タイトルを「D-Words-easy」から「“迷い”と“願い”の街角で」に変えました。これからも、少しずつでも、社会や人などについて、ふと思うことを書いていきたいと思います。大したことは出来ないと分かっていても、それでも道を進むため、少しでも何かを紡ぐため。
インターネット上で、右でも左でもない普通の日本人と自称する記載を見かけることがあります。
疑問なのは、そうすると、右寄りの思想を持った人や左寄りの思想を持った人は「普通の日本人」ではないのでしょうか。
雨宮処凛著『右翼と左翼はどうちがう?』では、右翼と左翼の活動家6名への取材が収録されていました。
この内容を読むと、いずれの活動家も、社会全体のあり方を否定せず、その中での自分の立ち位置や役割を考えているという印象を受けました。
自分と異なる考え方をする人を「普通の日本人」という枠から排除しようとする自称「普通の日本人」よりも寛容に感じます。
異なる意見が混在する社会を受け入れつつ、自分の意見を持つことはストレスを生じさせます。
しかし、実際の社会は皆が関わり合い、支え合って維持している以上、ストレスに耐えかねて、異なる意見を持つ人の排除に走れば、社会の土台は急速に腐食されるのではないでしょうか。
皆が生活する社会の土台は、皆が連携して支えているという当然のことを、意見の違いさえ、その土台の上にあるということを、もう少し意識してもいいように思います。
(追伸)
所用のついでに立ち寄った中野区の哲学堂公園、5月初旬の新緑が綺麗な頃でした。











その箇所を引用すると次のとおりです。
「先に母親が「助けて」を封じられることに触れたが、その背景にあるのは日常的に投げかけられる言葉や「世の中からの扱われ方」だ。」
「児玉さんはもともと大学の英語の専任講師だったのだが、「重い障害のある子どもの親になった」ことで、〈世の中からの扱われ方がゴロリと変わった〉と書く。子どものように扱われたり、上から目線で指導されたりするようになったのだ。」
https://imidas.jp/girls/2/?article_id=l-60-155-25-06-g421
これは、この社会が、社会の中での立場や地位、優劣ばかりを重んじるマウンティング社会であることの表れのようにも感じます。
なるべく他者を下に位置づけて、優越した立場にいたい人からすれば、子が障害を持つという「弱み」を抱えた人は絶好のマウントの標的です。
さらに厄介なのは、同情的な態度であったとしても、その根底にあるのがマウントの意識であれば、決して有効な支援にはつながりません。
マウントする側からすれば、ずっと自分の下にいてほしいため、適切な支援で上がってこられたら困るのです。
これにより、同情するのに支援には消極的という一見矛盾した姿勢が生まれますが、これは日本の社会で決して珍しいことではないようにも感じます。
そして、このような社会では子を持つことにブレーキがかかっても仕方ないだろうと思うのです。
なぜなら、子を持つこと自体、周囲に迷惑や負担をかけがちになる大きな「弱み」となるからです。
その「弱み」を標的として突いてくる人が社会に広く潜在していれば、どうしても警戒せざるを得なくなります。
社会に根深く張り巡らされたマウントの呪縛は、容易には除去できないと思いますが、少しずつでも解きほぐしていかなければ、未来はないように思います。
(追伸)
春に撮影した実家のある石神井町近辺の桜。桜の季節は毎年訪れますが、やはり綺麗です。
加えて、他の場所でふと撮影した菜の花、また、練馬駅で撮影した昔の西武鉄道の車両を模したフォトスポット。
西武池袋線ではこの黄色の車両は見なくなりましたが、今でも西武鉄道というと、このイメージです。















特にインターネット上の議論では、「屁理屈」や「詭弁」としか呼べないような歪んだ論が展開されている様子をよく見かけます。
このような「屁理屈」や「詭弁」がインターネット等を介して拡散していくことには非常に危機感を覚えます。
理論的に考えることは、直面する問題や課題を整理して解きほぐし、その解決につなげるための重要な武器となります。
これは、個人的な問題にも、社会的な問題にも通じるものと思います。
これに対して、「屁理屈」には、当然ながら、その機能はありません。
逆に、問題から目をそらしたり、問題に向き合わないことを正当化したり、他人に責任を負わせたりするためにこそ多用されます。
このような「屁理屈」が社会に溢れ、人々を侵食していった場合、問題に向き合う精神と問題を解きほぐす理性の双方を朽ちさせていくのではないでしょうか。
現実に向き合い、その先を目指すための理性か、現実から目を逸らして、自分の殻に閉じこもるための屁理屈か、後者が広がった世界に未来があるようには思えません。
(追伸)
家族の生活が激変した影響で2月上旬以来の投稿となってしまいました。
この横浜での写真は1月のことだったようです。




























































