2025年4月26日
延川和治


サードキャリアになっても、このコミュニケーション力の重要性は変らないと思います。

と同時に、この能力を維持、発展させていく意識は、非常に大切と思います。
 

人との接触機会がどうしても減り、対話の回数が減り、自身の年齢的な衰え、記憶力の衰えと共に、いつのまにか、このコミュニケーション能力が落ちていっていることを実感されておられる方も少なくはないのではないでしょうか。 同年代の人とのコミュニケーションはともかく、若い人とのコミュニケーションにより難しさを感じられているのではないでしょうか。

また、多様な相手とのコミュニケーション経験を積み重ね、相手が老若男女を問わず、適切と思われるコミュニケーション対応をとり、問題無く物事をいままで進めてきたはずのサードキャリアメンバーにとって、上記の衰えの難題に加え、大きな盲点として、相手は過去と同じ相手ではない、常に相手とは白紙の状態から接する必要がある、という意識が薄くなっていることもあるように思います。 

若い人の感覚は、自分が若い人であったときの感覚とは全く違う、同じ日本人でも全く違う日本人、いわば外国人のような感覚、その人に向き合うとき、過去の自分の理解の若い人の意識から向き合うのではなく、こちらの心は白紙状態で向き合うことから始めることが必要と思います。 先入観を持たずに。 俺たちの若い頃とは違うと思う暇も無く、その人、その人の今そのものを今とらえる感覚でのコミュニケーションが求められると思います。

質問の力、傾聴の力、相手の感情や状況の理解力、そしてそれら理解をしていることを相手に伝え、こちらがあなたのことを理解していることを理解してもらう力、共感や相互信頼の構築に、これらコミュニケーションの基礎となる必要な力を衰えさせることは、サードキャリアであっても受け入れがたいと思います。

コミュニケーションの機会が減るかと思います。 それだけに余計大変なのですが、この意識を強くもつことで、少なくなった機会をより生かし、コミュニケーション力を落とさない
方向へ少しでもつながると思います。 これからの体験・経験が、これからの自分を作るという意識です。 

一方話す相手の方が、こちらに対して先入観をもっていることが多々あります。
サードキャリアのおじいちゃんが何をいっているのかと。
この壁も乗り越える必要があると思います。

物事を論理的に、自分の使っている言葉の意味も必要あれば加えて話し(相手はいわば外国人なので)、自分を、そして自分が言いたいことが、的確に間違いなく相手に理解されるようにコミュニケートすることが求めれると思います。 粘り強く、1+1=2を、人によってはi+i=ii、あるいは一+一=二を説明することが、コミュニケーションで先ず築きたい、お互いに同じ理解の上に立つのに必要のように思います。

今とこれからを作るコミュニケーション、是非心を白紙にして、進めていかれては
如何でしょうか。

 

                                                      以上

 

充実したサードキャリアへのポイント

 

2025年3月23日 鈴木 友之

 

 サードキャリアを考えるにあたり、仕事だけでなく生活も含めたライフキャリアについて、日経新聞に連載の「私の履歴書」を例にとって考える。執筆者はみな世間的にしっかりと認知される実績をあげてきた方々だけに、どの人の半生記も素晴らしい内容に満ちている。しかしだ、官界、財界、政界、スポーツ・芸術など各界での大きな実績・功績にいたる苦労話には大きく分けて2種類の感想がある。一つは、苦労話のなかで時につまずきながらも「着々と成果」を上げる内容。もう一つは成果に至る道筋が一筋縄ではなく山あり谷あり、「波乱万丈」の生き様を率直に披瀝されている内容。勿論、後者の内容が興味深く、示唆に富んだ内容だ。

 

