“迷い”と“願い”の街角で -3ページ目

“迷い”と“願い”の街角で

確固たる理想や深い信念があるわけではない。ひとかけらの“願い”をかなえるために、今出来ることを探して。

勝手に他人に上から目線の助言や批評をした上に、聞き入れられないと怒り出す。
このようなことをされた経験はないでしょうか。
勝手な助言は単なる「お節介」といえるかもしれませんが、なぜ怒るのか、不思議に感じていました。

内田樹とウサビ・サコ著「君たちのための自由論」の中で内田氏は、マウンティングが優先されがちな日本の組織の特性を指摘しています。

この社会で、ややもすればマウンティングが何よりも優先されると考えたとき、人がマウンティングのみに自分の存在価値を見出すと考えたとき、上述の理由が分かったような気がします。
その人にとって、助言や批評によるマウンティングは、自分の存在価値を示す行為であり、これを拒まれることは、自分の存在価値を否定されることにほかならないからです。

しかし、このようなマウンティングが蔓延した社会は、決して健全とはいえません。
マウンティングを目的とした場合、自分の言い分を相手に認めさせることが最も重要となり、相手の言い分を聞き入れることや、自分の言い分に誤りがあった際にそれを受け入れ、改めることは、屈辱的な敗北を意味します。
行き着く先は、自分の言い分を暴力的に叩きつけ合うだけのマウンティング戦争です。
そこには、異なる考えを受け入れ合う相互理解も、多様な視点の融合による創造・発展もなく、破壊と分断だけが生じます。

マウンティングは、社会全体に蔓延すれば、単なる礼節の欠如にとどまらず、社会を引き裂く大きな弊害をもたらすもののように思われます。

(追伸)
年末年始は実家の東京都練馬区と義実家の埼玉県宮代町を行き来しました。
練馬区では石神井公園の池で子供と久しぶりにボートに乗りましたが、ボートから見える景色は普段と違い新鮮でした。




























かつては、皆が「幸せ」を求め、そのために一丸となって進んでいたのかもしれません。
その結果、社会は豊かになりました。

豊かになった社会では、「お金」が重視されました。
豊かに生きていくために必要な「お金」を得るためには、「幸せ」を犠牲にすることが当然のようになりました。

やがて経済が衰退すると、「お金」も十分に回らなくなりました。
「お金」のために「幸せ」を犠牲にした社会が「お金」を失ったとき、そこには何も残りません。

しかし、「お金より幸せ」への回帰というのも非現実的です。
「お金」が「幸せ」のための重要な手段であることは間違いありません。
問題は手段の目的化、あるいは、盲目的な手段のみへの執着にあったというべきでしょうか。

では、ここから、どこへ向かうのでしょうか。
今一度「幸せ」を描き、そのために「お金」すなわち経済を再構築できれば、それに越したことはありません。
しかし、もう一つの道として、乏しくなった「お金」にさらに執着し、奪い合いによる「不幸」を増幅させていく可能性もあります。
そして、「幸せ」を忘れた社会では、後者の方がより現実味を感じます。

「人間」や「幸せ」の探求すら、「金にならない」と切り捨てた社会の末路といえばそれまでですが、それで諦めるわけにもいきません。
今は自分にできる「幸せ」の模索を続けるしかないように思います。

(追伸)
昨年11月下旬から12月上旬にかけて撮った写真です。
深く色づいた木々と高い空の綺麗な晩秋でした。

























私が小学生の頃、仲間内では既に、綺麗事を捨て去ることが大人になることだという感覚が広がっていました。
夢や希望、優しさといったものを虚構として、冷淡になり、他人の痛みに鈍感になることが大人になることだと思われていたようです。

子供ならではの虚勢だったのかもしれません。
しかし、大人の社会から、そういったものを感じ取っていたことも一面の真実と思います。

綺麗事だけの理想は未熟かもしれません。
しかし、綺麗事を冷笑・嘲笑することは、私が小学生の頃に仲間内から感じていたものと同様、幼稚なのだろうと思います。

綺麗事を社会の中で現実的に追い求めること、それが大人になることだろうと思いますが、今の社会で、私達はどれだけ子供達にそれを示せているでしょうか。
2025年の初めに、少しでも、自分なりに、それを示せる年になればと思っています。

(追伸)
昨年11月上旬から中旬にかけて撮った写真です。
この頃はまだ初秋という印象でしたが、あっという間に過ぎ去っていきました。





















月日の流れは速いもので、2024年も今日で終わります。
皆様にとって今年はどのような年だったでしょうか。

近所にヨーロッパ人のシェフが経営するレストランがあり、時々家族で訪ねていました。
とても気に入っていましたが、来年中に店を閉じて、タイに移住するとの話を伺いました。
今の店舗では生計を立てられず、タイの方が、給料や労働環境がよいそうです。
日本の凋落を身近に感じさせる出来事でした。

タイといえば、一昔前までは、日本が開発に手を貸してきた発展途上国というイメージでしたが、もはや立場を逆転されはじめているようです。
それでも昔のイメージに囚われた日本人が横暴に振る舞い、現地での日本の評判を落としているという報道を目にしたこともあります。

