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“迷い”と“願い”の街角で

確固たる理想や深い信念があるわけではない。ひとかけらの“願い”をかなえるために、今出来ることを探して。

例えば、ある朝、職場の上司の機嫌が非常に悪く、理不尽に怒鳴られた時、その上司からこう言われたらどうでしょうか。
「俺は出勤途中で、知らない奴に肩をぶつけられた。しかも、そいつは謝るどころか舌打ちして去っていった。そのせいで俺は不機嫌だ。俺の言動に文句があるなら、俺を不機嫌にしたそいつを探し出して、そいつに言え。」

明らかに理不尽でしょう。
その上司が肩をぶつけられたことは、部下には何の関係もありません。
しかし、ここまで極端でなくても、このように自分の不快な感情をそのまま他者に押し付けたり、自分の言動を他人のせいにしたりする場面は時折見受けられます。
本来、人には、自分の感情に自分で向き合う責任、自分の言動を自分で制御する責任があるはずです。

大学時代に、専攻ではありませんでしたが、哲学の講義を履修していました。
そこで、「自己」を理性や感情を最終的に統括する意志とする考え方を知り、それが深く印象に残っています。
そして、人生を重ねていくうちに、感情だけではなく、理性だけでもなく、決心や覚悟という形で物事を決断する場面を経験し、何となくですが、上記の考え方が腑に落ちた気がしました。

人は、そのような決断にこそ、責任を持つことができるのではないでしょうか。
より自分という人間であるために、より自分の人生であるために、簡単ではありませんが、可能な限り、自分の意志で決断し、責任を持つような生き方ができればと思っています。

(追伸)
また実家のある石神井町へ行き、石神井公園や近くの寺院を散歩しました。
また、連続テレビ小説「らんまん」で取り上げられた牧野富太郎博士ゆかりの牧野記念庭園も、実家に比較的近いにもかかわらず、これまで行くことがありませんでしたが、初めて訪れました。































2005年に放送された学園ドラマ『女王の教室』、天海祐希演じる教師・阿久津真矢の強烈なインパクトが記憶に残り、根強いファンが多いようです。
一方、今年2025年に放送された学園ドラマ『御上先生』、東大卒のエリート文科省官僚で高校に教師として赴任した松坂桃季演じる御上孝が独自の授業を行うこちらのドラマも話題になりました。

インターネットでは、これらのドラマが、生徒たちに社会の厳しさを突き付けて、それに立ち向かわせようとする点で通じているとすり考察がありました。

逆に、これらのドラマの相違点として、『女王の教室』では、絶対的な権力で生徒を支配し、社会の厳しさを徹底的に叩き込むのに対して、『御上先生』では、生徒たちと向き合い「考えさせ、行動させる教育」を実践することを挙げているものがありました。
また、その背景として、『女王の教室』放送当時は、教師の強権的な指導が当たり前だった昭和以前の時代を反映し、「教師の指示に従うこと」「生徒主体の学びよりも社会の厳しさに備えること」が重要視されがちだった一方、『御上先生』が放送された今日では、教育において主体性が重んじられ始めていると分析されています。
https://trilltrill.jp/articles/4028111

実際のところ、どちらのドラマも観ていないのですが、このような分析には非常に興味を持ちました。
ただ、両者の違いの背景については、やや異なる意見を持っています。
そう言うのも、私は2001年に高校を卒業しましたが、現在ほどではないとしても、その時点で既に教師からの一方的な権力による教育はかなり薄れていたと感じるからです。

むしろ、『女王の教室』に反映されていたのは、就職氷河期と自己責任の時代だったのではないでしょうか。
社会はあなたを利用しても、助けようとはしない。だからこそ、甘えを捨てて、強く生きなければならない。

その時代の若者は果敢に戦いました。そして、確かに強くあり続け、戦いに勝ち抜いた者はいました。
しかし、それは一部に過ぎませんでした。
勝った一部しか這い上がれず、多くが敗者として沈む社会は、全体として崩壊を始めました。