例えば、先月、連載された一条ゆかりさんという漫画家の自由で奔放な生き様は半端ではない徹底した自己追求の物語。成功談は勿論あるが、失敗や苦労の裏話も赤裸々に書かれている。同様にスポーツ界の方々は○○道と言えるような徹底・集中して努力し、時に大きな挫折に不安を感じながらも気を取り直して乗り越える展開が赤裸々に書かれている「波乱万丈」タイプで興味深い。一方の政財界で実績上げた方々の多くは上記での前者「着々と成果」タイプで、正直インパクトが薄い。勿論、例外的に後者の「波乱万丈」タイプでとても興味深く、翌日の話しを待つ感じの内容のものも少数だがある。では、「着々と成果」タイプと「波乱万丈」タイプの違いは何か。それは後者が、失敗談の中で努力しても報われないことが多い現実に繋がるエピソードを率直に披露しているところだ。一方の前者「着々と成果」タイプは、例えば成人に至る成長期のちょっとした失敗談が書いてあっても、後年の成果に至るも決して順調ではなかったという証といった程度の印象。社会に出てからの人生で、痛恨の極みや激しい怒りを感じたようなことが一つや二つでなくあっておかしくない。それが書かれていないのは、終わり良ければ綺麗さっぱり忘れてしまうからだろうか。凡人の私には理解できない。

 

 私は、矢張り一条ゆかりさんのような徹底して自分に忠実にやりたいこと、やるべきことを追求していきたかったけれど、例えば生活のため不本意な内容の漫画制作、といった自分を率直に認めて、いまある自分を語れるようになりたいと思う。が、中々難しい。自分の中では認知していても、人には言えない苦しかったこと、悔しかったこと、申し訳なく思うこと、時に自己正当化したい気持ちを乗り越えてさらけ出すことが、どうしたらできるのだろうか。

 

  一つ、方策として思いつくのは、浄土真宗の僧侶だった吉本伊信氏が考案した「内観療法」がある。浄土真宗の「身しらべ」を応用した心理療法だが、閉ざされた個室の中で自己をふり返り、次の3つのポイントで書き出す。①人に世話になったこと、②人にして返したこと、③人に迷惑をかけたこと。この3つについて、ひたすら事実を思い出して、カウンセラーに語る。これを通して、自己の思考のクセや思い込みに気づき自己成長が促される、更に当時は気づかなかった他者の状況や背景に思い至り、対人関係の改善につながるといった効果や、うつなどの精神疾患に有効といった効果があげられている。加えて、私としては、⓸人から受けた迷惑、も書き出したい。ただし、これは、迷惑をかけてきた人を非難するためではなく、「脇の甘さ」といった自省の未来志向を目的に。

 

  そのような自己の振り返りを通して、自己を未来志向で認め、より広き自己開示を全てとは言わないまでも出来るようになり、常に新たな自分を引き出して未来に向かえるようになりたい。こうして充実した日々を送ることができるようになると思う。そのためには、敢えて内観療法のような場を設けなくても、自分が置かれている日常的な環境の中で、静かに自己を振り返る時間を持つことで、例えばスマホやパソコンが時々バージョンアップをするように、自分をバージョンアップして生活を充実させていきたい。

 

以上

2025年3月23日

延川和治

 

ファーストキャリア、セカンドキャリアを経て、いよいよ突入するサードキャリアでの充実について考えて見たいと思います。

多くの人が、セカンドキャリアを経て、それまでの会社人生との縁が切れるキャリアとなるサードキャリアで、どのように充実感を得ていくのでしょうか。
今までのキャリアのなかで、出会われたり、気付かれたりした社会貢献などを目指し、自ら築かれたNPO等を通して、仲間と一緒に、御自分や仲間達の夢や信念を、現実のものにされようと歩み出されたり、御自分の趣味を生かして、それに没頭され、キャリアとして生かされ、充実の毎日を進んでおられる方々のお話を、あちこちで耳にします。

でも、自分にはそんなことができるのだろうか、そんな気付きや思いもなかったし、世に訴えられるような趣味もない、充実のサードキャリアはどう作ろうと思われている方々も多くいらっしゃるのではないかと思います。

過ごしていきたい「充実した毎日」「充実した人生」、そもそも「充実感」とはどこから生まれてくるのでしょうか?

