメンタルアカウンティングとなる。生活に必要な費用を、きちんと把握し、限られた収入の中で効率的に費用を管理していくことがこれまで以上に求められる。

まず、支出の中で定期的に必要になる費用を把握することによって、その月々の収入と照らしあわせ、月ごとに使える金額を算出、こうしたことで得られる資金の中から、将来に考える特別な支出に備えた積立資金を確保し、その残りを月々の支出に振り向けるという細かい費用管理を行っていく。

こうした費用管理を徹底していくことによって、サードキャリア時代の生活を確かなものとしていく。この経費管理でこの時代の生活を確立していきたいものである。

 

                               以   上

大事な決断は、常に初めてという視点で比較項目を洗い出して検討しよう

 

2026年4月25日 鈴木 友之

 

 先日、妻が掃除機の吸い込みが弱くて思うように掃除が出来なくなった、そろそろ新しい掃除機にする時期ではないかと言う。以前との違いを云々するほどには使っていないので、異論はなく近所の家電量販店に行ってカタログをもらってきた。約10種類くらい、今はやりのサイクロン型と従来同様の紙パック型に大きく分かれるがそれぞれの良さを強調した説明がカタログには書いてある。さらに重さの違い、充電方式、プラスアルファの機能、例えば使った後に自動的に吸引したごみをゴミストックに移してくれる等々。そして値段をネット販売でチェックして比較。妻がカタログで目星をつけてから、実際に家電量販店に行って、実際に使ってみての感触を確かめる。最後に絞り込んだ3種くらいから、機能の使いやすさ、重さ、値段などを比較して結論を出した。

  ささやかながら、家電品という10年に一度くらいの買い物について、このような比較検討を行って例え数万円程度の買い物の決断でも比較検討を行っているが、皆さんはいかがだろうか。テレビショッピングでいきなり買うと決めたりはしていないはずだ。決める前に、それとなく検討をしていたところへ、テレビショッピングが納得できる値段を提示してきたので「それだ!」とばかりに表示された電話番号に電話しているのではなかろうか。

 

 金額が数万円の買い物でも、一度買ったら10年毎日使い続けることを考えれば、安易な判断はできない。慎重に資料を収集して検討し、実際に使ってみての感想を確かめて、最後は金額の勝負という段取りだろう。では、もっと大きな買い物ではどうだろうか。一生モノともいえる家の購入や建築ではどうだろうか。住宅展示場に足を運び、何社も説明を聞いて

自分たちのライフスタイルに合うのはどのような家が良いか夫婦はもとより家族で話し合い、イメージを膨らませて、最後は予算との相談といった段取りだろう。

 

 では、仕事での決断はどういているだろうか。日々の仕事での小さな決断はともかくとして、経営判断につながるような事案の決断はどうしているだろうか。もちろん、いろいろな状況を考えての資料を収集・分析して比較資料に整理し、決断をしていることと思う。が待てよ、本当に客観的に資料を収集して分析してきただろうか。取引のしがらみや実績などに影響されて客観性が不足したバイアスがかかったりしていないだろうか。思い起こしてみて欲しい。今までの取引の経緯や仕事の進め方を踏まえた手順や慣習、さらには人間関係にも影響されて、客観的な比較検討項目の列挙がおろそかになっていないか、常に見直すことが重要だ。意外とその点を見過ごしてしまっていないかと、取引慣習や取引実績、仕事上の慣れ親しんできたやり方といった点を一旦横に置くことが肝要。特に大事な決断は、常に初めてという視点で比較項目を洗い出して検討し決断するように心がけたい。

 

以上

サードキャリアの中での重要な決断とは

 

2026年4月25日 大圖健弘

 サードキャリアの中での新しく物事を始めようとする場合、ほとんどの場合はスモールスタートになるであろうから、スタートしても柔軟に目標も変えることも考え、あるいはスタートした物事もことによったら早めに断念するなど、臨機応変に考えていくことが重要であることはすでにのべた。確かに、この年代になると子供も育っていることも多く、これからの人生に必要なたくわえ等も既にできていたり、また自分の住む場所も既に確保されるなど、大きな決断を要する意思決定はあまり多くないのが現実であるかもしれない。このためこの時期のキャリア選択はスモールスタートになることが一般的なのだろうと思う。