最初から一部しか勝てない構造のまま社会を良くすることはできない。
皆が幸せになり、社会を良くするためには、社会を変えなくてはいけない。
遅まきながら社会に広がり始めたその「気付き」が、『御上先生』に反映されたのではないかと思います。

とはいえ、生徒を社会の中で自立して生きていける人間に鍛えようとするところは両者に共通しているのではないでしょうか。
まさに、そのことが教育の本質といえるのかもしれません。

(追伸)
先日、家族で吉見町の道の駅を訪れました。イチゴが特産品のようで、様々なイチゴの商品があり、面白かったです。
酸味の効いたイチゴソフトクリームは大人にも子供にも美味しく、また、子供達はイチゴのご当地キャラクターが気に入ったようです。









今から20年以上前、大学時代に岡崎京子著の漫画『リバーズ・エッジ』を読んで衝撃を受けました。

この作品では、3人の高校生の奇妙な関係を中心に、さらに周囲の多くの人間が複雑な絡み合いを見せています。
物語を貫くような明確なドラマ性は感じられず、登場人物たちは、どこか現実感のない、ぼんやりとした世界を生きていますが、時折、現実感を突き付ける出来事が、多くは惨劇として生じるのです。
「ノート あとがきにかえて」で作者が書いている「深みのない、のっぺりとした書き割りのような戦場。彼ら(彼女ら)は別に何らかのドラマを生きることなど決してなく、ただ短い永遠のなかにただずみ続けるだけだ」という箇所がその雰囲気を表しているように感じます。

時々、また読んでみようと思うのですが、なぜか実際には手に取らずに終わってしまいます。
自分でも、それがなぜなのか分かりませんでした。

その後、この作品が映画化されていたことをネットニュースで知ったのですが、そのコメントの中に「病みが受け入れられず、明るい平成が見たい」というようなものがありました。
これを読んで、ふと、あの頃のけと、初めてこの作品を読んだ大学時代のことを思い出しました。
社会にも、自分にも、特に大きな問題はないけれど、何かが足りない、何かを忘れている・・・この作品がそれに答えや希望をくれるわけではないのですが、そういった感覚に「合った」ように思いました。

それを象徴する場面がありました。
川原で見つけた見ず知らずの人の死体について登場人物の2人、ハルナと吉川が話すところです。
吉川「若草さんは初めてアレ(死体)を見た時どう思った?」
ハルナ「・・・よくわかんない」
吉川「あたしはね"ザマアミロ"って思った。世の中みんな、キレイぶって、ステキぶって、楽しぶってるけど、ざけんじゃねえよ、いいかげんにしろ。あたしにも無いけど、あんたらにも逃げ道ないぞ、ザマアミロって」

思えばあの当時、この社会は、まだまだ「逃げ場ない」ことから目を背けて「キレイぶって、ステキぶって、楽しぶってる」ことができる程度には豊かでした。
その意味では、今、自分達に「逃げ場ない」ことを突き付けられ、目をそらすことは難しくなっています。

話は変わりますが、2000年に発行された柳田邦男著『この国の失敗の本質』も最近読んだのですが、今でも変わらず納得できる箇所と、もう時代が変わったと感じざるを得ない箇所がありました。
特に時代の変化を感じたのは、阪神淡路大震災を受けた防災対策に関する箇所で、まだまだ日本の国力への信頼を感じる書き方になっていました。
その後の幾多の災害や、国や社会の衰退を見た今では、そのような力は日本にはないとどうしても思ってしまうのです。

『リバーズ・エッジ』についても同様で、「逃げ道ないぞ」と言われても、今ではもはや「分かってるよ!」と感じてしまうのかもしれません。
当時この作品を読んだとき、世の中の虚飾から少し自由になれる感覚がありましたが、虚飾が剥がれた先の生き方を見出せないままここまで来てしまった、そのような気もしています。

(追伸)
6月に家族で行った植物園で、紫陽花の綺麗な頃でした。本当にあっという間に季節がめぐってしまいますね。

























「アンパンマン」を生み出した絵本作家やなせたかし氏、今、連続テレビ小説「あんぱん」でも取り上げられています。
やなせ氏は、自身の戦争体験から「正義は簡単に逆転する」と思い知らされる一方、空腹の人に食べ物を分け与えることこそ「覆らない正義」と信じ、それが腹をすかせた人に自らの頭をかじらせる「アンパンマン」を生んだそうです。

