小さなプールで作られた社会の荒波 | “迷い”と“願い”の街角で

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確固たる理想や深い信念があるわけではない。ひとかけらの“願い”をかなえるために、今出来ることを探して。

社会の厳しさを説かれ、競争の必要性を煽られ、必死に生きてきたのが氷河期世代といえるでしょう。
そして、その世代の努力は報われることなく、苦難の時代は、そのまま日本の衰退した30年となりました。

しかし、社会を活性化させるはずの自由競争が最も激しかった時代、世代が特に没落したというのは、絶望的な皮肉としかいえません。

私は氷河期の終盤で就職しました。
昭和の時代よりは随分と改善されてはいたのでしょうが、今と比較すれば、理不尽がまかり通っていたように思います。

当時から違和感を覚えていたのは、中身のない些細な決まりを押し付けられ、その違反を厳しく咎められたり、不必要に仲間内での競争を煽られたりと、厳しさといえば厳しさなのですが、社会のために本当に必要な厳しさなのか疑問なものが多かったことです。
社会の荒波といいますが、まだ見ぬ大陸の前に立ちはだかる大海原ではなく、人工的な波が作られた狭いプールのような感覚でしょうか。
上の世代の欲望を満たすために、小さな波のプールに放り込まれ、嘲笑われながら沢山の人が溺れていき、うまく泳いでも泳いでも、褒められこそすれど、新たな大陸にたどり着けることなど当然ありません。
そして、目指すべき大陸を見失い、泳ぐ体力も奪われて今に至るのではないでしょうか。

この状況を一朝一夕に改善することなどできませんが、せめて、この社会に生きる者を、共に新大陸を目指す同志として受け入れてほしいと願わずにはいられません。

(追伸)
2月には仕事で長野経由で松本へと行きました。
長野には雪がありましたが、その後3月になって埼玉で雪を見ることになるとは、この時には思っても見ませんでした。