2025年6月20日
延川和治

 

趣味を生かしてサードキャリアを進められている方々を見ると、何とも羨ましくて仕方がありません。 とても皆さん、活き活きと、楽しくキャリアを築いておられるように見えます。 また、趣味を生かした活動では、新たな出会いも多いようで、人脈の広がり、さらに活動の広がりにつながっているようです。 サードキャリアで新たな活動を、活き活きと楽しみながら、趣味を通して、人脈も広がり、活動も広がる、言うことなしではと感じます。

同じ趣味を持たれるいろいろな方々と一緒にチームとなり、前に向う活動ができる、この感覚もサードキャリアには重要と思います。
御自分の興味関心があることをベースに、将来の目標を持たれ、サードキャリアとして
趣味を展開される、その活動を通して、ご自身の自己肯定感も得られ、また社会貢献の達成感も強く得られてくる。 人脈も広がり、いろいろな刺激を得、新たな気付きもあり、その新規展開へも、御自分だけではなく、周りの皆さんと一緒にチームで、進み、困難があるとしても、チームで乗り越えていこうとする、このチームマインドが、新たなエネルギーをまた生み、更に前に進んでいける。 これもサードキャリアには大きな事と感じます。
 
サードキャリアでの経済性も重要と思いますが、それだけでなく、楽しく豊かな心持ちで進められるサードキャリアは、お薦めの選択肢になると思います。
サードキャリアの設計のときの自己理解のなかに、今までの仕事のキャリアだけで無く、しっかりと御自分の興味、関心、趣味の分野を含め、そしてそれらのサードキャリアでの展開を考慮していただくことが、よろしいのではないでしょうか?
御自分にとって最適な選択をして頂き、活動への仲間をつのり、皆さんと一緒に、サードキャリアをスタートされるのは素晴らしいと思います。

各地自治体にある生涯学習センターの講座や、その地域の活動を支援するいろいろな組織で、これら多様な活動の情報収集や仲間集めに活用できるところもあると聞きます。
進められたい趣味をベースに、これらをサードキャリア設計のとき活用されるのも良いかも知れません。

是非御自身を、仕事キャリアだけでなく、趣味キャリアも含めた、広いサードキャリアで、より豊かなキャリアを進まれてください。

 

以上
 

サードキャリアと隙間時間の活用

2025年6月7日  大圖健弘

 

 サードキャリアの世界を見ると、セカンドキャリアを歩んでいる時と違うこといくつか出現する。その中の一つが時間の使い方なのではないかと思う。セカンドキャリアまでの仕事の仕方は、例えば会社勤めをするなど、フルタイマーで物事に立ち向かっていることが多かったのではないか。これに対し、サードキャリアの舞台では、必ずしも、フルタイマーでの業務遂行が多いとは限らない。これまでの経験を生かした新しいことにチャレンジする場合でも、全く新しい分野にこれからチャレンジする場合でもそうだが、会社や組織に入ってチャレンジすることは年齢的にもなかなか難しくなってきており、会社のようなところでも、フルタイマーとしての活躍を期待しないことも多くみられる。こうしたことから、自分の資格を生かしてフリーランスとして活躍されたり、パートタイマの契約社員として活躍の道を探ったりされる方も多いと感じる。筆者が資格を持っているキャリアコンサルタントの世界でもそうした活躍をされる方が多く、複数の組織と契約を結んで業務を行っていることが多くみられる。

 こうした業務遂行スタイルではそれまでのフルタイム型業務遂行と異なり、時間的自由度が高くなり、そこに所謂「隙間時間」が生じる可能性が高く、この時間の活用の仕方はサードキャリアを歩む方々の一つの関心事ではないかと思う。一方、サードキャリアを過ごしている中で健康維持はもう一つの重要な関心事ではないかと考えられ、年齢的な体の衰えをなるべく遅らせ、健康に過ごすことがサードキャリアでの業務を健全に遂行する上でも大きなファクターとなりうる。

