合成の誤謬って知ってますか?
「ごうせいのごびゅう」って読みます。
少し難しい経済用語の解説。
この言葉自体は、そうとう昔から、経済学の教科書には載っていて、
様々な事象の解説に使われてきましたが、 最近では、
主にデフレ不況に絡んで用いられることが多いようです。
入社試験必出ですので、心して読んで下さい。
突然ですが、ある人が去年の暮れにスーツを買いました。
選びに選んだそのスーツの値段は、8,100円。
普段は9,000円でスーツを売っているダイエーが、
年末特別セールとして打ち出したのが8,100円でのスーツ大廉売、
紳士服売り場に駆けつけて、トラッドな三つボタンのシングルスーツと、
イタリアンテイストのダブルのスーツを買い込みました。
消費税は別、裾上げに500円ずつかかると聞いて、
定価の6パーセントの裾上げ代は暴利ではないかと、
自分でやることに決定。
家の近所の100円ショップで、裾上げテープを二つ買ってレジに向かうと、
レジの横には、これまた垢抜けたデザインのネクタイが一本100円、
それを三本ばかり選んで消費税込み 525円を払いました。
次の日、ネクタイ、裾上げテープ代込み9,300円なりで身を固めて
出社すると、誰彼かまわず、「これ、いくらだと思う?」と安さを吹聴して
回ります。
そんな、彼の行動は、一人の消費者として考えたとき、
間違いなく「善」です。
なけなしの小遣いの使い方としては、実に賢いと言えるでしょう。
だって、物も悪くないし、普通の眼力では、自分で言わない限り、
誰も8,100円だとは思いません。
ところが、そんな、「善」なる行動は、社会全体から見たらどうでしょうか。
通常閉鎖された経済システムの中で、生産性が上がって、
物の値段が下がることは、個人にとっても、システム全体にとっても、
いいことだとされています。
消費者にとっては、安く物を買った分、買う数や量を増やしたり、
あるいは他の物を買うことにお金を回したり出来ます。
また、生産者にとっても、生産効率が上がって値段が下がった場合、
利益は今まで通り確保しながら、さらに多くの物を売る可能性を
得ることになります。
この状況だと、個人の「善」なる行動は、システムにとっても
「善」なる行動となります。
ところが、今回買ったスーツは、シングルのほうは、北朝鮮製、
ダブルのほうは中国製でした。
つまり彼の購買は、国内の生産者にとっては何のメリットもない行動です。
ダイエーにとっても、販売効率を上げて、価格を下げたというよりは、
他社との競争のためにやむなく価格を下げざるをえなかったというのが
実状でしょう。
また、安いスーツを買って、浮いたお金を、他の物を買うことに回すかというと、
そもそも、そんな余裕はないわけですし、あったとしても、このご時世では、
将来の不安から、貯蓄に回すというのが、大抵の人の行動パターンです。
こうなると、「善」なる行動は、経済システムにとってはもはや「善」とは言えません。
もし、日本中のサラリーマンが、8,100円スーツを着て、100円ショップでしか
買い物をしなくなったら、いったい経済システムはどうなってしまうでしょう。
国内の製造業者は次々破綻し、購買力を低下させた消費者は、
より安いものへと群れを成すことになります。
これがデフレスパイラル。
一人一人の行動としては、「善」であることを、皆が行うと社会的に
誤った行動になる。
これを「合成の誤謬」というのです。
今、日本は、合成の誤謬による、デフレスパイラルの真っ只中です。
この逆回転を始めた歯車を止め、正しい回転に戻す方法はただ一つ。
それは、消費者がどんどん物を買うこと、これに尽きます。
これは、まさに社会的には「善」なる行為、ところが、これは、
将来に不安を抱える個人にとっては、愚かな行為に他なりません。
だって、「全体」の利益が、個人の利益に合致しないなんて
歴史上枚挙にいとまがありませんから。
寒いですねー。

今日は久々の横浜です

5年振りくらいにクライアントに会って情報交換します

夜は20店舗以上構えているアパレル系会社から弊社のサービス商品のパンフレットをお店に置いて紹介してくれるっていうので、今後の提携含めて商談します

