山本です。
今日はとてもいい天気でした。
青空が広がり、春の訪れを感じさせる暖かな日でした。
どんな新一年生が入部してくるか今から楽しみです。
このブログを見てくれている新一年生がいたら、どんどん過去のブログを漁ってほしいですね。
やっぱブログを見ているとその人となりというのが何となくわかってくるもので楽しいです。
X(Twitter)をさかのぼると先輩が書いた昔のFC2のブログも見れるはずです。
ぜひとも
山本です。
今日はとてもいい天気でした。
青空が広がり、春の訪れを感じさせる暖かな日でした。
どんな新一年生が入部してくるか今から楽しみです。
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やっぱブログを見ているとその人となりというのが何となくわかってくるもので楽しいです。
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ぜひとも
こんばんは、半ば新大ボート部ブログの守護神と化している谷村です。本日は札幌への帰省最終日。本来であればパソコンなどさっさと閉じてベッドへ直行、明日のフライトに向けて英気を養いところですが、どうしても今日書いておきたいテーマがあるため、今こうしてブログを書いています。
そしてもう一点。こちらのブログは他大学ボート部の皆さんやOBの皆様が呼んで下さることも多く、ボート部一同大変励みにさせていただいているのですが、本日このブログ、この記事に限っては前述した方々は読者としてのターゲットではありません。ではこの記事は誰に向けてのものなのか。そう、人生の大一番、大勝負を明日に控える大学受験生の皆さんへのものです。僕の知る限りの受験生、即ち数多の後輩と僕の親友をはじめとする浪人生に向けて、こんな駄文を生成しています。どうかみなさん、しばしの間お付き合いください。
僕が新潟大学を受験したときの面白い話でもしましょう。札幌住まいとはいえ祖父が新潟県に住んでいるという状況であったため、僕の新大受験は前泊がホテル、後泊が(親の)実家という珍しい構成でした。そんなわけで前泊したホテル。当然積雪地帯の冬ということで暖房がガンガンに炊かれていたわけですが、こともあろうに暖房のコントローラーがどこにも見当たらないではありませんか。あちこち探し回るも成果虚しく、諦めて勉強…ではなくアプリで将棋ゲームに興じること3時間(?!)。お手洗いに向かおうとふと顔を上げた僕が壁にかかっているリモコンを見つけたときに沸いてきた疲労感と哀しみと怒り、そして蒸し焼きにされずに済むという安堵感を、皆さんは想像できるでしょうか。すぐに室温を調整して改めて布団にくるまったとき、時刻は朝の3時を指していました。なんだかんだで一時間くらい寝付くのにかかる人間なので、実質的な受験前日当日の睡眠時間は3時間ということになります。何とも恐ろしいですね、我ながらよく合格できたものです(白目)。
まあそういうわけで気楽に行きましょう。案外受験は何とかなります。
日本の正確な地図を作成し、「その地図の正確さが意味する圧倒的な技術力を目にした欧米人に日本の植民地化を諦めさせた」とする説すらある伊能忠敬の名言を拝借しましょう。以下は今ほど平均寿命が長くなかった江戸時代、御年55歳で日本全国の測量旅に出立するにあたり彼が残した言葉です。
「人間は夢を持ち前へ歩き続ける限り、余生は要らない」
皆さんの夢はそれぞれでしょう。しかしながら未来なんてわからない…この一年間、あるいはそれ以上の期間、あなたはそんな呪いと格闘してきたことでしょう。
