銭湯、温泉探求録 -17ページ目

鳴子に来て

かなりご無沙汰になってしまいました、風呂デューサーです。

夏休みに入って以降旅館は結構忙しく、部屋に戻ってやることやって寝るような日々でした笑



一か月半ほど温泉とともに生活をして思ったこと、書き連ねてみます。



①源泉の調子

「温泉は生き物です」という言葉はたまに聞くんですが、それは時間や入った人数、天気など外部からの影響によって浴槽の温度が変わりやすいということを言っているのかと思いましたが、実はそれだけではないということに気がつきました。温泉そのものにも調子があるんです。

例えば今日は出が弱いとか、温度が熱めだとか、湯の花が多いとか…日によって違いますね。

私たちの知らない地下でいろいろと変化が起こっているようです。これを体験すると、本当に温泉は偶然が重なって生まれた自然の産物なんだなぁと考えさせられます。



②温度の読み取り

一日のなかで何回か浴槽の温度チェックをします。あと掃除もしますので、お湯に触れる機会はかなり多いです。そのせいか今のお湯の温度が何度くらいなのかなんとなくわかるようになってきました笑

この温度設定というのも難しく、その日が涼しければある程度熱めに仕込まないと時間の経過でぬるくなりますし、かといって出しすぎると熱くて入れない!ということになります。適当な按配で源泉を足す必要があるわけです。

それとお客さんの好みもあります。お年寄りのお客さんは熱めが好きですし、子供さんにはぬるめがいいでしょうし…その辺は正直対応できているか微妙です。幸いなことにうちの旅館は8つの浴槽があるので、好みのところを選んではいっていただけます。



③自然がゆえに…

私は虫が嫌いです。足がたくさんあるところとかやたら人間にタックルしてくるところとか、とにかく嫌いです。ここは裏がすぐ山なので虫も多いですね。

一番恐ろしいのは裏山の露天風呂を掃除する時です。山なので周辺がくらいため、お風呂の電気に虫が引き寄せられてきます。この前は握りこぶしくらいのヤツ2匹に襲われました。

ロケーションがいい露天風呂で虫来ないようにしろっていうのは無理な話です。おかげで以前よりは冷静に対処できるようになりました。



④東京のすばらしさ!

東京のいいところ…それは好きな時間においしいものを食べられることです!

これは本当に素晴らしいです。ハンバーガー食べたい、スパゲッティーが食べたい、酒飲みたい…手軽に行けますよね。

こちらは飲食店がそもそも少ないので外食の手軽さがあまりないです。マクドナルドまで40分くらいかかりますし…

こっちに来て食事はささっと済ませなければならないので、いかに食事の時間が人に影響を与えるかっていうのも感じています。

ただ素材のうまさっていうのはこちらでは感じることが多いですね。特に野菜そのものの味は東京のものより強いです。ファストフードがいかに小手先で人間の舌だけを満足させているかっていうのをなんとなく感じました。



⑤人の存在感

東鳴子には本当に人がいません(東京と比べてです)。昼間でもメインストリートを車で走っていても誰ともすれ違わないこともあります。これが当たり前になって東京に戻ると人の多さがかなりストレスに感じます。

こちらでは人がいると人と認識できるんです。そもそもの人数が少ないので。しかし東京だと否応なしに視界に必ず人が入りますよね。このとき視界に入った人を人間として認識しているんでしょうか?

私が先日東京に戻って電車に乗ったとき、同じ車両に乗っている人を人というより景色の一部としてしか見てないな~と思い、その気持ちが怖いなと思いました。

田舎の暖かみ、都会の冷たさというのはこの考え方から来てるのではないかと思います。



⑥実家暮らし最高

初めて一人暮らしをしていますが、めんどくさいですね笑

といっても私の場合は賄をつくっていただいてるので、食事をつくるのに時間はかかりません。

なのに洗濯はめんどくさいなぁーと思いますし、部屋も散らかり放題、お菓子なんかも食べないのに買ってしまったり、実家暮らしのありがたみはとてつもなく感じています。

一般企業に就職していきなり一人暮らしだったら…そう思うとかなりぞっとしますね。

なんだかこっちに来てから親に感謝する場面も増えたような気がします。



源泉かけ流し以外でお湯を判断する企画は…一応続きます!

