3年大朏です。

 

1年生、2年生はおそらく今年度最後の大きな大会である新人戦に参戦しています。

2年生は、桟橋が壊れてまともな乗艇練習ができず、去年は大会に参加することを断念したため、今回が最初で最後の新人戦になります。

1年生に関しては、これが初めての大会で初めて2000m漕ぐ人もいますし、逆にもうすでにインカレ出場を経験したうえでこの大会に出場する人もいます。

1,2年生ともに未経験が多く、春に部活動勧誘を行って入部させた学年という立場から見ると、ボート競技を知らないところから、日々の練習後にどうやったらもっと艇を前に進められるのか話し合って試行錯誤するまでになったことに対して少しうれしい気持ちです。

 私自身もこの大会には1年生の時にダブルスカルで出場していました。恥ずかしい話、高校生のときから肉体的、精神的にも成長しておらず、とりあえず漕ぐ、何とか2000m漕げればいいじゃないか、のような感じで臨んでいました。結果は惨敗でした。高校生にも負けました。この時、私が感じたのは全力を尽くしたにもかかわらず惨敗したことによる無力感、無気力感、ではなくどちらかといえば、秋が過ぎ、冬を越した時の新しい自分への謎の期待でした。結果的には2年生になり大きな大会はあまり出れず、ひたすらトレーニングを行う年になりましたが。それでも得れたものは目に見えるもの、見えないが確かに"得た”と感じられるものも沢山ありました。

何が言いたいかというと、まだ1年や2年しかボートに触れていない後輩たちには、ボートは単にきつい競技であるというふうに決めつけてほしくない、これからのオフシーズンは苦痛で過ぎることを待つ季節であるより、自分への期待を実らせることのできる季節であってほしいということです。(by約6年間ボートに関わり続けてる人

 

お久しぶりです。

2年漕手の荒木田です。



インカレ終わりにブログでも書こうかなと思ってはいたのですが…。なかなか思うようにはいかないものですね。さて、今回は今シーズンにあった変化のひとつに焦点を当ててみます。


今年は1年生がたくさん入ってきました。彼らがいなければ、今のチーム状況はかなり違ったものになっていたでしょう。


雰囲気の変化が一番大きいなと感じています。

今は1,2年生がメインで練習しています。2年生もかなりやる気のある人が多かったのですが、去年桟橋が壊れたことや、精神的に参ってしまうような冬トレ、先が見えないことなど、色々重なってしまって、良い雰囲気ではありませんでした。雰囲気がすごく悪いとかではないけれど、なんだか楽しくない感じでした。僕自身、楽しいより辛いが勝っていたなと感じています。

今の1年生はやる気に満ちた人がたくさんいて、熱心な人が多い印象を受けます。すごく仲が良いのもあるのかなと思います。インカレ後の強化練習もあってか、今は少し盛り返してきているのではないでしょうか。2年生の何人かに、再び活力が湧いてきたようにも見えます。ともかく、今は部活が本当に楽しいです。ことによると、なんだ、それだけかと思われるかもしれませんが、個人的にこれが一番大きな変化だったし、嬉しかったことです。ほっとしているところもありますね。


今年は経験者が2人入部しました。2人とも新潟出身で、高校時代から関わりがあります。(1人は高校からの後輩なんです)今年2回目のTTで2人にタイムを抜かされてしまい、技術も2人の方が良いものを持っています。頼もしい後輩ですが、もちろん私は悔しいに決まっています。定期的に指導者が来るわけでもないので、自分でどうにかするしかありません。そういった状況に置かれて、強くなるためにかなり頭を使うようになりました。これもまた良い変化なのかなと思います。


いよいよ、部活らしくなってきました。今週末は新人戦です。インカレに続き、新人戦はまたもやストロークで出場ということになりました。目標達成に向けてあと少し、頑張ります💪



ではまた👋

ご無沙汰しております、2年coxの佐藤です。



前回の情けないブログ「日焼け止めは塗ろう」を書いたのが去年の合宿後の8/25で、そこから1年間も経ったことになりますが、この約1年間は本当に激動の1年、成長の1年だったと思います。



副将立候補、桟橋の損傷、部存続への絶望、他大合宿での新たな師との出会い、桟橋仮復旧に向けての主将との連携(大学・OB会との交渉など)、副将としての悩み、新歓隊長としての役割、仲間との衝突、退部を真剣に悩む、相談に乗ってくれた仲間の存在、ジャパンオープンレガッタでのコックス、インカレの成功、仲間が持つ悩み......



