サードキャリアにキャリアプランは?

 

2025年10月5日 大圖健弘

 人生を計画的にすごしていくためにキャリアプランを策定することが必要ということが、いろいろなところで提唱され、これから社会人として活躍していこうという方々がキャリアプランについて考えるといったことも多くなっていることと思う。

 しかし、サードキャリアに進む年代になった世代にとってはちょっと考えると、「もうキャリアプランを策定することが必要でなくなったのではないか、なぜなら、時間は自由に使えるし、計画的に物事を進めなければならないという、外部からの要請もないのだから.わざわざそんなことまでするのは面倒だ」という感じでとらえられることと思う。サードキャリア世代にキャリアプランは不要なのだろうか、ということについて考えてみたい。

 これまで暮らしてきたセカンドキャリアまでの生活というのを振り返ると、例えば、社会人をスタートし、仕事キャリアを積んでいく段階ではほとんどの人が、組織に属し、勤め人としてキャリア生活を始めることになっていると考えられる。確かに、「社会人生活を始めるにあたって、仕事生活を終えるまで、40年近くの間、自分はどうしていこうか」と考えた特にキャリアプランとたてることは重要なことのように思うかもしれない。しかし、少なくとも組織に属し、その組織の目標を達成すべく、日々精進している間においては、その組織が自分の目標や日々しなくてはならないことを指示してくれるのであって、極端に言えば、その指示に従っていれば、何らかの成果も残せるし、何とかなっていく世界である。また、セカンドキャリアを過ごす年代になり、新しいことにチャレンジすることに当たっては、まだまだ先が長いキャリアの中、家族がいればその家族を養うことも必要になり、キャリアプランとしては、いかにセカンドキャリアとして自分が見定めたもので成果を残して行くかに邁進する世界である。ここでも、キャリアプランとして目標を定め、それを達成するということはもちろん必要だが、日々の暮らしで行くと、そのために時間を使うことが要請され、自由度というものがあまりない世界である。つまり、セカンドキャリア世代までは、キャリアプランといってもある意味、目標を定め、それに対しでどうするかを決めていく世界で、日々の生活はそれに向かっていく過程をこなすことで占められるため、自由度は必ずしも高くない世界ではなかったかと思う。

 これに対し、サードキャリアのキャリアは随分様相が違ってくる。まず、勤めるといった状況が無くなることが多く、多くの人は、その日々の生活を自分の意志、裁量で暮らすころになる。「その日をどのように暮らすか自体がまず自分にかかってくる。」また、多くのサードキャリア年代の人たちは、子育ても終了し、あるいは年金といった制度も活用することができ、これまでのように何かを稼ぐという必然性も薄れる。つまり一気に生活の自由度があがる。逆に、自分が活躍できる時間というものが非常に短くなってくる。人生100年時代といっても、多くの人が活動を活発に行える時間は、80歳代半ばごろまでであり、そうした意味では、この短い時間の中で納得してキャリアを積めるようにしなければならないのである。ある人はまだまだ仕事でがんばりたいと思うかもしれない。ある人はこれまでできなかった趣味を極めたいと思うかもしれない。ある人は社会貢献が必要と思うかもしれない。こうした個人の目標を、以下に満足に達成するには、これまでのようにある程度目標と筋道だけを決めておくだけではだめかもしれない。短い期間の中で行うのであるから、日々の時間の使い方をある程度明確に定め、具体的な行動の計画を立てていく必要があるかもしれないのである。その中で、サードキャリア年代になると、これまでのように、体も思うよう動かなくなる可能性も出てくる。片や自由度が増すが片やキャリアを積む時間が短くなってくる、こうした現実の中でノープランで過ごしていくと、結局自身がサードキャリアで実現したかったことが全く実現できずに終わってしまう危険性も出てくるのである。

 このように考えると、実は、サードキャリアの年代こそ、具体的なキャリアプランを立てて、実行することが求められるなんだということがわかる。人生、いつまでもノープランでいることは許されそうに無いようである。新しいプランニングに挑戦していこうではないかと思う。

 

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