受験という試練は過酷で、孤独で、なにより先の見えない闘いです。「大学生は楽しいよ」そんな周囲の言葉に対し、大学生となった自分の未来が想像できない、今を生きることに精一杯だという思いは、あなたの心のどこかにきっとずっと引っかかっていたはずです。それでも。2か月後、歩き続けた先で、きっとこの暗闇は抜け出せます。受験まではわずか1日。あなたが努力を重ねてきた時間に比べれば、あっという間の時間の筈です。
自信を無くしたり不安に思ったときは、過去を振り返ってみましょう。甘美な誘惑を振り切ってあなたが歩んできた努力の長い長い足跡が、あなたの背中に続いているはずです。過去のあなたが信じた自分に自信をもって、合格へつながる解答をひと文字ずつ、解答用紙に全力で刻んでいきましょう。
気負うことはありません。そう、未来なんて、絶対にわからないのですから。
新潟大学で、あるいはほかの大学で、4月から輝くであろう皆さんの、余生ではなく今生が輝かしいものになるように。その最初の一歩を、自身を持って踏み出してきてください。
さあ、いってらっしゃい。
文責:マネージャー・漕手・広報1年 谷村 東哉
僕にとって、そして世界にとっても激動の一年となった2024年が幕を下ろし、2025年のカレンダーがめくられ始めてから、驚くべきことに間もなく10日が経とうとしている。たった10日、たった240時間とみる向きもあれば、既に一年365日の1/36が経過しかけている、という見方もできるだろう。人間の尺度というのは人により実に多彩な見方ができるもので、それがこの世界の面白さでもある。そう思うのはきっと、僕だけではないだろう。
さて、本年は干支にすると巳。俗にいう蛇年である。干支そのものに関して言及するなら、年越しや新年に関わるこの時期だけやたらと多く登場する割に、夏や秋には動物園以外でほとんどその名を見ないのがあまりに露骨かつ不自然で、なんというか「くすっと笑える」話である。世界のどこかに干支をビジネスにしているような不届きもの素敵な紳士の皆様でもおられるのだろうか。いるとしたらぜひ飛んで行って、商売のコツなんかをきいてみたいものだ。
へびといえば世界保健機関(WHO)のシンボルマークにも登場するほど「医学」や「健康」との結びつきが強いシンボルであることでも有名である。一般的にはコブラやマムシにも代表されるように「毒蛇」の印象から真逆のイメージを抱きがちだが、実は脱皮を繰り返す姿が「蘇生」の象徴とされ、古代ギリシャで癒しの神として崇められたアスクレピオスがへびに姿を変えて疫病を鎮めたという伝説もあることから、世界的に見れば蛇はむしろ生命力の象徴として長い歴史を持つといえるだろう。また蛇は農作物を食い荒らす小動物を食べることで人類の発展に貢献する益獣であるほか、「毒を以て毒を制す」ということわざの通り蛇毒の血清は蛇毒から作られるという事実もあるためあながち有害というばかりでもなく、蛇と聞いて時ならぬ悲鳴を上げる常識はもはや過去のものなのかもしれない。
そんなへびだが、全天に88存在する星座でもとりわけ多くの星座のモチーフとなっており、「へび座」のほかにも「うみへび座」「みずへび座」そして「へびつかい座」と4つの星座が存在する。このうちへびつかい座に関して言えばモチーフは先ほど名前が挙がったアスクレピオスであるのだが、あまりに優秀な医者であったために死者の蘇生まで行えるようになってしまった結果、死者の国とのバランスを乱したことで冥神ハーデースの怒りを買い、雷撃で撃ち殺されたのち紆余曲折を経て星座となった、という神話がある。何事も進歩しすぎることは神の不興を買うということか。どこか現代にも置き換えられそうな、身につまされる話である。
新年早々重めの神話の紹介でした。…ヘビーだけに。
さて、長すぎる枕噺にオチを付けたところで、ようやくこのブログの主題である「ボート部について」の内容である。ここでは過ぎ去りし2024年のトピックのうち、僕自身の怠慢により記事になっていなかった内容から一部抜粋し、その様子を僕なりの視点から読者諸氏にご紹介できればと思う。