最近はcoxにハマっていて、昔のことはさっぱり忘れていましたが、いざ考えてみれば山あり谷あり、どれもかけがえのない大切な経験と思い出です。



こんな貴重な経験と大きな成長ができたのはやはり、今はなかなか集まれてなくとも大切な同期、背中を見せてくださっている先輩、ボート部に入って来てくれた素晴らしい後輩、様々なサポートをしてくださるOBの方、どんな時も声をかけてくださった松岡さん、気にかけてくださる他大学OBの方々、両親、友人、などなど、たくさんの方々のおかげです。



これから1年後の私はどのような姿でしょうか?



ビジョンはあります。



しかし、明日は朝練があるので、想像するのはやめにして、ブログを閉じたいと思います。



これからも頑張りたいと思います。


よろしくお願いします。



こんにちは、今年度マネージャーとして入部させていただきました1年樹神奈美です。


私はこれまでの人生でバスケ、フットサル、バレーを経験してきており、ボートという競技については黎明祭で声をかけてもらうまで存在すら全く知らない状態でした。しかし新歓で感じた雰囲気の良さと、マネージャーが何十人分もの食事を作るというその壮大さに惹かれ、勢い任せに入部を決定したのを覚えています。


いざ入部してみると、思っていた何倍も個性に溢れ魅力的な部員の方々でいっぱいで、とても楽しい部活動生活を送れていると感じます。


また、先日行われたインカレでは普段よりいっそう先輩マネージャーのすごさと偉大さを痛感することができました。

またまだ1年生のマネージャー3人のみでは先輩1人の力量にも及ぶことはできませんが漕手の役に立てるよう、いろんなことを覚えて3人で力を合わせてがんばっていきたいと思います。


以上です。最後まで読んでくださった方、ありがとうございます😊

表題作について。「雨ニモマケズ、風ニモマケズ」とはよく言ったものですが、雨だと野球は中止になるし風だとボートは出せません。ただ現代日本に限れば、屋根や壁で凌ぎきれない分、波浪とかを含めればどっちかというと雨より風の方が人間の営みを打ち負かしてる印象ですね。と思いましたけど土砂崩れも含めると意外と雨の方が影響大きいかもしれません。あくまで個人の感想なんで反証されたらなんも言えませんが。まあいずれにせよ、人間という集合ですら雨風に負けるんですから個々人がそういった強大な力に抗おうなんざどだい無理な話です。そういうわけで、個人的には負けること自体はある種いいことだと思います。「負けないように」なんて思い詰めてたら人間壊れちゃいますからね。自分という存在をたかだか黒星一つで守れるなら安いものです。その黒星をその後の自分にとって意味のあるものにすれば、人生全体は大金星になると思いませんか?つまりは黒星の価値は守った自分のその後次第ってわけです。
 なんて、たまにはちょっとカッコつけなこと書いてみました。柄にもないことはするもんじゃないです。このフェーズを短文で収めるはずが、そこそこな分量になっちゃいました。


 えせ哲学をひとつまみしたところで、部員向けに僕の近況報告をば。新潟行きのフェリーに乗るとき、乗船のことをうっかり「乗艇」と言ってしまいました。もう末期(おわり)です。ところで実家から新潟の家に移動するときは「出かける」のか「帰る」のかどっちが適切なのでしょうか。生活の拠点とする場所に移動するという観点では「帰る」という表現が適切な気もしますが、それだと実家に到着したときに口をついて出る「ただいま」の説明がつきません。難しい問題ですね。日本語は奥が深いです。


 フェリーでの部屋は行き帰りともに小さなパーソナルスペースが確保された席でした。新日本海フェリーの「ツーリストA」と調べれば出てくると思います。決して同社の回し者ではありませんのでご心配なく。荷物をベッドの上に差し上げようとしたら入口に頭をぶつけ、でかい荷物とヒョロい体がベッドに沈しました。ごめんなさい僕のシナプス。僕は君たちを守れませんでした。残った仲間を君たちの分まで大事にすることにします。