 この、隙間時間の有効活用、健康維持という2つの事柄を重ね合わせると、サードキャリアの中での時間の使い方に一つのヒントが生まれる。サードキャリアを過ごす年齢になると、健康維持のための体の使い方もこれまでのやり方とは違う対応が求められる。これまでであれば、例えば、比較的長い時間の体力トレーニングを行って体力を鍛えたり、日常と違うことを行って、リフレッシュを図ったりすることが健康を維持するための対応であったりしてきた。この為、わざわざ時間を取って、施設等に赴いて健康維持対策を行うことを行うかとも多かったのではないか。特にフルタイマーの働き方を行っている中ではそうした対策が、重要だったように思う。しかし、サードキャリアを歩む年齢になると、そうした健康維持対策とは違う対応が求められる。例えば運動を行うにしても、長時間、負荷の大きい運動を行うことは難しくなるし、わざわざ日常と違うところに出かけてリフレッシュすることも、体力的な問題が立ちはだかってくる。

 むしろ、日常のちょっとした時間を使って、軽運動をしたり、生活の近傍の中でのリフレッシュを行って健康を維持することが求められたりすることが多い。こうした健康維持のために、サードキャリアの中の「隙間時間」をうまく当てはめることによって、サードキャリアの生活をより、有意義なものにしていけるのではないかと思う。

 サードキャリアの中での時間の使い方は、大それた行動を多く起こすことではなく、日常活動を、適度に行うとともにその活動の中で生じる「隙間時間」で効率よく健康維持のための活動」を実施していくことでバランスの取れたキャリアになるのではないだろうか。

 

                                 以   上

空き時間の活用とアナログ手帳

 

2025年5月11日 鈴木 友之

 

 ファーストキャリアやセカンドキャリアの時代はいろいろな事柄を並行して取組むのに違和感なく対応できていた。しかし、サードキャリアの年齢になるとどうも並行処理が苦手になっていることに気づく。一つのことに集中すると、他の事柄が頭の中から外に出てしまっているようだ。取り組んでいた事柄が一段落して、ようやく、さて次は何をしたらよいだろうかと考える一呼吸が必要だ。いわば、複数の仕事を段取り良く行えるように考えながら仕事をする並行処理から、一つの仕事が終えたら次の仕事に移るという直列処理にもどることを意味する。

 

 数十年前に流行して新鮮に思ったシステム手帳には「TO DO LIST」というページがあった。私はシステム手帳ではないが普通の手帳の週単位の予定表の右半分の余白に、今週やるべき仕事(タスク)を、月曜の出勤電車の中でリストして優先順位の番号をつけた。できた仕事(タスク)には済みのレ印をつけていた。勿論、新たに発生した仕事(タスク)は追加した。そうして優先順位と段取りを考えながら並行して取り組んだ。並行することで、それぞれの仕事(タスク)の空き時間を無駄にしない効率性が高まったし、それぞれの仕事の質を下げない以上に相乗効果もあったように思う。

 

 サードキャリアに入った今は、会社勤務時代のように並行処理を必要とするほどには仕事はない。例えば、日常生活の行動ともいえる仕事が中心で、その日にやることの段取りを考えて順番に取り組めば済むことが大部分だ。しかし全然ないわけではない、例えば、日課にしているウォーキングに出掛けるときにはついでに買い物を頼まれたりする。途中で本屋に寄って雑誌や最新刊本をチェックしたり、魚屋や八百屋に出ている品の種類と値段を調査(!)する程度で、並行処理の段取りを考えるほどの仕事はない。そんな中でも突然に思い出したこと、例えばすべき連絡が未だだった、などがあると、急に並行処理的な状態がある程度だが発生する。それを防ぐにはメモできる手帳がやはり重要だ。

 

 直列処理の生活を段取りするなかで困るのは病気だ。私は自慢ではないが病気の数が大小取り混ぜて半端なく多い。医療の進歩のお陰で表面は元気で外出も出来ている。しかし、病院通いで困るのは待ち時間の長さだ。単に長いというだけでなく予測がつかないことだ。どうしても余裕をもって予定を考え、結果、空き時間が数多く増える。病院の待合室で呼び出しを待つ間の時間ほどやりようのない時間はない。いつ呼ばれるかとアラート状態で、文庫本を開くも中々集中出来ない。いつかは寝てしまって看護師に起こされたことがあった。そこで、最近は何か楽しみになる計画や考え事をするようにしている。趣味に始めた短歌や、実現する可能性は横に置いて旅行計画を夢想するなど、メモできるように手帳は必携だ。以前はスマホにメモしていたが、ある時突然にメモがスマホから消えてしまった。何か無意識に操作して、結果消してしまったには違いがないが、便利なスマホもアテにはならない。最後に頼りになるのは手帳と言うアナログの様だ。皆さまはいかがだろうか。