まず一点目。去る12月14日、新潟県立南高校さんの艇庫で行われたのは「インドアローイング大会」である。その名の通り、県内複数の高校・大学に点在するボート部が一堂に会し、2000メートルのTT(タイム・トライアル)をエルゴで記録する記録会である。本格的な漕手転向が11月であった僕としては、エルゴ競技ではありながらもボート部選手として参加する初めての公式記録会ということでワクワクしながら参加したのであるが、現実は非情である。参考記録なしという特記事項があったにせよ、なぜか最下位グループではないグループに配置されるという謎の配置ミスもあり、否、そのミスに関わりなく、結果は高校生も含めた男子選手でぶっちぎりの最下位。女子まで含めても危うく全体ビリという、なんとも悲しいタイムであった。しかし何よりきつかったのは漕ぎ終わった後。超ハイレートでの逃げ切り作戦が完全に裏目に出た結果肺活量の限界を迎え、規定距離終了後も動くどころか口を開くことすらできず、次の組の邪魔にならないようにY先輩に運搬され休憩場所まで移送される羽目に。20分間立つことすらできずぶっ倒れているなか、隣でFさんと会話していた新入部員のOさん。「エルゴって楽しそうだね、私もやってみたい」というあなたの発言にはぶったまげました。そのエルゴを全力で引いた結果、息も絶え絶えなひょろひょろビギナーがあなたの足元にいますよ。
しかしこの発言をよくよく吟味した結果思い出すのは、インカレ用の記録会で外野の安全な立場からまさしく同じような発言をしていた自分の姿である。「外野から見る分には楽しく見える」のは競技の発展要素として重要なファクターの一つであるし、こうして順調に同じ意見が受け継がれていくのはある種健全な部活である証拠なのだろう。
それに、高校からの経験者であるNくんA先輩や成長著しいTくんがお褒めの言葉をかけてくれたことも正直とても嬉しかった。特に「お前は途中でエルゴに吸い込まれるかと思った」とまで言ったTくんが最後まで漕ぎ切ったことを褒めてくれたのは自信に繋がった。それでも。僕は思う。この大会で感じた感情は、喜びや自信だけでは絶対にない。
「執念は悔しさから滲み出てくるものだと思います」
2020年からサッカーJリーグのブラウブリッツ秋田で監督として指揮を執り、就任初年度にJ3リーグ優勝を成し遂げクラブをJ2に導き、いまもなおJ2秋田で奮闘するその手腕もさることながら、記者会見中に繰り出す独特のワードセンスがたびたび注目の的になる吉田謙が、2023年シーズン序盤、敗戦となったV・ファーレン長崎戦後に残したコメントである。全く種類が違うとはいえ、高校時代までサッカーという運動を、曲がりなりにも12年間続けてきた。この結果に悔しさが残らないわけがない。
だから、様々な人が褒めてくれたとしても、その期待は越えなければきっと意味がない。この先の成果は、過去の自分に克ち切る努力と執念で掴み取る。僕にとってこの大会は、そんな決意のきっかけにもなった、多くの実りあるものであった。
さて、次の記録会は(部内開催ではあるが)2月だと聞く。努力を重ねた先に、いったいどんなドラマが待っているのだろうか。今から楽しみでならない。
もうひとつ。12月21日、クリスマスマラソン。当日が平日のため直近の休日であるこの日に。こちらの内容で伝えたいことは本当にシンプル。
地元出身のNくん、タイ順位とはいえ1位おめでとう。そして完璧なコース案内をありがとう。おかげで3位が取れました。本当に感謝しかない。でも来年は今年宣言して果たせなかった1位獲り、真剣に狙うから覚悟しててね。あと純マネージャーのHさんKさん、それと僕の代理でお手伝いに入ってくれたA先輩、めちゃうまケーキと料理、ありがとうございました。満腹で3位賞品のケーキを食い切れなかったのが心残りです。あとTくん、楽しい企画の進行をありがとう。今後の参考にさせてもらいます。