皆様それぞれに思いがおありになると思いますが、いろいろと伺いますと、ご自分が、「人の役に立ち、感謝されている」と感じるとき、「自分が楽しめる、面白い」と思えるとき、「経済的にゆとりがある」というのが、「充実感」につながるのが多いと思えます。

これらをまとめて見ると、まず「自分に何がしたい」という思いがあって、その実行を始め「自分がそれをしている」と感じ、その結果「自分がこうでありたいと感じるものを感じさせてもらえる」とき、人は「充実」を感じていると言えるのではないかと思えます。

そこで、まず「自分は何がしたい」のか、「充実」のためには、まずこの自己認識からと思います。
自分がしたいものは? 自分が飛びつきたいと思うものは? 自分が飽きずにできるものは? 自分の趣味のどんなところが好きなのか?  いままでの仕事でもう一度やって見たいと思うものは? 逆に自分が楽しめないものは? などをリストアップ頂き、「自分は本当は何がやりたいのだろうか」 を掴んで頂くことが、充実するサードキャリアへのスタートになるのではと思えます。

そして、その背景にある「自分がこうでありたい」と思う気持ちの把握、更に、その思いの実現の場の発掘へと進み、実際の行動が起こされ、その思い描く結果を得たときに、「充実」を感じられるのではないでしょうか?
まず、この御自分の自己認識を、じっくり進めて頂くことが大事と思えます。

一方、世の中で常である「最初からすべて上手くいくとは限らない」とも思います。
「充実」を求め、自己認識に思い悩まれるだけでなく、思い悩みの途中でも、その時に気付かれたことがでてくれば、そこで行動を開始され、動かれてみる、動かれてみながら少し違うと感じられたら即修正していく、この走りながら修正のスタイルも、「充実」へ向かう有効手段ではないかと思います。

これからの行動では、今までのキャリアでのご経験が生きる場面があると同時に、動いておられる間に得られる新たな気づきも、ご経験があるがゆえに、大きく活かせるのではと思えます。

充実のサードキャリアへ、自己認識も大事、また、気付きがあれば、まず一歩踏み出されるのも大事、と思います。

 

以上
 

充実したサードキャリア生活を送るには

 

2025年3月20日 大圖健弘

 サードキャリアで職業生活を送るうえで、前回、筆者はセカンドキャリアまでの生活と違い、仕事に我武者羅にならずゆとりを持った仕事の仕方について言及した。それではそうした仕事生活の中で充実感を得る、あるいは充実した生活を送っていくためにはどんな心がけが必要なのだろうか。ここでは、仕事を成し遂げたという達成感はなかなか味わえない、大きな仕事を任されるということはあまり考えず、その仕事の中の一部を担当していくということが前提である。

 こうした仕事を行っていく中で、まず、充実感を得られる経験は、これまでの経験が生かされたと感じる時ではないだろうか。特にサードキャリアを送る組織や仕事がそれまでの自分のキャリアと離れた分野であった場合、ほとんどの仕事は自分より先任のメンバーが知っており(あるいは経験しており)自分はそうした先達から教えを受けて仕事を進めることになる。その中で、時として、これまで仕事の中で培ってきた経験が生かせる仕事に出会うことがある。そうした時に仕事仲間から評価されたり、感謝されると非常に充実した気分を得られる感じがする。勿論、自己の持っている資格を生かしたり、これまでの仕事経験を生かしたりしてサードキャリアを過ごされている方々はこうしたことは当たり前と思われるかもしれないが、そうした方にとっても仕事の中で、これまでの経験がうまく生かされて仕事が成功すればその時に充実した気分を味わえるのでなないだろうか。いわばこれまでの経験を無駄にしないことが一つの充実感につながるということかと思う。