 

以上

2025年5月9日
延川和治

隙間時間に悩んでおられる方もいらっしゃると伺う。

隙間時間と聞くと、巷では、隙間時間を活用するのが成功のもと、人に与えられている時間は等しく一日24時間にて、睡眠時間削り、隙間時間をフルに活用せねば、競争に勝てず、成功しない、と言われる。

また、副業をやるのも良し、勉強、趣味、健康運動、音楽、瞑想、何でもやりたいものをやることで、とかくあっという間に時間が無駄に過ぎる隙間時間を、有効に過ごせるとも言われる。

更に有効に過ごす為には、予め、何をやるかを決めておくことが重要、隙間時間ができてから何をやろうかを考えていては遅い、考えている間に隙間時間が終わると言われる。

その何をやるかを決めるときに、隙間時間の長さを予め想定してから、何をやるかを決める必要がある。 5分の隙間時間なのか、10分なのか、20分なのか、それぞれの隙間時間の長さの時に、予めなにをするか決めておく、必要なものを周囲に集めておく、読書なら、どこから読むかが即時にわかるよう、しおりを本に挟んでおく。

そして、その時間に対する生産性を上げる為に、一日の活動の終わりの時間を前もって決めておく。 今日は何時まで働くのか、仕事を終わりの時間を決めておく、そして終えてから何をするかを予め決めておく。 楽しみなことをするように決めるのがいい。 その楽しみが何時以降自分を待っていると思うことが大切。 その楽しみを失いたく無いために、自然とその日の時間効率が上がる、隙間時間も効率よく過ごせる。 そして一日を終えると、非常に充実感溢れる一日を過ごした実感が湧く、と言われる。

けれど、サードキャリアにもなって、このように、あくまでも効率を追求したい人がどれだけいるだろうか。 常に時間効率を意識する緊張の中での生活を欲する人がどれだけいるだろうか。

サードキャリアでは、自分の生き方をされたいのではないだろか。
時間効率を意識される生き方をされたい方は、それで結構も、全てのサードキャリアの人ではないように思う。 隙間時間も御自分の過ごし方でよろしいのでは。 趣味の時間に充てられて、いつの間にか隙間を過ぎる時間になってしまう、それでもよろしいのではないでしょうか。

御自分に充実感、達成感、満足感が残れば。

ところで、今日カウンセリングに来て頂いて、お話頂く隙間時間についてのお悩みは、どのようなお悩みですか?

 

以上
 

こころのコミュニケーション力

 

2025年4月26日 鈴木 友之

 

 少し前のことだが、眼科に行って緑内障や白内障の検査と視力を見てもらった。今回は視力に変化がありメガネを作り変えるよう勧められた。早速にいつもお世話になっている眼鏡屋に行って新しい眼鏡をお願いした。レンズを替えるだけでも良いが、今回は眼鏡を無くしたりした時の予備に今の眼鏡はとっておいて、新しい眼鏡を新調しようと思った。フレームは今のデザインが気に入っているので色も含めて同じものが欲しいとお願いした。しばらくして担当者がフレームを一つ持ってきて「今までのフレームも良いのですが、少し色を変えてコレはどうでしょうか?」と、形は似ているが色の違うフレームを紹介してくれた。確かに形は似ているが色が大部濃い。そこで私は「今までの色合いが気に入っているので、今のカタチと色合いのはありませんか?」と尋ねた。担当者は「済みません、色合いも同じデザインは在庫がないので、これで如何でしょうか?」言う。そこで、私は、少しへそが曲がってしまい、「取り寄せることはできないですか?」ときくと、「直ぐには分からない」と言う。やむなく「では、今のフレームにレンズだけ交換してください」とお願いした。

 

 この展開で、何をお伝えしたいかご想像がついたかと思うが、要は私のリクエストに正面から「客が希望するフレームの在庫が有る無い」としっかりと答えずに、単純に違うフレームを勧めてきた点に違和感を感じたのだった。たったそれだけのことだが、当方の希望をはぐらかされた気がしたのが正直なところだ。最近は行動経済学が日常的な事柄にも浸透してきているようで、所謂「ナッジ」の応用をあちこちで感じる。「コンビニのレジの並び方に足跡マークを印して買い物待ち行列の形成を促す」といったさりげない「ナッジ」は良いとして、今回の事例のように、こちらの要望について店内だけでなく倉庫も含めて在庫をまともに調べずに答えないばかりか、親切心を装って代替案を示すのは、物事の順番をハショリすぎのように思った。