こんなところだろうか。旧年の心残りは旧年中に、とはいったものだが、残念なことに新年に持ち越しとなってしまった。今年はせめて広報である僕だけでも、更新頻度を多少上げられるようにしていきたい。理想の更新頻度はあるがそれをここに宣言してしまうと絶対に怠けるので敢えて示すことはしない。そしてこれが、広報・谷村として目指す、今年の目標の一つとなるだろう。
新潟大学ボート部に関わってくださる全ての皆様へ。あらためまして、あけましておめでとうございます。皆様にとって、2025年が飛躍の年となりますように。本年もどうぞ、宜しくお願いいたします。
文責:マネージャー・漕手・広報一年 谷村
p.s.前回の僕の記事でど忘れしていた一人称だが、このブログで再三使用しているように「僕」であった。…初笑いも兼ねて、どうか盛大に笑ってください。
この度入部しました、経済科学部1年の太田珠乃です。
自分はラクロス部に入るつもり大学に入りました。なのですが、新歓でギリギリでボート部の試乗会に行った時に、めちゃめちゃはやいスピードのボートに乗せてもらって、それが忘れられなくなって、ボートとラクロスでとても迷うことになってしまいました。
結局その時はラクロスを選んだのですが、いろいろあってラクロスをやめることになった時に、スポーツは続けたくて、その時にボート部を思い出しました。水上のスポーツは未経験でやってみたかったけどあの時諦めたボート部に今からでも入りたいと思い、入部することを決めました。
これから冬トレできついと聞いたのですが、それも全力で頑張ってはやくみんなに追いつきたいと思います。
みなさんやっぱりめちゃくちゃ良い人で楽しいで す!
よろしくお願いします!!🤲
最近本格的に寒くなってきて鍋の頻度が増えてきました。毎週友人と鍋パーティーをしているものの、レパートリーがだんだん無くなって来て焦っている鐙孝太です。個人的に2024年を振り返りたいと思います。
本当にあっという間の1年間でした。新しい経験の毎日で、本当に充実した日々だったと感じています。ボート競技は5年目にして、スウィープ種目に挑戦しました。4年岩本さん(通称:たっちゃん)とペアを組んでインカレにも出場。これまでシングルスカルで漕ぎ続けできましたが、久しぶりのクルーボート。二人で感覚を共有しながら日々技術の向上に励むことが本当に楽しかったです。戸田漕艇場で憧れのインカレの舞台で漕いだこと、結果に悔しさは残りますが、多くの学びがある素晴らしい経験でした。そしてボートから見る景色、毎日が本当に素晴らしいものでした。この競技を通じて私を支えてくださったすべての方に感謝の気持ちでいっぱいです。
その一方でボート以外のことにも挑戦した1年でした。特に印象的なことは南魚沼市での活動です。自分と同じ大学生、南魚沼市の中高生と半年間共に活動しました。中高生と関わるのは貴重な体験。夢ややりたいことに向かって頑張る中高生の姿に動かされました。新たな仲間にも出会うことができました。そして、今まで気付かなかった自分の強み、一面を知ることができました。
自分自身の変化はどうか?
一言で言うと、「好奇心が止まらなくなった」でしょうか。
南魚沼市での活動をきっかけに、気付けば自分の知らなかった世界に飛び込みまくっていました。
多くの人と出会い、新たな自分に気付き、素晴らしい景色を見た1年です。
「できない理由を探さない」これが自分の座右の銘ですが、この言葉の意味を強く感じました。
まだまだ好奇心が収まらない自分。来年も私の挑戦は続きます。2025年はどんな景色を見ることができるか、今から楽しみです。
あと3週間ほどで今年も終わりです。皆さん、体調管理に気をつけて、充実した残りの2024年を過ごして行きましょう!鍋のアイディアありましたら、コメントお待ちしてます!
