<<ブログ354>>
2025.12.10豪州での
「16歳未満のSNS利用禁止の法律施行から想うこと
AI時代、コンピュータそしてシステムに
どう対応していけばいいのか?
AIをどう評価していけばいいのか?
私の「システ評価のものさし」
私の『AI評価のものさし』
⇩ ⇩ ⇩
難しく考える必要はありません
難しく考え悩んではダメ、です
ひとつの「場面」を
心に描いてみてください
~私のかわらない想い~
byシステム監査技術者 入村道夫
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世界への羽ばたきを重ねておられる
私とちょっとだけ?歳の離れた友達
画家の田中拓馬さんが
新年元旦なのにご厚意で今回も素敵な挿絵を
画いてくださいました。
拓馬さん「ありがとうございます」。お心に感謝です。
田中拓馬さんのサイトも訪ねていただければ幸いです。
http://tanakatakuma.com
https://ttakuma.thebase.in/
http://www.takumatanaka.info
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★<産経ニュース2025.12.10 07:58>
オーストラリア政府は10日、16歳未満のSNS利用を禁止する法律を施行した。国家として禁止するのは世界初。暴力や自殺など子供の心身に悪影響を与えるコンテンツや誹謗(ひぼう)中傷、いじめから子供を守る狙いがある。規制の動きは欧州と東南アジアにも波及し、世界的潮流になるかどうかが注目される。
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●昨今、AIを使っていくことが「あたりまえ」の状況になってきていますが、その動きの中から
・AIを含むシステムをどう評価していくのか?
・「システムのいい・悪いの見極めはどうしている?」
・「システム評価はどうすればいいのか?」
といった問いかけをいただくことが多くなってきています。
●最初に私の答え(=私の40年以上、今も変わっていない私の想い)を記していこうと思います。
●私のシステム評価のものさしの目盛、それはそのシステムを使う人間の「笑顔」です。

挿絵は田中拓馬画伯 画
●むかしは私自身も小難しくプログラミングの進め方、ステップ数とか用いているシステム技術とか、言ってみれば、「賢く賢く」「難しく難しく」?評価をしておりました。
●それがものすごく単純にそのシステムを使う人間の「笑顔」ひとつだけで、いい・悪いが評価できる、に変化いたしました。
●私は変えました。(悩み悩みの末に、でした)
★その変化は「システムの評価対象」を変えたとたんに心に浮かんできた変化です。
★「システムそのものの創りこみ技術」から「システムを使う人のこころ・気持ち」に評価対象を切り替えた変化です。
★「システムは目的でなく手段・道具」、
「主体はそのシステムを使う人」、
「システム化の目的は
人間をより人間らしくしていくこと」。
★こう考えればあたりまえにシステムの評価は「システムの成り立ち自体を評価する」のではなく「そのシステムを用いている人の気持ち・心」から評価が出てくるもの、そう想ったのです。
★そう想っただけなんです。
●だから!!システムの良否・いい/悪い、それは
「そのシステムがどれだけの人にどれだけの
新しい『笑顔』の支えになれるのか」、
「どれだけたくさんの人に
多くの新しい笑顔が提供できるか」
となるのです。
●私は40年程前に上記のように、そのシステムを使う人たちの「笑顔」を「ものさし」とすることに自分で決めました。
(リクルートのシステム部門担当取締役時代)