 

 これはもう単純なコミュニケーション力の問題ではなく、そもそものコミュニケーションの基本は何かを理解していないのではないと思った。敢えて言えば、手持ちの在庫でうまく売り上げをあげることに専念している。顧客の希望は二の次、と感じたことが、眼鏡の予備を確保して新調しようと意欲を減退させ、レンズの交換で終わらせるというビジネスの縮小に繋げてしまったと言える。顧客に限らず、相手の気持ちをシッカリと受けとめて、シッカリと応える姿勢が感じられなかったのは残念だ。戦後さして時がたたない頃、当時の有楽町駅前で見たバナナの叩き売りとは違うのだ。

 

 コミュニケーション力とは、言葉の受け答えが重要だが、それ以上に相手の言葉を通して伝えたい気持ちを受け止め理解し、その気持ちに正面から応えることが大切に思う。冒頭のやり取りで言えば、代替案を提案する前に「済みません、ご希望のデザインを当店の在庫だけでなく倉庫にも探したのですが生憎と見つかりません。ついては、、、」前置きするだけで、スムーズに新規の誂えに繋がったと思う。残念に思うばかりの経験だった。

 

以上

サードキャリアに求められるコミュニケーション力とは

2025年4月26日 大圖健弘

 

 サードキャリアに求められるコミュニケーション力と問うと「何をいまさら言うのだろうか」と思う方も多くいらっしゃると思う。確かに、サードキャリアを歩む年齢になった私たちは、既に社会人生活も半世紀近くになり、組織人としての歴史も深く刻んできていおる。この中で組織でのコミュニケーション訓練を日々積み重ねてきており、大半のサードキャリアを迎える方々は、それこそコミュニケーションについてはプロフェッショナルといっていいかもしれない。

 しかし、ふと立ち止まって振り返ってみると、組織の中である意味古株になっていることから、長い間いる組織の中では、その周りの仲間や場合によっては部下から、祭り上げられ、自分の意見を押し通すことができたり、仲間の言葉を聞かなくとも、周りの人がいろいろ忖度する中で暮らしていくことに慣れているということがあるかもしれない。少なくとも、長くいる組織の中では自分の存在が周りにある意味、理解がなされていることが普通に考えられる。これに対し、サードキャリアの世界では、私たちは少なくても新人であり、周りだって自分のことをしてくれているメンバーなど皆無に近い。この中で、新しく関係を作っていくのであるから、当然新しい環境に必要なコミュニケーション能力が求められるのである。

 そこでその環境の中で必要とされるコミュニケーション能力は何かと考えたとき、筆者は「聴く力」ではないかと思っている、サードキャリア世界では私たちは新人であるといったことを前提にすると、当然、その世界における仕組みやしきたり、考え方等も今までの世界とは違うはずである。また、相手が何を思い、何を感じるかについてもそもそも違っており、そういったことについて敏感になっていなければその組織の中で快適に暮らすことは難しい。この為、色々な場面において新しい仲間の意見を拝聴して、自分の行動に反映させることが一番求められることではないだろうか。ところが、一方でサードキャリアを歩む年齢になると往々にして頭が固くなり、自分の考え方に固執したり、人の意見を無視したりする傾向が強くなる。私たちは、こうした傾向に自分たちがあるということをいつも念頭に置き、自分の言動を反省しながら「聴く力」を磨く必要がある。よく転職をするときに「新しい会社では以前の会社の風習にこだわる「ではの守」は嫌われます」とキャリアコンサルタントの方から注意をされるというが、まさにこれが「聴く力」を持ちなさいということではないかと思う。

 論語の中にも「六十而耳順」という言葉がある。まさにこの年になれば素直に人の言葉を受け止め、自分の行動に反映していくという姿勢が重要になっているのではないだろうか。筆者は「聴く力」を更に強くしていきたいと思っている。

 