小田瑛司(2年)
今年1年は、私にとって「自分を見つめ直す」激動の年でした。新潟花火大会が終わったころ、「このままでいいのか?」と強く思うようになり、新たな挑戦としてトレーナースクールに通い始めました。金額的にも大きな挑戦でしたが、自分にとって成長の糧となっています。また、スタートアップしたばかりの大学発ベンチャー企業でインターンを経験し、企業経営についても学び始めました。
トレーナーとしては、食事や運動の知識を深めています。食事のタイミングや栄養学を学ぶことで、将来的には「トレーニングや食事を通じて人々に自信を与える存在」になりたいと思っています。特に、周りの人が「かっこいい」と思える自分作りを支援することを目指しています。
昨年まではボート部中心の生活をしていましたが、さまざまな団体やグループに関わる中で、自分自身の新しい一面に気づけるようになりました。これも大きな学びです。
来年はさらに一段階成長し、自分をアップグレードする挑戦を続けていきたいです。応援よろしくお願いします!
早いもので気が付けば11月も折り返しである。入学式を終え、「大学生活は真っ当な人間として見られるように努力しよう」と心に固い決意を抱いたあの夜。引っ越しの準備で同行していた母が帰札し、初めて真に一人のワンルームで天井を見上げた日がつい昨日のことのように感じる。「年をとると時間の流れがより早く感じるようになる」とは単なる俗説ではなく科学的な実証までされた定説であるが(フランスの哲学者・心理学者であるポール・ジャネが提唱したことに由来し「ジャネーの法則」と呼称されるらしい)、どうやら一瞬で過ぎ去った自分の半年は法則という明瞭な言葉で定義づけてしまえるようだ。
この法則によれば、人間は新鮮な経験をしたり新たな環境に身を置くことで体感的な時間の速さをゆっくりにすることができるという。その観点で振り返ってみるならば、大学に入学してからの期間において「忘れられない時間」は去年よりも増えた気がする。そうはいっても受験勉強に追われ、学校と勉強場所の往復で時間が過ぎていった去年の今頃と比較するならばそれも必然と言えるだろうか。そういった時間が良くも悪くも焼き付いて消えない、永遠にも思える時間として心に残っていることを考えると、あながちこの説は間違いではないのかもしれない。
※高校時代の知り合いの方、もしこのブログを読んでいたら「あんた去年受験勉強頑張ってなかったじゃん」みたいな野暮な突っ込みをするのはやめてください。心に来ます。
ときに、本筋に一切関係のない話題ではあるがここで触れたい話題がちょうどいま心をよぎったので書かないわけにはいくまい。自分自身ここまでボート部のブログを3本(もしかすると2本かもしれない。間違っていたら指摘お願いします)執筆してきたわけだが、前回の執筆から2か月経過してしまったことあってなんとブログにおける自らの一人称を失念してしまった。自分自身のとんでもない失態に茫然自失、読者諸氏は抱腹絶倒といったところだろうが、場面や状況、果ては心の持ちようなどあらゆる要因によって一人称を使い分ける自分自身の性が、ここで裏目に出てしまったといったところだろうか。さながらカスミのコイントスである。何の喩えをしているんだろう。
とはいえ、忘れてしまったものは仕方がない。今更過去のブログを見返す気力もない。何より今はテスト期間なのだ。真人間になると決意した自分は勉強をしなければならない。真人間がテスト期間中に持ち番でもないブログを書いていることの是非について問い質したい読者諸氏もいることだろうが、何はともあれ「めんどくさい」に理由をつけて文明を発展させてきた(であろう)人類の叡智に倣い、この記事ではあえて過去記事との整合性を確認することなく「自分」という一人称を用いて執筆を続けたいと思う。ヤマの当たりハズレは記事の掲載後に判明するだろう。もしも外れていたら、どうか盛大に笑ってやってほしい。これもまた一つの努力の形なのだ…多分。
