お世話になっております。4年の岩本です。
インカレを終え、漕手生活としての区切りがついた今、思っていることをつらつらと書き記そうと思います。
駄文散文で失礼します。
まず私は2020年に新潟大学に入学しました。
皆さんご存知の通り、コロナが始まったタイミングでした。
ちょうど私立大学受験シーズン中に第一報を聞いた覚えがあります。その時はここまで大学生活に影響を与えるとは知る由もありませんでした。
私は1年間の浪人生活の後、大学に合格したため、周りの同級生は先に1年間大学生活を満喫していました。
そのため私もなんとなく周りのようにゆるーい大学生でいいやと当時は思っていました。
しかしコロナの影響で大学生活は一変しました。大学に「不要不急の立ち入り禁止」、家で受ける「オンライン授業」、飲み会などの「制限」、自分の中での理想の大学生活が音を立てて崩壊していきました。
途方に暮れた私。このまま時間を過ごすのはもったいないと一念発起。
学科の同級生が部活に所属していたため、私も何かやってみようと思いました。
小学校から高校までずっと続けてきた柔道はもうこりごりだと思い、「大学から始める人が多いこと」「怪我をしないように体のコンタクトがないもの」という2点で部活を探していました。
そこで新大の部活を探していると「ボート」「アーチェリー」などなど様々な団体がありました。そんなあるとき、ボート部のオンライン新歓に参加してみると先輩方がすごく暖かく受け入れてくれて、とても楽しそうな雰囲気を画面越しからも感じ取ることができました。
ただ、その時はローイング競技については全く知らず、唯一知っていることといえば、おばあちゃん家に向かう道中に通る戸田ボートレースでレースをすることだけでした。今思えばこれが潜在意識に刷り込まれていて、いつかローイング競技をやる運命だったのかもしれません笑
ですが、そんな無知な自分を嘲笑するかのようにローイング競技はとても厳しく深い世界が広がっていました。
私は試乗会に参加する前に、入部することを決めていました。
その理由はオンライン新歓に参加した時の直感と早く何かに取り組みたいという気持ちからでした。また他大の新歓PVを見て「とてもかっこいい、自分もこんな風になれるかな」と思ったからです。
東北大学ボート部 2020年新歓PV
立教大学ボート部 2020年新歓PV
ですが、大学からの通達により6月ごろまで部活動は完全活動停止で、各自トレーニングをする形でした。
初めて練習した時は今よりも体重が10キロも重く、それでいて体力が落ち切っていてとてもしんどかったです笑
また当時は朝の起床時間にも驚愕し、かつ自宅から艇庫まで自転車で向かうことも信じられませんでした。
入ってすぐに「入る部活間違えたな~」とか思っていました。
最初は1年生は自分だけだったため、当時主将だったなかじさんやサポートの先輩方と一緒にエルゴを漕いでいました。
その後、仲間が増え、ようやく朝の自転車にも慣れていきました。
朝の自転車で向かう道中に見ることができる景色はとても美しかったです(当時は写真に収めていました笑)

2020年7月17日朝4時の様子です
はじめて乗艇した時は「漕ぐってこんなにも難しいのか」と思いました。
乗艇はさくらさんにサポートしてもらって2xを漕いでいました。2人であーだこーだいいながら練習していたと思います。
そのおかげでわりとすぐに漕げるようになったと思います。さくらさんその節はありがとうございました。
2020年9月、
我々新潟大学ボート部はインカレ出場を断念しました。その後の全日本新人も中止が発表され、本間主将を軸とした新体制へと移行しました。そのため、今まで対抗としていたM4+に私が乗ることになりました。今まで練習していたスカルからスイープへの転向、様々な不安がありましたが、先輩方がそれを一緒に解きほぐしてくださいました。
またこの月は人生初めての2000TTをしました。本当に辛くて何度も諦めかけましたが、先輩方が応援してくださったことで、漕ぎきることができました。この時、この世の中にこんなにもしんどいことがあるのだと痛感した瞬間でもありました。

初めての冬季練習、乗艇機会が限られ、「これはエルゴ部では・・?」と思うくらいにエルゴメニューをこなしていました。とても単調で、気候柄、鬱屈になることも多い冬でした。ただひたすらに仲間たちと乗り越えていきました。
特にこの冬は津川に行き、ひたすらスイープを練習していました。そのおかげか少しばかりスイープが好きになり、自信を持つことができるようになりました。
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2021年、2年生になりました。
この頃もなお、コロナの影響が根強く残り、新歓も思うように出来ませんでした。初めて、人を勧誘する側になりこんなにも難しいのかと思いました。そんな中、百加と遥子が入部してくれました。本当にありがとう。
また5月には初めての大会に参加することができました。長野県の諏訪湖で行われた諏訪子レガッタにナックルフォアで参加しました。出場は我々1艇のみのため、他艇と競る経験はできませんでしたが、レースを経験することはできました。そこで初めて仙台大学のエイトを目にしました。これがエイトかあと感動すると同時にとても迫力があり、怖さを感じました。