                                以  上

2025年4月26日
延川和治


サードキャリアになっても、このコミュニケーション力の重要性は変らないと思います。

と同時に、この能力を維持、発展させていく意識は、非常に大切と思います。
 

人との接触機会がどうしても減り、対話の回数が減り、自身の年齢的な衰え、記憶力の衰えと共に、いつのまにか、このコミュニケーション能力が落ちていっていることを実感されておられる方も少なくはないのではないでしょうか。 同年代の人とのコミュニケーションはともかく、若い人とのコミュニケーションにより難しさを感じられているのではないでしょうか。

また、多様な相手とのコミュニケーション経験を積み重ね、相手が老若男女を問わず、適切と思われるコミュニケーション対応をとり、問題無く物事をいままで進めてきたはずのサードキャリアメンバーにとって、上記の衰えの難題に加え、大きな盲点として、相手は過去と同じ相手ではない、常に相手とは白紙の状態から接する必要がある、という意識が薄くなっていることもあるように思います。 

若い人の感覚は、自分が若い人であったときの感覚とは全く違う、同じ日本人でも全く違う日本人、いわば外国人のような感覚、その人に向き合うとき、過去の自分の理解の若い人の意識から向き合うのではなく、こちらの心は白紙状態で向き合うことから始めることが必要と思います。 先入観を持たずに。 俺たちの若い頃とは違うと思う暇も無く、その人、その人の今そのものを今とらえる感覚でのコミュニケーションが求められると思います。

質問の力、傾聴の力、相手の感情や状況の理解力、そしてそれら理解をしていることを相手に伝え、こちらがあなたのことを理解していることを理解してもらう力、共感や相互信頼の構築に、これらコミュニケーションの基礎となる必要な力を衰えさせることは、サードキャリアであっても受け入れがたいと思います。

コミュニケーションの機会が減るかと思います。 それだけに余計大変なのですが、この意識を強くもつことで、少なくなった機会をより生かし、コミュニケーション力を落とさない
方向へ少しでもつながると思います。 これからの体験・経験が、これからの自分を作るという意識です。 

一方話す相手の方が、こちらに対して先入観をもっていることが多々あります。
サードキャリアのおじいちゃんが何をいっているのかと。
この壁も乗り越える必要があると思います。

物事を論理的に、自分の使っている言葉の意味も必要あれば加えて話し(相手はいわば外国人なので)、自分を、そして自分が言いたいことが、的確に間違いなく相手に理解されるようにコミュニケートすることが求めれると思います。 粘り強く、1+1=2を、人によってはi+i=ii、あるいは一+一=二を説明することが、コミュニケーションで先ず築きたい、お互いに同じ理解の上に立つのに必要のように思います。

今とこれからを作るコミュニケーション、是非心を白紙にして、進めていかれては
如何でしょうか。

 

                                                      以上

 

充実したサードキャリアへのポイント

 

2025年3月23日 鈴木 友之

 

 サードキャリアを考えるにあたり、仕事だけでなく生活も含めたライフキャリアについて、日経新聞に連載の「私の履歴書」を例にとって考える。執筆者はみな世間的にしっかりと認知される実績をあげてきた方々だけに、どの人の半生記も素晴らしい内容に満ちている。しかしだ、官界、財界、政界、スポーツ・芸術など各界での大きな実績・功績にいたる苦労話には大きく分けて2種類の感想がある。一つは、苦労話のなかで時につまずきながらも「着々と成果」を上げる内容。もう一つは成果に至る道筋が一筋縄ではなく山あり谷あり、「波乱万丈」の生き様を率直に披瀝されている内容。勿論、後者の内容が興味深く、示唆に富んだ内容だ。

 

例えば、先月、連載された一条ゆかりさんという漫画家の自由で奔放な生き様は半端ではない徹底した自己追求の物語。成功談は勿論あるが、失敗や苦労の裏話も赤裸々に書かれている。同様にスポーツ界の方々は○○道と言えるような徹底・集中して努力し、時に大きな挫折に不安を感じながらも気を取り直して乗り越える展開が赤裸々に書かれている「波乱万丈」タイプで興味深い。一方の政財界で実績上げた方々の多くは上記での前者「着々と成果」タイプで、正直インパクトが薄い。勿論、例外的に後者の「波乱万丈」タイプでとても興味深く、翌日の話しを待つ感じの内容のものも少数だがある。では、「着々と成果」タイプと「波乱万丈」タイプの違いは何か。それは後者が、失敗談の中で努力しても報われないことが多い現実に繋がるエピソードを率直に披露しているところだ。一方の前者「着々と成果」タイプは、例えば成人に至る成長期のちょっとした失敗談が書いてあっても、後年の成果に至るも決して順調ではなかったという証といった程度の印象。社会に出てからの人生で、痛恨の極みや激しい怒りを感じたようなことが一つや二つでなくあっておかしくない。それが書かれていないのは、終わり良ければ綺麗さっぱり忘れてしまうからだろうか。凡人の私には理解できない。