さて、この11月からボート部の新年度が始まり、体制ややり方にいくつか刷新された点があった。そういう節目を迎えたということもあるが、いずれにしろここ数か月の間に自分自身にいくつか印象的な出来事があったので、旧年度の振り返りも含めてここに書き記しておこうと思う。
ひとつめ。新人戦でマネージャーとしてワンオペ業務をした。新人戦に帯同したマネージャーは3人。但し宿泊先が二箇所に分かれており、女子はマネ含め片方に固まっていたため、必然的に少人数側のマネージャーは自分ひとりであった。朝は漕手より早く起きて食事の調理は勿論、買い出し、宿泊・食事料金の徴収、もう一方の宿泊先との情報交換、出艇、帰艇の補助…ひと仕事終わったと思ったら次の仕事が入ってくる4日間。一年生マネージャーにワンオペでやらせる業務量ですかね?正直、過労で倒れるかと思った。そういった体制について色々言いたいことはあるのだが、この場で書いてもよくないし、主将や総務には既に大体言ってあるので省略する。この場で言えることは二つだけ。
風邪でダウンした結果とはいえ色々助けてくれたAくん、自分に振られた総務の仕事を一部肩代わりしてくれたSくん。本当にありがとう。他の宿泊メンバーも、競技のない時間中は色々と助けてくれたし、アドバイスもくれた。感謝してもしきれない。きっと彼らの協力がなければ、体と精神をぶっ壊していたと思う。でもAくん、恐らく君から伝染った風邪が悪化して打上げとカラオケに参加できなかったことはしばらく忘れないからな。
それと料理中、会話に付き合ってくださった大阪公立工業大のマネージャーさん。多分このブログは見ていないと思いますが、色々雑談できて気分が紛れました。とても楽しかったです。ありがとうございました。
そしてこの内容の〆に。きっと一か月以上経った今だから言える感想だろうが、なんだかんだでとても楽しかった。普通の人ではまず間違いなく体験できないような、厳しくて苦しい、でもとても有意義な4日間だった。こんな馬鹿げたワンオペ業務、もう二度と起こってほしくないし後輩にも絶対に経験してほしくないが、自分にとって本当に貴重で、成長につながる遠征だったのは間違いない。
ふたつめ。漕手に転向した。厳密にいえば「転向」というより「復帰」の方が正しいだろうか。ただ離脱前は1週間くらいしか練習していないので実質的には「転向」と言って差し支えないだろう。そういうわけで、先輩方が「地獄」と口を揃える冬トレにも基本的に漕手として参加することになる(とはいえ、現時点でマネージャーの人数が不足しているので必要時はマネとして活動することにはなるのだが)。早速エルゴや体幹を漕手に混じって行っているが、すぐにバテるしタイムも出ない。皆が当たり前のようにあのメニューをこなしていると考えるとひっくり返りそうである。しかしマネをやるからには漕手の苦労も知らなければならない。無論逆もまた然りなのだ。漕手・マネ双方の気持ちがわかる貴重なタイプの部員になろう、そう心に誓いをたて、親友の顔を思い浮かべながら細身の身体でギッコギッコとエルゴを引いている。春が来て乗艇練習が出来るころには、このひょろい体もせめて細マッチョ程度にはなっているのだろうか。…ならないだろうなぁ。
みっつめ。広報の役職を引き受けさせてもらった。インスタをはじめとして、ボート部の各種SNSを一手に運営されている山田先輩の下につき、色々好き勝手にアイデアを出させてもらったりしている。尊敬する先輩に前回の記事で「頼れる後輩」などと書いていただいたことが畏れ多い限りではあるのだが、先輩の期待を裏切ることがないよう、そしていい意味で皆の予想を裏切ることができるよう、現段階で行われている範疇に留まらない様々な活動を展開していけたらと考えている。…とはいえ、部員向けのプレゼン用に変な動画を作ってる印象が現時点では強いんだろうなあ…と思ったりもする。自分が楽しいから変に思われてもいいのだけれど。
