人事労務日記~所長のつぶやき~ -406ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成21年3月26日


 昨日は、一日中鬱陶しい雨模様の

天気でした。

今日は、晴れ渡りました。でも、風はチョッと

冷たい。

靖国通りの桜並木には、花を開いた桜が目に

つくようになりました。

桜は、満開より今のような花をつけ出した頃の方が

風情があるという人もいます。


人の世でも、満ちたりた状態というのは、だれでも

願うところです。

  しかし、それが果たして幸せなことなのかどうかは、

  よくわかりません。

  まわりから見て、なんの不自由も心配もなさそうな人

  がいます。

  しかし、そんな人に限って意外に深刻な悩みをかかえて

  いたりします。

  また、満ち足りた状態というのは、長続きもしません。

  だから、“欲しいものは何でもある。これ以上欲しいものは

  何にもない”という満ち足りた状態の人より、

 “あぁ、こん なものがほしいなぁ!”と何かに満ち足りない思いを

  持っている人の方が、張りのある人生を送れると

  もいえるでしょう。

平成21年3月25日


  今日は、午前中監査役をしている会社に

直行し、監査法人と打合せをしました。

会社法・金商法施行以来、内部統制等、会社の

規制が複雑化し、普通に地道に業暦を重ねてきた

会社には随分と余計なコスト負担が求められるように

なりました。

社内書類等も整然と秩序だてて整理保存して

おかなければなりません


整理が苦手な私なんかは、書類等の保存がとても

苦手です。

机の奥の方には、在ることさえ知られなくなったものが

潜んでいます。いつか役に立つことがあるかもしれないという

僥倖ともいえる出番を待ちながら、ある日突然廃棄される

悲運に会います。

だから、最近私は、時々机の中を引っ掻き回すことがあります。

その結果、机の中に重ねて入れられているいくつかに、

出番を与えることができます。

身近にありながら、忘れられているというのは寂しいものです。


これから、齢を重ねるほどに私自身がそういう憂き目に会うの

ですから、できるだけそういう憂き目に会うものに活躍させたい

と思っているのです。




平成21年3月24日


 これは数年前に聞いた話です。

忙しく働いていた一人の男が定年になり急に

暇になったそうです。よくある話です。

暇にはなったものの家事は何一つできない。

金を稼ぐという仕事を無くした男は奥さんや家族の

厄介ものになってしまうのかとも思えました。


ところが男の母親や奥さんがあそばせて置くのはもったいないと、

家事をその男に教えはじめました。男もそれまで会社で仕事に

取り組んできたように家事に真剣に取り組んだそうです。


そうすると持ち前の几帳面さで見る見るうちに家事を覚え、

最後には奥さんよりよくできるようになったばかりか、

家族の中では欠かせない必要な存在になったそうです。

家事も仕事だと思って徹底的にやったのでしょうね。

この話を聞いたとき、いい話だと思いました。

家事に真剣に取り組む男の満足げな表情が頭に浮かびます。 


何事にも心から打ち込めば、「浮かぶ瀬もある」という

ことなんだろうと思います。




平成21年3月23日


 今日も好い天気です。然し、強く、冷たい風が吹いて

います。。

強い風のため、飛行機が着陸に失敗したり、鉄道が

止まったりと大きな影響が出ています。


オフィスの前の靖国神社の桜もほころび始めました。

丁度私の席の後の窓から見える靖国神社の庭の桜の

木に花がついてきたのです。

これからは、毎日まいにちが楽しみです。


ところで、歩いていると挨拶をされることがありますが、どなただったか

思い出せないこともよくあります。

そんなときは、得意のあいまいな笑いでごまかしますが、

後で一生懸命誰だったか思い出そうとします。

思い出せれば、なるほどと手を打って一件落着なのですが、

思い出せないととても気分が悪くなります。

そして、なんとなくイライラしてしまうのです。

最近は、些細なことにもイライラしてしまいます。

人間も年をとってきて、頭への血の巡りが悪くなると

イライラすることがとても多いなるのです。


そして、なんとなくイライラが顔にも現れ、「頑固爺」に

なってしまうのでしょう。



平成21年3月21日


 今日も暖かい好天です。

いよいよ、東京にも開花宣言が出たそうです。

そのせいか、今日オフィスに来る電車は、休日にも

拘らず、結構混んでいました。

みんな桜見物に出かけるのかもしれません。

オフィスの前の靖国神社に続く歩道も、いつもの休み

の日より多くの人が歩いているようです。


日本では、世間並みということを随分気にする

ようですが、昔の中国も同じだったようです。

中国の古い笑い話に、次のような話がありました。

昔、貧乏な男が神様にお祈りしました。

「神様、貧乏暮らしには飽き飽きしました。

大金持ちになりたいとなどとは申しません。せめて人並み

の暮らしができますように、なんとかお願いしますだ」。

すると神様が姿を現してこう語ったという。

「なんとふとどきな奴だ。人並みな暮らしこそ、万人

だれもが望んでいる理想の生活なのじゃ。いきなりそれを

願っても無理な相談だ。せめて大金持ちになりたいとか、

今までの生活でいたいとか、どちらかに決めてもう一度

やってくるがよい」。


ということは、世間並みを自負している私なんかは、

理想の生活をしているのでしょうか?