空腹の人に食べ物を分け与えるという「覆らないはずの正義」、しかし、それは本当に覆らないのでしょうか。

2013年以降引き下げられた生活保護費について、各地で受給者から訴訟が提起され、令和7年5月時点で25勝16敗(地裁19勝11敗訴、高裁7勝4敗訴)と原告勝訴が多く、6月27日には最高裁でも勝訴の判決がありました。
もともと、この生活保護費の引き下げは、野党時代の自民党が「生活保護基準1割カット」を公約に掲げて選挙で勝利、政権奪還後に実施したものです。
当時、生活保護費を単に引き下げるだけでなく、前後して政治家が率先して生活保護受給者をバッシングし、インターネットでもそれに追随する声が多く見られました。
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_68649cf1e4b0a75414b0580a

戦後長らく経過する中、政治家という責任ある立場の方々が、弱者を標的に積極的に攻撃を仕掛けたのは、あれが初めてだったのではないでしょうか。
覆らないはずの正義が覆り、「あいつらを飢えさせろ!」という正義が標榜され始めた転換点だったように思います。
それ以降、しばらくは株価等の見かけの好景気に覆われていましたが、その裏では、人々の暮らしはますます苦しく、社会は陰鬱に沈んでいったように思えてなりません。

誰かが飢えること、誰かが不幸になることを正義として望んだ先に、幸福があるとは思えません。
それは単に不幸を忘れさせてくれる麻薬でしかなく、その後に待っているのは激しい禁断症状と破滅なのではないでしょうか。

(追伸)
5月に近所の駅前で見たバラの花、一時の鮮やかな彩りで魅せた季節でした。
あっという間に真夏になってしまいましたね。









国だけでなく、様々な組織を運営するにあたっては、どうしても「権力」というものが必要になります。
しかし、同時に、その権力が構成員を不幸にして、組織を瓦解させることもあります。

その災禍は、権力を持った者が、その権力を構成員や組織のためではなく、私物化して、専ら自分の欲望を満たすために使うことが原因と思いますが、どうすればそれを防げるのでしょうか。
絶対的な権力は絶対に腐敗するといわれるように、強すぎる一方的な権力が、その私物化を招くともいえます。

現代の先進的な国家では、特定の地位に権力を授ける一方で、その責任を問う仕組みを設けています。
その意味で、権力には責任が伴うといえるでしょう。

しかし、権力を持った者は、その力を使って責任を逃れたり、誰かに押し付けたりすることもできます。
責任を伴うはずの権力が、責任を逃れる手段となります。
権力者が、その権力で全ての責任を他人に押し付け始めたとき、もはや、それを止める術はなく、暴走するのみとなるでしょう。

少し前、権力が乱用されたのは昔のことで、もはや、権力を懐疑したり、縛ったりする必要はないとの声も聞かれました。
しかし、権力によって暴走する弱さは人間誰しもが持っており、人間を理解すればするほど、権力を縛り、責任を持たせる重要性を感じざるを得ないでしょう。
それは、誰かに権力を委ねつつも、一般人と権力者が同じ人間であるという程度な緊張関係を保つことでもあります。
その関係が崩れたとき、権力者は一般人を同じ存在とは見なさなくなり、どこまでも軽んじることになるのではないでしょうか。

(追伸)
5月に家族で訪れた大きな池のある公園です。
やや暑くなりつつも、水面と新緑が気持ちの良い時間でした。

















議論は何のためにするのでしょう。
いつの頃からか、「論破」が流行り始め、相手を言い負かせば自分の意見が正しいと決まるかのような物言いがなされるようになりました。
しかし、本来、議論は互いの言い分を言い合い、理解し合い、より良い考えを得るとともに、その認識を共有するために行うものではないでしょうか。