 

 私は、矢張り一条ゆかりさんのような徹底して自分に忠実にやりたいこと、やるべきことを追求していきたかったけれど、例えば生活のため不本意な内容の漫画制作、といった自分を率直に認めて、いまある自分を語れるようになりたいと思う。が、中々難しい。自分の中では認知していても、人には言えない苦しかったこと、悔しかったこと、申し訳なく思うこと、時に自己正当化したい気持ちを乗り越えてさらけ出すことが、どうしたらできるのだろうか。

 

  一つ、方策として思いつくのは、浄土真宗の僧侶だった吉本伊信氏が考案した「内観療法」がある。浄土真宗の「身しらべ」を応用した心理療法だが、閉ざされた個室の中で自己をふり返り、次の3つのポイントで書き出す。①人に世話になったこと、②人にして返したこと、③人に迷惑をかけたこと。この3つについて、ひたすら事実を思い出して、カウンセラーに語る。これを通して、自己の思考のクセや思い込みに気づき自己成長が促される、更に当時は気づかなかった他者の状況や背景に思い至り、対人関係の改善につながるといった効果や、うつなどの精神疾患に有効といった効果があげられている。加えて、私としては、⓸人から受けた迷惑、も書き出したい。ただし、これは、迷惑をかけてきた人を非難するためではなく、「脇の甘さ」といった自省の未来志向を目的に。

 

  そのような自己の振り返りを通して、自己を未来志向で認め、より広き自己開示を全てとは言わないまでも出来るようになり、常に新たな自分を引き出して未来に向かえるようになりたい。こうして充実した日々を送ることができるようになると思う。そのためには、敢えて内観療法のような場を設けなくても、自分が置かれている日常的な環境の中で、静かに自己を振り返る時間を持つことで、例えばスマホやパソコンが時々バージョンアップをするように、自分をバージョンアップして生活を充実させていきたい。

 

以上

2025年3月23日

延川和治

 

ファーストキャリア、セカンドキャリアを経て、いよいよ突入するサードキャリアでの充実について考えて見たいと思います。

多くの人が、セカンドキャリアを経て、それまでの会社人生との縁が切れるキャリアとなるサードキャリアで、どのように充実感を得ていくのでしょうか。
今までのキャリアのなかで、出会われたり、気付かれたりした社会貢献などを目指し、自ら築かれたNPO等を通して、仲間と一緒に、御自分や仲間達の夢や信念を、現実のものにされようと歩み出されたり、御自分の趣味を生かして、それに没頭され、キャリアとして生かされ、充実の毎日を進んでおられる方々のお話を、あちこちで耳にします。

でも、自分にはそんなことができるのだろうか、そんな気付きや思いもなかったし、世に訴えられるような趣味もない、充実のサードキャリアはどう作ろうと思われている方々も多くいらっしゃるのではないかと思います。

過ごしていきたい「充実した毎日」「充実した人生」、そもそも「充実感」とはどこから生まれてくるのでしょうか?

皆様それぞれに思いがおありになると思いますが、いろいろと伺いますと、ご自分が、「人の役に立ち、感謝されている」と感じるとき、「自分が楽しめる、面白い」と思えるとき、「経済的にゆとりがある」というのが、「充実感」につながるのが多いと思えます。

これらをまとめて見ると、まず「自分に何がしたい」という思いがあって、その実行を始め「自分がそれをしている」と感じ、その結果「自分がこうでありたいと感じるものを感じさせてもらえる」とき、人は「充実」を感じていると言えるのではないかと思えます。

そこで、まず「自分は何がしたい」のか、「充実」のためには、まずこの自己認識からと思います。
自分がしたいものは? 自分が飛びつきたいと思うものは? 自分が飽きずにできるものは? 自分の趣味のどんなところが好きなのか?  いままでの仕事でもう一度やって見たいと思うものは? 逆に自分が楽しめないものは? などをリストアップ頂き、「自分は本当は何がやりたいのだろうか」 を掴んで頂くことが、充実するサードキャリアへのスタートになるのではと思えます。