平成21年3月20日


 今日も暖かい好天です。

夜は、寒くなるとの予報ですが昼過ぎからは

むしろ温度が上がってきたような気がします。


ここのところ、気温が上がったり下がったりと

身体を調整させるのに大変です。

経済は、未だ底に沈んだままですが、何れは

上昇局面に入るでしょう。


でも、景気が良くなると悪いときに必死になって

考えて社内体制の改革などがおろそかになって

しまうものです。


「初心、忘るべからず」という言葉がありますが、改めて

この言葉の重さを肝に銘じておくべきだと思っています。


この「初心忘るべからず」という誰もが知る言葉は、

今から700年ほど前の室町時代の能楽の大成者、

世阿弥の言葉だそうです。

この意味は、「初めの志を忘れるな」と一般的には

理解されていますが、 世阿弥は少し違った角度から

この言葉を語っていたのだそうです。


世阿弥にとっての「初心」とは、人生の試練の時にどのように

してそれを乗り越えていったのか、その方法であり、戦略です。

それを忘れずに新しい事態に対応しなさということを言っている

のだそうです。


正に今の時代に合った言葉ですね!



平成21年3月19日


 今日も暖かい日です。

今さっき、クライアント先からオフィスの帰りました。

外は、ワイシャツ姿で歩くサラリーマンの姿が

目立っていました。 

こんな日は、外を歩くのが楽しみでもあります。


昨日の夜は、サラリーマン時代の人たちと

久し振りの飲み会をしました。

神保町の蕎麦屋で相当酩酊したアトは、いつもの

例なのですが、神田の中国パブで久し振りの

カラオケを楽しみました。

気の置けない仲間と昔話に花を咲かせるのは、

マサに「福到来」の感がしました。


福と禍は、どちらも思いもかけないときに、思わぬ処から

やってくるものです。

私のところでも突然、取引の引き合いがあり、トントン拍子

でビジネスに結びつくこともあれば、何年かけて努力しても

取引に結びつかず、挙げ句の果てには“もうコンタクトしないで”

とキツイ言葉を受けたりします。


でも、そんなことにめげていてはオフィスは潰れてしまいます。

また、気合を入れて頑張ります。







平成21年3月18日


 今日も昨日以上に暖かい日です。

午前中、自宅から客先に直行し、お昼を済ませてから

オフィスに出ました。


ここのところ、暖かい日が続いていますので、靖国神社

の桜も大分芽が膨らんできました。

来週には開花することでしょう。


ところで、

私の好きな、中国古典に「花は半開を看る」という話が

あります。 満開に咲き乱れている花は確かにきれいですが、

すぐに見飽きてしまいます。
それよりも五分咲きぐらいの方に、かえって風情があるという

意味です。

桜も満開になると、もうあとは散るばかりです。

満開になってから散り始めるのは、それこそアッという間です。

だから、満開よりも未だ先が楽しめる五分咲きぐらいの方が

躊躇無く楽しめるというのにも一理ありますね。


人の世でも、満ちたりた状態というのは、だれでも願うところです。

しかし、それが果たして幸せなことなのかどうか、よくわかりません。

まわりから見て、なんの不自由も心配もなさそうな人がいます。

しかし、そんな人に限って意外に深刻な悩みをかかえていたりします。

また、満ち足りた状態というのは、長続きもしません。

だから、何にも欲しいものはないという満ち足りた状態より、

“あぁ、こんなものがほしいなぁ!と何かに満ち足りない方がよい

ともいえるでしょう。



平成21年3月17日


 今日も昨日に続いて暖かい日です。

もう直ぐ、オフィスの前一面が桜の花で

包まれるのでしょう!


今日も朝は電車が混んでいました。

べつに座りたいとは思いませんでしたが、乗り込んだ

のがたまたま「優先席」の真ん前でした。

人で混んでいるから、自分の立つ場所さえ、自由にならな

かったのです。

“どうぞお掛け下さい、なんて声をかけられたらイヤだなぁ”

と内心思っておりましたが、1駅が過ぎ、2駅が過ぎ、3駅4駅、

座っている若い男女からは一向に声がかからないどころか、

優先席を立って降りる人がいると、脇にいた若い衆がサッ!

と素早く座ってしまいます。

中には、斜め後から猛然と割り込んで座る人もいます。

私は、疲れているわけでもないので座りたいなんて

思いませんでした。
けれど、それにしても、いかにも「みてくれ老人」が、

足を引きづりながら、目の前に立っているんだから、

声ぐらいかけてもバチは当らないんじゃないのかと内心は

思っていました。


そして、結局目的の駅まで、誰にも譲ってもらわず、

混んだ中、そろそろと駅に降りていったのです。


平成21年3月16日


 昔ならたいてい上司は年上で、年輩者に

敬意を払うべきだという儒教的教えと、社内の組織が

一致していたのですが、最近はちょっと事情が変わって

きました。

部下が年上であったり、上司が年下であったり、まるで

下克上のような状況が身近になっています。

ある新聞で、サラリーマンの給与所得が前年比で減少した

との報道がありました。

日本経済は、今厳しい不況に襲われています。

それを受けて、大部分の企業は、定費削減のための

リストラを行なっている模様です。 


中には大企業をリストラされ、やむを得ず中小企業に

中途で入社した中高年もあるでしょう。

そういう方は、厳しい会社生活を余儀なくされることも

多いのではなかろうかと危惧しています。