 沢山たくさん書き足りないことはあります。また、書きたいことが変わった部分も少なくありません。経験した出来事や多くの再会によって、人の感情は移ろいやすいものですから。でもこの文章は内容の大半を元の形のままで出すことに意味があると思うのです。この文調で長い文章を書くと読むのに疲れるでしょうし。でも、最後に一つだけ。
 「大学の学びを有意義に」という言葉は、今の僕には些か羊頭狗肉であるように感じます。今の自分が勉強に向ける意欲に、そこまでの自信は持てません。なればこそ、今だからこそ有り余る時間とエネルギーを、僅かでも将来役立つかもしれないと「今」直感した方向へ振り向けること、それだけは徹底したいと今回の帰省を経て強く思った次第です。
 学びではなく、時間を有意義に。今の決意を、消えないうちにここに記しておこうと思います。



明後日からは合宿です。苦手なご飯作りを頑張ります。この駄文をお読みの皆さんもお疲れの出ませんように。ではまた。





文責:マネージャー1年 谷村

初めまして、今年度マネージャーとして入部しました、1年の早坂美優です。


これから、自己紹介と意気込みを書こうと思います。


私は小学校から中学校までバレーボールをやっていたのですが、高校生の時にマネージャーという役割を経験して、選手のサポートをする楽しさを知りました。大学では部活に入る予定はなく、サークルなどで運動したいと考えていました。しかし、黎明祭などで何回か声をかけてもらい、ボート部の試乗会に参加した際の雰囲気に魅かれて入部しました。


マネージャーとしての目標は、頼れるマネージャーになることです。私たちが入部する前はマネージャー1人で漕手の食事を作り支えていた、優秀なマネージャーの先輩がいるので、たくさん学んで私も成長したいと思っています。マネージャーは、漕手が練習するのに良い環境をつくることが大切だと思うので、精一杯頑張ります!


先日行われたインカレで、漕手の頑張っている姿を改めて目の当たりにして、今まで以上に漕手の役に立てるようになりたいと感じました。


以上で、私の自己紹介と意気込みを終わりたいと思います。最後まで読んでくださった方々ありがとうございました!

お世話になっております。4年の岩本です。

インカレを終え、漕手生活としての区切りがついた今、思っていることをつらつらと書き記そうと思います。

 

駄文散文で失礼します。

 

 

 

 

まず私は2020年に新潟大学に入学しました。

皆さんご存知の通り、コロナが始まったタイミングでした。

ちょうど私立大学受験シーズン中に第一報を聞いた覚えがあります。その時はここまで大学生活に影響を与えるとは知る由もありませんでした。

 

 

私は1年間の浪人生活の後、大学に合格したため、周りの同級生は先に1年間大学生活を満喫していました。

そのため私もなんとなく周りのようにゆるーい大学生でいいやと当時は思っていました。

しかしコロナの影響で大学生活は一変しました。大学に「不要不急の立ち入り禁止」、家で受ける「オンライン授業」、飲み会などの「制限」、自分の中での理想の大学生活が音を立てて崩壊していきました。

 

途方に暮れた私。このまま時間を過ごすのはもったいないと一念発起。

学科の同級生が部活に所属していたため、私も何かやってみようと思いました。

 

小学校から高校までずっと続けてきた柔道はもうこりごりだと思い、「大学から始める人が多いこと」「怪我をしないように体のコンタクトがないもの」という2点で部活を探していました。

 

そこで新大の部活を探していると「ボート」「アーチェリー」などなど様々な団体がありました。そんなあるとき、ボート部のオンライン新歓に参加してみると先輩方がすごく暖かく受け入れてくれて、とても楽しそうな雰囲気を画面越しからも感じ取ることができました。

ただ、その時はローイング競技については全く知らず、唯一知っていることといえば、おばあちゃん家に向かう道中に通る戸田ボートレースでレースをすることだけでした。今思えばこれが潜在意識に刷り込まれていて、いつかローイング競技をやる運命だったのかもしれません笑

 

ですが、そんな無知な自分を嘲笑するかのようにローイング競技はとても厳しく深い世界が広がっていました。

 