最近読んだ内田樹とウサビ・サコ著「君たちのための自由論」の中で内田氏は、日本の組織ではマウンティングが優先され、上が下を一方的に管理することに労力が咲かれており、このことが創造性を阻害していると指摘していました。
国内では年長者が若手を、外国では日本人が現地人をマウンティングすることに心血を注ぎ、創造性を発揮する環境を消失させた結果が今の日本の状況なのかもしれません。

しかし、マウンティングのみに自身の存在価値を見出した人は、マウンティングを廃して創造性の発現を促す動きを嫌悪し、破壊に向けて動くでしょう。
たとえ、その先に日本の破滅が待っていたとしても、です。
それほどまでに根深いしがらみで、この社会はがんじがらめになってしまったように思えてなりません。

人間として明日の社会をよりよくする、ますます難しい宿題として、来年に残っていくようです。

(追伸)
11月に家族で訪れた与野公園。
秋バラと紅葉、秋空のコントラストが見事でした。































インターネット上でメディアの報道姿勢を「偏向」と批判する様子は珍しくなくなりました。
特に、先日の兵庫県知事選挙では、それまで知事を糾弾していたメディアに対する「偏向報道」との批判が強い追い風となったように感じます。

とはいえ、人それぞれ考え方がある以上、意見が異なることをは当然です。
それならば、批判されるべき「偏向」とは一体どのようなものなのでしょうか。

特定の結論を導くために、それに反する事実を意図的に無視する、容易にできる事実確認を怠る、確かでない事柄を事実であるかのように扱う、無理筋な理屈でこじ付けるなどは、まさに偏向報道というべきであり、これまでも問題視されてきました。
これは重大な人権侵害であり、決して看過できません。

しかしながら、昨今の「偏向報道」批判をみていると、それに限らず、自分の意見と異なる論調を取っているだけで「偏向」と批判している場合もあるように感じます。
そして、意見の相違を受け入れず、対等な土俵に立たず、内容の吟味に入らないままに「偏向」の一言で相手を切り捨てようとする、まさに排除のツールとして利用されているのではないかと思います。

これに限らず、昨今、インターネットを中心に、内容のある議論や検討を避け、一方的に相手を排除するような理屈や論法ばかりが進化しているように思えてなりません。
壊すばかりで、後ろに守るものはなく、先に生み出すものもない、そのような論法が幅を利かせ続ければ、取り返しのつかないことになるのではないでしょうか。

(追伸)
以前家族で訪れた草加市に、11月に今度は仕事で訪れました。
前には車で通り過ぎただけの草加松原を、仕事の合間の僅かな時間でしたが、見て回ることができました。











人の不幸を喜ぶことは悪徳とされますが、同時に、人間の持っ逃れ難い性のようにも思います。
だからこそ、その性が暴走しないように、きちんと向き合い続けなければならないのでしょう。

しかしながら、現実にはその反対に、人の不幸を望み、それを喜ぶ大きな力が徘徊・暴走する場面が増えてきているようにも感じます。
この力の持つエネルギーは凄まじく、標的にされた人間は簡単に蹂躙され、最悪、生命の危機に陥る可能性さえあります。

また、直接他人を不幸にするだけの権力を持った時、自分と合わない人間を不幸にしたい欲望に、人は容易に溺れてしまいます。
そして、政治システムを通じて、人を不幸にすることに酔いしれる権利者と、人の不幸を喜ぶ有権者の利害が一致したとき、強固かつ醜悪な社会が生み出されるのではないでしょうか。

政治には必ず利害関係のしがらみがまとわりつき、誰かの利益が他の誰かの不利益になることもしばしばです。
しかし、少なくとも、誰かを不幸にしたいという願いを持って政治に関わってはならないと思います。

(追伸)
仕事で今年度2回目の横浜でした。

やはり、独特の雰囲気がよいですね。








11月の初め、コスモスの名所とされる川沿いに家族で行くことにしました。
コスモスの時期には遅い気もしましたが、品種にもよるのでしょうか、インターネットの情報では10月下旬から11月中旬までが見頃とのこと。

ところが、行ってみるとコスモスが少ないどころか、1輪もありません。
やはりインターネットの情報が誤りで、見頃をとっくに過ぎて、すべて枯れてしまったのでしょうか。

しばらく歩いてみると、このような掲示が目に入りました。

「埼玉県の草刈り業務において県の不手際によりコスモスを全面的に刈払ってしまい大変申し訳ありませんでした。今後このようなことのないよう改善してまいります。」

こんなことがあるのですね。
県の担当部署と受注した会社名が連記されていたので、発注の際の県からの情報提供に漏れがあったのではないでしょうか。

「体たらく」と言えばそれまでですが、頻繁に人事異動があり、異動直後は手探りで業務に当たることが多い組織では、どこでも起き得ることです。
担当者はさぞかし青ざめたことでしょう。
来年は綺麗なコスモスが咲くといいですね。