仕組みを組織へ浸透させるマーケティング
マーケティング論者として有名なセオドア・レビット氏![]()
彼は、企業は商品ではなく商品が提供するベネフィット(恩恵)に
焦点を当てるべきだと主張していた。
「レビットのねじの穴」という有名な話がある。
多分、ご存知の方も多いはず。
マーケティングではよく持ちだされますからね。
お店にドリルを買いに来た顧客は
「1/4径のドリルを買いたいのではなく、1/4径の穴が欲しいのだ」
という話である。
顧客がドリルではなく穴が欲しいという真のニーズを
理解できたなら、「1/4径の穴があいた板を売りましょうか?」
と提案する方が顧客にとって、魅力的かもしれない。
顧客の立場に立ち、商品から得られるベネフィットに焦点を
当てる考え方は、組織に様々な仕組みを導入する際に
おいても有効である。
ある企業では、各事業部へ大幅に権限委譲を進めていた。
そのため、各事業を評価するためにバランスド・スコアカードを
導入したが、受け入れられなかった。
しかし、事業戦略を自由に記載し、
使用できるようにルールを変更した途端に
各事業部で勢いよく作成され始めた。
事業部がやりたかったことは"自分たちの戦略を考え、
共有すること"だったのだ。
また、ある企業では、製品別損益の正確な把握を
目指した管理会計システムの見直しについて承認が
されない状態が続いていた。
部長層に、会計上は扱われない予想情報を持ち寄り、
最新の損益予想を共有することを追加で提案したところ
即日快諾を得た。
部長層がやりたかったことは、
"妥当な意思決定を出来る限り早くすること"だった。
大きな欠品騒ぎを起こしてしまった企業では、
欠品発生時の体制や連絡ルール等を精緻に整備したが、
現場の反応は冷ややかだった。
ルールを簡素化し日常的なコミュニケーションルールを
加えたところ、好意的に受け入れられていった。
現場がやりたかったことは
"市場変化の兆しを共有すること"だった。
仕組みが浸透しない状況では、
ベストプラクティスに合わせて作り変えたり、
責任や役割に関連付けたりすることで、
社員に仕組みを使わせようとすることが多い。
しかし、社員のベネフィットに目を向け、
少し調整するだけで十分に受け入れられる可能性がある。
マーケティングの本質が、"顧客を理解し、
商品・サービスを顧客に合わせ、おのずと売れるようにすること"
だとすると、組織へ仕組みを浸透させることの本質は、
"社員を理解し仕組みを社員に合わせ、おのずと使われるようにすること"に他ならない
価格競争に自ら突入する人…
「価格競争に巻き込まれている」は、言い換えると
「価格を下げる以外の努力をしていない」ということです。
付加価値を生み出す創意工夫なくして、
利益が出ないことをマーケットのせいにしながら
涙を飲むフリをするのは、何か違うと思いませんか?
「いや、ウチの業界は価格がすべての購買決定要因なんだ」と
おっしゃるでしょうか。
本当に、事実ですか。
たとえばガソリン。
高いガソリンスタンドと安いガソリンスタンドが
2軒ならんでいます。
同じレギュラーなら、品質はどこで入れても差はないはず。
でも、大半の人が高いガソリンスタンドに入っていった、
と言えば、そんなことはありえない、と思われるでしょうか?
安いスタンドがセルフサービスだったとしても、そう思いますか?
ひっかけクイズのようですが、これは大切な考え方なのです。
このとき高いガソリンスタンドに入った人たちは、
・自分で給油するのがめんどうだ
・危険物であるガソリンに触れたくない
という2つの理由で、商品の価格以上の金額を
支払うことに決めたのです。
消費者が購買を決定する要因は、だいたい次の4要素に集約できます。
1、 他より安い
2、 他より便利
3、 他より安心
4、 他にはない
もちろん安いということは非常に大きなファクター。
他のどんな好条件より、価格を優先する消費者は必ずいます。
ここで大切なことは、マーケットを予測することです。
市場全体を見渡して、価格優先の人はどれぐらいの割合で
存在するか、同じく利便性、安心感、付加価値を優先する人は
どのぐらいか。
そしてそれらの価値に対してどれぐらいの金額まで支払えるのか?
