紆余曲折を経た高市政権の誕生からしばらくが経過、現時点で着実に役割を果たしているような印象を受けます(今回の中国・台湾をめぐる騒動は、やや勇み足だったかもしれませんが)。
気になっているのは、実際の高市政権の動きとは遊離するほどの絶賛と批判の声、両者の衝突がみられることです。
高市総理を支持する側は、とにかく絶賛していますが、今の時点でさすがにそこまで賞賛されるような行動や実績があるのか疑問です。
一方、高市総理を批判する側も、とにかく一挙手一投足に辛辣な言葉を放っており、このようなことに、ここまで言う必要があるのかと感じてしまいます。
そして、両者は激しく衝突し、分かり合う余地をお互いに自ら徹底して排除し、罵り合っているように見えます。
ここで感じたのは、いつの頃からか、この社会は「怒り」が支配し、「怒り」で動いてきたこと、そして、それが待望したのが高市政権であったのではないかということです。
かつての日本は、閉鎖的な組織の中、パワハラに溢れた上下関係を軸に、社会を動かしてきました。
これは、「怒り」のエネルギーを上から下へと効率的に流すことで、社会を駆動させていたということにも思えます。
しかし、「怒り」による駆動は、必然的に無理を生じて、組織の疲弊や破壊を招いていきます。
雇用や家庭、地域などでの人間関係が崩壊すると、今まで効率的に流されてきた「怒り」のエネルギーが鬱屈していきます。
これを、知ってか知らずか、極めてうまく利用したのが安倍元総理であったように思います。
安倍元総理は、鬱屈した「怒り」のエネルギーを効率的に流すため、安心して一方的に叩ける対象を提示することで、社会で「怒り」の暴走を抑えるとともに、「怒り」を持つ者の連帯感を醸成し、かつ、逆らう者への見せしめにもしたのではないでしょうか。
これにより、安定して陰湿かつ陰鬱とした社会が、安倍政権下で長く続いたように思います。
安倍元総理を失うと、社会の「怒り」の行き場も失われました。
続く、岸田元総理、石破前総理は、どちらかといえば「融和」を目指したように思います。それは、過去の「怒り」の一方通行による陰湿・陰鬱な社会に辟易とした人にとっては希望でした。
しかし、「怒り」を一方的に発出し、発出者同士で連帯できた過去を懐かしむ人には不満でしかなかったでしょう。
そして、彼らが待っていた時は来ました。
安倍元総理の「愛弟子」で、考えの似た高市総理が誕生、「怒り」の一方通行を今こそ再開すべく、一気に盛り上がりました。
一方、過去の状況に辟易とした人達も、これを阻もうと、「怒り」で応戦し始めたのではないでしょうか。
高市総理誕生はあくまできっかけにすぎず、社会に鬱屈した「怒り」がある限り、遅かれ早かれ、何らかの形で今のような状況は出現していたように思います。
「怒り」は二次感情といわれます。その背景には、不安、悲しみ、苦しみ、恐怖といった一次感情があり、鬱屈した「怒り」を発出させ、振り回してみても、一次感情がそのまま放置されれば、何も変わるところはありません。
そして、「怒り」が渦巻けば渦巻くほど、肝心の一次感情は見えなくなっていくように思います。
「怒り」の一方通行がしにくい社会になったとき、表面的な「融和」でなく、一次感情に向き合わなければならなかったのかもしれません。
しかし、それができないまま、「怒り」の一方通行に向けた道筋が再び作られ始めています。
この社会に渦巻く「怒り」を生んだ一次感情は何なのか、それを考え、向き合う時間が果たしてどれほど残されているでしょうか。
(追伸)
先日子供達と行った王子駅近くの飛鳥山公園です。
紫陽花の名所としては知っていましたが、小さなモノレールがあるほか、昔の都電荒川線の車両や蒸気機関車も展示されていました。
その後、近くの北とぴあ展望台に行きましたが、100円玉がなく有料の双眼鏡が使えなかったことに子供達は残念がっていました。