お湯を判断するって名目でしたが、少し詰まって来てますので、源泉かけ流し以外でお風呂を楽しむ…そんな感覚でまた書いていけたらなあと思います!!

風呂デューサー式温泉講座~周辺環境編~

こんばんは、風呂デューサーです。


源泉かけ流しという言葉だけでなく、別の観点から温泉の状態を判断しようということで連載中です。


今回は周辺環境について考えてみます。

私は今温泉旅館で働いているわけですが、長期間温泉に入り続けて温泉の真価というものがわかった気がします。

というのも、東京に戻って水道水のシャワーを浴びたとき、明らかに肌に感じる水の感覚というものが違うと感じたからです。水道水のほうがきしつくというか、肌の滑らかさというものが感じられなかったんですね。


本来違いがわかる程の肌への影響力を温泉は持っているわけですが、400軒近い入浴施設を巡った私でも今までにない感覚だったわけです。

何が言いたいかというと、温泉そのものの真価は長期間滞在して初めてわかるものだということです。それが今回身をもって感じ取ることができました。


近年の旅行スタイルは基本的に1泊2日程度の短期間の滞在であり、それでは到底温泉の力を体に取り入れるのは難しいでしょう。

それでもなお短期間滞在が主流なのは休みがとりづらいという社会的な状況はありますが、それでも十分に温泉旅行に満足しているからではないでしょうか?


そしてその満足のひとつを担っているのが周辺環境であると思います。

温泉旅行には転地効果という、普段身を置く環境を変えることで心身に影響を与える効果があります。気圧や空気、視界の広がりやにおい、さらには人間関係など、幅広く影響を与えるものです。

温泉地にどのような環境があるのか考えてみます。


①情緒ある温泉街

普段の生活では見ることができないような情緒ある街並みは、いかにも遠くへ来た、普段の環境と違うと感じさせるものであり、温泉旅行に行く醍醐味のひとつだと思います。またそこでの人とのふれあいは、心に大きな影響を与えます。


②山岳

山にある温泉は森のにおいや普段聞かない虫、動物の鳴き声などが聞けたり、自然を感じることができます。加えて気圧が低いため、無意識のうちに体は微妙な変化を感じ取っています。そういったものが免疫力を高めます。


③海

開けた景色は普段見ることができないものであり、さざ波の音は人間の気持ちを落ち着かせる効果があるようです。また場所にもよりますが、暖流が流れるところでは冬暖かく、寒流が流れるところでは夏涼しく、体に負担をかけない滞在ができます。


このように環境が与える影響は、もちろん長く滞在できればいいですが視覚的にとらえることができ、温泉地にきたという気持ちをさらに高めてくれます。

源泉かけ流しかどうかという点以上に私は人に影響を与える部分かなと思います。

風呂デューサー式温泉講座~ロケーション編~

こんばんは、風呂デューサーです。


源泉かけ流しという言葉だけでなく、別の観点から温泉の状態を判断しようということで連載中です。


今回はロケーションについて考えてみたいと思います。

温泉の状態を判断するという点からするとちょっとずれているかもしれないですが、温泉の満足度を高めるという点ではかなり重要なウエイトを占めるのではないかと個人的には思いますので、今回お話してみます。


本ブログの左右に私が今まで行った温泉を載せています。

うまく見えないかた、ごめんなさい…PC技術がなく、画面のサイズによっては切れてしまったりしています…

どれも非常にいいロケーションをしています。これを見ただけでも素敵!とか行ってみたいなぁ!っていう気持ちになりませんか?

温泉の質のみに人が引き寄せられるなら、この写真を見てそういう気持ちにはならないと思うんですよね。


ではなぜロケーションに引き付けられるのか…それはやはり非日常を感じるからではないでしょうか?