「究極のオールラウンダーになる」。四か月前、自分が最初に書いたブログでそう誓った記憶は、朧気ながら今もしっかりと心の中にしまわれている。あのときの自分は、今の自分をどう評価するだろうか。悩み苦しみ試行錯誤しながら、曲がりなりにも自分を貫いて生きる。当時の、否、義務教育を終えたすべての瞬間の自分にとって、それが「目指すに値する」人としての姿だった。
「初心を貫くには、普通の人の二倍も三倍も頑張らなければならぬ。」
北極探検を志したが先人に踏破されると南極探検に照準をあわせ、日本の極地探検活動の先駆者として南極調査船にその名を遺す白瀬矗はそう喝破したという。今の自分が「究極のオールラウンダー」という初心を貫くために二倍も三倍も頑張っているかどうか、正直に言うと自信がない。だからこそ、やりたいこと、やらなければならないと思ったことを、失敗を恐れずにやる。そういう風にもがく自分が、これまでの自分にとって「目指すに値する」、憧れられる背中を見せられるようになる日まで、歩みを止める気はさらさらない。
了
とっても久しぶりにブログを書く気がします。二年漕手の山田です。
今年で漕手として四回目(高校三年生は受験期のためノーカウント)のエルゴの季節を迎えるわけですが、今年を振り返ると、いろいろはじめた年でした。今回のブログはボート5年目にして初めて水上で一人になった話と最近のお話と広報のお話の三本立てでお送りしたいと思います。どうかお付き合いくださいm(_ _”m)
1. ボート5年目にして初めて水上で一人になった話
今年の夏はシングルスカルに乗っていました。高校時代はシングルスカルに乗ったことがなかったので、乗り始めたころは周りから、「今日は沈するんじゃないか」と毎日心配されていましたが、今のところ無事故でやってきています。一人で艇を進める感覚はとても新鮮で、今まで怖がって乗らなかったのがもったいないくらいです。悔しいことに、インカレや新人戦に出場するためのタイム基準に達していなかったため、今年はそれらの大会を見送ることになりましたが、それでも新しいことに挑戦して成長できた夏だったと思っています。(^ ^)
2.最近の話
部活とは関係ありませんが、新しいこと関係で最近楽器を始めました。一年ほど悩んだ末に先日やっと、カリンバという楽器を買いました。(知らない人が多そうなので写真も載せておきますね。)ちなみに音楽経験皆無のド素人です。恥ずかしながら楽譜も読めないので完全独学で夜な夜な静かに練習しています。いつか誰かに演奏を聞かせる機会が来るのでしょうか…。今のところ一人で楽しむ用でしかないのですが、きれいな音なので上手に演奏できるようになりたいですね✨
3. 広報の話
私は新潟大学ボート部の広報を担当しています。主にインスタグラムとX(旧Twitter)の中の人をやっています。広報担当になってから、今までのような投稿だけでなく大会前のクルー紹介を投稿してみたり、Giving Campaignの拡散など、新しいことも始めました。団体の公式SNSを運営するのは初めてだったので不安でしたが、私的には頑張ったつもりですo((>ω< ))o
そんなこんなでいろんなことを始めた広報担当に、先日新たな仲間が加わりました!1年生から1人、広報になってもらったのですが、いろんなアイデアを出してくれるし、ネットとかに強そう(なイメージ)だし、なんだか頼れる後輩だなあと思っています。新たな仲間とこれからも様々な方法で新大ボート部のことをお伝えしていきますので、是非チェックしてくださいね‼
ここまで読んでくださりありがとうございました!相変わらず文章が下手ですみません。随所に見られるボキャブラリー貧民具合はご愛嬌ということで。
あ、最後にこれから頑張ることを書かせてください。苦手な冬トレを乗り切って、春になったら、またシングルスカラーとして信濃川でシングルスカルを乗り回したいと思っています(笑)。これから授業が忙しくなりそうなのですが、漕手としてまだまだ頑張ります❤️💪🏽