私は試乗会に参加する前に、入部することを決めていました。

その理由はオンライン新歓に参加した時の直感と早く何かに取り組みたいという気持ちからでした。また他大の新歓PVを見て「とてもかっこいい、自分もこんな風になれるかな」と思ったからです。

 

 

東北大学ボート部 2020年新歓PV

 

 

立教大学ボート部 2020年新歓PV

 

ですが、大学からの通達により6月ごろまで部活動は完全活動停止で、各自トレーニングをする形でした。

 

初めて練習した時は今よりも体重が10キロも重く、それでいて体力が落ち切っていてとてもしんどかったです笑

また当時は朝の起床時間にも驚愕し、かつ自宅から艇庫まで自転車で向かうことも信じられませんでした。

入ってすぐに「入る部活間違えたな~」とか思っていました。

 

 

最初は1年生は自分だけだったため、当時主将だったなかじさんやサポートの先輩方と一緒にエルゴを漕いでいました。

その後、仲間が増え、ようやく朝の自転車にも慣れていきました。

朝の自転車で向かう道中に見ることができる景色はとても美しかったです(当時は写真に収めていました笑)

 

 

2020年7月17日朝4時の様子です

 

 

 

 

はじめて乗艇した時は「漕ぐってこんなにも難しいのか」と思いました。

乗艇はさくらさんにサポートしてもらって2xを漕いでいました。2人であーだこーだいいながら練習していたと思います。

そのおかげでわりとすぐに漕げるようになったと思います。さくらさんその節はありがとうございました。

 

2020年9月、

我々新潟大学ボート部はインカレ出場を断念しました。その後の全日本新人も中止が発表され、本間主将を軸とした新体制へと移行しました。そのため、今まで対抗としていたM4+に私が乗ることになりました。今まで練習していたスカルからスイープへの転向、様々な不安がありましたが、先輩方がそれを一緒に解きほぐしてくださいました。

 

 

またこの月は人生初めての2000TTをしました。本当に辛くて何度も諦めかけましたが、先輩方が応援してくださったことで、漕ぎきることができました。この時、この世の中にこんなにもしんどいことがあるのだと痛感した瞬間でもありました。

 

 

初めての冬季練習、乗艇機会が限られ、「これはエルゴ部では・・?」と思うくらいにエルゴメニューをこなしていました。とても単調で、気候柄、鬱屈になることも多い冬でした。ただひたすらに仲間たちと乗り越えていきました。

特にこの冬は津川に行き、ひたすらスイープを練習していました。そのおかげか少しばかりスイープが好きになり、自信を持つことができるようになりました。

 

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2021年、2年生になりました。

この頃もなお、コロナの影響が根強く残り、新歓も思うように出来ませんでした。初めて、人を勧誘する側になりこんなにも難しいのかと思いました。そんな中、百加と遥子が入部してくれました。本当にありがとう。

 

また5月には初めての大会に参加することができました。長野県の諏訪湖で行われた諏訪子レガッタにナックルフォアで参加しました。出場は我々1艇のみのため、他艇と競る経験はできませんでしたが、レースを経験することはできました。そこで初めて仙台大学のエイトを目にしました。これがエイトかあと感動すると同時にとても迫力があり、怖さを感じました。

 

 

この頃はインカレを意識してひたすらM4+で練習していました。そのおかげか夏には北信越ブロックの新潟選抜に選出されました。初めて他艇と競ることができるレース、そして北信越の選抜レースということもありとてもワクワクしていました。結果は3位で本国体には出られなかったものの、一緒に乗っていた神崎さんからたくさんの知識や技術を教えていただいて、さらにインカレに向けて頑張っていこうと思いました。

 

 

7月の測定では初めて6:55を切ることができました。この時は素直にとても嬉しかったです。

それと同時にローイング競技をちょっと好きになった瞬間でもありました。

 

この年はインカレの開催が決定し、初めて漕手としてインカレに出場することができる予定でした。

ですが、日程が10月末に変更になったこと、大学からの規定やクルー内の諸般の事情でまた参加を見送ることとなりました。この時、新人戦の中止も決まっていたので、私のシーズンは終わりました。

 