 次に、充実感を感じられる機会は、自己にとって有益に感じられる新しい知識、識見を得られる時ではないだろうか。サードキャリアの中で経験することは、勿論新しい事が多く、その意味では若い時であれば、何でも貪欲に吸収して個人の血肉になる事柄ではないかと思う。しかし、サードキャリアを経験する年齢になればすべての新しい知識に興味がわくわけではなく、自分に有益と感じるわけでもない。この中で確かに自分に役に立つという新しい知識に出会えた時は、充実感を感じられる機会になる。

こうした充実感を感じる機会は、どのようにしてそういった機会に出会うかである。黙ってその日流れる仕事に向かい合うのでは流石に機会はなかなか訪れない。やはり日ごろの仕事の中でこうした機会を得られるよう努力することが重要だと思う。確かに、「そうはいってもそんなにうまく機会など見つからない。」という意見もあるかもしれない。しかし、今は世の中に情報があふれている時代である。たとえ単純な事務処理をする中においても、その処理に関して疑問に思ったり、その処理に関して関係する情報を知りたいと思ったりすれば、すぐネットで調べてみることができる。そうした行動を起こすことによって新しい事実に出会ったり、興味がわく課題を見つけたりすることがあったりする。一度そうした話題に出会えれば占めたものである。事柄によっては組織の中で提案をし、新しい仕事につなげることもできる。こうした、ちょっとした努力でサードキャリアの中でも充実した日々を送るきっかけを作れるのではないだろうか。

 

 

                                以   上

サードキャリアでの仕事の機会と発展

 

2025年2月24日 鈴木 友之

 

 まず、筆者がここで想定するサードキャリアは主に70歳代でセカンドキャリアの雇用も終了した後のキャリアです。また、70歳代でもセカンドキャリアで既に起業等をしていて雇用される立場にない、求職活動の必要がない人は想定しておりませんのでご理解ください。

 

 さて、そのようなサードキャリアに入ると、求人情報を探すにも、ハローワーク等の人材紹介での募集は、限られた職種が現実です。テレビ等での話題ではスポットワーカーと言ったテーマでの70歳代の活躍を紹介される仕事も限られないように思います。ただ、そのようなスポットワークの機会でも、時間を自由に選べるメリットを生かして仕事を続ける中で、その仕事ぶりから能力と経験と体力の状況を雇用者が見定めて、安定した雇用に移行する機会に発展することも期待されます。まずは、仕事内容に興味が沸かないとか労働条件が合わないといったネガティブリストで検討するのでなく、求人内容の何を自分は出来るか時間的に調整可能か、健康面・体力面で耐えられるか、ポジティブリストの視点からの検討が肝要に思います。

 

 例えば、ある知人のサードキャリアでは、ある国家資格の養成講座の講師を務めてきました。最初は講座日程の中で比較的簡単な内容の日の担当から始まり、その成果からより複雑な説明と演習を含めた指導を要する日の担当に広がりました。また実践する中で、気づいた改善点を提案して、次回のレジュメの改訂にも協力し、追加した方が良い講義内容を提案を問いかけられ作成も任されるようになりました。受講された方々からのフィードバックは厳しくもあり、どこそこが良かったと言われれば嬉しく感じ励みになりました。受講者が目標の資格試験に合格すればともに喜びを分かち合い、残念な結果にはともに悲しむだけでなく再受験へのモチベーションアップへと応援してきました。さらに、残念な結果の内容を分析して次回の講座の改訂に反映する様に発言してきました。一日単位の仕事でも広がりがあり、やりがいのある仕事にすることができたと言っています。

 

 いまは、本人の健康状態から一日単位の仕事は厳しいので辞退し、携わってきた国家資格に関連した個人相談に絞って、直前予約で健康状態と相談しながら応じるようにしているそうです。最初に始めた国家資格養成講座の講師の仕事も、いまの個人相談も、結局はそれ以前の仕事を通して築いた人脈からの紹介です。いきなり、見ず知らずの人や会社から仕事が来ることは稀有と思います。セカンドキャリアまででどんな仕事をしてきたか、その仕事内容と成果からこれからの自分に出来ることをブランディング化して、声をかけられた時にはいつでも明確に言えるように準備することが大切だなと改めて思います。