予測と、テストマーケティングをくり返すことです。
無制限に価格を下げていくことを経営努力だとは、
私は思いません。
それはただのガマンであり、経営の努力不足です。
そしてガマンの原因が経営陣の努力不足であったとしても、
ガマンしなければならないのは、社員です。
人件費とともに社員のモチベーションは急降下し、
価格以外の付加価値を生み出せる人がいなくなり、
またさらにガマンして価格を下げるというスパイラルに陥ってしまうのです。
商品を値下げすれば一時的に顧客が戻るかもしれません。
しかしそこに未来は、ありません。
人件費を下げずに他社より安い価格で商品を提供できるのは、
仕入れや流通のスケールメリットを発揮できる大企業。
4つの要因のうち、自社はどこを強めるのかを考え抜き、
実際に強みとするための商品開発やサービスのブラッシュアップを
継続的に実施し、そしてその強みをわかりやすく消費者に伝えていく。
本当の経営努力![]()
オリラジ発見
今日はmtgがあり、六本木へ![]()
相手先へ向かう途中、目の前に一台の
タクシーが…。
話題のプリウス車ではなかったですが。
降りてきた人は「オリエンタルラジオ」の
メガネかけていないほう![]()
あっちゃん?だっけ?
しかも、ちょうど向かう途中にビジネスパートナーと
偶然一緒になり、二人で目撃しました![]()
このパートナーの方とは以前に渋谷で
「しずちゃん」を目撃しており、芸人との
相性が良いみたいです(笑)
オリラジは意外と小さかったですね![]()
テレビの場合はメイクしているので、
気付かない人おおいでしょうね![]()
他人に語ってもらう!
日本においては、売れている『量』、
成功した『数』が、購買決定の際に
絶大な影響力を発揮します。
「みんな持っているのに自分だけ持っていないのはイヤ」
「それだけの実績があるのなら大きなハズレはないだろう」
だれも知らない掘り出し物より、みんな知ってるブランドが安心。
この国では、得をしたい気持ちよりも、
損をしたくない心理の方がかなり、強いようです。
たくさん売れるためには、『すでにたくさん売れている』という
事実が必要である、
というパラドックスをどう乗り越えるか。
新興企業や我々のような中小企業が最もアタマを
使わなければならないポイント![]()
そして、事例の数で勝てないなら、事例の質で勝つしかない。
つまり、一件の実績・事例をどこまで最大限活用できるかが
重要。
どうすれば効果的な事例紹介ツールを作成できるのかを
考えていきますが、難しく思い悩む必要はまったくありません。
まず、事例をまとめたホームページやプレゼン資料、
チラシなどを作ることを決意します。
次に、実名や顔写真つきで掲載させてくれるお客様を探します。
事例作成というとこの段階で諦めてしまう方も多いのですが、
よほど機密性の高い業界でない限り、お客様は意外なほど
快く引き受けてくれるでしょう。
自分の体験についてインタビューされるというのは、
少し気恥ずかしくもありますが、気持ちいいものです。
そして、たった一人の『顔が見えるユーザー』のコメントが、
時に100人の不特定多数のコメントを超える威力を発揮する。
ここが実績紹介の重要なポイントでしたね。
実際にインタビューするときには、
①商品に興味を持ってくれたきっかけ
②競合他社ではなく自社を選んでくれた理由
③購入後の効果や使い心地
④商品や会社に対するさらなる要望
といった順序で聞いていけば、わりとスムーズに本音を引き出して
いくことができるでしょう。
聞きだした声を事例としてまとめるときに
気をつけなければならない点は、大きく分けて以下の二つです。