この頃はインカレを意識してひたすらM4+で練習していました。そのおかげか夏には北信越ブロックの新潟選抜に選出されました。初めて他艇と競ることができるレース、そして北信越の選抜レースということもありとてもワクワクしていました。結果は3位で本国体には出られなかったものの、一緒に乗っていた神崎さんからたくさんの知識や技術を教えていただいて、さらにインカレに向けて頑張っていこうと思いました。

7月の測定では初めて6:55を切ることができました。この時は素直にとても嬉しかったです。
それと同時にローイング競技をちょっと好きになった瞬間でもありました。
この年はインカレの開催が決定し、初めて漕手としてインカレに出場することができる予定でした。
ですが、日程が10月末に変更になったこと、大学からの規定やクルー内の諸般の事情でまた参加を見送ることとなりました。この時、新人戦の中止も決まっていたので、私のシーズンは終わりました。
最後の最後まで出場できるかどうか調整してくれた葵さん、本当にありがとうございました。
ずっと一緒に練習してきたクルーの実力を発揮することなく解散となったのは、とても悔やまれます。
新体制への移行となり、私は主将に任命されました。すぐに前向きな返事をすることはできませんでした。
この時、私はこの先ローイング競技を続けるかどうかすごく悩んでいました。
というのも、3年次の夏休みには1ヶ月間の教育実習がインカレ期間と被っていて、部として目指す主要な大会に出場することができないことが分かっていたからです。
そんな自分が主将を引き受けていいのか。主将としての責務は果たせるのかを凄く悩んでいました。
ですが、周りの人たちからの一声もあり、「やってみよう」と決意しました。
2度目の冬季練習、
今度は自分が強くなることだけでなく主将としてチームをどうしていくかという俯瞰的な視点から様々な働きかけが必要とされていました。
チームは前年と同様にインカレに向けて走り出しました。
2022年3月、3年生になる前。
同期4人でクォドを組み、お花見レガッタに出場しました。同期でクルーを組んだのはこの大会が最初で最後でした。予選で2着になったけど艇重量不足で最下位扱い、決勝Bは1艇レースでした。

7月
2度目の国体北信越ブロック、そして初の2000mレース、艇輸送経験となった東日本選手権。
インカレに向けてチームに勢いをつけることができた月でした。

9月
インカレ。同期がシングルとペアで出場。
どちらも決勝Cに残っていて、とても頼もしい同期だと感じました。

10月
インカレが終わり、次は新人戦。自分は出場できないが後輩たちのサポートとして。
今までのノウハウを生かし、久しぶりに新人戦に出場することができました。
ここで私の主将としての役割は終了し、後輩たちに世代交代をしました。
その後、1年間、留学に行っていため、一時的にボート部から離れていました。
2024年3月
新潟に戻ってきました。最初は就活メインで動いていたのでもう漕手はいいかなと思っていました。ですが、他人が漕いでいるのを見るとまた不思議と漕ぎたくなっていました。
5月
GWに金沢大学と交流し、久しぶりに並べをしました。私は惨敗でしたが、あの時、またレースの楽しさが蘇ったように思います。
6月
東日本夏季競争大会、即席クルーでダブル。当たり前だけど勝てませんでした。すごく悔しかったけど、目が覚めました。
そこからインカレを強く意識するようになりました。「やっぱり漕手として出たい。出るならスイープにこだわりたい」という思いが強くなっていき、結果ペアで出場することが決まりました。
9月
インカレにペアのバウとして出場、敗コロでしたが、久しぶりの戸田で2000mのレースは緊張よりもワクワクが強かったです。そして何よりも4年生での出場ということに大きな意味があったと思います。漕手を4年生のインカレまで続けて良かったと強く感じました。

長くなりましたが、これが私の大学ローイング競技生活の総括です。
今回のインカレをもって私のローイング競技生活は終了です。
もうこうしてクルーで毎日漕いだりできないのかと思うと少し寂しいです。
ですが、今後もローイングを応援していきたいと思います。
こんな素晴らしい競技や仲間と出会えたことはすべてが私の財産です。
4年間ローイング競技に打ち込みましたが、1着でフィニッシュすることは叶いませんでした。ローイングの世界はそれだけに厳しく充実したものでした。
さらに、ローイングは周りの人の支えによってできるのだと競技生活で痛感しました。この場をお借りしてお礼申し上げます。
今まで携わっていただいた方、本当にありがとうございました。
ぜひこれからもローイングが盛り上がることを期待しています。
教育学部 4年漕手 岩本達裕