そして、その背景にある「自分がこうでありたい」と思う気持ちの把握、更に、その思いの実現の場の発掘へと進み、実際の行動が起こされ、その思い描く結果を得たときに、「充実」を感じられるのではないでしょうか?
まず、この御自分の自己認識を、じっくり進めて頂くことが大事と思えます。

一方、世の中で常である「最初からすべて上手くいくとは限らない」とも思います。
「充実」を求め、自己認識に思い悩まれるだけでなく、思い悩みの途中でも、その時に気付かれたことがでてくれば、そこで行動を開始され、動かれてみる、動かれてみながら少し違うと感じられたら即修正していく、この走りながら修正のスタイルも、「充実」へ向かう有効手段ではないかと思います。

これからの行動では、今までのキャリアでのご経験が生きる場面があると同時に、動いておられる間に得られる新たな気づきも、ご経験があるがゆえに、大きく活かせるのではと思えます。

充実のサードキャリアへ、自己認識も大事、また、気付きがあれば、まず一歩踏み出されるのも大事、と思います。

 

以上
 

充実したサードキャリア生活を送るには

 

2025年3月20日 大圖健弘

 サードキャリアで職業生活を送るうえで、前回、筆者はセカンドキャリアまでの生活と違い、仕事に我武者羅にならずゆとりを持った仕事の仕方について言及した。それではそうした仕事生活の中で充実感を得る、あるいは充実した生活を送っていくためにはどんな心がけが必要なのだろうか。ここでは、仕事を成し遂げたという達成感はなかなか味わえない、大きな仕事を任されるということはあまり考えず、その仕事の中の一部を担当していくということが前提である。

 こうした仕事を行っていく中で、まず、充実感を得られる経験は、これまでの経験が生かされたと感じる時ではないだろうか。特にサードキャリアを送る組織や仕事がそれまでの自分のキャリアと離れた分野であった場合、ほとんどの仕事は自分より先任のメンバーが知っており(あるいは経験しており)自分はそうした先達から教えを受けて仕事を進めることになる。その中で、時として、これまで仕事の中で培ってきた経験が生かせる仕事に出会うことがある。そうした時に仕事仲間から評価されたり、感謝されると非常に充実した気分を得られる感じがする。勿論、自己の持っている資格を生かしたり、これまでの仕事経験を生かしたりしてサードキャリアを過ごされている方々はこうしたことは当たり前と思われるかもしれないが、そうした方にとっても仕事の中で、これまでの経験がうまく生かされて仕事が成功すればその時に充実した気分を味わえるのでなないだろうか。いわばこれまでの経験を無駄にしないことが一つの充実感につながるということかと思う。

 次に、充実感を感じられる機会は、自己にとって有益に感じられる新しい知識、識見を得られる時ではないだろうか。サードキャリアの中で経験することは、勿論新しい事が多く、その意味では若い時であれば、何でも貪欲に吸収して個人の血肉になる事柄ではないかと思う。しかし、サードキャリアを経験する年齢になればすべての新しい知識に興味がわくわけではなく、自分に有益と感じるわけでもない。この中で確かに自分に役に立つという新しい知識に出会えた時は、充実感を感じられる機会になる。

こうした充実感を感じる機会は、どのようにしてそういった機会に出会うかである。黙ってその日流れる仕事に向かい合うのでは流石に機会はなかなか訪れない。やはり日ごろの仕事の中でこうした機会を得られるよう努力することが重要だと思う。確かに、「そうはいってもそんなにうまく機会など見つからない。」という意見もあるかもしれない。しかし、今は世の中に情報があふれている時代である。たとえ単純な事務処理をする中においても、その処理に関して疑問に思ったり、その処理に関して関係する情報を知りたいと思ったりすれば、すぐネットで調べてみることができる。そうした行動を起こすことによって新しい事実に出会ったり、興味がわく課題を見つけたりすることがあったりする。一度そうした話題に出会えれば占めたものである。事柄によっては組織の中で提案をし、新しい仕事につなげることもできる。こうした、ちょっとした努力でサードキャリアの中でも充実した日々を送るきっかけを作れるのではないだろうか。

 

 

                                以   上