 

 新たな仕事だけでなく、いまいま従事している仕事内容の改善点や削除・追加点といった提案し広げるチャンスは目の前に突然に現れます。チャンスが過ぎ去った後で追っては間に合わないと思って準備し、アンテナを張ることが肝要に思いますがいかがでしょうか。

                                              以上

サードキャリアの仕事の見つけ方

2025年2月22日 大圖健弘

 

 多くのサラリーマンの方は、学校を終えて新しい社会に入ろうとするとき、社会、特に企業社会というものに対しあまり深い知識を持たないまま、社会でのキャリアの第一歩を踏み出すのではないかと思う。確かに、インターンシップが当たり前になり、少しは仕事のさわりを経験できるようになったとはいえ、やはり初めて社会に出る、つまりファーストキャリアの選択では、あまり訳が分からないままスタートしてられることが多いのではないだろうか。

 そしてこの初めてのキャリアを刻んでいくうちに、「こんなつもりではなかった」と思う人がいたり、「もっと自分は違う世界も経験したい」と考える人が出てきて、セカンドキャリアを選ぶ人が出てくるのではないかと思う。つまりセカンドキャリアというのは、それまでの仕事人生の反省を踏まえ、新しい世界を求める旅なのではないかと筆者は考えている。この為、ファーストキャリアでもセカンドキャリアにおいても、実は目指すのは新しい未来であり、そこには何等かの夢や未知なるものへの期待が伴ったキャリア選択であるのではないかと筆者はとらえている。

 これに対し、サードキャリアの選択となると少し様相が違ってくるのではないだろうか。まず、このサードキャリアを考え始める年代となると、ほぼ初老という世界に入った段階で、「体力的にも、これまでのバリバリ仕事を進めよう。」という年齢ではなくなってきている。又、生活の段階においてもすごく生活に金がかかるといった時期は経過しており、むしろある程度余裕を持って生活をしていくといった段階に差し掛かっている。そういう意味で、セカンドキャリアまでの仕事の選択ではなく、ある程度自分に合った仕事で今までのように我武者羅ではなく、今までの経験を生かして落ち着いてできる仕事を目指す方が、個人の人生の歩みから見てもやりやすいのではないかと思う。

 そういう意味で、サードキャリアでの仕事の見つけ方はそれまでと違い観点が見て取れるのではないかと思う。今、筆者が仕事をしている職場は、個人の社会保険労務士の方と一緒に仕事をするところであるが、この社会保険労務士の方々を見ているとかなりの方が、会社を定年退職する時に社会保険労務士として独立して仕事を始めた方々である。中にはかなり前職では高い地位にいらした方もおられ、それまでの知識、経験等も生かして仕事ができ、そういう意味では定年後というサードキャリアの仕事の仕方の一つのいい例ではないかと思っている。勿論、業務独占資格の世界の仕事であるので厳しい資格試験があるわけであるが、経験を生かしてこうした資格を取れるのであれば、あくせくせずにサードキャリアの仕事としてやっていける仕事の探し方ではないかと思う。

 かく言う筆者は、なかなかそこまで踏み切れず、ただ、それまでの競争社会のような仕事ではなく、自分の経験を生かしてできる仕事として現在の社労士の方と一緒に仕事をするという選択を選んでいる。いずれにしても①これまでの経験を生かす。②夢を追うのではなく余裕をもった仕事をする。③自分の時間も大事にし、個人の生活も併せて自己が充実した実感を持てる仕事の仕方をする。といったこれまでの働き方から少し離れた仕事の仕方を選んでいくのがサードキャリアでの仕事の見つけ方ではないかと筆者は考えている。