Ⅰ:理屈を説明するより雰囲気を伝えること
Ⅱ:良く見せようと思わず、真実を見せること
どれだけ緻密な情報提供も、
お客様が実際に喜んでくれている1枚の写真には勝てません。
商品のどこが素晴らしいかを理論的に語るのではなく、
自社の商品でどれほど喜んでくれているかといったイメージを伝えられれば、
新規のお客様も安心感を抱いてくれます。
オーバーリアクションの体験者が
続々登場する深夜のテレビショッピングを思い出してもらえれば
分かりやすいでしょう。
(あれはやりすぎかもしれませんが・・・。笑)
そしてポイントⅡについてですが、あまりにもいい話ばかり
並べ立てると、逆に不信感を抱くのが人間。
良い点ばかりではなく、
ちょっとしたクレームや要望も伝えた方が親近感が湧きますし、
なによりウソをついてまで商品を売るような会社は、絶対に長続きしません。
繰り返しますが、難しく考える必要はないのです。
お客様のところへ行って話を聞き、実名で掲載する許可を取り、
上記2つのポイントに気をつけてまとめれば、
『信頼性が低い』というベンチャー中小の弱点を少なからず克服できます。
何がお得か?
問題です。
平成7年から平成17年までの10年間に、
私たちが目にする「情報量」は、何倍になったでしょうか。
平成7年といえば、西暦で1995年。
Windows95が社会現象になるまで流行した年です。
その後、BS・CSなどの多チャンネル時代を迎え、
21世紀に入るとブログも登場し、
個人も情報を受信するだけでなく発信者側に
まわり始めました。
情報化社会がスタートして10年、
この間にどれほど世に流通する情報量が増加したか。
みなさん、考えましたか?
・・・正解は、410倍です。41ではありません。410です。
(総務省しらべ:平成17年度情報流通センサスより)
より正確にいえば、選択可能情報量、
つまり消費者がなにか(購買など)のアクションを起こす際の
選択肢が、410倍に増えたということです。
本当に驚いてしまいますね。
さて、ここでもうひとつ質問ですが、この10年間に、
あなたが理解・処理できる情報量は、どれぐらい増えましたか?
410倍に増えた方はいらっしゃるでしょうか。
20歳前後の頃に比べれば、ひょっとしたら減っているかも
しれませんね。
流通する情報量が増えたからといって、
ヒトの情報処理能力は、そう都合よく上がらないのです。
つまり、今までどおりの情報をユーザーに発信しても、
10年前の1/410の密度でしか伝わっていないということ。
情報化社会で戦う企業は、このような危機的状況にさらされているのです。
選んでもらえる可能性が410分の1。
じゃあ、情報を410倍発信する?
そんなことをしちゃダメだ、ということはなんとなく分かると思います。
じゃあ何倍が適正な量なのでしょうか?
わたしの回答は、「いままでよりも情報量を減らす」です。
目に飛び込んでくる情報量が
頭で処理できる限界値を超えた人類は、
どんどん自分にとってその情報は有益か無益かを
"判断する速度"が上がっています。
ほんの一瞬で、「おもしろそう」か「興味ない」かをジャッジ
しているのです。
そんな状態なのに、今まで以上の情報量を提供し続けるのは、
ただの押し売り。
嫌われるか、無視されるか。
ユーザーに振り向いてもらいたければ、
本質的なものを1つだけ、残すのです。
自社の強み、商品の良さ、他との違い。
一言で表現すると、なんなのか。
余分なモノを極限まで削り、「結局なにがお得なの?」
というユーザーの疑問に0,5秒で答える工夫。
これが、情報爆発時代を勝ち抜くポイントではないでしょうか。
一言でサラリとちがいを教えてもらう方が嬉しいですね。
宮本武蔵に学ぶ!