その非日常性を感じうる部分をピックアップしてみます↓


 開放感

都会に住む人にとって、電車の中だったりオフィスだったり家のなかだったり…視界が結構狭いんですよね。

だいたい風呂屋は奥行き7~8mあったり天井が高いので、そういう空間に身を置けるだけでもスカッとするというか、気持ちがいいんだと思います。


 でかい

生き物は物理的に大きいものをスゴイと思う本能があるような気が個人的にはしています。

先日動物園に行ったとき、コビトカバを見たあと普通サイズのカバを見たらものすごいびっくりしました。そういうことです笑

普通家庭用の浴槽は1人サイズの小さいものですよね。それと比べたら数十人は入れるような大きい風呂はカバの原理と同じでスゴイと思うにきまってます。この感覚のおかげで大きい湯船での商売が成り立ってるんじゃないかと個人的に思うくらい、でかいのは大切なことだと思います。


 和・日本風

最近、昔と比べて和のテイストを感じる機会って減ってますよね。

せいぜい畳くらいで襖や障子を見かけることも減りましたし、土間や囲炉裏を見たことない私と同世代の人間はたくさんいそうな気がします。

そして島国気性ゆえか、日本人ってナショナリズムの気持ちは高いですよね。

その流れがあるからか、スーパー銭湯は和風のところが多いですし、昔ながらの小さい旅館も人気なところは人気だったり、湯治宿という存在もまだ残っているのではないでしょうか。銭湯ももちろん同じくです。

日本で暮らしているのに日本風が非日常なんて、なんだか言ってることがおかしいような気もしますが…


 自然

地方に行けばたくさんあるんですが、都会では本格的なものはあまりないですよね。

日本人はどちらかというと自然を制御するというよりは共生するような考え方をするというのを何かの本で読みました。縁側という庭でも家でもない空間がその代表例で、その究極形が露天風呂だと思います。

屋外に風呂という超非日常がありながらも自然と融和したようなスタイルは、日本人に会っているのかもしれませんね。

眺めの良さも同様に言えます。


考えればまだ出てきそうですが、今回はこの辺にしておきます。

こうして見てみると、いかに現代人が窮屈な生活しているのかっていうのが逆に見えてきますね笑

これから世界へ目を向ければ向けるほど、日本の文化というものが逆に際立っていくのではないかなと思います。


なんだか話が全体的にずれたような気がしますが、総括するとお湯の質は風呂を評価する指標のひとつであり、ロケーションも同様にそのうちのひとつであるということです。



次回は温泉街について考えてみます。

風呂デューサー式温泉講座~お湯の注ぎかた編~

こんばんは、風呂デューサーです。


源泉かけ流しという言葉だけでなく、別の観点から温泉の状態を判断しようということで連載中です。



今回はお湯の注ぎ方について考えてみたいと思います。

要は浴槽にどうやってお湯をためるか、ということです。

思うに以下の4つの方法があるように思います。



①循環式

一度湯舟にお湯を張ってからは湯舟のどこかからお湯を抜いて濾過器を通して再び湯舟に戻す、というタイプです。


濾過器でゴミを取り除き、塩素で消毒するため、同じお湯を何日か使うのが普通だと思ったほうがいいです。ということなので、毎日お湯を抜いているところはそのことをアピールするだけで差別化できるのではないかと私は思います。


なんだか評判がよくない方式ですが、これのおかげで物理的に近いところでもお風呂を楽しむことができるのです!



②源泉かけ流し

源泉から引いてきたお湯をそのまま湯船に投入します。


確かに湯口から出ているお湯は源泉かけ流しかもしれませんが、源泉が適温以上、もしくは以下の場合、湯舟の温度は適温にしなければならないので、適温以上なら冷水の加水、以下なら温水の加水が必要になり、結果として湯舟のお湯は源泉そのままではなくなっている可能性はあります。