しかし、それが自分の資格を生かした仕事で個人として独立できることであるのであればそれはそれで幸せであるが、そうでなければ上手く自分に合った仕事を見つける努力が必要である。筆者は、今の仕事はたまたま前の仕事をしていた仲間から紹介されたものであったが、サードキャリアの年齢になると、仕事探しはなかなか大変である。就職支援の会社に頼るだけでなく広くアンテナを張って自分に合う仕事を見つける努力が重要だと思う。そうした努力が必要であることはこれまでの仕事探しと何ら変わらないのである。

 サードキャリアを目指す方々には是非頑張っていただきたい。

 

                                 以   上

2025年2月21日
延川和治

 

「サードキャリアの仕事を見つける」ことを難しいと感じておられる方は、本当に難しいと思われておられることを、私はよく認識しているつもりです。 一方「難しくない、すぐに見つかる」「見つけなくても自分でスタートできる」と思われている方は、是非前に進まれて、サードキャリアをエンジョイされて頂きたく思います。 羨ましい限りです。

なぜ「サードキャリアの仕事を見つける」ことが難しいのでしょうか。
年齢の壁、経験の壁、健康の壁、柔軟性の壁、マッチングの壁、等々、これらに経済性の壁も加わるのかもしれません、さまざまな壁の克服が容易では無いからではないかと思えます。 また、これからの仕事に満足がいく自己充実感が得られるかどうかの不安も先立ちます。

雇用先は一歳でも若い人材を採用したく思うのは不思議ではないと思います。
おなじ採用をするなら、長く務めてもらえる方を選ぶと思われます。

これに対し、こちらには「経験の豊富さがある」と訴えます。 けれど求められている経験と、いままで過ごしてきた経験の内容やレベルが、一致することが多くないのが現実と思います。 「豊富さ」だけではなく、今までの経験をベースに、「柔軟な思考」を通して、雇用先から「求めているレベルを超える経験・能力・実力がある」印象を、雇用先に訴えることができるかどうかが、ポイントと思えます。 今までのキャリアへの誇りを背景に、この「柔軟な思考」「その表現」ができるかどうかです。

そもそも御自分が希望されるジョブ内容にぴったりマッチングできる案件に出会うことが
そんなに簡単ではないと思います。 いくつか心に引っかかるところがあることはわかりつつ、面接を進めてられておられるのが実情と思います。

一方、このようなスクラッチではなく、今までの自分を知っているところからの仕事の紹介話しは、様相が変ると思います。 相手は自分の印象を理解し、経験を理解し、そうである自分なら役に立ちそうと、年齢の壁、経験の壁、柔軟性等の壁が過ぎているところから、是非一緒にどうですか、との話になってきていると思います。 いままでの自分を余り変えることなく、これからもなじんでいけるように感じます。 

逆に、周囲から話が来ない方は、御自分で求め歩くことになると思います。 ファーストであれ、セカンドであれ、サードであれ、求め歩くことは、仕事を見つける原点と思います。 ただその求め歩く先を工夫することが、サードキャリアで仕事を見つけるとき、肝心なのではないかと思います。 前述のいろいろな壁をなくす為、まずは御自分を知っている仲間、仕事面でもプライベート面でも、御自分といままでに関わりがあった方々へのコンタクトを、第一歩とされてみてはいかがでしょうか。

御自分がこれから何をされたいのかをしっかり把握され、御自分を知る方々、ある意味御自分だけが持っておられる宝の方々、その方々に素直にお気持ち、ご希望を開示されてみられてはいかがでしょうか。 

サードキャリアの幕開けを、御自分の宝から始める、そんな感覚です。


                                                       以上

 

2025年1月10日
延川和治

 

セカンドキャリアを経て、サードキャリアに入るとき、周囲から求められるのは“アドバイザーとして”というのも多いのではないでしょうか?