議論の相手が自分の意見に理解を示し始めたら、当然喜んで受け入れるところかと思います。
ところが、なぜか、そうならないことがあります。
ここぞとばかりに、「さっきは違うことを言ってただろう」と攻め立てたり、「そらみたことか」と嘲笑したりと、不可思議かつ醜悪な言動を始めます。

そもそも、相手の理解を得ようと話をしていたのではありません。
相手を攻撃し、けなすこと、まさにマウントこそが目的だったといえるでしょう。

ここでは、言葉が理解し合うためのコミュニケーションの機能を喪失しており、単に相手を不快にさせ、傷つけるための凶器でしかなくなっています。
一方でもこのような姿勢で臨めば、進んで凶器で刺されて傷つきたい人はいないでしょうから、反撃するか、諦めて去るか、いずれにしても、もはや分かり合うことは不可能です。

たかがマウンティング意識といえばそれまでですが、これが蔓延すれば、社会に様々生じる問題を解消するために必要な関係者の合意が作られなくなるおそれもあります。
そのような社会にならないよう、小さなことですが、自らの姿勢や話し方に気を付けていきたいと思います。

(追伸)

4月の終わりに家族で醤油工場の見学に行きました。

見学ツアーに参加できるだけでなく、子供の遊び場などがあるほか、食事や醤油風味のソフトクリームも美味しかったです。
















人を信じやすい人を「子供」や「未熟」と冷笑して、「人は信用するものではない」と大人ぶる人がいます。
しかし、確かに「人に裏切られる」という経験値は増えているかもしれませんが、「誰も信じない」と嘲笑う姿勢もまた「子供」や「未熟」という印象を与えます。
裏切られる痛みを避けるあまり、信用できる人まで遠ざけ、傷つけることを厭わないのは、自己中心的ともいえるでしょう。

生きていけば自ずと、信用できる人も信用できない人もいること、それを見分けることは極めて難しいこと、そもそも、極端な例を除き、多くの人が両方の要素を持っていることに気づいてくるのではないでしょうか。

「何も信じられない」よりも、「何を信じてよくて、何は信じてはいけないのか分からない」という曖昧さの方が心には負担になります。
裏切られる怖さを心に抱え続けるくらいならば、最初から誰も信じない方が、裏切られる痛みを感じずに済むからです。
むしろ、この怖さや痛みを受け入れることが、大人になるということではないかと思うのです。

(追伸)
過ぎ去った桜や菜の花、ハナミズキの季節。今年も綺麗でした。
季節の巡りが本当に速く感じます。































「躾が全くできていない騒がしい子供の入店お断り」という貼紙をしたお店がインターネット上で話題になっていました。

日本の社会のこういった姿勢が、親子を息苦しくし、少子化を進めるという苦言が呈される一方、店が入店を断っているのは「躾が全くできていない子供」であって、普通の親子を排除するものではないと上記の苦言を批判する声も多々聞かれました。


皆様はどう思われるでしょうか。

公共の場で子供が騒いでも、親が注意もせず放置している状況が問題視されることがあります。

これではさすがに親として無責任と感じられるでしょうし、他の客の迷惑を考えても、そういった親子連れの入店を拒んでも致し方ないといえるでしょう。

この意味で、貼紙の内容は決して間違っていない、まさに正論といっていいと思います。


そう、まさに正論です。

正論なのですが・・・小さな子供を持つ身としては、このお店に入るのは避けると思います。


入店を拒んでいるのは「躾が全くできていない子供だけ」といいますが、「躾が全くできていない」の水準について、考え方は人それぞれです。

中には、「きちんと躾ければ常に子供を静かにさせておけるはず」と考えているような方も見受けられます。

しかし、子供や親の個性にもよるでしょうが、実際には、確実な静寂を保証することなどできず、その躾のために、大声の応報になることも珍しくありません。

人によっては、これも「躾が全くできていない」と捉えられるのではないでしょうか。


考え方自体は正論でも、その正論が常に健全に使われるとは限りません。

ただし、これは「親は子供を躾けるべき」という正論にも、「社会は親子連れに寛容であるべき」との正論にもいえることです。

心がざわついても、安易に正論の刃を振り下ろすことのないよう、冷静さと落ち着きを持っていたいと思うところです。


(追伸)