「相手の立場に立つ」というコンセプトを、聞いたことが
“ない”という人はいるだろうか。
恐らく、いないだろう。
それほど、このコンセプトは普及している。
きっと、社会人なら、誰でも、一度や二度は聞いたことの
ある言葉ではないだろうか。
しかし、「相手の立場に立つ」ということが、
実際に何をすることなのか、明確に意識できている人は
いるのだろうか。
そこで、今日は、まず、この剣術家の言葉を紹介し、
次に、相手の立場に立つことについて書いてみたい。
ご存じ、巌流島で佐々木小次郎と戦った、
宮本武蔵が、自著『五輪書』において、
果たし合いの相手と立ち合う時、相手をどう「見る」かについて
語った言葉である。
武蔵は、同書において、「観の目」のことを
「敵合近づくとも、いかほども遠く見る目」、
さらには、「意は目に付き、心は観に付く」と書いている。
きっと、世間一般としては、「観の目」とは、「心眼」、
もしくは「大局を見る目」のことなのであろう。
しかし、私が、この言葉に啓発されたイメージは、
まさしく今日の問題意識である「相手の立場に立つ」である。
そこで、それを説明するために、ちょっとした関数表現の
フレーミング(枠組み)を使わせてもらいたい。
Y = F (x, y, z)
↓
意見 = 思考(事実, 視点, 価値観)
関数表現になれた方なら、もうお分かりだと思うが、
「事実」「視点」「価値観」の3つの変数をもとに、
関数「思考」が、弾き出した出力が、意見であるということだ。
また、変数とか関数とかの表現を使わずに、
シーケンスに気をつけて、通常の文章の形で表現してみると、
意見とは、発言者が、自分の置かれた視点から、
(意識・無意識にかかわらず)、自分の持つ価値観を基点に、
事実を捉え、当たり前の思考をした結果、の出力である。
となろう。
しかし、これだけ読むと、当たり前すぎて、
ありがたみがないと思われるかもしれない。
そこで、私がもっとも強調したいことにメリハリをつけ、個条書きにしてみよう。
1. 「事実」そのものは、人によって変わらない。
2. さらに、意外なくらい「常識的な思考」にも、人による差はない。
3. 一方、「位置」と「価値観」は、人によって異なる。
4. そして、「位置」の違いは、想像してあげることも容易だが、
5. 「価値観」は、見た目では理解できない。
6. そのうえ、往々にして、本人さえも気づかない「価値観」もある。
ポイントは、人によって、そんなには思考の違いはない。
意見の違いは、主に価値観からくる、ということだ。
意見の違いを、「思考」の違い、と思い込むことは多い。
しかしながら、大概の違いは「価値観」の違いからくるのだ。
従って、相手の価値観を理解し、相手の位置から、
同じ事実を見てみれば、なるほど、そう考えるに違いない、
と自然に納得できることは多い。
さて、こうして書き進めてくれば、さては、武蔵の言葉に啓発された
私のイメージとは「観の目=価値観を見抜く目」だな、
と思われているに違いない。
全くその通りである。
別に、「観の目=心眼」や「観の目=大局を見る目」に、
異を挟むつもりは、全くない。
しかしながら、コミュニケーションの観点で言わせてもらえるならば、
いささか屁理屈ではあるが、「観の目=価値観を見抜く目」とし、
それを磨くことが、コミュニケーションの修行にほかならないと言いたいのである。
最後に、この感覚を、私なりの言葉にまとめて終わることにしよう。
しょせん、人は相手の立場に立てるわけがない。
そもそも、そう考えることが不遜である。
しかしながら、誰にでも、そのために心がけるだけなら、できることはある。
「相手の価値観を理解しよう。
できない時は、少なくとも、理解していないことを理解しよう」
世の中に、そう変わった思考の人はいない。
きっと、価値観が違うだけなのだ。
きっと、この前提に立つだけでも、コミュニケーションは円滑になるに違いない。
地デジ☆

実は今更ながらアナログテレビで生活していたので、今日は家電を。
ビックカメラとヤマダ電機が競い合う中、ヤマダのラヴィで32型のパナソニックを格安でゲットしました

21日が納期なので楽しみ