組織のなかでは浮いてしまう年齢になり、あるいはなりつつあり、そうかといって全く能力が無くなる訳ではなくとの自意識もあり、一方今までの活躍を覚えている周囲からは、その経験を生かして、もし引き続き働いて頂けるのならと、声を掛けられ、思わず受けてしまう、そんなアドバイザー役職の方が少なくないように思います。

在宅が主で、週に一度、二度出社し、皆と語らってくる、ときにはアドバイスを求められ、ときには雑談に終始しと、今までと同じ土俵で、気楽な稼業。
でも実際に始めて見ると、時が経つにつれ、ご自身のなかでは、なかなか充実感は得られず難しいことが多い様です。

皆のメールのなかのアドレスに自分が含まれていないことも段々に増え、出社して語らうときも、案件・状況のしっかりした説明を受けるわけではなく、アドバイスの前提になる案件・状況の理解が周囲と同じレベルにならず、アドバイスをしても、言わばその場しのぎのような感覚で、そのアドバイスへの責任感もなんとなく薄れ、そのアドバイスで物事が決まったり、どうのこうのと新たな展開が始まったりする以前のようなわけでもなく、突き詰めれば一体何のためのアドバイスであったのか、経験を生かしてと言われているが、今の状況は自分のときの状況とは違い、アドバイス自体も自分の中ではスッキリせず、自身が感じる充実感があまりない状態に、だんだんと陥って行くようです。

「自分のときではこうであった」と出羽族・出羽守にならないように自分で努め、過去の状況と今は違うとアンラーニングベースを理解し、アドバイスしているつもりでも、違う状況認識をベースにしたご自分のサードキャリアのアドバイスは、相手にもインパクトがあるアドバイスにはなっていない様に、ご自身のなかで感じられるのが正直なところではないでしょうか。 そして、思い始めるのが、自分は必要なアドバーザーなのかどうか。

これでもいい、この気楽な状態がいい、と思われる方はそれで結構と思いますが、せっかく自分をアドバイザーに起用頂いた周囲への責任を感じられ、なんとかしたいと思われる方は、アドバイザーがアドバイスを求めるのには抵抗があるとされずに、周囲の方と胸襟を開いて、一度御自分の感覚や思いを相談されてみられては如何でしょうか? 

 

サードであっても充実した自己肯定感のあるキャリアの継続を求めて。

 

以上
 

フリーランスでの仕事への向き合い方

 

2024年12月31日 鈴木 友之

 

 ファーストキャリアで企業に勤めて定年乃至は役職定年を迎えた後は、セカンドキャリアをどう切り開いているだろうか。多くの人はファーストキャリア時代の経験をベースに雇用延長等で同じような仕事を続けたり、別の企業に再就職して、似た業務分野の仕事に就いている事と思う。人によっては雇用延長や再就職はせずに、退職までに取得した資格を生かしてフリーランスとして新たな仕事に就く人もいる。がしかし、多くは何らかの形でファーストキャリアでの経験や知識を生かせる業務分野の仕事に就いているようだ。

 

 私も、ファーストキャリア時代に培った社内情報化でのいろいろな経験をベースに、セカンドキャリアでは別会社の社内制度の改革に取り組んだ。まずは会計制度に関わる社内情報化の見直しに始まり人事制度の見直しにも取り組んだ。人事制度そのものもシステムであり違和感なく取り組むことができた。そのシステムと言う視点で取り組んだ人事制度であったが、見直しを浸透すべく取り組む中でいろいろと出会う人々の現場の事情は多様だった。一人ひとりの仕事へのモチベーションの違いを認識してキャリア形成への支援の必要性に興味が沸き、キャリアコンサルタントの資格を取ってサポートの知識と技法を学んだ。その後、サードキャリアとしてキャリアコンサルタントの資格を軸にフリーランスとなり、更にいろいろな資格を取得し、企業内での人々のキャリア形成支援やチーム活性化支援から転職や新卒就職に至るまで、いろいろなキャリア形成支援での仕事に取り組み経験を積んできた。

 