ちなみに近くの花壇には、綺麗な花が咲き乱れていました。







とある村のお話です。

この村は、特産品の農作物で生計を立てていました。
かつて高級な農作物が潤沢に収穫できていた頃は、村民皆に多額の分配を行い、豊かに生活していました。

ところが、農作物が不作となり始めた上、価格も下がったため、収入が少なくなりました。
これを等しく村民に分配すると、皆が貧しい生活しかできません。
村長は収入を増やすために努めましたが、なかなか思うようにいかず、村民は村長に不満を抱き始めました。

そこで、村長は、一部の村民の収入を取り上げ、他の村民に分配することにしました。
収入を取り上げる村民は、表向きは、十分に働いていない、周りに迷惑をかけているなどの理由のある者とされていましたが、実際は、収入を取り上げても抵抗できない弱い者、その人を擁護する人がいない孤独な者などが選ばれました。
彼らももちろん抗議の声を上げましたが、彼らの収入を分配されて生活を成り立たせている多数の人は、彼らに耳を貸さず、表向きの理由を挙げて、自業自得と突き放しました。

収入を取り上げられた村民は村から消えていき、労働力が少なくなった結果、ますます村は貧しくなりました。
このため、村長は、さらに収入を取り上げる村民を選び、前回と同じく取り上げた収入を他の村民に分配しました。
そして、また村民が消えていきました。

これに危機感を抱き、改善を訴える村民も出てきました。
しかし、村の総収入を増やす妙案はなく、その中で平等な分配をすれば今の生活水準を維持できない村民の方が多かったため、支持を得られず、「夢想」と言われて排除されていきました。

そして、さらに村の総収入は減りました。
息を潜めて多数派に潜り込み、誰かを排除して、自分の糧を確保する「現実的」な意見と、それを肯定する意味での競争が是とされ、総収入を増やすことなど誰も考えなくなりました。

いつか訪れる崩壊の時、それがいつなのか分からない以上、そのことは考えないように生きる、それが村の暗黙の掟になりました。
村民は今日も幸せに生きています。
いえ、幸せであると言い聞かせ、信じたがって生きています。

(追伸)
10月にまた訪れた実家近くの石神井公園。
まだ暑さも残りつつ、秋の始まりを感じさせる綺麗な空が印象的でした。















兵庫県知事選挙が終わり、前知事がまさかの再選を果たしました。
あのような形で職を失ったときは、再選どころか、いかなる公職等でも再起不能と思っていましたが、本当に意外な結果となりました。

しかし、何とも釈然としません。
前知事時代の混乱は一体何だったのか、憶測を含む様々な情報が乱れ飛び、何が事実なのか、それだけでなく、何をどう評価すべきなのか、混沌としたまま今日に至った印象です。

再選を勝ち取り得た理由は色々と考えられるでしょう。
既得権益と戦ってきた者というイメージを強く打ち出し、対立候補者に既得権益側の人間と印象付けたことが勝因とする声もあります。
言い方を変えれば、「身内を苦しめる危険はあるが、広く一般にはより利益をもたらす可能性が高い者」と「身内には優しいが、広く一般の利益には劣りそうな者」との戦いで、前者が後者を制したということでしょうか。

これを、広く一般県民のための知事を選ぶという趣旨から肯定するのか、普遍的な人権や人間の尊厳の観点から否定するのか、考え方はそれぞれかと思います。
しかし、前者の考え方が後者の考え方を圧倒的に凌駕するような世の中になれば、それは幸せな社会なのでしょうか。

選挙期間中のデマの拡散や誹謗中傷の横行が指摘されていることも含め、不安を感じざるを得ません。


競争は社会の発展のために必要不可欠なものといわれます。
そういった中、日本で、世界で、新自由主義による競争の激化がみられますが、果たして社会は発展しているでしょうか。

思えば、私が子供の頃から「これからは競争の激しい、厳しい世の中になる」というようなことが言われていた気がします。
しかし、そこで言われている競争は、誰かが設けた小さなスタジアムの中で、相対的な優劣を競わされるようなもので、ただただその誰かに認められるための窮屈で無味乾燥なものに感じました。
このような競争は、自ずと蹴落とし合いを招く陰湿なものとなります。

競争が人間の本能としてあるとしても、それだけが人間を形成しているわけではなく、様々な側面から成り立っています。
だとすれば、競争だけを至上視するのではなく、全体として望ましい人間社会を実現するために、一側面である競争を統制する必要があるのではないでしょうか。

しかしながら、無味乾燥な競争に慣れすぎた、あるいは、疲れすぎたのでしょうか。
競争の先にあるべきものは全く見えず、どんな残酷な不幸も対処すべきものではなく、競争の結果として、諦められ、正当化され、見捨てられています。
競争の先を描くことがもはやこの社会でできないとしたら、陰湿な競争の果ての滅亡を待つしかないのでしょうか。

(追伸)
埼玉県のミュージアムスタンプラリーで草加市を訪れました。
松尾芭蕉の奥の細道ゆかりの地、歴史の痕跡が伺える街はいいものですね。