最後の最後まで出場できるかどうか調整してくれた葵さん、本当にありがとうございました。

ずっと一緒に練習してきたクルーの実力を発揮することなく解散となったのは、とても悔やまれます。

 

新体制への移行となり、私は主将に任命されました。すぐに前向きな返事をすることはできませんでした。

 

この時、私はこの先ローイング競技を続けるかどうかすごく悩んでいました。

というのも、3年次の夏休みには1ヶ月間の教育実習がインカレ期間と被っていて、部として目指す主要な大会に出場することができないことが分かっていたからです。

 

そんな自分が主将を引き受けていいのか。主将としての責務は果たせるのかを凄く悩んでいました。

 

ですが、周りの人たちからの一声もあり、「やってみよう」と決意しました。

 

 

2度目の冬季練習、

今度は自分が強くなることだけでなく主将としてチームをどうしていくかという俯瞰的な視点から様々な働きかけが必要とされていました。

チームは前年と同様にインカレに向けて走り出しました。

 

2022年3月、3年生になる前。

同期4人でクォドを組み、お花見レガッタに出場しました。同期でクルーを組んだのはこの大会が最初で最後でした。予選で2着になったけど艇重量不足で最下位扱い、決勝Bは1艇レースでした。

 

 

7月

2度目の国体北信越ブロック、そして初の2000mレース、艇輸送経験となった東日本選手権。

インカレに向けてチームに勢いをつけることができた月でした。

 

 

9月

インカレ。同期がシングルとペアで出場。

どちらも決勝Cに残っていて、とても頼もしい同期だと感じました。

 

 

10月

インカレが終わり、次は新人戦。自分は出場できないが後輩たちのサポートとして。

今までのノウハウを生かし、久しぶりに新人戦に出場することができました。

 

ここで私の主将としての役割は終了し、後輩たちに世代交代をしました。

 

その後、1年間、留学に行っていため、一時的にボート部から離れていました。

 

 

2024年3月

 

新潟に戻ってきました。最初は就活メインで動いていたのでもう漕手はいいかなと思っていました。ですが、他人が漕いでいるのを見るとまた不思議と漕ぎたくなっていました。

 

5月

GWに金沢大学と交流し、久しぶりに並べをしました。私は惨敗でしたが、あの時、またレースの楽しさが蘇ったように思います。

 

6月

東日本夏季競争大会、即席クルーでダブル。当たり前だけど勝てませんでした。すごく悔しかったけど、目が覚めました。

 

そこからインカレを強く意識するようになりました。「やっぱり漕手として出たい。出るならスイープにこだわりたい」という思いが強くなっていき、結果ペアで出場することが決まりました。

 

9月

インカレにペアのバウとして出場、敗コロでしたが、久しぶりの戸田で2000mのレースは緊張よりもワクワクが強かったです。そして何よりも4年生での出場ということに大きな意味があったと思います。漕手を4年生のインカレまで続けて良かったと強く感じました。

 

 

 

長くなりましたが、これが私の大学ローイング競技生活の総括です。

今回のインカレをもって私のローイング競技生活は終了です。

 

もうこうしてクルーで毎日漕いだりできないのかと思うと少し寂しいです。

ですが、今後もローイングを応援していきたいと思います。

 

こんな素晴らしい競技や仲間と出会えたことはすべてが私の財産です。

4年間ローイング競技に打ち込みましたが、1着でフィニッシュすることは叶いませんでした。ローイングの世界はそれだけに厳しく充実したものでした。

さらに、ローイングは周りの人の支えによってできるのだと競技生活で痛感しました。この場をお借りしてお礼申し上げます。

今まで携わっていただいた方、本当にありがとうございました。

 

ぜひこれからもローイングが盛り上がることを期待しています。

 

教育学部 4年漕手 岩本達裕

初めまして。今年度、漕手として入部しました、工学部一年舟崎璃音(ふなざきりおん)と言います。今回は自身とボートについて書こうと思います。


0自己紹介


私は北海道の札幌市に生まれ育ち、現在新潟で一人暮らし中です。中学、高校では生徒会役員と合唱部に所属してました。そんな文化系の私が今、運動部に所属していることは半年前の自分からは考えられません。


1なぜボート部に入ったか?