 考えてみると、ファーストキャリア、セカンドキャリアを通していろいろな仕事をしてきたように思うが、実はその根っこはファーストキャリア時代に培った知識経験がベースになっていることに気づかされる。キャリア支援をする場では、相対する人が目指す目標や抱える問題を、本人がどう受け止めて考え感じているか理解することが重要だ。傾聴という言葉で表されるように、純粋にその人の語る言葉をそのままに受け止めるのだが、感情面などでの理解と共感には自分の経験がベースになっているのが実情。例えば、熱帯地域の中東やアジアで育ち生活する人が、オンラインで冬の雪深い土地で生活する人と話す中で「凍てつくように寒い」と聞いて「凍てつくように寒いのですね」と返しても、ほんとに凍てつく状態をイメージして理解し、更には共感できるだろうか。勿論、傾聴を通して語っている人は聴いてもらえ、共感されていると思ってホッとしてもだ。そのような理解と共感に曖昧さが付きまとう。

 

 従い、フリーランスで仕事をするときには、初対面の人が置かれている環境や立場、その人が蓄積してきた経験での感情までを、傾聴する中で共感できる程度には限界があると認識して本人に都度確認していく事が肝要と思う。人それぞれがキャリアを形成する中で培った経験や知識は想像できても、内面に育ててきた感情は計り知れないものがあると思って、傾聴の中で受け止めつつ共感するときには、その共感を言葉だけでなく態度に表して相手に伝えて確認する事がいっそう大切と思い取り組んでいる。

 

以上

サードキャリアにおける立ち位置の不安定さに困惑

2024年12月30日 大圖健弘

 

 冒頭から私事で申し訳ないが、筆者は現在キャリアにおける立ち位置の不安定さに困惑している。会社においては新参者で、特に役職がないため、「役職者からの指示指導を受けながら仕事をこなす」ことを基本にすることを考えていた。しかし、役職者たる社員がなかなか動かない。結局、こちらがリードしなければものが進まないし、若い役職者が頼りない。ということになり、「そもそもプロジェクトを率先してやっていくのかなー」と考えざるを得ないところになってしまう。かと言って、責任を持つ地位にいるわけでもないのでなかなかリーダーとしては動くことはできない。

 セカンドキャリアまでの中ではそれなりの役職につくことができ、立ち位置も明確であったのに、年齢を重ねたこともあり、会社におけるが立ち位置がえらい不安定になってきている。

 一方、趣味で入った歌のサークルでも自分の立ち位置に少し、戸惑いがある。これは筆者がこの団体の中で最年少であることに起因している。加えて新しく入団する人もあまりなく、諸先輩方ばかりなのだが、そうだといって遠慮をしていると、先輩方から、「自分たちは年寄りなので運営についてもよろしく」といわれる。こちらはこちらで、若造として行動すべきか、主体的に動くべきか不安定な位置づけに困惑することが重なってきている。

 サードキャリアの世界に入ると、こうしたことが増えてくるのではないかと思う。知識や能力で見るとまだまだ問題がないが、当該組織内での経験が少なく、その中でどのように行動すべきかわかりづらかったり、それなりの地位になく何となく自分の役割をどのようにしていったらいいか判断がつかなかったりする場合などである。読者の方にもこうした経験をお持ちの方がいらっしゃるかもしれない。こうした問題に如何に立ち向かうか、これについて筆者は、まだ確たる答えを持っていない。しかし、なんとなく若い人に対しても、諸先輩方にもあまり遠慮をせず、自己のできる範囲の中で積極的に立ち向かい行動すべきなのかなと考え始めている。

若い人たちには自己の経験をうまく伝えることによって、円滑に仕事が進むようにサポートし、諸先輩方には諸先輩方の経験や意見を伺いながら、行動は任せてもらうなど、気を使うがなるべく円滑に物事が進むように積極的に立ちふるまっていくことが重要なことなのかなと思い始めている。

 どのようにしたら、不安定な位置づけの中で最適な解があるのか、もしご存じの方がいらっしゃれば伺ってみたいものである。

 今年一年、拙い文にお付き合いいただいた読者の方には感謝の言葉もない。来年も是非よろしくお願いいたしたい。

                                  以  上