挿絵は田中拓馬画伯 画
★そして今でも変わらずにそのものさしでいろいろなシステムの評価を続けております。
私のシステム評価の基準
システム監査技術者 入村道夫
どれだけたくさんの人たちの
新しい笑顔の支えになれているのかで
私はシステムを評価する。
どんなに最新のテクノロジーを基にした
賢い技術を組み込んだものでも
たくさんの人たちの涙・怒り顔の
上にしか成り立たないようなシステムを
私は絶対に評価はしない。(入道)
◆技術的にどんなに素晴らしくとも、「人の涙の上にしか成り立たないシステム」を私は絶対に認めません、評価しません。
◇AIをどう評価するのか。
同じだと思っています。
「何よりも人間を大事に、人間の心を大切に」。
AIが「回答のために探し出し引っ張り出してくるネット世界の情報等が{「どこから探しだした情報を使っているのか」、『使っている情報は正しいものなのか、ウソのものなのか、疑わしいものなのか」「正嘘の判別が難しいものなのか」・・これらのことを明確に使う人(人間)に伝えること」等など、まだまだたくさんの条件をクリアさせていくことが必要だと私は感じています。
(今は使う人間が自己責任で、となってるが
AIを使う人は本当にそう感じているのか・・疑問)
◆こんな私の「システム評価のものさし」を私は同時期に「あらゆる決断のものさし」、ともいたしました。
●決裁書に決裁をするときだけでなく、「これから」に向けてのあらゆる「決断」の時のものさし、としたのです。
★こうしてからそれまでに比べ、「決断の時に悩む」ことが極端になくなりました。
自分が今
これを決断(決裁)することで
『どこの誰が笑顔になるのか』
『この決断でどれだけのどのような人たちが
笑顔になれるのか
★このことを自分のこころに思い浮かべて決めるだけ、でいいのです。
⇩ ⇩ ⇩
私のかわらない「決断のものさし」
いつも
たったひとつのことを心に想い描いて
「決断」をし続けています
たったひとつのこと
それは
『私がこれを決断・決済する』ことで
『誰が笑顔になるのか』
『どれだけの人たちが笑顔になるのか」
と言うこと
これが私の決断のものさし
★そしてこんな私の想いから私の代名詞と言われている「利益=」の等式も生まれています。
⇩ ⇩
利益=Σ(笑顔)-Σ(怒顔・涙顔)
=Σ(ありがとう)-Σ(ばかやろう)
★利益を増加するためには「今よりももっとたくさんの人たちを笑顔にしていくこと」、「今よりももっともっとたくさんの「ありがとう」の言葉をいただけるようになれば「利益は増えてくる」!!!

挿絵は田中拓馬画伯 画
●ここでちょっと、いうかだいぶ話がずれますがお許しください。
●日本の政治の世界
「私のものさし」からするとどうも政党そして国会、そしてそれを構成する国会議員の先生方も国会の構成員となった時から・・「自分たちの笑顔」を大きなものさし、としているのではないのか、と感じてなりません。
●その決断によって「涙を流す人たち」のことを真剣に考えている、とは感じられませんでした。(あくまで私の感覚ですのでそのところご理解を)
●私のものさしから言えば「絶対にやってはいけない」、決裁書であれば完全に「NO、だめ」の類に入るものです。
◆話がずれますが・・・もう一つ政治の世界、国会の動きに今ひとつの疑問ありです。
◆国会で解散した時の場面から今一つ、奇妙に感じ続けているのは「議長の解散宣言に衆議院の政治家先生全員が『バンザイ』と大きな声と両手を挙げての「慣例の?儀式」。
◆「慣例」と敢えて二文字を入れたのは、もしかしたら何人かの先生は「おかしいな」と感じてはいるのだが、ずっと長く続いてきた国会の慣例だから、でやられているのでは、のちょっとした期待から。
◆解散バンザイ、に加えて、普段とは全く違う、どでかい一言一言伸ばし伸ばしての宣言とか、いろいろと前近代的??な国会の慣例は「国会の進行システム」のひとつなのでしょうか。
◆国会であっても、国会だからこそ、おかしいと思ったら「変えていけばいいのに」、その進行システムによって誰が笑顔になっているのか、必要ないのでは、であればどんどん変えていけば、いいのに、正直にそう思っています。

挿絵は田中拓馬画伯 画
★頭で難しく考え悩むのではなく、『優しく易しく』こころで決断していくことだ、そう強くつよく感じます。
今回も最終行までおつきあいいただきまして
ありがとうございます!!
決めなければいけない場面、決めることを
要求される場面、
ビジネス(会社の中)だけでなく
人生においてもたくさんあります。
どんなに時間をかけて考えても、考えているだけでは
絶対に何も変わりません、変えられません。
変えていけるのは「こうどう(考動:私の造語です)する」ことを
自分が決断し実の動きにしたときだけです。
たとえ失敗したとしても「これじゃだめなんだ」と
言うことはその瞬間に誰にでもわかります
そして失敗しても怖くはありません。
失敗したら「今(今のやりかた)」に戻ればいいだけ
「今より悪くなることはない」のですから。
ありがとうございます。
にんげん・しあわせ・ゆめ・こころ 入道(入村 道夫)