この問いは今も問い続けています。なにか明確な理由があるわけでもなく、なぜだろうと自問自答してしまいます。ひとつ確かなのは「強くなりたい」からです。


2ボート部に入って変わったこと


腹時計。朝練が5時からなので、それが習慣化され朝練がなくても勝手に5時頃に目覚めてしまいます。たくさん寝たいのに


日焼け。水上では怖いほど太陽を感じます。腕、顔、首が焼けてしまいました。おかげさまで日焼け止めを塗る習慣ができました。


食生活。栄養バランスや筋肉欠かせないタンパク質に気をつけること。ヨーグルトや魚を自ら食べるようになったのは大きな変化です。そして、米が美味しい!


筋肉への興味。ボートに必要な筋肉はどこか、それを鍛えるにはどうするべきか。自分に足りないのはどこなのか。部員を観察して日々学んでおります。


考えること。どうしたらタイムが伸びるか、どうしたら気持ちよく漕げるか、今後どんな組織になったらいいかなど、考え始めると止まりません。最近は考えていない時間がなく、心配をかけてしまっているので、ぼんやりする時間がほしいです。


3これからの展開


まずインカレで学べるものを学んで帰りたいです。そして、10月に行われる新人戦に向けて練習していこうと思います。入部時より遥かに上手くなっているはず… その変化とボートのよさを改めて実感できる大会にしたいです。


冬トレが始まる前までに、体力、筋力、姿勢等を改善させます。冬トレは非常にきついと聞いたので、なんとか耐えたいと思います。


そして気が早いですが、来年度後輩ができた時に指導を任せられるような、安心感のある漕手になりたいです。そのためにも日々鍛錬。



4最後に一言


習慣というのは1ヶ月から半年という曖昧な期間の中作られるものだそうです。そして、一年生も残り半年僅か。これは新たな習慣をつけるチャンス!日々の練習や生活の中で成長するための意識づけをしていこうと思います。3月に進化した自分を見せれるよう、日々精進して参ります。

 史上最強の一角とも謳われた2024年度の台風10号「サンサン」は、海上で順調に蓄えていたその勢力を屋久島の峻嶺に一瞬にして削り取られ、九州と四国を力なく横断したのちに東海道沖で呆気なくその目を失い温帯低気圧に変わった。短時間で進路・速度ともに予報が次々と更新されていくさまは、さながら先の読めない世界情勢を暗示しているかのようで、埼玉県は戸田で行われるボート部のインカレにも(例え温帯低気圧に変わったとしても)その直撃により甚大な影響を及ぼすのではと不安になっていたものだ…出発の前日までは。

 

 

 

 だが実際に辿ったその道筋は既に皆さんもニュースや天気予報で入手されている通り。運命のいたずらかはたまた一時は最強の名をほしいままにしていた大型台風故の気まぐれか、温帯低気圧と化すや否や北上を始めたサンサンは新潟から戸田へ向かう私たちの西方をすれ違う形となった。移動先で台風と出会い頭の邂逅を果たし、宿泊先である国艇で暴風雨という手荒い洗礼を受けるという最悪の事態は、すんでのところで回避されたわけである。だが漕手・マネージャーともに続々と会場入りが進むなかで、食事作りをはじめとする雑務を担うマネージャー陣はむしろその独特の雰囲気の洗礼を日に日に強く受ける形となったと言えるだろう。

 

 

 

 今回の大会に参加したマネージャー陣は総勢4人。一見すると漕手との人数比では大きな問題にはつながらなさそうな人数構成だが、そのうちの3人が1年生という、遠征の経験に一抹の不安が残る内訳であり、編成自体は決して盤石とはいえなかった。

 

 

 

 戸田入り初日から問題は幾つも発生した。経験豊富な先輩マネージャーの不調、食料や日用品の遠征に由来する激しい消耗、限られた食堂やキッチンスペースを他大学さんと共同活用する際に生じる不都合…挙げだせばきりがないそれらは正に、大黒柱が欠けたマネージャー陣にとっては襲い掛かる嵐のようで、そのスタートはお世辞にも安泰なものとは言えなかった。今までのマネージャー業務とは比較にならない高い壁が、この大会にはあったことは否定しがたい事実である。