 しかし重要な決断をすることがないのかというかというと、必ずしもそうとは限らないのではないだろうか。個人一人で行う行動に関しては基本的には大きく何かに影響を及ぼすことはないだろう。たとえばアルバイトを始めるといったことや趣味を新しく始めるということなど、スタートしても柔軟に方針を変えたりしていけば大きな問題は生じないと考えてよさそうである。

これに対し、例えば友人や知人と何らかの事業を起こす、あるいは何らかの行動を始めるといったことになるとそうはいかない。何か失敗すると、自分だけが責任を取ればいいということにはならなく、比較的多くの人々に迷惑をかけたり、損害を及ぼしたりする危険性が出てくる。こうした決断は、これまでセカンドキャリアを歩んでいるとき同様重要な決断として警戒をしていく必要がある。また、自分の財産を大きく使って何かの行動を起こすということもサードキャリアで注意を要する事柄である。特に、こうした行動は自分だけの意思決定で行われることは少なく、大抵の場合、第三者からの助言や、示唆に基づいて行われることが多い。そういった意味では友人と何かの事業を起こすといった行動と同じく注意をすべき重要な決断といえる。

こうした決断を行う場合は、これまで同様、その行動を起こす前に、自信を取り巻く環境の分析、その行動の必要性、フィージビリティーの綿密な検討、コンティンジェンシープランの検討等十分な準備を行ってから行動に移す必要がある。特に、サードキャリアを歩む年代になると、こうした十分な検討を行わずに行動に移してしまうことが多くなる危険性が高くなるようである。「つい人の口車に乗って」とか「あまりわからないうちに始めてしまって」とか、高年齢者の経済的失敗の事件に出会うとよくそう言った原因を耳にする。サードキャリアを歩む時期になれば、ついつい脇が甘くなるものである。又社会の変化に対する理解がなかなか進まず、意思決定にあたっての準備が不十分になりがちである。この為、こうした準備をこれまで以上に入念以行って決断に至る道筋の中での糧にすることを肝に銘じで行動したいものである。

 

                               以  上

大事な決断 サードキャリアに“十分な選択肢“はあるのか?

2026年4月25日

延川和治

 

「世界は広い、まずは十分な選択肢を得、全体像をつかみ、多くを試してから、最適な判断を得ていこう」との従来からのセオリーは、サードキャリアの決断のときにも、当てはまるのでしょうか?

 

私には、60才近くなって、3ヵ月で100件のいろいろな求職応募をした経験があります。 けれども一つの声もかかりませんでした。 時間が経つ毎に、どこを見渡しても成果が出ず、焦る気持が高まっていきました。 冷静に今思えば、やはり企業は定年近い人より、これからを託せる40代の人を選ぶのが自然だろうと思います。 同時に、その年齢の壁を乗り越える可能性を、企業に感じ頂くことができなかった自分の力不足にも、意識が及びます。 当時の無念さは忘れ得ません。

 

サードキャリアでは、壁はさらに高くなっているはずと感じます。 

それでも、働きたいという気持に変わりはありません。 働くことは元気も創り出すとも思います。 世の為、人の為、なにかを通して世の中のお役に立ちたい、その気持は従前と変りません。 けれども、残念ながら、よい機会がなかなか見いだせません。

 

伝(つて)を頼ってみましょうか? 

自分の今までのいろいろな縁を頼って、紹介して頂くのはどうでしょうか?

けれど、紹介頂いた先でお役に立てなかったなら、紹介頂いた方に大変申し訳ない、と思う気持が先に立ちます。

従前と同じように働いているつもりでも、その処理スピードは従前の半分、体力も自意識無いうちに落ちていて、頑張る気持はあるけれど、身体がついてこれません。 

そんな自分が果たしてお役にたてるでしょうか?

 

自分でキャリアを作ってみるのはどうでしょうか?

これまで何をやってきたか? 今の自分にはなにができるか? 体力、記憶力、処理能力などいろいろな力が落ちてきているが、それでもやりたいことは何なのか? それはなぜなのか? 自分自身はそれに納得できるのか? どのようにそれを実現していくのか?