3月初めに志木市の寺院に梅を見に行きました。紅白の見事な梅、その後、近くの川沿いの施設に立ち寄ると、綺麗な吊るし雛が披露されていました。
































年功序列を廃して、能力に応じて処遇すべきとの意見はかなり前から聞かれていたように思います。
日本社会でも、以前と比べれば若手の登用が活発になったと感じますが、それでもまだ十分に浸透したとはいえないでしょう。

その理由の一つには、年上の部下を年下の上司が指導することへの抵抗感が挙げられ、意識の改善が必要とされています。
ただ、ここで必要とされている改善とはどのようなものでしょうか。年下の上司に指図されることに抵抗を感じない、あるいは、感じても我慢するようになれば、改善といえるのでしょうか。

そもそも、人間は、指図されたり、支配されたりするのを嫌うものであり、その抵抗感を、年上だから、先輩だからと納得させていたのではないでしょうか。
それが納得感の拠り所を失えば、たちまち抑え込んでいた抵抗感が噴出します。
果たして、これを押さえ込むことが今日求められる意識改善なのでしょうか。

おそらく、上司と部下の関係を今のような全人格的な上下や指導・追従の関係とする前提がある限り、年功序列にかかわらない適材適所は実現できないと思われます。
管理者も実務者も役割の違いに過ぎず、互いに役割と人格を尊重する風土が醸成されない限り、抜擢を含むような思い切った人事への抵抗感は払拭できないでしょう。

それは「甘え」と思われるかもしれません。
能力に差がある以上、能力の高い人間が高い地位を得て、能力と地位の低い人間を下に見て指導するのは当然だ、と。
しかし、能力と地位がある者が、その職務を遂行するに当たり、部下を全人格的に下に見て接するのは必然でしょうか、必要でしょうか。
それもまた一つの「甘え」なのではないでしょうか。

さらに、地位に「全人格的な支配力」が付随すると、地位への固執が発生します。
昨今、「老害」という言葉もしばしば聞かれますが、地位を単なる役割の違いに変えていかなければ、地位にしがみつく老害と、地位を失った悲しい「働かないおじさん」と、それに苦しめられる周囲の人達という皆が不幸になる未来を招いてしまうように思うのです。

(追伸)
2月に仕事で松本に行った際、松本駅で待合せまで時間ができたため、その間に松本城を訪れました。
ゆっくりはできませんでしたが、いい気分転換になりました。

























社会の厳しさを説かれ、競争の必要性を煽られ、必死に生きてきたのが氷河期世代といえるでしょう。
そして、その世代の努力は報われることなく、苦難の時代は、そのまま日本の衰退した30年となりました。

しかし、社会を活性化させるはずの自由競争が最も激しかった時代、世代が特に没落したというのは、絶望的な皮肉としかいえません。

私は氷河期の終盤で就職しました。
昭和の時代よりは随分と改善されてはいたのでしょうが、今と比較すれば、理不尽がまかり通っていたように思います。

当時から違和感を覚えていたのは、中身のない些細な決まりを押し付けられ、その違反を厳しく咎められたり、不必要に仲間内での競争を煽られたりと、厳しさといえば厳しさなのですが、社会のために本当に必要な厳しさなのか疑問なものが多かったことです。
社会の荒波といいますが、まだ見ぬ大陸の前に立ちはだかる大海原ではなく、人工的な波が作られた狭いプールのような感覚でしょうか。
上の世代の欲望を満たすために、小さな波のプールに放り込まれ、嘲笑われながら沢山の人が溺れていき、うまく泳いでも泳いでも、褒められこそすれど、新たな大陸にたどり着けることなど当然ありません。
そして、目指すべき大陸を見失い、泳ぐ体力も奪われて今に至るのではないでしょうか。

この状況を一朝一夕に改善することなどできませんが、せめて、この社会に生きる者を、共に新大陸を目指す同志として受け入れてほしいと願わずにはいられません。

(追伸)
2月には仕事で長野経由で松本へと行きました。
長野には雪がありましたが、その後3月になって埼玉で雪を見ることになるとは、この時には思っても見ませんでした。