 

 

 

 だが、心が折れるメンバーはいなかった。

 

「高い塔を建ててみなければ、新たな水平線は見えてこない」

 

 小惑星探査機「はやぶさ」のプロジェクトマネージャーを務め、数多のトラブルに見舞われながらも満身創痍の「はやぶさ」を地球に帰還させ、貴重な小惑星のサンプルをもたらした川口淳一郎氏の格言のごとく、新たな水平線を望むための小さな石を私たちはひとつひとつ着実に積み上げていった。ハプニングが起きた時の影響はいずれも小さくなかったが、得意分野で他をカバーし合う柔軟さをそれぞれが発揮した。手の空いているサポートメンバーや練習が終わった漕手の助けもあり、気づけばクオリティーの低下という形で抜けた穴を実感することはなくなった(と、私は思う)。

 

 

 

 陳腐な言葉ではあるが、そこには仲間への信頼があったのだろう。「自分が席を外しても、残ったメンバーで効率よく作業ができる」「誰よりも秀でているこの分野は、安心して任せられる」といった信頼関係が相互に築かれていたからこそ、パニックになったり「自分が自分が」と主張するだけでなく「任せる」という選択肢を安心して取ることができたのだろう。そして何より、部活を取り巻くムードは今日まで終始明るかった。経験不足故の不手際で迷惑をかけたタイミングもあっただろうに(少なくとも私は2度ほど、中程度のミスをやらかした。あれを迷惑と呼ばずに何と形容するだろう)、それを笑いと励ましに代えてカバーしあえていたその環境は、大会に臨むチームとしてひとつのあるべき姿ではないか。新体制になって半年、私たち1年生が正式に入部して3か月強という短時間でこうした良い雰囲気を漂わせることのできるこの組織を、私は本当に心地よく、そして誇らしく思う。

 

 

 

 危機は人を強くするとはよく言ったもので、序盤の慌てぶりに比べればマネージャー陣は本当にしっかりと動くことのできる、強い組織になったと思う。ある意味ではこの合宿期間で最も成長したのは私たちマネージャーだとすら言えるかもしれない。

 

 

 

そして今日。「アテンションゴー」の合図とともに、ついに闘いが始まりを告げる。一年に一度、これまでの一年間の全てを賭けた決戦が。そしてその合図は同時に、レースの結果次第でこれまで以上に流動的になるスケジュールに柔軟に対応し、漕手が最大以上のパフォーマンスを発揮できるサポートを提供する、マネージャー陣、ひいてはサポートメンバー全員にとっての「真の闘い」の幕開けを告げる掛け声でもある。だが、急成長を遂げたマネージャー陣に追加合流したサポートメンバーを加えたサポート組織はきっと、この試練を乗り越えるだけの準備がすでに整っている。それはさながら、漕手という「はやぶさ」を支えるプロジェクトチームのようである。

 

 

 

高い塔を建てる準備は整った。建築途中のその塔はやがて、未だ何が待っているか分からない、だが確実に希望に満ちた「新しい水平線の向こう」を見渡すための強固な礎となるだろう。

 

 

 

文責:マネージャー1年 谷村

 

 

お疲れさまです。4年の岩本です。

いま我々はインカレに参加するために戸田で練習しています。

台風も予報とは異なる進路で、ただ強風雨が吹き荒れるここ最近の戸田でした。

 

 

今年度はM2-とM4xが新潟から挑戦します。

私は最初で最後のインカレになりますが、今まで何かと出る事ができなかったインカレにこうして参加することができ、とてもワクワクしています。

思い返せば私が入部を決断した時はコロナ禍真っ只中で、そんな私にとってインカレは憧景でした。

先輩達や仲間があらゆる犠牲を伴っても高みを目指していく姿に素人ながらとても心動かされたのを今でも鮮明に思い出します。

 

 

 

そんな大舞台に自分が立てることに感謝しながら自分たちのベストな漕ぎを出せるように明日からのレースに挑みたいと思います。

 

何回「2000m」という距離に苦しみ、悩んだんだろう。

最後のレース、笑ってフィニッシュしたいです。

 

ラスト2000m、全力で漕ぎ切ります。

応援よろしくお願いします。