榎本空さんのNY神学校留学記…にとどまらない、ジェイムズ・H・コーンという黒人神学者のもとで学びながら、自分の声を、この世界での自分の歩き方を、見つけていく物語。


この本を読んで、私がずっとひっかかっていたアメリカのモヤモヤが晴れたような気がする瞬間が何度もあった。


たとえば、キング牧師とマルコムXの世間の評価って、キングがすごい人、マルコムはヤベー人、みたいな感じだと思うんだけど、そういうふうに語られてきたのはなぜかといえば、キングの功績っていうのは当時の強者(つまり白人たち)が気持ちよく消費しやすい物語だったからなのだな、と。だけど、キングのやり方だけでは救えなかった人々を、過激派と思われているマルコムのやり方が受け止めた、という部分も確かにあったことが、黒人側から歴史を見るとよくわかる。


そしてオバマが大統領になったとき、「あれ? この人、黒人だけどすごく白人みたいなマナーの人だな」と思ったことも、そういうわけだったのかと合点がいった。あれも結局、黒人がアメリカで大統領になるなら、まだまだ白人のマナーを身につけなければいけない、ってことだったんじゃないだろうか。いつか来るんだろうか、黒人が、ラティーノが、アジアンが、すべての人種が、わざわざ「白人」っぽくしなくても、アメリカ大統領になれる日が。


まだある。私、20代の頃アメリカに行ったとき、「君は白人みたいに英語を話すね」と言われたことがあって、そのときは「何じゃそれ?」と意味がわからなかった。ただの褒め言葉なら、「アメリカ人みたいに」でいいじゃん。なんでわざわざ人種で区切った? じゃあ、「白人みたいに英語を話す」のが褒め言葉なら、「黒人みたいに英語を話す」のは何なん?


私は所詮、外国人としてアメリカを旅行してただけなので、それっきり忘れていたんだけど、もしも、そういう優劣構造のなかで育たなければいけなかったとしたら、そして自分が「劣」のほうに組み込まれていたら……、自分に自信をもって生きるということの、スタート地点に立つだけでめっちゃ大変じゃなかろうか。アメリカで黒人として生きるということは、そういうことなんじゃないのか。


そこで、です。この本が画期的なのは、アメリカでは榎本空さんは外国人ってことなんです。ブラック・ライヴズ・マター運動が起こったとき、加害者側でも被害者側でもない、要するに当事者ではない人は、連帯や共鳴を、することができないのか。


榎本さんの体験を通して、「応答せよ、君の声はどこにあるんだ?」と、海の向こうの黒人たちの声が、400年という時間をかけて聞こえてくるような迫力がある。かといって簡単に提出できる類の答えで済ますことも何か違うような気がするし…。


読んで終わりじゃない、この本を読むことは、当事者じゃない私でも、ここから何かを始めるってことなんだな。


最後に、読むたびに目頭が熱くなる、この本でいちばん好きな部分を引用。

「もちろん絶望を拒否していたのは、きっと路上で声を上げていた人びとだけではないだろう。抵抗とは、賑やかで、力強く、勇ましいものであるのと同じくらい、ささやかで、日常の細部に編み込まれていて、静かなものだから。通りを行くデモ隊を横目にカーテンを下ろし、涙の代わりに、暗がりの部屋で低いビートに合わせて一心不乱に踊った人も。深呼吸をひとつして、白人優越主義にどんな感情をもつべきか命じられたくないと、悲しみも怒りも押しのけた人も。ただただ生きていることを喜び、自らの黒人としての存在を肯定した人も。もうすっかり言葉を失ってしまって、疲れたと一言だけつぶやいた人も。そうする他に何ができたというのだろう。それはすべて、多大な勇気をともなう抵抗なのだと思う。」(179p)


 

 



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