 

そんな考えをまとめ、信頼できる人に聞いて頂くのはどうでしょうか? 

賛成していただけるでしょうか? 

考え直した方がいいと言われるでしょうか? 

なぜそう言われるのでしょうか?

思いもよらないコメントがあるかも知れません。 自分では気がつかなかったことに気づかされるかも知れません。

あるいは「いいアイディアだ、一緒にやろう」と言っていただけるかもしれません。

 

サードキャリアは、今迄で一番、自分に素直になれるキャリアなのかもと思いませんか?

世の中が、全体が、どうのこうのということだけではなく、御自身の思いをベースに、

御自身の手で、あるいは信頼できる方々と共に、やりたいことを進めていく、サードキャリアは、そんな選択ができるキャリアなのではないでしょうか。

 

以上

イラショナル・ビリーフからラショナル・ビリーフへ柔軟に変えよう

 

2026年3月27日 鈴木 友之

 

 ある国の大統領でメディアなどから「TACO(Tsan Always Chickens Out)」とうわさされる人物がいる。その人は今の職業になる前の職業で鍛えたディールが得意なのだといわれている。厳しい交渉でも躊躇することなく交渉条目標や条件を変えて、交渉の本音の成果目標という手の内は見せずに、目標に少しでも近づけようとスピード感をもって進めていく。世間の評判は、ある意味、節操がないという見方が多いようだ。確かにゴールがないように見える点は節奏がないようでもあるが、懐の中にはきっと本音のゴールがあるはず、ただそれを見せずに、手を変え品を変えて交渉しているだけではと、私は推測している。つまり思考が柔軟なのだろう。

 

 何か目標をもって取り組むとき、一度決めた目標や条件、方法は絶対目標・条件・方法になることが多い。変更するにはそれなりの理解される理由が必要となり、理解を得て新しい目標や条件・方法を変えたうえ、実行する関係者の隅々まで浸透させるには時間がかかるとなれば尚更だ。

 

今月の日経新聞「私の履歴書⑳」で村木厚子さんが仕事と子育ての両立で苦心されていた時の経験を書かれていた。曰く「当時、夜中まで働くのが当たり前の環境だった。周りが働いているのに一人だけ先に変えることに、すごく葛藤があった。(中略)『ダメなら辞める』。とても簡単なことだ。開き直ったら、いきなり物事がうまく回り始めた。」

そう考えるまでの村木さんは「仕事と子育の両立」という良く言えば信念、第三者の立場から見れば無理のある信念。心理学者アルバート・エリスの言葉で「イラショナル・ビリーフ(非合理的な思い込み)」だ。このイラショナル・ビリーフ(IB)として行動の障害となっている目標なり条件なりを見直して、ラショナル・ビリーフ(RB)、達成可能な目標や条件・方法にすることがポイントだ。

村木さんの場合には「一番大切なのは子どもだ。もう少し頑張って、(仕事と子供を)両立できないと判断したら辞めよう」と決断して、目標「仕事と子どもの両立」というIBを見直して「子どもが一番大切」というRBに見直したことで、仕事の仕方を変えることが出来るようになったと理解される。

 

サードキャリアに入ると他人との契約で引き受ける責任のある仕事はなくなるか、あっても少なくなり、自分の或いは身近な人との契約ではなく約束程度の仕事になることが多いだろう。それでも、例えば犬の散歩となると、雨の日も風の日も寒い冬の朝、朝5時には早くも灼熱のごとき太陽が日を差している、そのような環境の中でも散歩に出るというのはどうだろうか。頑張れば、犬にも負担になる。犬への深い愛情を大事にしつつ、頑張るにしても無理はせず、散歩の目標は何なのか、良く考えなおして、散歩の条件や方法やルートを変えるとか、時には家族や親しい人に頼むとか考えられる。要は一つの目標や条件・方法にこだわることなく、柔軟に変えることが肝要になる。

 

現役時代の仕事については村木さんの事例を参考に目標や条件方法を見直し、サードキャリアに入っての仕事や趣味の過ごし方も同様に見直して、イラショナル・ビリーフ(IB)はどこなのか見つけてラショナル・ビリーフ(RB)へと柔軟に変えることを大切にしたい。

 

以上