これはあまり知られていないですが、理屈を考えるとそうですよね…


適温をかけ流すなら、どこかで熱交換をしたり、源泉から湯舟までの間に距離を取って、その間に空気に触れさせて冷やす必要があります。それもすごく手間なんですよね…



③循環一部かけ流し

湯口からは源泉から引いてきたお湯をかけ流し、湯舟のどこかからお湯を抜いて濾過器を通して湯舟に戻すという①と②を組み合わせたものです。


最近たまに見かけますが、どうなんでしょう。私としては中途半端な印象を受けますが…


湯口のそばにいればかけ流しを堪能できるうえに、温泉の保護もできると捉えれば確かに画期的かもしれません。



④足元湧出

源泉の上に湯舟をつくったものです。

湧出温度が適温(39~43度くらい)で、多すぎず少なすぎない湧出量という偶然に偶然が重なって生まれるまさにホンモノの温泉です。


私もいままでたくさん温泉に入ったつもりですが、このタイプはまだ5~6軒しか入ったことがないです。

湯舟の底からポコポコと泡が湧いてきます。それが生まれたての、空気に触れていない(酸化していない)温泉です。


イメージになってしまいますが、交通の便が悪いところに多いような気がします。逆にその行きづらさが行ったときの幸福感をアップさせてくれるんですよね笑



ここで問題になるのはお湯の鮮度という点です。

お湯は空気に触れるだけで劣化していきます。私個人としては温度の変化も劣化につながるのでは?と思っています。

上記のとおり、湯口から源泉がかけ流されていても、鮮度という点で見ると足元湧出の温泉とはやはり違うような気がしますね。本質的に自然な温泉となると、やはり足元湧出は源泉かけ流し以上に力を持っている温泉だなぁと思います。


繰り返しになりますが、足元湧出を推奨しているわけでも循環式を批判しているわけでもありません。それぞれ良さと悪さがあるわけで、各個人がその時行きたい気分のほうを選べばいいんです。

ここで言いたいのは確かに湯口から源泉はかけ流されているかもしれないですが、湯船のお湯が100%源泉とは限らない…そういうことです。



次回はロケーションについて考えてみたいと思います。

風呂デューサー式温泉講座~揚水方式編~

こんばんは、風呂デューサーです。



前回(記事としては前々回)、源泉かけ流しという言葉が曖昧になってきているというお話をしました↓

http://ameblo.jp/offlog/entry-11295269593.html  

源泉かけ流しという言葉だけでなく、別の観点から温泉の状態を判断しようということで連載中です。



今回は揚水方式について考えてみたいと思います。

揚水方式と言われてもぱっと浮かばないでしょうか?

温泉は地中から湧いてくるものなので、それをくみ上げる方法をさします。

温泉=自然に湧き出してるお湯っていうイメージはつよいんじゃないでしょうか?実はそういうわけではありません。



主に二つ方法があります。


①自然湧出

源泉から自然に湧いている温泉を湯舟に引いているものです。

自然なので、雨が多ければ成分が薄まったり温度が上下したりする可能性もありえます。

温泉を押し出す圧力なんかも日によって違ったりするようなので、それを湯船に注ぐとなるとかなり大変です。デリケートというか、状態を保つのが難しいと言えます。


②動力揚水

ポンプを使って地下の水脈や岩盤の隙間から温泉をくみ出す方法です。

もともと地表に出るお湯があるわけではなく、人工的に穴を掘り(ボーリング)、お湯を吸い上げているわけですから、くみ上げすぎれば地盤沈下などの災害が発生する可能性はあるかもしれません。それを防ぐためにも掘削には許可が必要です。

一定量をポンプでくみ上げることができるため、安定してお湯を供給することができます。



本来の温泉の姿であるのは自然湧出です。自然にわき出ている温泉に動物が浸かったり、人間が浸かったりして温泉に入るという文化が生まれています。しかし私が今まで見てきたなかでは、これはかなり少数で、動力揚水しているところがほとんどのように感じます。



なぜこれほどまでに動力揚水が増えたのかというと、温泉の定義によります。

温泉と認定されるには

・湧出時の水温が25度以上

・溶け込んでいる成分が規定値以上

・規定の成分のうち、どれか一つが規定値以上

この3つのうちどれか一つが満たされれば温泉と呼ぶことができます。

そのうちの「湧出時の水温が25度以上」であることに注目すると、地下は深ければ深いほど温度が高いです。そのため地下深くまで穴を掘ってくみ上げれば、それは自然とお湯になるわけです。

掘削の技術が進歩し、深く温泉を掘ることができようになったため、今いろんなところに温泉があるわけですね。



もしあなたが温泉に行って、温泉分析書を見たときに「自然湧出」と書かれていたら、それはその地で脈々と受け継がれた貴重な遺産であると思ったほうがいいです。神聖な気持ちで入りましょう。


動力揚水が悪いような流れになってしまっている気がしますが、この技術のおかげで私たちは物理的に短距離で温泉に入ることができるという恩恵を忘れてはいけないと思います。



次回は浴槽へのお湯の注ぎ方を考えてみます。